畢竟、人文社会学系のダウンサイジング(と科学技術系の拡充)とは、近代社会を構成する幾つかの力の間での鬩ぎ合いに勝負が付いたということだ。人文学や社会学という「世俗宗教」の解釈権を独占した「世俗的・無神論的キリスト教」つまり「リベラル左翼」が、国家と科学技術に敗北しつつあるのだ。
何故、人文社会学系が今の如き「ぴえん女」が完全に無敵の地位を得る「リベラル左翼」の巣窟となったのかという経緯は、それ自体が「近代」の学知が辿った趨勢であったと言わざるを得ない。しかし大学という制度も出版というビジネスも、同じ「近代」そのものである。それが今や臨界点に達したのだ。