20代で月収80万円→31歳で八丈島へ移住して収入激減→それでも貯金額は変わらず…いったいなぜ? 女性プロ雀士(35)が明かした“離島の意外な物価事情”
八丈島の特産品「島唐辛子」の加工・販売するビジネスを立ち上げ
――ちなみに八丈島の特産品は何でしょうか? 松岡 くさや、焼酎、レモン、明日葉、しいたけ、唐辛子が有名です。なかでも私のおすすめは、くさや。 最初は苦手だったのですが、島で食べ続けているうちに大好物になりました。 昔は、島内にくさやを作る工場が10軒以上あって、島の大きな収入源となっていたそうです。でも、今は3軒しか残っていない。さらに、昨年の台風で被害を受けた工場もあって……。 昔からの島の大事な産業がなくなっていくのは、すごく悲しい。だから、なんとか残ってほしくて。島外の人たちにもくさやのおいしさを知ってもらえたら、と思っています。 ――松岡さんは、八丈島の特産品の1つである「島唐辛子」の加工・販売事業を立ち上げていますよね。 松岡 はい。移住してから自給自足のために、いろんな野菜を育てはじめました。そのうちの1つが、島唐辛子だったんです。 ――そこからなぜ事業にしようと思ったのですか? 松岡 もともと辛いものが好きだったこと、あとは「自分で育てた作物を使って、商品にできたら面白そうだな」と思ったのが理由ですね。 八丈島は、起業する方が多いんですよ。本土のように物が豊富にあるわけじゃないから、ないものは自分でつくろう、という人が多いのかもしれません。そんな環境にいるからか、私も躊躇なく「やってみよう」と思えたのかも。
「(八丈島に移住して)性格がかなり変わったな、と思います」
――移住してから、さまざまな変化があったのですね。移住前後で「私変わったな」と思うことはありますか? 松岡 性格がかなり変わったな、と思います。以前の私は、プライベートでも「これは仕事につながるかどうか」って四六時中仕事のことばかり考えていたし、勝負の世界に身をおいていたからか、いつもピリピリしていたんですよね。 でもこの島に来て、利害関係のない人たちと一緒にすごすようになってから、自然と心に余裕ができたというか。天気がいいだけで「今日は幸せだな」と思えるようになったし、歩くスピードも遅くなりました(笑)。 ――移住後は、暮らしの様子をSNSやブログで発信されていますよね。なぜ発信を始めようと思ったのでしょうか。 松岡 以前の私のように、仕事のことばかり考えて生きている人って、たくさんいると思うんです。そういう人たちに「人生は仕事だけじゃないよ。どうにでもなるよ」って伝えたくて。私の経験が、誰かの気持ちが楽になるきっかけになればいいなと思って、発信を始めました。 ――発信に対して、どんな反響が届いていますか? 松岡 たとえば、移住について質問や相談のDMをいただくこともありますし、「松岡さんのブログを見て、八丈島に来たんです」と島で直接声をかけていただくこともあります。 なかには、実際に八丈島に移住してきた方もいらっしゃるんですよ。自分の言葉が、誰かの行動を後押しできたのかもと思うと、すごく嬉しいですね。 ――これから先、八丈島でやっていきたいことは? 松岡 大きな目標があるわけではないのですが、発信は続けていきたいですね。島唐辛子の事業も、自分のペースで少しずつ広げていけたらいいなって思っています。 でも、そうやって肩の力が抜けるようになったのも、島に来てからかもしれません。好きなことを、好きな人たちと一緒にやっていく。それで十分幸せじゃんって、今は思っています。 写真提供=松岡千晶さん 「土砂崩れに巻き込まれ、腰のあたりまで土砂に飲み込まれて…」大型の台風が八丈島を直撃…現地に住む女性プロ雀士(35)が明かす“想像を絶する当時の状況” へ続く
仲 奈々
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