生涯の夢、かなえて「一人前」に 国際通年企画「橋を渡す」第15回(コモロ)

2025年08月10日 12時00分
 グランマリアージュを成し遂げて笑顔を見せるカズウィン・スエフ(左)と妻のシャミラッタ・サイード。カズウィンは「社会の中で新たな扉が開かれる」と感激をあらわにした=2024年12月、モロニ郊外(撮影・中野智明、共同)
 グランマリアージュを成し遂げて笑顔を見せるカズウィン・スエフ(左)と妻のシャミラッタ・サイード。カズウィンは「社会の中で新たな扉が開かれる」と感激をあらわにした=2024年12月、モロニ郊外(撮影・中野智明、共同)

 

帰属意識をつなぐ伝統行事  インド洋島国の大結婚式

 

 熱帯地方特有の湿気に満ちた暑さに包まれて、誇らしげな夫を取り囲む参列者が一歩一歩、集落の真ん中を進んでいく。待ち受ける妻は黄金色の衣装に身を包んで華美に着飾り、人生の新たなステップに思いをはせる。
 アフリカ東部インド洋に浮かぶ島しょ国で、イスラム教を国教とするコモロ。伝統行事である既婚夫婦の大結婚式「グランマリアージュ」は、独特な価値観の中で「一人前」になるための一生に一度の夢舞台だ。婚姻時に一般的な式を挙げた上で、時に借金までして「メッカ巡礼より優先度が高い」とも言われる壮麗な式の実現に奔走する。
 「式に出るために戻ってきた」と話す在外コモロ人の姿も。遠く離れた祖国への送金で経済を支える彼らの帰属意識は根強い。伝統は架け橋となる一方、海外で成功したコモロ人が帰島して盛大な式を開き、費用を高騰させている側面もある。

 

国際通年企画
国際通年企画

 

▽生涯の夢
 2024年12月、グランドコモロ島にある首都モロニの空港でグランマリアージュを見に来たと告げると、しかめっ面だった入国審査官が破顔した。伝統はフランスによる植民時代のはるか前から始まったとされる。国内外から参列者が集まりやすいクリスマスなどに開催が集中し、島内各地が祝宴一色となる。
 「私だけでなく周りの人々のためのものだ」。式を迎えたカズウィン・スエフ(50)は誇らしげだ。2014年、大学生だった妻シャミラッタ・サイード(35)を車中から偶然見かけた。「かわいかった。一目ぼれさ」。翌日にはサイードの父に結婚を頼み込んだと笑う。
 長年高校のフランス語教師を務めた後に教育省に転じた。語学教育をつかさどる要職に就いて数年、機は熟したと考えて妻や母にグランマリアージュへの思いを告げた。「夢をかなえてくれた」。年老いた母の喜びはひとしおだったという。
 一連の行事は約1週間続き、その多くは男女別で開かれた。寄付金集めの舞踏会では女性たちが華やかな衣装を身にまとい、イスラム教のイマーム(指導者)が執り行う儀式は荘厳な雰囲気に包まれる。昼食会では100人以上の参列者に豪華な食事が振る舞われた。
 式は「婿入り」でクライマックスを迎えた。夫の行列が妻の実家を目指し、音楽と共に道いっぱいに広がり行進していく様は実に壮観。「おめでとう!」「ありがとう!」。親族や友人に加えて職場の上司らも式に参加し、地域を挙げて人生の新たな門出を祝福する。

 グランマリアージュのクライマックスで花嫁の実家に向かって行進する参列者ら。集落中に音楽が鳴り響き、近くに住む人々は羨望(せんぼう)のまなざしを向ける=2024年12月、モロニ郊外(撮影・中野智明、共同)
 グランマリアージュのクライマックスで花嫁の実家に向かって行進する参列者ら。集落中に音楽が鳴り響き、近くに住む人々は羨望(せんぼう)のまなざしを向ける=2024年12月、モロニ郊外(撮影・中野智明、共同)

 

 ▽借金してでも
 多額の費用と時間をかけてグランマリアージュを開催する最大の目的は「社会的地位の獲得」だ。地区の集会で意見を言う資格を得たり、モスク(イスラム教礼拝所)での席次が前方になったりと、コモロ社会の中で「立派な大人」として認められる契機となる。
 「費用は最低でも1万ドル(約145万円)はかかる」。いとこのグランマリアージュを手伝っているというスレ・ムゼンババ(35)がつぶやいた。「準備のために、車や土地を担保に銀行から金を借りる人もいる」と少しあきれ顔だ。
 人口約85万人の小国コモロは世界最貧国の一つとされ、2022年の1人当たり国民総所得は1610ドルという苦境にあえぐ。香水の原料となる花「イランイラン」の精油やバニラが広く輸出されるが、世界銀行によると国内総生産の約2割は在外コモロ人からの送金だ。
 グランマリアージュは財力の証しでもある人生の一大行事だが、所得格差が大きいコモロの誰もが達成できるわけではない。高等教育を受けて良い仕事に就き20代で達成する夫婦もいれば、70~80代になってようやく手が届く例もある。
 両家で贈り合うプレゼントも悩みの種となる。元々は質素だったが、近年は香水や高級時計に加え、アラブ首長国連邦(UAE)のドバイに行って金で作られたアクセサリーを買って来るのが定番になっているという。


 

コモロ・モロニ
コモロ・モロニ

 

▽祖国への思い
 国内では若い世代のグランマリアージュ離れもささやかれる中、国外に住むコモロ人たちは時に祖国に残った人々を上回る情熱を見せる。ムゼンババは「海外に住んでいるからこそ、自国の文化を強く意識するのだろう」と考える。
 在外コモロ人が多く住む旧宗主国フランスからカズウィンの式に合わせて帰国した弟エルバー(43)は「留学で国を離れて以来、26年ぶりに戻った」とつぶやいた。感慨に浸る弟を横目に、カズウィンは「この行事はコモロ人が統合される機会でもある」と語った。
 「久しぶり」「よく帰ってきたな」。実家で所在なげにたたずんでいたエルバーに親族や友人が次々と声をかけると、「島の風景も人も変わったが、みんな私のことを覚えていてくれた」とほほ笑んだ。「やっぱり自分はコモロ人なんだ」
 式の様子は交流サイト(SNS)で生中継され、参列できなかった人々にも幅広く周知される。貧しい生活を脱しようと国を出る人が後を絶たないコモロにおいて、伝統は家族や国民の一体感を保つ最後のとりでになっているのかもしれない。

 

【取材メモ/うたげの後】

 1週間にわたったグランマリアージュの取材では、参列者としての歓待も受けた。親族、知人ら100人ほどが集う食事会に出席すると、地区の集会所の広間に食べきれないほどの食べ物や飲み物が並べられていた。
 お開きになったその瞬間、会場の隅で指をくわえていた近所の子どもたちが卓上に群がった。食べ残しのチキンやデザートを素手でつかんで口に運ぶ。コモロは世界最貧国の一つとされる。夫婦の新たな門出への祝福に包まれていたが、少し複雑な気持ちになった。

 

(敬称略、文は共同通信ナイロビ支局長・森脇江介、写真は共同通信契約カメラマン・中野智明=年齢や肩書は2025年4月16日に新聞用に出稿した当時のものです)

 

 

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