第115話 魑魅魍魎トラベル


『陣内先輩、好きっす。私と付き合ってください』


(…………俺、なんか好かれるようなことしたっけ?)


 旅客機の窓から遠くなっていく下界を見下ろし、俺は大場おおばひかりの告白という今世紀最大の謎について頭を悩ませていた。


(ダメだわ、なにも思い出せん……いつも普通にバイトしてた記憶しかない)


 告白を断る口実探しに、彼女が俺なんかに好意を抱くきっかけみたいな物を探ろうとしていたが失敗に終わった。


「はぁ」


 どうにも足元が頼りなかった。飛行機内にいるのが原因ではなく、大場の好意に対しての罪悪感みたいな物が纏わりついてくる。


 旅行の初日だと言うのに少々気が重い……。


「わぁー、飛行機って超久しぶりー……!!」


 明るく間延びした声がそんな憂鬱を少しだけ和らげてくれる。


 前列に座る猫屋の物だ。


「そうでござったな。たしか猫屋の地元には飛行場がなかったの」

「それじゃあ猫屋は修学旅行以来の飛行機になるのかな?」

「うんうん!! それにー、お酒が飲めるようになってからは初めてのフライトだから余計に新鮮さを感じちゃうって言うかさー!!」


 ハイボール缶が開く音が前の座席から聞こえてくる。


 飛行機の座席は3列となっているため、酒飲みシスターズが横3席に座り、1人あぶれた俺は後ろの列で知らない乗客の隣に座っていた。


「くくっ、それは嬉しさも一入ひとしおであろう」

「確かにね。じゃあ僕たちもっと……」


 ビール、続いてレモン酎ハイ。彼女たちは揃ってプルタブを開く。


(うっ、酒の音……)


 今日は珍しく、俺は朝から酒を一滴も呑んでいないし、夜になるまで飲むつもりはなかった。


 理由は単純に、旅行の運転は全部俺がやる事になっているからだ。


 彼女たちも免許を持っているので、1日くらい運転しても良さそうな物なのだが……。


『じ、陣内は旅行中運転係ねー。だから日中は絶対にお酒禁止でー!!』

『はぁ!? いや、ちょ、なんで!?』

『お、お主が一番運転が上手いからの。そ、それに……お主は素面じゃないと仙人になってしまう…………水着も着ると言うのに……』

『あ? 仙人?? 水着??』

『な、なんでもないでござる!!』

『そ、そういう訳だからー、よろしくねっ陣内!!』

『あはは……こういう時、君って本当に可愛そうだよね。まぁ、よろしく頼むよ』


 何故か、満場一致で俺が旅行中の運転をする羽目になっていた。


 そりゃあ別にやれと言われればやるよ? 猫屋は片腕使えないし、運転に一番慣れてんのは俺であるのは事実。だけど、流石に目の前で酒盛りされると脳みそを鑢で削られている気分になるわ。


 あ゛ぁ゛、お酒がのみ゛て゛ぇ゛っ!! 全部忘れてアルコールに浸りたい!!


「おろろ、陣内? お主は乾杯せぬのか? ノンアルでもよいのだぞ?」

「うっせ。いいから俺抜きでやってろよバーカ」

「ふふっ、そう拗ねるな。夜には我がちゃんとお酌をさせて貰おう……では皆の衆、初四国上陸前の前祝という事で」


 機中なので、安瀬は声量は控えめに乾杯の音頭を取り始める。


「「「乾杯……!!」」」

「…………はぁ」


 酒も飲めないし、到着するまで寝たふりでもしながら大場について真剣に考えるとするか。


************************************************************


高知龍馬こうちりょうま空港に到着ぜよ!!」


 荷物を受け取って到着ロビーを抜けた瞬間、安瀬がたまらずと言った様子で歓喜の声を上げた。


「竜馬空港ぅー?」

「ほら、高知は坂本龍馬の出身だから。それにあやかってるんだ」

「それネーミングが安直すぎやしないか?」

「よいではないか!! 我は好きじゃぞ!! それにほれ、あのような物もいっぱいあるでござる!!」


 彼女が指さす方には坂本龍馬に関する展示物がずらりと並んでいた。


 というか空港内の目に見えるところのほとんどが竜馬尽くしだ。空港のロゴマークにすらデフォルメされた竜馬がプリントされているし、竜馬プリクラなんて物もある。どんだけ推してるんだよ……。


「陣内!! 写真を撮るぞ!! 竜馬像に等身大フィギア、全部で記念撮影するのじゃ!!」

「あぁはいはい」


 ぐいぐいっと袖を引っ張られ、されるがままに彼女についていく。


 歴女である安瀬のテンションは異様なまでに跳ね上がっている。こういう時の俺の対応は、安瀬が落ち着くまで付き合ってついでに歴史講座を受けるようにしている。


 普通に勉強になるし、安瀬が子供のように無邪気に笑うさまは見ていてこちらも楽しいから。


「お主らも撮るぞ!! 顔出しパネルも全員でやるでござる!!」

「えー? パネル系は髪が崩れちゃうから止めときたいんだけどー……」

「僕も同じく。何度も来たことあるしね、この空港。それに龍馬の観光スポットなんてもっと良いのが高知の至る所にあるよ?」

「むっ……なんじゃお主ら、ノリが悪いの」

「まぁまぁ。俺が付きあうからそれでいいだろ?」


 旅の恥は掻き捨てとも言うし、坂本龍馬の顔まねでもしてパネルに突っ込んでやろう。こういう馬鹿のやり方は結構好きだしな。


「そういう訳だから、悪いけど猫屋と西代は先にレンタカーの手続きをやっててくれ」

「申し訳ございませんが、そちらはキャンセルさせて頂きました」


 不意に俺たちの間に女性の声が割り込んでくる。


「外に別のお車をご用意しております。観光ではどうかそちらをお使いくださいませ」


 俺たちに声をかけてきたのは、目に優しい肌色の女性服を身に纏った初老の女性。その人には見覚えがあった。以前、西代お嬢様発覚事件で会ったことがある。

 

 たしか……名前は風見かざみ


 西代の実家である東城家に勤めている女中さんだったはず。


風見かざみ…………それに」

「久しぶりだな、桃」


 西代の視線が初老の女性からその場にいたもう1人へと移った。


 金柑頭きんかんあたまに白い大髭。以前にお会いした時はまた違う柄の荒々しいはかま


 東城とうじょう垣蔵かきぞう。西代桃の祖父が俺たちを待ち構えていた。


「なんでここに居るのさ……別荘で僕たちを待ってるんじゃなかったの?」

「年甲斐もなく急いてな。なぁに予定が少し早くなっただけだろう?」

「はぁ……あのね、僕にも色々と準備ってやつがあるんだよ」


 西代はいきなり現れた親族に面食らい、困ったように片手で顔を覆う。


(まぁ、この人は絶対に顔出してくるよな、うん)


 西代に反して、爺さんの出現を予め予想していた俺は垣蔵さんの乱入にそれほどまで驚きはしなかった。


(正直に言って、この旅行中に一度は会うと考えてた…………宿泊させて貰う別荘の持ち主な訳だし)


 俺も空港で相まみえるとは流石に考えてなかったが、この爺さんの性格上、可愛い孫娘西代が友人と共に自身の別荘に来るなんて面白そうな事に首を突っ込まない訳がない。一目見ておきたいだろうし、何なら変な茶々を入れたいに決まっている。


 そんな謎の信頼感が生まれるくらいに、目の前のお方は突飛でお茶目なのだ。


「「…………誰?」」


 したり顔で現れた謎の老人を見て、安瀬と猫屋は不思議そうにしていた。


 そう言えば彼女たちとは面識がなかったか。


「俺たちが不法侵入して捕まったビルのオーナー様だ」

「あぁー!! 西代ちゃんのお爺ちゃんかー!! 大地主で元政治家っていう、あの!!」

「おぉ……そう言われればどことなく雰囲気が似ておるな。中々に渋いでござるし、よきお年の召し方をされておられる」


 今回別荘を使わせてもらうという事で、安瀬と猫屋は恭しげに頭を下げた。


 それを見て垣蔵さんは心底嬉しそうに笑って軽く手を上げ、その後で俺と視線を合わせる。


「そちらも久しいな、陣内梅治。見る限り息災のようだ」

「え、あぁ、どうもこちらこそ。わざわざご足労くださって恐縮です」


 ……敬語、間違えてないよな? 俺は良く知らないけど本来ならもの凄く偉い人らしいから失礼がないようにしたい。


「なに、別荘とはいえ孫の友人とが訪ねて来てくれると言うのだ。出迎えせねば礼儀に欠ける。それだけの事よ」

「?」


 垣蔵さんは俺と西代が恋人なんかではない事を既に知っているはずだった。西代お嬢様発覚事件での俺たちの男女の振る舞いは、ただの男除けの演技だと。


 だが、目の前の爺さんはやけに恋人と言う単語を強く発声した。そこに俺は首を傾げてしまう。


「「………………恋人?」」


 ふと、安瀬と猫屋の瞳から光が消えた。


「あ、ちょ、お爺様。それは少しばかりまず──」


 ガシっと、西代の両肩が強く掴まれる。


「……ねぇ西代ちゃん? あの設定ってまだ続いてたんだっけー? ふぅーーん?」

「随分と長いお芝居ではないか、なぁ西代よ。……少しだけ話を聞かせて貰いたいのじゃがよいよな?」

「いや、えっと、あはは……2人ともまずは肩から手を放してほしくって」

「「いいからお前ちょっと来いよ」」

「…………はい」


 急に女3人でこそこそと話し始めたと思った矢先、今度は何の断りも入れずに3女はどこかに去っていく。何故か西代は引きずられながら。


「なんだアイツら、トイレか?」


 女子の連れション文化ってやつ? それにしたって行く前に何か一言あっても良いと思うが……。


「くくっ。梅治、会って早々に中々の物を見せてくれたな」

「え?」


 会って1分も経たずに孫娘が目の前から消えたというのに、垣蔵さんは髭を撫でながら上機嫌そうにニヤニヤと笑っていた。


「なに、めかけの5、6人は儂にもいた。儂が若い頃の政界では囲う女の数がステータスよ。今の時代では口が裂けても言えん事だがな」

「いきなり何をカミングアウトしてんだジジイ」


 急な時代錯誤的すぎる発言を受け、令和に生きる俺はシンプルに引いた。そのせいで取り繕っていた素の口調が表に出てしまう。


「ちょ、ちょっと陣内様? ご当主にそのような口の利き方は……」

「よせ風見。客人だ、大目に見ろ」

「……はい」

「あ、す、すんません垣蔵さん。なんか、つい」

「なに、新鮮で悪くない。なぁ、風見?」

「…………そのようで」

「そう言ってもらえると恐縮です」


 風見さんに窘められ口調を戻す。するとご婦人は耳打ちするためか俺に近づいてそっと囁く。


「本当に気を付けてくださいませ陣内様。間違ってもこのお方をただの好々爺などと勘違いなされませんように」


 風見さんから低めの声音で忠告を受ける。実体験が籠っているせいか、それには強い焦りも含まれていた。


(うん、知ってる)


 だが、そんな事は言われるまでもなく分かっていた。初対面で1000万の勝負を持ち掛けられたのだ。たぶん俺の想像する以上にこの爺さんはヤバい。ぶっちゃけ政敵の1人や2人消した過去があっても驚かない。


 ただまぁ……まともじゃないからこそ期待できる事もあるけど。


「あの、ところで垣蔵さん? 会って早々ですが、折り入ってご相談があるんですけど」

「ん? なんだ急に畏まって」


 予定としてはかなり早いが丁度いい。彼女たちが消えたのも好都合だ。大場の告白で複雑だった心中を、一時的とはいえ転換させてもらおう。


「俺、実はけっこう金貯めて来たんですよ」


 そう言って、俺は財布からバイクを改造するために集めていた金を取り出した。


「えへへ、4万程度なんですけど、ぐへへ……かの東城家の当主様には到底不釣り合いな金額だとは重々承知してるんですけどね、ふひひ」

「………………」

「もしよろしければ、この前と同じように? ほら、前回はまぐれとは言え勝っちゃいましたから、俺。いやぁ、こっちも勝ち逃げは心苦しいと前々から思ってましてね、えぇ。不都合なければ今晩にでも付き合ってほしいのですが」

「ふはっ」


 俺の見え透いたゴマすりを黙って聞いていた爺さんの口角が緩やかに上がっていく。西代の濁った瞳とは別物の、妖しいブラックライトの眼光が俺を突き刺した。


 こういう所、本当に西代とそっくりだ。邪悪な笑顔が板につきすぎている。


(…………4万じゃまだ全然足りないし、そもそも8万程度じゃ最低限しかバイクを改造できねぇんだよ)


 以前、俺が『のちのち大きな金が入ってくる予定』と言っていたのがこれだった。実は旅行が四国に決まったその日から、絶対にこの爺さんと会うだろうと考え陰で色々と準備していた。


 そのおかげで前回とは違い、覚悟も軍資金もイカサマの準備もばっちりだ。


(西代には少し悪い気がするけど容赦はしないぜ……これが金を稼ぐ最短経路だ)


 クッションとか背もたれとか、そんな生温い改造じゃなくって、サイドカーが買える額まで俺はこの爺さんからむしり取るつもりでいた。


 猫屋は文句もつけずにニコニコと乗ってくれているが、あんなクソみたいな後部座席にいつまでも怪我人を乗せてられるか。


「くっ、くくく……」


 垣蔵さんは西代を思わせる静かな笑い声を漏らす。獲物が引っかかった事を確信して俺は次の言葉を待った。


「ぐはははははっ!! やはり馬鹿だなお前は!! 本物の愚か者だ!! ふ゛はははははははははは!!」


 まさしく堰を切るように垣蔵さんは激しく笑う。


 前にも思ったが老体に障りそうな哄笑だ。長生きしてほしいのでもうちょっと控えめにして欲しい。


「くくくっ……よし、行くぞ。移動の暇つぶしに付き合おう」


 一しきり爆笑した後、爺さんは近づいて来て俺と肩を組んだ。

 

「風見、儂らは先に別荘に行く。お前は後で残った客人を連れてこい」

「う、承りました」


 俺と爺さんを冷ややかな目で見ながら、風見さんは頭を下げる。


「え? 今からやるんですか?」

「そのつもりだが何か問題あるか? お前らに用意した車ではなく、儂が乗ってきた車だから中は十分に広いぞ」

「なるほど。そういう事なら望むところです」


 こういった事態を見越して空港から降りて荷物を受け取った所で仕込みは既に済ませていた。袖にポケットにパンツの中までイカサマ道具が入っている。カードだろうが麻雀だろうがサイコロだろうが何でも対応可能だ。


「そうか、そうか、望むところか。くくっ、やはりお前はダメな奴だなぁ梅治よ。だがこんなに胸高まるのは久方ぶりだ」

「何言ってるんですか!! 本当に楽しいのはここからでしょうに!!」

「ふははっ、そうだな!! よぉし……今回はケツの毛まで毟ってやるから覚悟しろ」

「ひひひっ、お手柔らかにお願いしますよ」


 絶対に勝つ。なんなら過剰に勝ったあぶく銭で酒をしこたま買い込む。酒屋中の酒を買い占めてやる。欲しかった酒器までも手に入れてやろう。


(今夜は名酒で酒盛りだぁ!! お酌するって言ってた安瀬にもちょっと分けてやろうっと!! あいつ超喜ぶだろうなぁ!!)


 輝かしい未来に胸をときめかせながら、俺は垣蔵さんと並んで空港の出口まで歩いていく。


「あぁ、桃お嬢様……」


 去り際、風見さんが小さな声で何かを呟いた。


「彼の他にはいないと思う反面、彼だけは選ぶべきではなかったと風見は思わずにはいられません……」


 その不安と嬉しさが半々の表情が少しだけ気になった。


************************************************************


「そ、そ、それでぇー? なぁーんで西代ちゃんはまだ陣内と付き合ってんのかなー??」

「あ、あ、あの設定はその日限りのはずであったよな?? そ、そうであったはずよな、西代!!」

(うっわ。動揺と嫉妬が混じって訳わかんない顔してるよ……)


 偶然にも誰も使用者が居なかったガラス張りの喫煙室。そこで、安瀬と猫屋は煙草を咥えながら小さな黒髪の友人に詰め寄っていた。


「はぁ……誤解を解く暇がなかったんだよ。誰かさん達が放火未遂で警察なんかに捕まったせいでね」

「「うっ」」


 心中複雑な2人の乙女とは違い、西代は冷静に自分の切れる言い訳のカードを選択する。


「……すぅ、ふぅ」


 2人に遅れて、西代はセブンスターに火を灯す。


「それに、思いのほかお爺様が陣内君を気に入っちゃってて……」


 少しだけ冷静になった様子の2人を見て、西代は現状の問題点を吐露した。


「そもそも今回僕が旅行先に四国を提案したのにはお爺様が絡んでいるんだ。実は前から一度こっちに連れてこいって催促されててね…………柄にもなくひ孫なんかをお望みらしい」

「はぁ!? ひ、ひ孫ぉー!?」

「お、お主らそこまで期待されておるのか!?」

「いくら老い先短いとはいえ馬鹿みたいだろう? でもそんなお爺様に実は嘘っぱちでしたなんて言いにくいのもあってね。何だかんだ言えずじまいさ」


 こうなったら、友の恋路を遅らせている身として少しは誠実でいよう。


 そのような思惑から西代は嘘偽りのない本心を語った。


 本来なら、西代桃は2人に変な不安を抱かせないように対処するつもりだった。東城垣蔵がこんなにも早く安瀬と西代に接触したのは彼女にとっては想定外。


 のらりくらりと波風を起こさないように立ち回るのが、祖父と親友たちへの最適解だと彼女は考えていたのだ。


「老い先、短い……」


 その時、まったく予期していない単語を安瀬桜が拾う。


「そう、であるか。まぁ、親孝行…………ではなく祖父孝行は生きてるうちにやるべきであろうな」


 先ほど動揺していた様子とは打って変わり、安瀬は冷静さを取り戻していく。


「……納得したでありんす。しかし西代、早めに誤解は解いておくのじゃぞ?」


 妙に優しい声音で、もう父と兄しか親族のいない彼女は友の言い分を受け入れた。


「? 安瀬?」

「ん、すまん、煙が目に入ってしもうた。ちょっとトイレで目を洗ってくるぜよ!!」


 極めて明るくいつもと同じように振る舞いながら、安瀬は瞳に涙を携えてその場から去っていく。涙が止めどなく溢れる前に逃げられたのは、陣内梅治が間接的に関わっているのが大きかった。


「…………わ、私は良くないと思うなぁー、そう言うの。安瀬ちゃんはああ見えて変に大人な部分があるからすぐ引くけどさー」


 猫屋はピアスの代わりにあしらえた銀輪のネックレスに触れ、軽く握りしめる。それに使われたのは、リハビリによって少しはましに動くようになった右腕だった。


 そうした後、自分から漏れ出た声が思ったよりも暗かったことに気づき、彼女はハッとした様子で西代と目を合わせた。


「あ、いや!! よ、良くないって言うのは、あの、あれで……別に怒ってたりしてるわけじゃあー……!!」

「分かってる、分かってるよ猫屋。嘘は良くないよね」


 猫屋の弁明を皆まで言わせずに、西代はどこかずれた結論でその場をごまかす。


「今回で流石に誤解は解いておく。それでいいだろう? ……すぅ」


 この話はここでお終いとでも言うように、西代は大きく煙を吸い込む。


「ふぅ…………ははっ、とんだ旅行の始まり方になっちゃってごめんね、猫屋」

「あ、いや、うん……」


 その時の彼女の苦笑は、何故かほんの少し無理をして作った物のように猫屋には見えてしまった。


 そして西代もまたその苦笑を自覚してはいない。

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