第302話 Bucket List
「英治、いい? 愛ちゃんの言うことをよく聞いて優しくするのよ」
母さんに外泊の許可をもらった時に、なんか変なことを言われた。いや、俺の方が年上なんだけどさ。完全に子ども扱いだよな、これって。家から着替えなどを慌てて用意した後で、愛さんのもとに帰ると、彼女はこちらを見て笑った。
「お父さんも大丈夫って言ってくれました」
同じく宇垣のおじさんに電話をしていた愛さんが笑っていた。顔はやっぱり赤らんでいる。たぶん、俺もそうだ。
「一緒にお泊りするのって、あの雨の日以来ですね」
彼女はそう言って、思い出したのか顔を伏せる。
「そうだね。なんだか、懐かしいな」
雨が降っていた帰り、ずぶ濡れの彼女を見つけて一緒に俺の家に帰った。親子のすれ違いによって傷ついていた彼女を一人にしたくなくて、同じ部屋で一緒に寝た。
思い出したら、あの日の香りや感触がよみがえる。緊張すら思い出してしまいそうになる。
『センパイ、少しだけそっちに行ってもいいですか』
『しちゃいましたね、キス』
『やっぱり、今日は添い寝してもいいですか。一人になりたくないから』
『あの事故の後、周囲の人たちが全員敵に見えたんですよ。だから、全部が嫌になった。なのに……唯一、センパイのことは、出会ってから一度も敵だと思えなかったんですよね……大好き』
あの日も、俺は彼女をひとりにしたくなかったんだ。でも、今日の気持ちとは少し違う。あの日の彼女は消えてしまうくらい心配だったんだけど……今日の彼女は過去の幸せな時間を共有してくれるようなそんな儚さとその幸せなおすそ分けのようなものも感じる。
「楽しみですね、流星群」
愛さんはキラキラの笑顔でそう言っていた。
俺の手元には、兄さんが作ってくれた夕食の袋が入っている。
「恋人と一緒に流星群を見るなら、俺が腕によりをかけて作ってやる」なんて言いながら、休み時間を削って手際よく料理を完成させてくれた。
ツナコーンのピザ、アボカドを器にしたカプレーゼ風のサラダ、唐揚げとポテトの盛り合わせ、コンソメスープ。お昼の営業の残り物もフル活用したというメニュー。ご馳走だった。
「お兄さんの作ってくれた料理も楽しみです」
時間が来るまで、二人で映画でも見ながら食べるように言われている。ちょっとしたパーティー風の料理だ。
「何を見ようか」
愛さんの家には映画のコレクションも多いし、サブスクも最近は充実していると聞いている。彼女のおすすめを見たいなと思って提案したら、愛さんはすでに考えてくれていたのだろう。すぐにタイトルが出た。
お互いに余命わずかな歴史学者になる夢を諦めた男と大富豪が病院で出会って、人生に悔いを残さないために、死ぬまでにやりたいことリストを作って遊んでいく……名作コメディヒューマンドラマだった。
死ぬ寸前に出会ったというところが、どこか俺たちの関係性に近くて、少しだけどきりとした。
その俺たちが今では将来の希望でいっぱいなのだから、なんだか象徴的な夜になるのだろう。今日は幸せな夜になる。将来やりたいことや行きたい場所をたくさん語り合えるだろうなと思った。
いつの間にか、荷物を持たない方の俺たちの手は、指と指を絡め合わせて繋がっていた。いつそうなったかもわからない。それほど、自然に理由もなく俺たちは一緒の時間を過ごしているのだと思う。
「今日はずっと二人きりですよ、センパイ?」
それに何と答えたかは、内緒だ。
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