投手・イチローのバトルから30年 東京ドーム→富山の球宴で今年は何が起こる!?
【塚ちゃんの生涯一記者】「マイナビオールスターゲーム2026」(28日=東京ドーム、29日=富山市民球場)の全出場メンバーが出そろった。 今年は富山で30年ぶりに開催。3試合制の1996年は第1戦が福岡ドーム(現みずほペイペイ)だったが、第2戦は東京ドーム、移動日を挟んで第3戦が富山で、くしくも同じ日程となった。 そのときは第2戦の九回2死、投手・イチロー(オリックス)が松井秀喜(巨人)の場面で登板。全セの野村克也監督(ヤクルト)は代打に高津臣吾(ヤクルト)を送り、球史に残っている。球宴前から、全パの仰木彬監督(オリックス)がイチローを投げさせるかもしれないと話題になっていたが、今では考えられないような舌戦が繰り広げられていた。 第1戦の練習中、三塁側ベンチでノムさんは「おまえにネタやるわ」と切り出し「野手を投げさせるなんて、オールスターを冒とくしとる。本職ではないのに投手をやらせる神経がわからん。打ち取られた打者の気持ちはどうなる? オールスターに出たことがない監督(実際は1回出場)が考えそうなこっちゃ。イチローはピエロになるぞ。そんなことが本当に起きたら、俺は来年からオールスターに出ない」などと、投手・イチローに反対であることを延々と話し始めた。 もっとも、ノムさんの周りには30人近い記者がいて、特ダネをもらうどころか、みんな聞いている。ノムさん一流の担当記者を使った戦術で、私はまんまと利用されてしまったわけだが、仰木監督の耳にも入ることを見越してクギを刺したわけだ。 しかし、第2戦で仰木監督は投手・イチローを強行。ノムさんは試合後にも不快感を示し、セ・リーグ会長まで巻き込む大騒動となったが、翌日の移動日に番外編が起きてしまう。 「富山への飛行機で、俺はいつも1Aの席なのに、なぜか2Aだった。1Aに誰が来るのかと思ったら、出発直前に乗ってきたのはイチローや。あいさつをしたつもりだろうけど、帽子を被ったまま、ちょっと会釈しただけで、あんなのはあいさつになっとらん」などとボヤキ爆発。当時61歳のノムさんは22歳のイチローが前に座ったことが面白くなかったのだろう。小さいことと思われるだろうが、特に球宴の際はセパ6球団の監督が移動するため、球界関係者はかなり席順を気にすると聞く。 時は流れ2008年、私は夕刊フジのメジャーリーグ担当として駐在。各球団を回っていたが、5月2日にマリナーズ戦をクリーブランドで取材していると、イチローが3安打を放ち、ノムさんの通算2901安打を一気に抜き去り、日米通算2903安打とした。