専門家も注目「秀逸な記事」◆百科繚乱 ウィキペディア事始め(連載第3回・全4回)
2026年07月24日13時00分
辞書を編さんする編集者を描いた「舟を編む」という小説がある。映画やテレビアニメ化もされており、アニメ版の辞書制作を監修した「三省堂国語辞典」の編集者、飯間浩明さんは2017年の公開講座で「言葉は時代と共に全部変わる」と話している。08年の版では「イケメン」という言葉を新たに加えたが、13年の版では数百語が削除され、その一つに「日本住血吸虫」があったという。
ウィキペディア日本語版には「地方病(日本住血吸虫症)」という記事があり、「秀逸な記事」の一つに選ばれている。専門家も注目する内容で、16年の日本科学史学会のイベントでは、メインの執筆者が登壇するセッションが催された。
このようにウィキペディアには、専門家の執筆による既存の百科事典と比較しても遜色のない記事も存在する。これに準ずるのが「良質な記事」で、両方合わせて約2500本が選出されている。日本語版に約150万ある記事のうちのわずか0.16%にすぎない。記事を開いた時、上部右に金や青い星がついているものがそれに当たり、信頼できる内容と言って差し支えないだろう。
典拠が信頼性を担保
誰でも書ける百科事典には、誤情報や信頼性の低い内容が紛れ込む余地が当然ある。記事を読む際に注目してほしいのは、下部写真のように出典を示す番号が文末に付いているかどうか。記述時に参考とした典拠を示す番号で、記事の信頼性は典拠によって担保されている。逆に言えば、いくら文章量が多く充実しているように見えても、典拠の少ない記事の信頼性は低いと考えてよい。
手前みそになるが、私が書いた記事の中で良質な記事に選ばれた「アジフライ」「防衛食容器」の記事を見てみてほしい。アジフライは多くの人が手を加えてくださったが、防衛食容器はほとんど私が書いた。いずれもウィキペディア執筆の醍醐味(だいごみ)を感じることができた。
私はいずれの専門家でも研究者でもないが、手元の資料を丁寧に追うことで良質な記事を執筆できた。このように誰であっても知の共有の一端を担うことができる。
二度とない景色、世界が共有
2018年2月、東京・浅草の建設工事現場で、凌雲閣(りょううんかく)の遺構が発見された。12階建ての建物は国内初となる電動式エレベーターを備えていたが、約100年前の関東大震災で大破し、その後取り壊された。「浅草十二階」と呼ばれ、多くの絵や写真が残っていたものの、正確な場所は謎に包まれていた。
私はこのニュースを聞いた翌日に浅草近くに行く用事があったため、基礎部分とレンガがあらわになった現場の写真を撮った。工事が進めば二度と見られなくなる光景だからである。ウィキペディアの「凌雲閣」の記事には、その時撮影した写真が掲載されている。
「ヒガンバナ」の記事にある「ヒガンバナとシロバナマンジュシャゲ」というキャプションが付いた写真も、08年秋に私がガラケーで撮影したもの。最新のスマートフォンと比較すると、画素数は20分の1程度。質は決して高いとは言えないが、日本語版をはじめ、中国語、スペイン語、ロシア語など七つの言語版で使用されている。
百科事典として有用な写真であれば、このように多くの言語版で使われ、多数の目に触れることになる。ウィキペディアのトップページには、「新しい画像」「今日の一枚」という写真も表示される。これらは「ウィキメディア・コモンズ」と呼ばれる、写真を含めたメディアファイルを集めた場所から呼び出されている。個人が撮影した写真は、自由に使用してよいという許可と同意に基づきアップロードされる。
「インスタ映え」という言葉が流行するように、誰もがスマートフォンを持ち歩き、いつでも手軽に写真を撮影できるようになった。SNSやブログに写真をアップしている人もいるだろう。ウィキペディアに写真を掲載すれば、より多くの人に閲覧され、対象への理解を促すことがある。また、報道機関がウィキペディアの画像を二次使用するケースも増えている。
写真は個人的な記録にとどまらず、知識を共有するためのツールになる。あなたの家に貴重な写真は眠っていないだろうか。今はもう見られない風景は? 何気ない写真が知を共有する一助となるかもしれない。
(海獺・ウィキペディア日本語版元管理者)
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