国際的に活躍した日本人ピアニストの草分け、原智恵子さん(一九一四〜二〇〇一年)の生涯をたどる『原智恵子』(冬花社、三八五〇円)を、一人の音楽愛好家が出版した。人物像や業績を表す記録を丹念に集め、巻末資料を含めて六百ページ超の大部。駆り立てたのは、「なぜ孤高のピアニストとも言うべき存在になってしまったのか」との問いだった。 (北爪三記)
「今後、智恵子さんのことを調べたい人のために資料を示したかったんです。さらに新しいものを付け加えてもらえたら」。著者の寺崎太二郎(だいじろう)さん(76)=東京都文京区=が穏やかな笑みを浮かべる。
原さんは、神戸市生まれ。ピアノを学ぶため十三歳でフランスへ渡り、一九三二年にパリ音楽院を卒業。アルフレッド・コルトーらに師事した。三七年、日本人として初めてショパン国際ピアノ・コンクールに出場。下位だったことに聴衆から不満の声が上がり、「聴衆賞」を受賞した。
終戦を挟んだ十年余りなど、日本国内で活動した時期もあるが、ヨーロッパを中心に活躍。ロン・ティボー国際音楽コンクールなどの審査員も務めた。五九年に世界的なチェロ奏者ガスパール・カサドさん(一八九七〜一九六六年)と結婚すると、二人で演奏活動をした。カサドさんの死後はカサド国際チェロ・コンクールを開催するなど、後進の育成にも力を注いだ。
大学時代からチェロを続ける寺崎さんが、原さんに関心を持ったのは二〇一六年。カサド夫妻の資料を所蔵する玉川大学教育博物館(東京都町田市)で、二人の特別展を見たのがきっかけだった。以来、国会図書館などに通って関連の本や雑誌を調べたり、親族から話を聞いたり資料を見せてもらったりした。集めた多くの資料を引用しなが...
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