復帰したミスターの前で「人生最高のホームラン」 皇室の記念日、やはり縁を感じますよ

話の肖像画 元プロ野球巨人軍選手・篠塚和典<23>

サヨナラ本塁打を放ち、ナインに迎えられる(左端が本人)=平成5年6月9日、石川県立野球場

《長嶋茂雄監督が13年ぶりに復帰した平成5年、人生最高のホームラン!! 6月9日のヤクルト戦、0―0で迎えた九回裏2死走者なし。セ・リーグタイ記録の16奪三振で快投する伊藤智仁から劇的なサヨナラシーン》

北陸遠征の金沢ですね。もちろん忘れませんよ。九回の守りから9番に入った。あのとき、試合から遠ざかってかなり間隔があいていたんです。ベンチ裏のモニターで伊藤の速い球、スライダーにタイミングを合わせながら出番を待っていた。

回が進むうちに、みんな三振してクルクルまわっている。聞けば伊藤の高速スライダーは球が「消えた」「落ちる」っていう。ちょっと目慣らしするためにブルペンにも何度か行きましたよ。石毛(博史、同年30セーブ)に真っすぐ、スライダーも投げてもらってね。

出番がきました。打席に入った瞬間、伊藤はすぐにモーションに入ったんです。投げ急ぎしているなと感じた。バッテリーは早くストライクを取って追い込みたいんだなと思った。(三振を)16個取っている。あと1つで新記録です。でもこっちはソレに合わせることはない。自分のルーチンでやろうと1度打席を外した。2回目に打席に入ろうとしたら、もうモーションに入ろうとしてたんで再び打席を外しました。

でも3回目をやると自分のリズムが悪くなる。「じゃ相手のタイミングに合わせてやろう」と。入った瞬間、モーションに入った。このタイミングはわかっている。流れですよね。もう1度(打席を)外していたら打てなかったかもしれない。

1球目、スライダーを見ようとしたんです。どんなスライダーなのか、打席に入って間近に見ないとわからないから。もともと僕は真っすぐ狙いです。真っすぐのタイミングでスライダーを見ようとしたんです。

そこにスーッと真っすぐがきた。自然に体が反応しちゃったという感じです。バッターっていいときばかりでなく、状態が悪いときもある。でも自分が見ようと思って待っていたら、打てるボールがきて体が反応する。これが本当のバッティングかなと思いました。僕の中で人生最高の一打、それは感じましたね。

(ヤクルト捕手の)古田敦也選手は外に構えていた。後で彼と話したら「シノさんは打たれてもそんなに大きいのがない。外でカウントを取ろうとした」って。真ん中高めでした。それもキャッチャーの顔辺り。僕もよく反応したよね(笑)。

《平成5年6月9日は天皇陛下と皇后さまのご成婚に当たり、「結婚の儀」が執り行われた日でもある》

打ったバットは家に飾ってあります。打った跡もある。ちょっと芯より手前、グリップ寄りに当たった。そのときの1回しか使ってない〝新品〟です。

それにしても長嶋さんが昭和34年6月25日の天覧試合でサヨナラホーマーを放ってから34年のときを経て、僕も皇室の記念日にサヨナラホーマーを打ったんです。やはりミスターとの縁を感じますよ。

《ゴジラの凱旋(がいせん)を潰す?!》

金沢ではルーキーの松井秀喜の出番はなかったんです。松井の地元でしょ。遠征では1軍に同行していた。ミスターとしても本当は使いたかったでしょうが、使えなくなった。僕がホームランを打たずに延長に入っていたら、使っていたかもしれませんね。待っていた金沢の松井ファンを前に、松井の地元凱旋を潰してしまった(笑)。

《ミスターが球界に復帰したシーズン。成績は66試合出場で208打数70安打(3割3分7厘)、4本塁打と不本意に終わった》

腰の状態は少しは楽になったけど万全ではなかった。僕も晩年でした。期待に応えられなかったけど、グラウンド以外で役割があると思っていた。ミスターは13年ぶりの復帰です。昔を知る選手は僕と岡崎(郁)くらい。ミスターもどこか選手に遠慮して距離があったような気がしてました。(聞き手 清水満)

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