第二話 鉄を弔う

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 最新のパワードアシストスーツを着込んだ機動歩兵が怒号を上げながら、バカでかいライフルをぶっ放している。

「チーフ、シェルターは我々が死守します! 避難を!」

「すまない! この子だけでも、未来に託す……!」


 戦火の夜。あるいは、世界の終わりの夜。

 少年は、多くの人を一度に見た。きっと、それまでの半生で出会ったよりもたくさん。

 泣き崩れる親子、重傷を負い、自決した兵士。

 家族を守るため、気が狂ったように魔物へナイフを突き立てる若い女性もいた。


 そして機動歩兵の目は、未来を託せる――その安堵と、そして是が非でも守らんとする生きる意志に燃えている。

「行ってくださいチーフ! 小隊全力射撃ッ! 弾ァなくなったらてめえらの金玉詰めて飛ばせ!」

 兵士らの下品な笑い声があがった。


 チーフの男性研究員が「いこう、ここは絶対に落ちない」と少年の肩を叩く。


 銃声も迫撃砲の轟音も、チェーンガンのリズミカルな咆哮も、すでに彼方に消えている。

 手を引かれて、少年は地下にある政府要人シェルターに連れてこられた。

 そこにはガーディアン・ドローンと呼ばれる、モグラ型の大型無人機がいくつも鎮座していた。


「あれはなに?」

「ガーディアン。母なる守護者ムッター・ガーディアンという。お前を抱いて眠る、鉄の母だ」

 ムッター・ガーディアンはその腹部に筒状の機械を収める空洞を持ち、すでに、何人かはその筒――冷凍睡眠用のポッドに収まっていく。

 少年の視線が、何人かの、同世代の男女と交錯した。

 いずれも言葉をかわした程度の者で、数人ほど友達もいたが、ゆっくり再会を約束する暇はない。


 ゴゴンッ、ゴゴッ、とくぐもった爆音。天井から砂礫が落ちてくる。

「いそぐんだ。私もすぐにポッドに入る」

「わかった。……俺は、絶対に生き延びるから」


 ここまで少年を連れてきた男性研究員は、ぐっと、彼を抱きしめた。

「また会おう」


 ――、――――。――――――。

 ――――。――――――。――――――。

 ――――。――、――――――――。


 無機質な声が響いてきた。

「冷凍保存解凍処置シークエンスを受理。被検体の基幹マイクロマシンを起動します」

「励起パルス発振します。三、二、一――」


 ばりっ、ばちんっ!


 そんな激しい衝撃が全身を抜けた。

 意識が徐々に帰ってくる。

 手指のかじかみが残り、指先にはしびれもあった。全体的な倦怠感も拭い切れない。

 視界はぼやけている――。目の前にはきれいな女の人がいた。白銀の髪を後ろにまとめている。前髪と横髪を垂らし、若い。耳は三角形に尖っている。エルフか、その血を引く者だろうか?

 しかし格好は、なにやら物騒だ。


 革製のアーマーとか、マガジンベスト、ポーチ類、バックパックに、介助用というには物々しい外骨格ユニット。


「あ、ぐ――」

 声を絞り出そうとするがうまくいかない。

 自分がどういう状況なのかも判然としない。

 ただ、どうもなにかカプセルに入れられているらしいということはわかった。

 記憶の糸を手繰ると、数日前に、こんな入れ物に入った記憶がある。


 相変わらず視野は狭窄していて、白黒だ。

 まるで巨大なペンのような筒に自分は入っていて――それから、ああ、と思った。

 周りが様変わりしている。

 そこはシェルターではない。土と岩の穴の中で、状況はますますわからない。


 何度か喘ぎながら空気を吸い込んだ。

 必死に手を伸ばす。死がそこに来ている気がした。誰かに引っ張り出してもらわないと、「死」に肩を捕まえられそうだった。


 女がこちらの手を捕まえた。

「大丈夫」――そう言われて、安心した。

 安心して、また意識を失った。




 それからどれくらいの時間を経たか。

 目を開けると、さっきの女性がいた。彼女は――こちらを見て、微笑む。

「気分はどう?」

「えっと……ありがとう」

「どういたしまして。私はウルスラ。あなたは?」


 名を問われて初めて、自分が名前を忘れていることに気付かされた。

「わからない……思い出せない」

「そう。……けど、名無しさんって呼ばれるのはいやよね?」

「それは……まあ」

 休んだおかげか、それともなにか応急処置を受けたからか、どうにか喋れた。声はしわがれたものだったが、それでも言葉を紡げる。


 体を改める。

 ボロく色褪せたラグマットをまとっている。それをマントに加工したようなものだった。

 その下は、おそらく彼女が持っていた変えのシャツを着させられていて、上から防災ポンチョを装備させられている。ズボンは雨具のシャカシャカしたものであった。

 自分が男だという自覚はあった。年齢は――よくわからない。


 その戸惑いを察したのか、彼女が手鏡を渡してきた。

 礼を言って受け取り覗き込むと、そこには、十四、五歳の少年が写っている。

 くすんだ茶髪に、深い藍色と翡翠が混じった目。


 総じて言えば純粋なヒューマン種族の少年だ。おかしなところはどこにもない。

「あなたの体を軽くスキャンさせてもらったの」

 ウルスラが言った。

「そうしたら、冷凍睡眠用のマイクロマシンが埋め込まれていた。細かい年式まではわからないけれど、今の時代、そんなものを使っているやつはいない」


 言わんとしていることはわかったので、少年が答えた。

「たぶん、俺は……いや。あれから何年経ったんだろう」


 最後に覚えている光景。

 魔物との戦争、迫りくる木々の根。研究者の言葉。


「よく聞きなさい、これから要人用シェルターに急ぐ

 次の時代を生き延びるんだ。なにがあろうとも。いいね」


 順当に考えれば、自分は時代を一つ二つ跨いだに違いない。

 そしてそれは、ウルスラが放った次の一言で確定した。

「今は復興暦五三六年。〝大萌芽だいほうが〟が起きて、もう五百年以上が経つわ。あなたが入っていたポッドの年式は……かすれていたけれど、〝ウォード暦〟とあった」

「――……。…………」

「つまり、大萌芽が起きた最後の暦」


 それは――約五百年以上、自分は冷凍睡眠していたということになる。

 しかし。なぜか、そうだろうという確信めいた予感がずっとあった。驚きが無いことが自分でも意外だった。

 そうだ。あの夜、異常な緑の大氾濫を前に薄々察していたのだ。


 少年はラグマットを抱き寄せた。

 それから、「名前を思い出せないんだ」とつぶやく。

 ほら穴の中で、青く発熱発光する松明が玄妙な空気を演出している。


「それは、魔法松明?」

「いいえ。コーパルロッドよ」

樹脂化石コーパル……? えっと、俺は……」

 どうにか言葉を絞り出そうとした。

 かつての凄まじい光景は今でも覚えていて、しかし、不思議と魔物や世界なんてものへの復讐心はわかない。

 あるのは、「取り戻せない」という喪失と、ある意味で「自由になった」という一つの気楽さだった。


「俺は……生きたい。死にたくない。今の時代を生きてみたい」


 ウルスラはその言葉をどう受け取ったのだろうか。

 どうあれ――彼女は少年の真っ直ぐな言葉を笑うことはしなかった。

 コーパルとかいうもの? で動くロッドを掴むと、手元のダイヤルを回した。

 発熱発光していた状態から、普通の杖になる。多分、多目的な打撃杖ロッドだったのだ。


「いきなり銃はもたせられないけれど、これなら使えるわね?」

「これ、動力は……魔法? コーパルっていうのは、魔力のことなのか?」

「いいえ。ちがうわ。コーパルっていうのは、――そうね、今の時代のエネルギー資源。詳しくは後で話すから。なにかあったら、これを振って戦いなさい」

 少年は戦うという単語を噛みしめるようにして頷いた。


「その襤褸布ラグマント。……、どうしよう」

「ラグ? それが俺の名前?」


 ウルスラは目を丸くした。

「えっ、あー。そういうつもりじゃ」

 人の名前に襤褸ラグはどうなんだろうという思いが、彼女の中にはあったのかもしれない。

 しかし、少年はあえて、その名前にしたいと思った。

「襤褸布纏いだから、ラグ。いいじゃないか。俺の名前、それで」

 自虐的にも思えるが――ウルスラは、彼の意志を尊重しようと思ったようで、うなずいた。

「そうね。今の時代、ボロくとも叩き上げれば立派に生きられる。じゃあラグ、最初の仕事」

「うん?」

「あなたを五百年守り続けたこの子を、弔ってあげましょう」


 ウルスラの視線の先には、ラグを抱きしめて守り続けた、モグラ型のドローンが永久の眠りについていた。

 そのドローンをラグはよく知っていた。

 眠りにつく前、わずかだが言葉をかわしたのだ。


――「よろしくな」

――「はい。お守りいたします、お坊ちゃま」


 母なる守護者ムッター・ガーディアン

 この忠義者は、五百年以上を、ただその「命令」だけを頼りに狂わずにいたのである。

 弔わねば。それは神とか、宗教とかではない。人としての道理だ。

 そしてこの土地での機械の弔い方は少々独特である。


 その文化が、今もなお、残っていることをラグは祈った。

 ウルスラを見ると、その「弔いの文化」を察した彼女が頑丈なナイフを渡してくれる。

 それを握り、ラグは忠義者のドローンから装甲片を剥ぎ取った。

 ドッグタグよりも少し大きな鉄片である。そこに、「THE Guardian」と記す。

 ナイフの切っ先で穴を開けて、ウルスラから受け取った紐を通すと、それを首からさげた。


 死んだ機械の骸をもらい、いつかふさわしい場所に寝かせてやる――あるいは、何か新たな素材としてリサイクルする。

 それが、この土地における、機械への弔いだった。


弔鉄ちょうてつ信仰がまだ残っててよかったよ」

「ええ。大切な先人の教えだから」


 二人は、それぞれ己の両手を、がちりと組み合わせた。祈りの姿勢と言うには無骨な握り方で、両方の手は鉄塊を示しているようにも見えた。


「ラグ、それ」

 ウルスラがドローン――ガーディアンの、ポッドが眠っていた空洞の奥を指さした。

 そこには別の格納がある。

 何かあるのだろうかと思い、ラグはその格納に取り付けられているバイオメトリクスのタッチ・スクリーンにふれた。


「認証、パス。オ受ケ取リクダサイ」

 あいつの声ではない。プリセットされた合成音声だった。

 圧搾空気が抜けてこちらにせり出したのは、ガンケースだ。

 大きさは拳銃用のもので、横三十センチ、縦二十五センチほど。

 ケース自体は保存状態が良いが、中身はどうだろう。


「なんだろ」

「あなたに持たせる護身用のピストルかも」

 開けてみると、やはりというか、中には一丁の拳銃が入っていた。

 しかし、奇妙だった。

 どういうふうに奇妙なのかはわからない。

 ウルスラを見上げた。


「どうしよう?」

「ちょっと貸してもらえる?」

 彼女にピストルを渡すと、マガジンをリリース。

 スライドを後ろに引いて、「実包がない」とつぶやいた。

 ピストルなんて、ラグにとっては軍隊が持つ道具、という印象である。自分には縁遠いものだったので、なんのことを言っているのか……きっと重要なことではあるのだろうが。


「多分だけれど、超最初期のコーパルピストル。ということは、旧時代の人は大萌芽を予見していたのかしら……」


 ――「どういうことだ、通信が……」

 ――「まさか、磁場花粉?」

 ――「それはあくまで最悪のシミュレーションだ! ありえない!」


 眠りにつく前のあのやり取り。思えば、こうなることをわかっていたような口ぶりだ。

 ラグは「最悪のシミュレーションがどうとか、言ってたと思う」とウルスラに言う。

 彼女は「よくわかったわ。いい、ラグ。〝昔のこと〟はなるべく黙っておいて。それから、このコーパルピストルは滅多なことがない限りは撃たないで。出すのも、まずい」と念を押すように言う。


 ラグも馬鹿ではない。

 今の時代の人からすれば、数百年前の失われたテクノロジーに値するのが、このピストルなのだ。

「わかった。黙っておく」

「うん。あなた、そうね……行き倒れ、ってことにしておいて。山中で倒れて、記憶が曖昧、とか、そういう」

「記憶喪失の遭難者、な。わかったよ」


 なんで、と問うまでもない。男も十四――ということにしておく――になれば、置かれた状況を理解し、計算することくらいはできる。

 よしんば自体を理解できずとも、状況を把握せんとそれなりの腹芸だってできるものだ。


 あらためてドローンを弔うと、二人はほら穴を出た。

「私はこれから近くに配達に行く。あなたもついてきて」

「わかった。けど、配達って? それこそ無人機に任せればいいのに」

「そうしたいのは山々だけれど、できないのよ。多くのドローンは暴走したんだけど、その理由も、道々話すわ」


 ラグは頷いた。

 ウルスラが坂道の下を指さす。なだらかな、坂というより丘と言える眼下には、簡素な壁と煮炊きの煙が上がる廃材づくりの家々が見えた。

「ちょっと押してるから、急ぐわよ」

 歩き出した彼女に、ラグはロッドを握り続いた。


 そして心のなかで、少年はこうつぶやいた。


 ラグ・〝ガードナー〟・ラスティ。

 それを、己の名前にしようと決めた。

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ラスティ・〝フェルケール〟・ザ・ワイルド 三河筆刀齋(三河蕾花) @foxkithune77

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