2026/07/22

奈須正裕氏インタビュー
次期学習指導要領が目指す「深い学び」(上)

『教員養成セミナー(KYOUSEMI)』2026年9月号収録

 今回の学習指導要領の改訂は学校教育の在り方を根本から変える,「過去最大の大改訂」とも言われています。子どもたちの学びの在り方がどのように変わろうとしているのでしょうか。中央教育審議会教育課程部会長を務めるなど,今般改訂に関わってきた奈須正裕教授に解説いただきました。


奈須 正裕(上智大学総合人間科学部教授)
徳島大学卒,東京大学大学院修了。国立教育研究所,立教大学などを経て現職。中央教育審議会教育課程部会長。専門は教育心理学,教育方法学。主な著書に『「資質・能力」と学びのメカニズム』(東洋館出版社),『個別最適な学びの足場を組む。』(教育開発研究所)など。


学力は「知識の量」から「知識の質」へ

――学習指導要領の改訂に向けて,「質の高い,深い学び」の実現を目指した議論が進んでいます。まず,今回の改訂をどのように見ていますか。
 大事なことは,現行学習指導要領で学力論の重心が大きく移動したということです。これまでは,学力とは,個別の知識や技能がどれだけ身に付いたかというイメージで捉えられがちでした。授業で一つ一つの知識や技能を教え,それが子どもの中にブロックのように積み上がっていく。その積み上がったブロックの数が学力だ,という考え方です。
 そのため,評価も,積み上げた知識や技能が身に付いているかという観点で行われてきました。一問一答式のテストや空欄補充,正誤判定といった問題を通して学力が測れるという発想です。しかし,知識や技能は本来,それを使って人生をよりよく生きていくための手段です。もっているだけで使えない知識では意味がない。子どもが自在に使える知識にする必要があります。

「深い学び」とは知識が関連付くこと

――現行学習指導要領にも「主体的・対話的で深い学び」という言葉が使われています。次期学習指導要領で「深い学び」が重視されているのには,どのような背景があるのでしょうか。
 「深い学び」が大事なのは,学力論が,今お話した資質・能力ベースに変わったからです。では,「深い」とは何か。簡単に言えば,「関連付く」ということです。知識がバラバラに所有されているのではなく,互いに関連付いて統合され,意味として理解され,実際に使えるようになる。それが「深い」ということです。
 「浅い学び」というのは,「よく分からないけれど,どうもそういうことらしいから覚えておこう」という学びです。さまざまな知識や技能をバラバラのまま頭に入れ,とりあえず暗記する。暗記とドリルだけで済ませるような学びです。
 一方,「深い学び」では,さまざまな知識が関連付いて頭に蓄積されていきます。すると,初めて見る問題でも,これまで学んだことを使って考えられる。全国学力・学習状況調査でいうところの「活用型」の問題に対応できるような力が身に付くのです。
――「深い学び」は,1 時間の授業の中で何かを掘り下げることだと理解されることもあります。
 もちろん,1時間の授業の中でも学びは深めていきます。ただ,「1時間で深い学びを実現する」と単純に考えると,誤解が生じます。「深い学び」は,毎時間の授業と同時にカリキュラムの中で実現していくものです。単元や学年間,各教科の系統の中で,知識がつながり,統合されていくことが重要です。
 現行学習指導要領で示されている「見方・考え方」も,難しく考える必要はありません。各教科で,何度も何度も繰り返し出てくる目の付け所や発想の仕方のことです。
 算数なら算数らしい見方・考え方があり,理科なら理科らしい見方・考え方がある。新しいことを学ぶときにも,「表面的には違うけれど,この視点から見れば似ている」と理解がスムーズになる。そうなれば,学びは楽になりますし,学んだ知識は使えるようになります。
出典:中央教育審議会教育課程企画特別部会「論点整理 ポイント資料:詳細版」(2025年9月25日)

出典:中央教育審議会教育課程企画特別部会「論点整理 ポイント資料:詳細版」(2025年9月25日)

子どもに「有能さ」を身に付けさせる

――「知識・技能を教える」と「資質・能力を育てる」には,どのような関連がありますか。

 「知識・技能」と「資質・能力」というと,「もはや知識・技能ではない。資質・能力を育てるのだ」と二項対立で受け取る人がいますが,それは違います。知識を軽視するという話ではありません。知識の質を変えるということです。

 知っているだけではなく,「これはこういう意味で,こういう場面で使える」と分かっている。知識が関連付いて,意味として理解され,必要な場面で活用できる。そういう知識にしていくことが大事なのです。

 「資質・能力」は,英語では「コンピテンシー」と言い,元々は「有能さ」という意味です。環境や対象,場面と適切に関わり,よりよい問題解決ができる。そのように有能に振る舞えることが目指されているのです。

 もちろん,知識をたくさんもっている人は多くの場合,有能に振る舞えますが,知識をたくさんもっていれば必ず有能に振る舞えるかというと,そうとは限りません。反対に,知識の量がそれほど多くなくても,状況をよく見て,必要な知識を結び付けて,有能に振る舞える人もいます。

 教育の目的は,単に知識の総量を増やすことではなく,子どもを有能にすることです。そのために,知識・技能,思考力・判断力・表現力,学びに向かう力・人間性が必要なのです。三つの柱を別々に育てるのではなく,有能さを実現するために必要なものとして一体的に考える必要があります。

出典:中央教育審議会教育課程企画特別部会「論点整理 ポイント資料:詳細版」(2025年9月25日)

出典:中央教育審議会教育課程企画特別部会「論点整理 ポイント資料:詳細版」(2025年9月25日)

各教科で学んだことが実生活に生きるように

――「有能さ」とは,具体的にどのような子どもの姿にあらわれると考えればよいでしょうか。
 例えば,掛け算を学んだことで,子どもが処理できることや理解できることが増えたか,見える世界が広がったかどうかが「有能さ」を見るポイントとなります。
 「教えたことが身に付いたか」だけではありません。教えたことが身に付いた結果,その子の有能さが上がったかどうかを見るのです。
 幼児教育では,元々そのように考えられてきました。昨日まで一人でしか遊べなかった子が,友達と一緒に遊べるようになった。腹が立ったらすぐに手が出ていた子が,言葉でやり取りできるようになった。これこそが有能になったということです。
 小学校以降も,本来は同じです。子どもについて,先生方が「最近しっかりしてきた」「周りが見えるようになってきた」「友達のもめごとを互いの意見を聞きながら収められるようになった」と見取ることがあります。こうした子どもの姿が有能さに当たります。
 各教科の学びでも同じです。国語で学んだことを生かして,自分が言いたいことを,より適切な言葉を選んで言えるようになる。社会科で学んだことを生かして,現実の出来事を地理的・歴史的・政治的に捉えられるようになる。理科で学んだことを生かして,身近な事象を科学的に考えられるようになる。それが教科の学びであり,「有能さ」を身に付けるということです。

知識を現実の場面で使い,概念の理解が深まる

――知識を現実の場面で使うことと,概念を理解することはどのように関係しますか。
 算数の割合を例に考えてみましょう。
 ある店で,土曜日は一定額以上買うと何円引きになる。日曜日の午前中は何%引きになる。では,どんな買い方をすると土曜日が得で,どんな買い方をすると日曜日が得なのか。
 このような問題では,定額で引く場合と,割合で引く場合の違いを考えます。たくさん買うほど,割合で引いてもらう方が割引額は大きくなる。500円の 1割引きと1000円の1 割引きでは,割引額が違います。
 これは,単に買い物が上手になるという話ではありません。割合とは何か,比率的な見方とは何か,足し算・引き算の世界と,掛け算・割り算の世界は何が違うのか,概念を理解することにつながります。
 子どもは,自分のことになると実によく考えます。自分が買いたいゲームソフトがいくらだから,土曜日に行くべきか,日曜日に行くべきかを判断する。そういう場面では,子どもはとても有能です。
 知識を現実の場面で使うことは,単なる知識の応用ではありません。知識を現実の場面で使うからこそ,概念の意味が分かり,納得でき,理解が深まるのです。

次期学習指導要領で問われる「教育内容の構造化」

――現行学習指導要領では「主体的・対話的で深い学び」や「見方・考え方」といったキーワードが新たに示されました。一方で,積み残した課題はあるのでしょうか。
 現行学習指導要領で,学力論は大きく変わりました。しかし,教育内容そのものの見直しは十分に行われていません。教える内容自体は大きく変えずに,学力論や授業の在り方を変えようとしたわけです。
 次期学習指導要領で必要なのは,資質・能力ベースの学力観に立って,教育内容を構造化し直すことです。
 海外では,「ビッグアイデア」という考え方があります。日本では「中核的な概念」「高次の資質・能力」などと呼ばれています。教育内容を,それらを核に構造化し,階層化する。海外ではかなり以前から行われてきたことですが,日本では十分に行われてきませんでした。
 教育内容の構造化を日本の学校教育でも実現するには,次期学習指導要領で,各教科における「上位の概念」,そこにおけるキーワードが大事だということをはっきりと示す必要があります。(2026年10月号に続く)


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