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<前回のあらすじ>
団塊ジュニア・就職氷河期世代の筆者と、小学生の時「同点5位」を分け合った同級生「ハカセ」、そしてその母親「こけし」。母親同士が水面下でマウントを取り合いながら成績を競っていたのが、中学受験時代だった。
20年後、ネットバブル期に華々しく頭角を現していたハカセは、新会社の立ち上げに際し、筆者に出資を求めてきた。
しかし数年でその会社は経営陣の遊興疑惑を残して破綻。ハカセを支えていた人々は彼の元を去り、母子はともに個人破産に追い込まれる。英俊と言われた男のビジネス人生は、ここでいったん幕を閉じたのだった。
あのハカセが私に懇願してきた
ハカセから「部屋を貸してほしい」と相談のメールが舞い込んだのはそれから2年後のことでした。
ちょうどそのころ、私が35年(当時)の人生の中で生まれて初めて「あなたが好きだ」と言ってくれる、超絶スーパーレアな女性と知り合い、え、私なんかでいいんですかということで築地の寿司屋でプロポーズして結婚したばかりのころで、幸せに舞い上がり、ハカセのことなんてすっかり忘れておりました。
当時、確かに仕込んでいた物件に空室があり、はめ込み先で少し悩んでいたころだったので、知らない仲でもないし貸してやろうかと思ったところ…人物照会をかけると、どうもハカセは詐欺事件と傷害で公判中のようでした。なんやそれ。
電話ではなんだからちょっと会うかという話になり、私は家内を連れて、外苑前の「Sign」というお店でハカセこけし母子と会いました。
なんで母親がついてくるのか、私には理解できませんでしたが、依存でしょうか。
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家内を紹介がてら私が結婚したことに、衝撃を受けるハカセ。いや、大きなお世話だろ。どうせ空いているのでと、古いほうの物件の1DKを斡旋しようとしたら、ハカセこけし母子で入居を考えているので、都心に近い、もう少し広い部屋がいいと言うのです。
私は耳を疑いました。ハカセはすでに起訴されて公判中で、初犯だからたぶん執行猶予が付くとはいえ、いろんな意味で瀬戸際にいるわけですよ。こけしはこけしで、ハカセの会社の破綻で連帯保証で個人破産しており、つまりは母子ともども相変わらず社会的な信用ゼロでした。
そんな母子を入居させて家賃が払えるのか。「払えるわけがない」とまではいわないけど、むつかしいんじゃないかと。
しかし、ハカセは言うのです。「俺には実力がある。すぐに復活する。家賃なんてすぐに払えるようになる」と。こけしも「あなたも良く知っているでしょう。息子を信じてあげてください」と涙目で懇願してきます。
あの、お袋と秋田の同郷で「仲良くしてね」と言われたこけしが、20年以上の時を経て、髪にも白いものが混じり、顔にも深い皺が刻まれ、かつてのツヤツヤとした黒髪のこけしの面影はどこにもありませんでした。
家内は私の袖を引っ張って「やめたほうがいいんじゃない」と小声で言いましたが、私の心の弱さというか、あのハカセが私に懇願している、という状況になって「勝った」と思ってしまったのです。
自分とライバル関係にあったハカセ、自分より華やかなキャリアを歩んでいたハカセが、いまは自分を頼ってきている。そう暗い感情を晴らそうとしてしまった私の負けです。あれは、良くなかった。
その構図に、どこか気持ち良さを感じていた自分がいたことを、いまとなっては否定できません。神は、見ておられるのです。あの頃のことを思い出しながら、顔真っ赤でキーボードをいま打っていますが、反省しています。マジで。
まあ、人格も歪んでいるから仕方ないんですけれども、人間、他人と自分を比べることは不幸の始まりだと思うのです。
「じゃあ、家賃保証会社がいいっていうなら」
そう言った瞬間、こけしは深々と頭を下げ、ハカセは「恩に着る」と言いながらも、どこか当然のような顔をしていました。腹立たしい。
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しかし、そんな感情はおくびにも出さず、必要な書類については追って連絡すると言ってその場は別れましたが、家内は引っ掛かるものがあったのか「あの人は曲者だ」と連呼していました。
家内は帰りの車の中で「大丈夫なの?」と何度も聞いてきましたが、「まあ、なんとかなるだろう」としか答えられませんでした。実際、なんとかなると思っていたんです。
実際には家内の言う通り大変悲惨な結論になったのですが、夜逃げされたところで、せいぜい100万かそこらの損害だからと説得して、翌日、来社したハカセに契約書にサインをさせ、敷金礼金はなしで、家賃だけを払ってもらう約束をしました。
その後、一度だけ、私はハカセに誘われて、行きつけだという銀座の店に飲みに行きました。
往年の受験戦争について回顧し、お互いの優秀さを讃え合い、取り組んできた仕事論について語って、おおいに笑って飲みました。長年、ライバルだとか羨望だとか劣等感とか、そういうものを抱いて牽制し合っていた過去が、馬鹿らしくなるぐらいに。
ただ、その後、彼と酒を飲みかわすことはその人生の最後まで、ありませんでした。
近隣からの苦情、母子の喧嘩
ハカセ入居から2週間もしないうちに、近隣住民から苦情が来ました。
「あの部屋から、毎晩のように怒鳴り声が聞こえるんですけど」
管理を手伝ってくれている事務の女の子から報告を受けたとき、私はヤバい予感がしました。どうも母子で激しく言い争っているらしい。何を言い争っているのかまでは聞こえないが、男の怒鳴り声と、女の金切り声が交互に響いてくるのだと。
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私は直接ハカセに電話をしました。
「近所から苦情が来ているんだが」
「ああ、すまん。ちょっと母親と意見が合わなくてな」
「意見が合わないって、何の意見だよ」
「まあな…いろいろあるんだよ」
そう言って、ハカセは話を打ち切ろうとしました。いろいろって何だよ。こっちは近隣住民からの苦情対応で忙しいんだよ。
しかし、それ以上追及する気力も失せて、私は「まあ、気をつけてくれ」とだけ伝えて電話を終えました。
その後も、月に2回か3回のペースで苦情が来ました。そこそこ高い頻度です。そのたびにハカセに電話をし、「気をつける」という返事をもらい、しばらくすると静かになり、また母子の喧嘩が始まる。苦情が来る。その繰り返しでした。
何を言い争っていたのか、いまとなっては知る由もありません。ただ、あの母子が抱えていた闇の深さを、私は見誤っていたのでしょう。
中学受験のころ、他人の子どもの成績でマウントを取り合っていたあの母子が、20年以上の時を経て、同居する狭い1DKの部屋で何を言い争っていたのか。想像するだけで胸が苦しくなります。
家賃滞納と異変
そして、入居から半年ちょっとほど経ったころ。
家賃の入金が止まりました。でしょうね。
そんなことだろうと思いました。家賃保証会社さんに電話を入れるタイミングです。
最初は「ちょっと遅れる」という連絡があり、2週間遅れで入金がありました。しかし、翌月は連絡すらなく、さらに1カ月が経っても音沙汰なし。電話をしても出ない、メールを送っても返信がない。
何度か地元の不動産管理会社さんに訪問してもらいましたが、在宅の気配がないというのです。
ただ、郵便受けは綺麗で、電気も水道もメーターは動いています。何らかの生活がそこにあることは間違いありません。大家あるあるですが、要するに、これは滞納アンド居留守・逃げ回りです。
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あーあ。私の中の怒りゲージがどんどん上がっていきました。「恩に着る」とか言っておいて、結局これかよ。
旧知の友人としての立場に同情して、敷金も礼金も取らずに入れてあげたのに、家賃も払わないのか。いや、払えないのか。
どっちにしても困ったもんだ。これで連絡が来なければ立ち退きだなと思って送った連絡も既読スルー。知り合いの入居であって、こんなのを不動産管理会社さんに任せるのも良くない案件につき、ついに私は顔を真っ赤にして、怒髪天を衝く勢いで物件に向かいました。
事務の女の子を連れて、ハカセの部屋に向かう道すがら、私は頭の中で言ってやろうと思っていた台詞を何度も反芻していました。
イメージトレーニング。これが大事だ。「馬鹿野郎」「約束が違うだろう」「いい加減にしろ」「出ていけ」。そういう言葉が、怒りとともに湧き上がってきて、どのタイミングでどう罵倒してやろうか、シミュレーションを繰り返していたのです。
しかし――物件敷地に着いて、アパートの入口から階段に向かい、ハカセの部屋がある階に上がったとき、私は異変に気づきました。
静かなのです。変な、静けさ。
共感は得られないかもしれませんが、空気が、景色が、遠くなる感覚があるんです。
いつもなら、夕食時なら晩飯をしたくする台所の音や、どこかの部屋からテレビが聞こえたり、生活音がしたりするものですが、その日は妙に静まり返っていました。
12月の冷たい空気が、廊下にしーーんと張り詰めているような感覚。街中ではジングルベルが鳴り始めているころだというのに、ここだけ時間が止まったかのような静けさでした。
薄暗い部屋の中で
ハカセの部屋の前に立ち、私はドアをノックしました。屋内の電灯は点いているのに返事がない。もう一度ノックする。やはり返事がない。インターホンを押してみる。中から物音すら聞こえない。
「おかしいな」
女の子が鍵を差し出そうとしたとき、私の中で何かが引っかかりました。説明できない、猛烈に嫌な予感。第六感というやつでしょうか。知りませんが。
「……ごめん。私が先に入る。君は、見ないほうがいい」
私は女の子からマスターキーを受け取り、「階下で待っていてくれ」と伝えました。女の子は不思議そうな顔をしていましたが、私の表情を見て何かを察したのか、黙って階段を降りていきました。
鍵を差し込み、ドアを開ける。
その瞬間、私の目に飛び込んできたのは、薄暗い部屋の中で、天井からぶら下がっているこけしの姿でした。
首を、吊っていました。
黒い顔が、まっすぐ、こちらを見下ろしていました。
あの、「仲良くしてね」とお袋に言われて初めて会ったときの、あの端正で平板な顔のこけしが。中学受験のころに「今週も、山本君よりハカセ君のほうが順位が上だったわね」と煽ってきたこけしが。債権者集会で、悪びれもせず「全財産を投げうってでも補償する」と言いながら100円もカネを入れて来なかったこけしが。長い黒髪をなびかせていたこけしが。
すでに息絶えていることは、一目で分かりました。顔は紫黒色ぽく変色し、首には縄がガッチリ食い込んでいました。あまり多くは申しませんが、こういうご遺体の下には、体液だったものが垂れて溜まりを作るのです。それが冷えて流れて、土間の一部を濡らしていました。
部屋の中は綺麗に片付けられており、テーブルの上には封筒が置かれていました。遺書でしょうか。
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こういうとき、何度か経験していると口を突いて出る言葉は、決まって「あーあ」なのです。あーあ。「そうですか」とか「困ったね」とか「そうきましたか」とか。起きたことを、まず、受け入れる。
皆さん。思ってもみないことが発生したときは、必ず、ひとりごとを言いましょう。
自分を守るためです。
「残念です」と。または、「しょうがないな」がお薦めです。起きた事実の前で、ビビったり、腰を抜かしたら負けだ、ぐらいの勢いで受け入れましょう。起きたことを客観視すること。これがまず、危機から身を護る最大のスキルを育んでくれます。
私は人間が歪んでいるので、この時点で、まず考えたことは事故物件になったな。特殊清掃は要らないとすると原状復帰に100万しないぐらいかな。
人間、慣れたらこんなもんです。SAN値チェックもない。辛かったんだな。亡くなったんだな。解放、されたかな。そう思って、淡々と対応するしかないのです。それが、生きている者の務めだと思うんです。
黒い顔で、虚空を見つめるこけし。無念だったことでしょう。神の御許に召された姿を、愛する息子ではなく、おそらく心底馬鹿にしていただろう私に発見されることになってしまって。
かすかに揺れるご遺体に一礼して部屋を出て、携帯電話を取り出し、110番をダイヤルする。「事件です」「首吊り自殺です」「住所は…」「いえ、発見したのは私です」「大家です」。そんなやり取りを、どこか他人事のようにしている自分がいました。ご遺体の近くで。
異変に気づいたのか、事務の女の子が階段を駆け上がってきました。お嬢さん。仕事熱心なことよ。
「…警察が来ます。ここは私が何とかするので、今日は帰ったほうがいいですよ」
「えっ、でも…」
「帰ったほうが、いいと思いますけどねえ」
不安より、興味が勝ってしまったのかもしれません。
女の子は廊下から私越しに、こけしのご遺体を見てしまったのでしょう。まるで、スローモーションのように、ゆっくりと、そのまま口を押さえ、よろめき、廊下の反対側に手をつき、もたれかかり、そして下を向いて、激しく嘔吐を始めました。
見てしまったら、その場で事情を聞かれます。後日、場合によっては調書も取られる。見て衝撃を受けるだけでなく、何度か尋ねられて思い出させられる。慣れてしまえばそこまでたいした話ではないが、人によっては人生最大級のトラウマとなるのです。
高齢者や、生活保護、精神疾患を抱えた入居者の皆さんを大家としてお迎えすると、長くとも短くとも、一定の割合で、年何件かは今生の別れに立ち合うことになります。
ご入居契約のときは矍鑠(かくしゃく)とした元気なお爺さんだったのに、失業や怪我で転がり落ちるように人間としての感覚を失い、やがて人生の終わりを迎える。
あるいは、幸運にも施設に入れたり、親族からお迎えが来たりもしますが、私の物件にご入居される方々の8割がたは、そのまま孤独な最期を迎えることになります。私の物件の中で。
高齢者や生活保護の皆さんをお預かりする大家は、その不動産管理会社さんともどもそういうお別れと直面することは日常です。
私が、そういう事例で管理会社さんにお任せしっぱなしにしたくないのは、誰かが、ちゃんと神の御許にお送りをしないといけないからです。ぶん投げて、管理費を払ってるんだから仕事としてやってください、と割り切ることが、昔から、なぜか私にはできないのです。
どのような形であれ、人が懸命に生きた、その最期の瞬間に立ち会うことは尊い。裏を返すと、そう思わないとやっていられない。
ここから、警察が来て、現場検証と検視が始まって、第一発見者として事情を訊かれ、調書を取られる。家族との、せっかくの夜のお食事の予定もキャンセルしなきゃ。
あまりにも寒い夜、ハカセの到着
しかるに、こけしもまた、愛する息子が、あの優秀を太字の筆で書き上げたような男が、事業失敗の連続でうだつが上がらず、母親と同居して燻った生活を余儀なくされるというのは屈辱の日々だったことでしょう。
こんなはずではなかった。類まれな明晰なる頭脳を持つ息子が世間を驚かす成功を成し遂げ、その母として自尊と栄華に満ちた人生を、ずっと夢見ていたに違いありません。
いまでも、ご遺体と対面したときの、カッとしたこけしの表情は脳裏に焼き付いています。あれはね、しょうがないのです。神に祈ります。
アパートの廊下を吹き抜ける冷たい風に吹かれながら、私はハカセに電話をしました。何度かけても出ない。メールを送っても返信がない。いったいどこにいるんだ。こけしが死んでいるんだぞ。お前の母親が。
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警察が来てから撮影が、そしてご遺体が降ろされ、ブルーシートで囲まれての検視の最中、10回目ほどかけて、ようやくハカセに電話が繋がりました。
「……一郎か。なんだよ」
「お前、今どこにいる」
「警察署だけど。ちょっと事情を聞かれてて…」
「は? ハカセが警察? 何やってんだよ」
「は? うるせえな。こっちの話だ、関係ねえだろ」
「いいから帰って来いよ! お前の母親が…」
私は言葉を詰まらせました。電話越しに、こけしが死んだことを伝えるべきなのか。いや、これは電話で言うようなことじゃない。
「…とにかく戻れ。いますぐだ」
電話を切ると、高齢の警察官の方が「ご家族の方は来られますか」と聞いてきました。「息子さん、いま、こちらに向かっています」と答えると、警察官は頷いて、現場検証を続けました。
あまりにも寒い夜でした。待っているあいだ、ペットボトルのコーヒーを買って飲んだんですが、味がしなかったです。
半刻ほどで戻ったハカセは、音を立てずにまだ赤色灯が回っている救急車やパトカーが物件の前にあり、私の顔を見て何かを察したのでしょう。「何があった」とも聞かず、そのまま階段を駆け上がっていきました。
まさに、こけしのご遺体がストレッチャーに載せられ運び出されようとしていたその瞬間、ハカセの大きな身体が、がくんと崩れ落ちました。
「…母さん」
膝をついたハカセは、そのまま床に這いつくばりました。
「母さん…母さん…」
大きな身体を震わせて、ハカセは号泣し始めました。あの、傲慢で、人を見下すような態度をしていたハカセが。「俺より頭の良い奴はいない」と豪語していたハカセが。母親の亡骸に覆いかぶさるようにして、声を上げずに泣いていました。
そのとき、私は異変に気づきました。
ハカセが、こけしの髪の毛を口に入れているのです。
一生懸命。無心で。こけしの、自慢だった長い髪を…。
最初は見間違いかと思いました。しかし、違いました。ハカセは一心不乱に、こけしの長い髪の毛を掴み、口の中に突っ込んでいるのです。嗚咽しながら、髪の毛を食べている。こけしの頭からまだ抜けていない髪を引っ張るごとに、まだ命があるかのようにストレッチャーの上のこけし顔が動き、ハタと、まるで、私を見たかのような角度で止まりました。
「あ……」
警察官たちも、その異様な光景に一瞬固まっていましたが、すぐに「やめてください」とハカセを引き離そうとしました。
しかし、ハカセは暴れました。大きな身体で警察官を振り払い、また髪の毛を口に入れようとする。「離せ! 離せよ!」と叫びながら。
最終的に、複数の警察官に取り押さえられて、半狂乱となったハカセは部屋の外に連れ出されていきました。「母さん! 母さん!」と叫びながら。
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他の住人も、また近隣の人も、囲われたブルーシートから警察官にゆっくりと連れ出されるハカセを遠巻きにして見ていました。まあ、興味本位にはなるよねえ。本当は、狂って泣きたいのはこっちのほうなんだがなあとぼんやり思っておりました。
申し訳ないが、世の中、そんなもんです。
しょうがないね。
お前だけ、幸せになりやがって
すっかり日が暮れ、12月の冷たい夜風がますます強く吹き始めると、現場検証と検視を終えた警察関係者の手によって担架が救急車に積み込まれ、ハカセは私のほうを振り向きました。
「一郎よう」
「…なんだ」
「お前だけ、幸せになりやがって」
そう吐き捨てるように言って、ハカセは救急車に乗り込んでいきました。
お前だけ、幸せになりやがって。
中学受験のころから、他人と比べられて育ってきた私たちが、その人生や仕事、果ては結婚、家族、そして幸福までもが、比較の対象になってしまっていた、ということでしょうか。
思い返せば、産業廃棄物業界での泥臭い資源取引で私が苦労しているころに見た、ハカセの華やかな活躍への羨望もまた、競争の激しい失われた世代に生まれた私たちの原罪なのかもしれません。
心配してやってきた地元の不動産管理会社の社長から声を掛けられるまで、私は首元をさすりながら、こけしが吊られた寒いアパートの玄関口に立ち尽くしていました。
※続く