全国向けマスコミにおける「東京ローカルは全国区」というおかしな現実
最近、全国向けのマスメディア(テレビ、ラジオ、新聞、雑誌、書籍、Webメディア、映画、ポッドキャスト、広告宣伝、等々…)に腹が立つことが増えた。
あまりにも内容が東京中心的すぎるからだ。
たとえば
地方で大雪や台風、洪水などの災害があってもろくに話題にしないが、東京で同じ被害があると殊更に話題にする。たとえば、東京の猛暑や積雪は何日もトップニュースで取り上げ騒ぎ立てる。
全国向けにもかかわらず、とりあげるイベントやスポット、グルメ情報などはいずれも東京や関東のものばかり、関東以外は基本スルーか、「地方の珍事」として扱われる。
東京のローカルな地名や鉄道路線、チェーン店や習慣を「全国民が知っている」前提で話題にする。東京の常識が全国の常識だと思っている。
東京のローカル地名も「全国民が知ってて当然」というマスコミの姿勢
個人的に腹が立つのが3番目だ。テレビや雑誌、書籍などで、東京のローカルな地名を「東京の」とことわりを入れず出すことが多い。新宿や渋谷レベルの全国的に知名度があろう地名ならともかく(それでもちゃんと東京の~とことわりを入れてほしいが)首都圏外では知名度がそこまで高くなさそうなローカルな地名も、「東京の事なら全国民が知ってて当然の常識」というスタンスで出てくる。
具体例を紹介しよう。去年だったか、雑誌の「プレジデント」に「企業人のジム通い」を取り上げた連載があった(今もやっているかは知らない)。
ある号では大阪の企業人を取り上げていたようで、「堺筋本町(大阪市中央区)」と、注釈付きでジムのある地名が取り上げられていた。
一方別の号では東京の企業人を取り上げていたのだが、こちらは単に「青山」としか書かれていなかった。確かに青山は都内の地名でも有名なほうかもしれないが、堺筋本町の例に従うならこちらも「青山(東京都港区)」と書くべきだ。これもひとえに「東京を特別視している」ゆえの結果だろう。意識高い系イキリビジネスマン向けの雑誌だから仕方ないのかもしれないけどね。なお、プレジデント誌の名誉のために言っておくと、他の記事では「東京・○○(地名)の~」といったふうな形でことわりを入れている箇所もあった。
プレジデントの例は氷山の一角でしかない。このような事例はテレビや雑誌はもちろん、新書や文庫をふくむ書籍にも見受けられる。どうも全国向けのマスメディアというものは、受け手が東京やその周辺に在住しているか、東京について詳しく知っているという前提で情報を発信しているようである。彼らの想定している「全国」はせいぜい首都圏の一部分だけでしかなく、首都圏以外の「地方」は存在しないも同然だ。軒並み東京を拠点としている以上仕方がないのかもしれないが、個人ブログやSNSならともかく、企業がやっている公共性の高いメディアでその姿勢はちょっとどうかと思う。
東京のマスコミには首都圏外の地域の出身者も多いはずなのに、なぜかこのような状況になってしまっている。真偽のほどは定かではないが、地方からの上京者は故郷を見下し東京を神格化する者も多いという。先日、Web美術手帖の編集長(三重県鈴鹿市出身)が帰省した際、地方を見下す発言をし炎上したという件があったのだが、彼もまた「東京に染まってしまった東京至上主義者」だったのだろうか…?ほかにも地方出身者が書いた書籍で東京の地名がことわりもなく何度も出てきたのを読んだことがある。だから珍しいことではないのだろう。
そしてこれは、残念ながらローカルメディアにも言えることだ。この場合東京のポジションは、その県の県庁所在地や最大都市に置き換わる。
全国向けマスコミは、「東京民のためのもの」なのか?
全国向けのマスコミには「東京も日本のいち地方でしかない」という自覚を持ってほしいものである。東京は文字通り日本社会の中心とはいえ、東京で起きていることも、東京のスポットも、多くは他の地方に関係のないローカルな出来事である。企業活動や政府の動きなどはともかくとして、ローカルな事柄まで全国民の関心ごとだと思い込んでいるのは、マスメディアとして失格だと思う。広告代理店の意向もあるのかもしれないが、関係なさそうなNHKやネットメディアも同じ症状に陥っているあたり、たんにバイアスに陥っているだけなのだろう。
情報の受け手は都民だけではなく全国にいるし、なんならインターネットや衛星放送を通じて全世界にいる。「全国」に向けて発信することを生業としているのなら、首都圏以外の地方にも目を配り、「誰でもわかる言葉」で発信するように努めるべきだ。読者は東京や首都圏の人間だけではない。マスコミの皆さんには、それくらいの想像力は持ってほしい。
やれ多様性だ、SDGsだ、インクルーシブだのと騒がれる昨今だが、マスコミの姿勢を見ていると、その「建前」すら守れない、しょせん薄っぺらい「多様性」なのだなと気づかされる。
昨今、テレビ離れや新聞離れ、出版離れが叫ばれるようになったが、このような東京偏重の姿勢も一因なのではないだろうか。もっとも、一番テレビ離れが進む地域は東京なのだが…。
マスコミの東京偏重に対する批判が少なすぎる現実
それにしても、マスメディアの東京偏重・東京至上主義への批判はおどろくほど少ない。SNSやブログなど、個人レベルでの批判はたくさんみられるものの、ある程度の公共性をもったメディアでの批判はほとんどないと言ってよい。
調べてみたところ、zakzakなど限られた記事しか見つけることができなかった。さまざまなワードを使い検索したので、著しい漏れはないはずだ…と信じたい。
ましてや、日本ではこのようなマスメディアの姿勢が炎上することは無い。
一方、食品会社がSNSで「冷やし中華なんてこれだけでも充分美味しいです」と発言したら炎上する。
極端な話、この程度で企業が謝罪しなければならないのなら、東京偏重や、東京の地名をことわりもなく出すテレビ局や出版社も謝罪すべきである。
世の中、よくわからないものである。
海外ではどうなっているか?
海外に目を向けると、イギリスでもマスコミのロンドン偏重という問題があるようだが、こちらのほうはガーディアンやザ・ナショナル(スコットランドの地域紙)などといった公共性の高いメディアで批判記事が書かれており、さすが先進国だなと思う。一方で、BBCがロンドンからマンチェスターに移転してもなおこのような状況が続いているのか…とも思わされる。
一方で、アメリカの映画やドラマを見ていても、ニューヨークの地名がことわりもなく出てくることがあるので、日本に限ったことでもないのかもしれない(フィクション作品を引き合いに出すのも野暮だが)。
そういわれると、フランスでもパリのローカルな地名(シャンゼリゼ通り、カルチェ・ラタンなど)は日本でも知名度が高いし自分も知っているけど、リヨンやマルセイユのローカルな地名はと言われると、わからなくなる。
このほか、中心都市へのマスコミの偏重は、韓国や台湾でも見られるようだ。
なぜ問題視しているのか?
長々と説明してきたが、私がなぜ、全国マスコミにおける東京偏重・東京中心主義を問題視しているのかについての説明がまだだった。これには大きく分けて二つの理由がある。
ひとつは、不平等・不公平性。東京の小地名をことわりなく出したり、首都圏のトピックは些細なことでも大きく取り上げるにもかかわらず、東京以外の都市の地名は「大阪の心斎橋」「福岡・天神」などとことわりを入れて表記し、名古屋や札幌の新スポットやイベント情報はほとんど取り上げない。このような東京・首都圏ばかりを特別視したマスコミの姿勢は不平等以外の何物でもない。だからといってことわりをいれずに「心斎橋」「天神」などと出されても不親切なので、東京の地名も同じように「東京の恵比寿」「東京・中央区日本橋」などといった表記を徹底すべきというのが私の主張である。
大変些細なことで、難癖に近いかもしれないが、こういった小さなところも、構造的問題の一角であり、批判していくべきだと考えている。
もう一つは反多様性である。日本には東京のみならず北海道から沖縄までさまざまな地域が存在する。にもかかわらず、全国向けのマスコミは本拠地である東京の情報ばかりを、東京の価値観・視点で殊更に取り上げ、東京の常識=全国民の常識という姿勢をとる。それ以外の地方の情報は偏見が混じっていたり、ネガティブなものとして取り上げられてしまうことが多いように思う。公共的な存在であるはずのメディアが東京の視点で情報を切り取り、東京の常識を全国の常識として押し付ける行為は多様性への裏切りであり、極端な言い方をすれば地域の文化・現実を均質化する暴力でしかない。
昔はともかく、今は多様性が尊重される時代である。ポリコレに代表されるような過度な多様性のごり押しも問題だが、多様性を尊重していく社会とそうでない社会を想像してみれば、どっちがよりよく発展した社会になるかは言うまでもないだろう。少なくともマスコミ各社には、受け手が東京人だけではなく日本中、いや世界中に存在するという事実を頭の片隅に入れておいてほしいと思う。
特に昨今ではSDGsがもてはやされ(私はあまり好きではないが)、マスコミ各社もそれに乗っかっている。しかし、SDGsをアピールしておきながら、公共性・多様性を軽視し東京情報ばかり発信するのは、もはや笑いを通り越して呆れるばかりである。
今日も東京の、東京による、東京のための情報ばかり取り上げている全国向けマスコミを見ると、結局「全国向けメディア」というものは、東京の狭いローカルな「業界」の産業でしかないのだと強く思わされる。
我々にできることは
さて、このようなマスコミの「横暴」にたいし、我々読者(視聴者)ができることは、マスコミのそれに比べれば雀の涙ほどでしかない。それでも継続的に声を上げていくしかない。ほとんど聞き入れられることはないだろうが、しないよりはマシだ。声を上げてもすぐに変わることはないだろう。しかし、声を上げなければ“東京偏重”が当たり前として固定され続けてしまう。だからこそ、諦めずに言い続けるしかない。そして声をあげる人が増えていけば、いつか聞き入れてもらえる日が来るかもしれない。そんな日が来ることを願って、今日も私は小さな声を上げ続ける。
というわけで、これらの問題について語る場を作ってみた
のですが、誰一人として参加者が入ってこないため、閉鎖しました。
結局、文句を言う人はそれなりにいるけど、やっぱり少数派だし、ましてやこういうところに入って語るレベルではないってことなんですね。絶望です。
最後に宣伝になりますが、東京一極集中や、マスコミ・産業の東京偏重、地方格差や、その他地方と東京をめぐる問題について語るコミュニティを開設いたしました。
名付けて、「東京一極集中や東京偏重の問題を考える会」。
DiscordとLINEオープンチャットで活動しています。参加条件は特にありません(強いて言えば、日本語を話せること)ので、皆さんお気軽にご参加ください。
Discordサーバーの招待リンクはこちら👇
LINEオープンチャットの招待リンクはこちら👇
皆さんのご参加、心よりお待ちしています。




コメント
1えー閉鎖したのか残念