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第41話:『静寂の楔、巫女の眠り』/紗夜の小説

第41話:『静寂の楔、巫女の眠り』

4,669文字9分

この辺、最初に書いたプロットと大幅に変えたので色々とドッキドキです。

原作沿い、改変あり
救済あり
オリ主個性強い(最強気味)
独自解釈多数
暴力描写、流血表現あり

何でも許せる方向け

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鬼ヶ島・ライブフロア。

眼下に広がる戦場は、もはや戦いという言葉すら生ぬるい、混沌とした地獄絵図と化していた。充満する硝煙、飛び交う怒号、そして四皇という存在が放つ、生物としての根源的な恐怖を煽る威圧感。

「……ひどい……。みんな、ボロボロだわ……」

ナマエは震える手で手すりにしがみつき、目を見開いた。

眼下では、ローとキッドがビッグ・マムと対峙していた。だが、今もなお轟々と燃え盛るプロメテウス、空を引き裂くヘラの雷撃が、二人の動きを大きく制限している。ナポレオンの斬撃が床を砕くたびに、足場が崩れ、二人の体力が削られていく。

(……ローくんの、命の火が……消えそう……)

特にローの消耗は激しかった。覚醒技の連続使用は、彼の強靭な精神力をもってしても、肉体の限界をとうに超えさせている。内臓は悲鳴を上げ、血管は破裂寸前。心音は不規則に乱れ、意識を繋ぎ止めるだけで精一杯なはずだ。それは隣で戦うキッドも同様で、磁気を維持するための極度の集中により、今にも焼き切れそうなほど熱を帯びていた。

「……ロシー」

ナマエの声に、ロシナンテが静かに一歩前へ出た。

「……やってみる。この覇気にどれだけ対抗できるか分からないが……」

ロシナンテは目を閉じ、深く息を吸い込んだ。
音を消すのではない。波そのものを凪にする。熱も、光も、電撃も、振動も——すべては「波」として伝わる。その波を止めれば、どんな能力も届かない。これほどの規模の凪は、彼の能力が覚醒してから初めて挑む領域だった。

「……行くぞ」

パチンッ。
静かな指の音と共に、ライブフロアの空気が変わった。

プロメテウスが轟々と燃え盛ったまま、その熱が突然、完全に消えた。炎は形を保っているのに、熱が伝わらない。まるで絵の中の火のように、ただそこにあるだけになった。

「……なっ!?なんだい、プロメテウス!なんで熱くないんだい!!」

ビッグ・マムが困惑の声を上げる。

ヘラが雷撃を放つ。だが、その電撃はローとキッドに届く寸前で霧散し、床に触れても何の衝撃も生まない。ナポレオンが空を薙いだ斬撃も、振動として伝わる衝撃が完全に失われ、ただの風圧だけが残る。

ロシナンテの額に、大粒の汗が浮かんでいた。これだけの範囲、これだけの出力を凪にし続けるのは、想像以上の消耗を伴う。膝が微かに震え、足元の感覚が遠くなっていく。だが、その表情に迷いはない。

「……ナマエ、今だ」

ロシナンテの言葉に、ナマエは既に動いていた。
指先に意識を集中させる。海楼石を生成するには、自身の生命力を核として、海そのものを凝縮させなければならない。フーズ・フー戦で一度使った。あの時も限界だった。今はそれ以上に、体力が削られている。それでも。

(……これが、最後の一手よ)

ナマエの指先から、漆黒に近い藍色の結晶が、ゆっくりと、しかし確実に形成されていく。あの時より小さい。あの時より密度が高い。自分の中に残った生命力を、一滴残らず絞り出した結晶だった。

「……ナマエ、顔色が……」
「大丈夫。……集中して、ロシー」

ロシナンテの心配を遮り、ナマエは扇を構えた。

形成された礫は、掌の上で静かに輝いている。漆黒と藍が交差する、美しくも禍々しい光。それはナマエの命を削って生み出した、神の力の欠片だった。
眼下では、ホーミーズたちの動きが鈍くなっていた。ロシナンテの凪によって、ビッグ・マムから注がれる「魂の供給」が途絶えているからだ。だが、四皇本人の覇気だけは、凪の中でも消えない。それほどの絶対的な力。

(……だから、私が乱す)

ナマエは扇を一閃させた。

海楼石の礫が、音もなく、ビッグ・マムの巨体へと吸い込まれていく。礫はビッグ・マムの皮膚を貫通するほどの力はない。だが、体表に食い込んだ海楼石の波動が、彼女の覇気の出力を一瞬だけ、確かに乱した。四皇でさえ、海の呪いからは逃れられない。

「……っ!?なんだい、この感覚は……!力が……!」

その「一瞬」で十分だった。

「……今だ、ユースタス屋!!」

ローが低く、地を這うような声で叫んだ。ビッグ・マムの覇気が乱れたその瞬間、ローとキッドの瞳に、死を覚悟した男たちの、最後の光が宿った。

「ナマエ、後ろから来る雑兵は俺が一人も近づかせねェ。……お前はあいつらだけを見てろ」

ロシナンテが凪を維持しながら、背後から迫る百獣海賊団の残党を、無音の銃撃で次々と排除していく。ナマエはキャットウォークの手すりから身を乗り出し、眼下の二人の背中を見つめた。
ローが誰もいないはずの高所の影を、一瞬だけ射抜くような眼光で見据えた。凪の結界によって完全に秘匿されたナマエとロシナンテが潜む場所。その瞳には、「なぜ来た」という怒りと、それ以上の「生きていてくれた」という安堵、そして「信じろ」という不敵な決意が混ざり合っていた。

「……バカ野郎。……こんな所に来やがって……」

その掠れた呟きは、ビッグ・マムの咆哮にかき消された。
だがナマエの心には、はっきりと届いた。

「……キッド!ローくん!!行って!!」

ナマエの祈りが、二人の背中を強く、強く押し上げる。
直後、ライブフロアの空気が爆ぜた。

「……ガタガタ抜かしてんじゃねェよ、ババア……!!」

ローの咆哮が、戦場の喧騒をすべて塗り潰した。刀身が底なしの闇のように伸び、四皇ビッグ・マムの巨体を貫通する。それは鬼ヶ島の岩盤を突き抜け、ワノ国の地下深く、灼熱のマグマが蠢く層にまで到達した。

ロシナンテの凪が、プロメテウスとヘラの反撃を封じ続ける。目から血が流れ、膝が折れかかっていたが、彼は指を鳴らし、能力を維持し続けた。
その隙を逃さず、キッドが磁気で組み上げた巨大な大砲が火を吹いた。圧倒的な質量とエネルギーの塊が、墜落しかけた巨体を奈落の底、ワノ国の深淵へと叩き落とした。

「……ぬあああああ!!!」

四皇の断末魔が、雷鳴のように轟く。爆発。瓦礫の雨。立ち込める砂塵。ライブフロアの一部が、そのあまりの威力に耐えきれず、轟音と共に崩落を開始した。

勝った。
その確信が生まれた瞬間、ナマエの身体から、一気に力が抜けた。
指先から始まった碧い透き通りが、腕を、肩を、足を、全身へと急速に広がっていく。ロシナンテが背後から支えようとした。だが、彼の腕はナマエの肩を掴みそこねた。手応えが、なかった。

「……ナマエ!!」
「……大丈夫。……ローくんが、見えてる……。まだ……消えたくない……」

ナマエは透き通った腕を必死に動かし、ローの後ろ姿だけを見つめた。だが、視界が白く霞んでいく。彼女の輪郭が、夜の海の霧のように曖昧になっていく。

(……終わった、わよね。……みんな、守れた……。……お母様……)

その瞬間だった。
ナマエの意識の最も深い場所で、何かが、静かに、目を覚ました。
海の底から響くような、古く、けれど慈しみに満ちた声。ナマエが生まれてから一度も聞いたことのない声。だが、その声を耳にした瞬間、胸の奥が懐かしさで震えた。

『……我の愛し子よ』
(……誰……?)
『……そなたはよく戦った。……よく、守った。……仇も討った。……少し、休むがよい』
(……私の……中の……?)
『我はそなたの中にある、海の記憶。……そなたが疲れた時、我が代わりに守ろう。……愛し子よ、眠れ』

その言葉は、命令ではなかった。長い旅を終えた者を、温かな寝床へと誘うような、限りなく穏やかな声だった。
ナマエの唇が、かすかに動く。

「……ローくん……」

その名前だけを、最後に呟いた。
次の瞬間、ナマエの全身が、南洋の海を切り取ったかのように美しく、碧く、完全に透き通った。
そして、腰まで届いていた漆黒の髪が、根元から先端へと向かって、白銀に変わっていく。閉じた瞼の下で、藤色の瞳が消え、代わりに深海を閉じ込めたような碧い光が、薄い皮膚を透かして輝き始めた。

「ナマエ!!バカ野郎!!」

ロシナンテが咄嗟に彼女の腰を抱き止め、自身の身体をクッションにするようにして地上へと飛び降りる。だが、腕の中のナマエの体は、驚くほどに軽く、そして希薄だった。まるで、霧の塊を抱えているような、儚い感触。
着地したロシナンテの腕の中で、ナマエは静かに横たわったままだった。

「ナマエ!返事をしろ!ナマエ!!」

返事はなかった。
透き通った身体の中で、碧い光だけが静かに、規則正しく脈打っている。それだけが、まだそこに「命」があることの証だった。

「……っ、ナマエ……!!」

遠くで、崩落を免れながら立ち上がったローが、白銀の髪をなびかせてロシナンテに抱かれているナマエの姿を見つけ、傷だらけの足で駆け寄ってきた。

「……なんだ、これは……。ナマエ……!?」

ローの声が、信じられないものを見る色を帯びる。あの黒髪が、白銀に変わっている。全身が透き通り、碧く発光している。それはもはや、自分が知っている「ナマエ」の姿ではなかった。

「……ナマエ!聞こえるか!!」

返事はない。
ただ、白銀の髪が、ライブフロアに吹き込む風にゆっくりとなびいていた。
その時、上空から崩落の余波で剥がれ落ちた巨大な天井の一部が、容赦なく落下してきた。その直下には、疲労困憊で動けないローがいる。

「ロー、危ねェ!!」
ロシナンテが叫んだ、次の瞬間だった。

ロシナンテの腕に支えられたままのナマエの瞼が、すっと持ち上がった。
藤色ではない。
深海の色をした、碧い瞳。

「……ッ!?」

ローが息を呑む。
ナマエの、しかしナマエではない誰かの視線が、静かに、そして深く、ローを捉えた。
透き通った腕が、ゆっくりと空へ向かって伸ばされる。指先から、澄み渡った水が溢れ出し、凝縮され、落下してくる巨大な瓦礫に向かって、大剣をも弾き返すほど強固な「水の盾」を形成した。

ガシャアァァァン!!

鼓膜を突き破るような衝撃音と共に、数トンはある瓦礫が盾に衝突し、木っ端微塵に砕けてローの周囲に散らばった。砂塵がゆっくりと晴れていく。

「……ナマエ……?」

ローが、呆然と目の前の少女を見つめた。
白銀の髪。碧く光る瞳。透き通った、けれど確かにそこに存在する身体。
それはナマエだった。しかし、ナマエではなかった。
碧い瞳が、ローをただ静かに見つめている。その眼差しには、ナマエの持つ熱も、焦りも、怒りもない。ただ、深い海の底のような、静謐な慈しみだけがあった。

「……ナマエ!俺が分かるか!!」

ローが肩を掴もうとする。だが、その手は一瞬、ナマエの輪郭をすり抜けそうになった。
碧い瞳が、ゆっくりと瞬いた。

「……」

言葉はなかった。ただ、透き通った手が、ローの頬にそっと触れた。その感触は、かつてないほど冷たく、そして澄んでいた。
その背後で、ロシナンテが膝をつき、震える声で呟いた。

「……ナマエ……。……お前の中に、誰かがいるのか……」

ライブフロアに上がる勝鬨の声が、遠くで響いていた。
だが、ローにはその音が聞こえなかった。
目の前にいる「ナマエではない何か」が、自分を見つめている。その碧い瞳の奥に、確かにナマエの記憶が、感情が、宿っているのを感じながら——ローは、生まれて初めて、名前のつけられない恐怖と向き合っていた。

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