第10話

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2026/07/06 23:00 更新



しばらく沈黙が流れる。


気まずさはない。


むしろ、今までより心地いい。






「でもさ。」



吉田さんがふと思い出したように口を開く。




「舜太と仲良さそうだった。」


「……!」




やっぱり見られていた。



「あれは、その……。」


「他のイベントも行ってるんだ?」



図星だった。



「はい……。」


「何回くらい?」


「何回だろ……。」


「結構?」


「……はい。」


仁人は「そっか」とだけ答える。




それなのに。


少しだけ口元が尖っていた。



「吉田さん?」


「俺。」


「え?」


「イベント来てるのも知らなかった。」


「それは、」


「舜太とはあんなに楽しそうだった。」




思わず吹き出しそうになる。



「笑わないで。」


「だって。」

「俺、隣人なのに。」



その言い方があまりにも子どもっぽくて。





「拗ねてるんですか?」


「……拗ねてる。」


即答だった。






「ライブでは舜太。」

「イベントでも舜太。」

「家帰っても舜太。」


「そんなことないですよ!」


「ある。」


「あります?」


「ある。」






二人とも顔を見合わせる。


次の瞬間。


どちらからともなく笑ってしまった。





「ふふっ。」


「はは。」




こんなに笑ったのは初めてかもしれない。










笑い終えたあと、吉田さんが少し真面目な顔になる。



「ねぇ。」


「はい?」


「隣ではさ。」


「うん。」


「俺のこと、もっと知ってよ。」




その言葉に、胸が高鳴る。




「舜太推しをやめろとは言わない。」


「……はい。」


「でも、隣にいる時くらいは、俺のことも見てくれたら嬉しい。」




真っ直ぐな瞳。

アイドルの吉田仁人じゃない。

お隣に住む、吉田さんとしてのお願いだった。




「……努力します。」



そう答えると、吉田さんは少しだけ笑った。



「努力か。」


「だって、舜太くんは長年の推しなので。」


「手強いな。」


「すごく。」



また笑い合う。






すると吉田さんがポケットからスマートフォンを取り出した。



「そうだ。」


「?」


「今さらだけど。」


画面をこちらへ向ける。

「連絡先、交換しない?」


思わず目を瞬かせる。


「隣人なのに知らないままって不便だし。」


「確かに……。」




それだけじゃない。


たぶん、お互いもっと話したいと思っている。





「お願いします。」


スマートフォンを取り出す。





連絡先を交換し終えると、吉田さんは満足そうに頷いた。




「これで、いつでも連絡できる。」


「そうですね!」


「あと。」



吉田さんが少し照れたように笑う。



「もう『吉田さん』じゃなくていいよ。」


「え?」


「仁人って呼んで。」





一瞬ためらってから、小さく息を吸う。


「……仁人くん。」



名前を呼ぶと、仁人くんは嬉しそうに目を細めた。



「うん。」


その笑顔を見た瞬間。


イベント会場で見ていたアイドルの姿と、今目の前にいる隣人の姿が、ようやく一つにつながった気がした。


まだ、この時の私は気付いていない。





この日交換した連絡先が、二人の関係を少しずつ”隣人”以上へ変えていくことを——。

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