しばらく沈黙が流れる。
気まずさはない。
むしろ、今までより心地いい。
「でもさ。」
吉田さんがふと思い出したように口を開く。
「舜太と仲良さそうだった。」
「……!」
やっぱり見られていた。
「あれは、その……。」
「他のイベントも行ってるんだ?」
図星だった。
「はい……。」
「何回くらい?」
「何回だろ……。」
「結構?」
「……はい。」
仁人は「そっか」とだけ答える。
それなのに。
少しだけ口元が尖っていた。
「吉田さん?」
「俺。」
「え?」
「イベント来てるのも知らなかった。」
「それは、」
「舜太とはあんなに楽しそうだった。」
思わず吹き出しそうになる。
「笑わないで。」
「だって。」
「俺、隣人なのに。」
その言い方があまりにも子どもっぽくて。
「拗ねてるんですか?」
「……拗ねてる。」
即答だった。
「ライブでは舜太。」
「イベントでも舜太。」
「家帰っても舜太。」
「そんなことないですよ!」
「ある。」
「あります?」
「ある。」
二人とも顔を見合わせる。
次の瞬間。
どちらからともなく笑ってしまった。
「ふふっ。」
「はは。」
こんなに笑ったのは初めてかもしれない。
笑い終えたあと、吉田さんが少し真面目な顔になる。
「ねぇ。」
「はい?」
「隣ではさ。」
「うん。」
「俺のこと、もっと知ってよ。」
その言葉に、胸が高鳴る。
「舜太推しをやめろとは言わない。」
「……はい。」
「でも、隣にいる時くらいは、俺のことも見てくれたら嬉しい。」
真っ直ぐな瞳。
アイドルの吉田仁人じゃない。
お隣に住む、吉田さんとしてのお願いだった。
「……努力します。」
そう答えると、吉田さんは少しだけ笑った。
「努力か。」
「だって、舜太くんは長年の推しなので。」
「手強いな。」
「すごく。」
また笑い合う。
すると吉田さんがポケットからスマートフォンを取り出した。
「そうだ。」
「?」
「今さらだけど。」
画面をこちらへ向ける。
「連絡先、交換しない?」
思わず目を瞬かせる。
「隣人なのに知らないままって不便だし。」
「確かに……。」
それだけじゃない。
たぶん、お互いもっと話したいと思っている。
「お願いします。」
スマートフォンを取り出す。
連絡先を交換し終えると、吉田さんは満足そうに頷いた。
「これで、いつでも連絡できる。」
「そうですね!」
「あと。」
吉田さんが少し照れたように笑う。
「もう『吉田さん』じゃなくていいよ。」
「え?」
「仁人って呼んで。」
一瞬ためらってから、小さく息を吸う。
「……仁人くん。」
名前を呼ぶと、仁人くんは嬉しそうに目を細めた。
「うん。」
その笑顔を見た瞬間。
イベント会場で見ていたアイドルの姿と、今目の前にいる隣人の姿が、ようやく一つにつながった気がした。
まだ、この時の私は気付いていない。
この日交換した連絡先が、二人の関係を少しずつ”隣人”以上へ変えていくことを——。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。