第3話 知らない私が、私になる
星街すいせいの中に生まれた、
たくさんの「星街すいせい」
知らなかった時間が埋まっていく。
知らない私が、私になる。
※楽曲イメージの人格が登場します
※非公式解釈・解釈違いの可能性あり
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「てん…きゅう?」
「そう。君のことは…まぁ、すいちゃんでいっか」
私と同じ姿の彼女は微笑んだ。
天球。その名前はすごく聞き覚えがある。
でも、やっぱり分からないことだらけだ。
「私と同じ姿…私から生まれたって、どういうことなの!?」
「まあまあ、ちゃんと話すからさ。落ち着いてよ」
「私たちはすいちゃんから生まれた意思。元々は1つだったものがバラバラになって、すいちゃんの曲を核にして人格として形を持ったんだよ」
「意思…?人格…?」
彼女が何を言ってるのか全然理解できない。
困惑する私をよそに、彼女は話を進めていく。
「言いやすくすると、曲人格といったところかな」
「曲…人格?じゃあ、君は…」
「うん。私は『天球、彗星は夜を跨いで』を核に持つ曲人格だよ」
紺色のキャミソールとロングパンツ。長い空色の髪を下ろして、くすんだ青色の薄手パーカーを羽織る姿は、確かに『天球』のMVを彷彿させた。
私と同じでありながら、私とは少し違う雰囲気を纏っている。
「人格って…どういうことなの?私を…乗っとるつもり?」
「ううん。そんな事はしないし、できないよ。私たちはあくまですいちゃんの一部。主導権はすいちゃんの物だよ。ただ、君が疲れたり困ったりした時に表に出て、すいちゃんを助けるくらいならできる」
「それが、最近の現象ってことなの?」
「そうだよ。余計に困らせちゃったのはごめんね」
「それは…まあ、良いけど。それより一体どうして天球が生まれたの?」
「コメットちゃんだよ。君が望んだからコメットちゃんが叶えた。そのせいで面倒なことになってるんだけどね」
「私が、望んだ…?」
「すいちゃん、言ったでしょ?『もう一人私がいたら』って」
そういえば、前にコメットちゃんらしき声に話しかけられて、そう答えた。
あのときは疲れてて、上の空で返事してた気がする。
「え…?あの一言のせいでこうなってんの?」
「コメットちゃんは宇宙の力で私たちを作り出したみたいでね。困ったもんだよ。オマケに当の本人はどっか行ってるしね」
「どっか行った!?」
「まあ、他の人格たちに紛れてこの身体にはいるみたいだけど、姿を現さないんだよね…」
「他の人格…?天球の他にもいるの?」
「そうだよ。君の後ろの座席にみんな座ってるけど、姿は見せてくれないみたいだね」
後ろを見上げると暗がりからいくつもの視線を感じた。
「じゃあ…天球みたいに表に出てくることもあるの?」
「人格たちが出たいと思ったら出るかもしれないね」
「それは嫌だ!今はなんとかなってるけど、もし天球たちのせいで仕事に支障が出たりしたら…」
大事なライブが近づいてるのに、邪魔されたくない!
頭に浮かんだ不安をどんどんぶつけていく。
「そこはまあ、なんとかなると思うよ。私たちはすいちゃんから生まれた。ただ、欠片が個として独立しただけ。考えることは違っても、考え方とかはほとんど同じだよ」
「…でも!記憶がないのとか、困るよ!」
私の不安をよそに天球はあっけらかんとして答える。
「それも大丈夫。私たち人格とすいちゃんが拒まない限り、記憶は共有できる。別に私は拒まないよ」
「じゃあ、今までは?なんでできなかったの?」
「うーん。すいちゃんがまだ私たちを知らなかったからなぁ。まあ、とりあえずこれまでの記憶を共有しておこうか?」
「うん…。ってなんで天球はこんなに状況が分かってるの?」
「さあ?」
「さあって…」
「なんでか分からないけど、初めから知ってたんだよね。そういう子、他の人格にもいるよ」
「なる…ほど?」
答えになっていないような答えに戸惑いながらとりあえずここまでの説明を飲み込んでおく。
「さて、記憶の共有だけど、そこ座って?」
「う、うん」
促されてスクリーン最前の座席に座る。
なんだろう?映画でも見始めるのか?
「さあ、始めるよ」
天球の声でスクリーンに映像が流れ始めた。
映画なんかじゃない。
まるで、誰かの目線で物事を見ているような。
現実の記憶だった。
────────
朝。
私、星街すいせいが─
いや、正確には『天球』が事務所に着くとみこちが珍しく髪をおろしていた。
「あ、すいちゃんおはー!」
「おはよう、みこち。髪おろしてるの珍しいね」
「これ?さっきヘアゴム切れちゃってー」
ぶーっと膨れっ面の彼女を微笑ましく眺めていると、今日は髪留めの予備を持ってきている事を思い出した。
私は自分が着けている髪留めを外す。
悩むより先に手が動いていた。
パサリと私の髪が重力に従ってほどけていく。
「これ使いな」
外した髪留めを彼女に差し出した。
最近買った深い青のリボンの髪留め。星形の飾りがかわいくてお気に入りなんだ。
「えっ!?すいちゃんのは?」
「予備があるからいいよ」
「あ、ありがとう」
それぞれ髪を結び終わると、みこちは鏡に映る自分を覗き込んでいた。
「見てみてすいちゃん!みこ案外、青色も似合ってない?」
「そうだね。似合ってるよ」
珍しい色を身につけてはしゃいでいる彼女を見て、つい本音が零れた。
「…かわいい」
「にぇ?なんか言った?」
「ううん、なんでもない。そんなに気に入ったならあげるよ。それ」
「いいの!?」
勝手にあげちゃってすいちゃんにはごめんだけど、このキラキラした表情を見たらすいちゃんだって躊躇なくあげちゃうんだろうから、許してほしい。
「おはようございますー……ほぉ?朝からてぇてぇとは素晴らしいことで」
部屋に入ってきたのはフブさんだった。
みこちの髪留めに目を留めたフブさんはニヤニヤと私に話しかけてくる。
「まあね」
てぇてぇを否定しない私に驚くフブさんだけど、みこちに呼ばれて離れていった。
「フブさん見てー!みこ、青色も似合ってるでしょ?」
「そうですねー、前のおでかけ衣装も水色でしたもんね?やっぱり青系と相性良いんでしょうねぇ?」
チラッとこちらを見てくるフブさん。
「いいじゃん、また青系の衣装出してみたら?」
「そおー?じゃあ、マネちゃんに相談してくる!」
「ちょ、みこち!」
「にぇ?」
ガタッと音を立てて椅子から立ち上がったみこちは、その勢いでペットボトルを倒してしまった。
運の悪いことにそのペットボトルはキャップが空いていて、零れた中身が机に水溜まりを作っていく。
「みこち、大丈夫!?」
「みこはちょっと手にかかったくらいで、大丈夫だけど…やっちまった……」
水溜まりが机に置いてあった書類を濡らしていく。
あわあわとハンカチで拭き取ろうとするみこち。
「みこさん、落ち着いてください!…すいちゃん、どうしましょう?」
「とりあえず、フブさんはみこちを連れて手を洗わせてきて。机は私がどうにかするから」
状況を整理するより先に、言葉が出た。
「分かりました!」
フブさんがパニック状態のみこちを部屋の外に連れ出していく。
「さて、これどうしよう?」
とりあえず近くにあったティッシュボックスから一気に何枚も取って零れた中身を拭いていく。机の水溜まりが無くなる頃にはボックスは空になっていた。
書類は全部びしょ濡れだったけど、この書類ならマネちゃんに言えばきっと予備があるだろう。
マネちゃんを探して経緯を説明すると、思った通りに予備を渡してくれた。
書類を手に部屋に戻るとみこち達は既に戻ってきていた。
「あ、すいちゃん。ありがとにぇ」
まだしょんぼりしているみこちに書類を渡すと、「わざわざごめん」と言われた。
「ううん。気にしないで。みこちが無事で良かったよ」
「無事って、大袈裟だなぁ」
「そう?あ、マネちゃんがそろそろ時間だから準備してって言ってたよ」
「分かりました。ほら、みこさんも準備しましょう」
その後、準備ができた私たちはスタジオに向かった。
配信が始まる少し前、機材の不具合が起きたと言われて私たちはスタジオ端の椅子に座って待つことにした。
ん?なんだか眠い…?
ああ、すいちゃんがそろそろ起きるみたいだね。
じゃあ、後は任せて私は戻ろうかな。
そう思って私は目を閉じる。
次に目を開けると大きなスクリーンのある映画館の座席に座っていた。
──────
スクリーンが暗くなり、記憶が終わったのだと分かった。
「どう?これがあの日の朝の出来事だよ」
「…やっぱり、あの髪留めをあげたのは天球だったんだね」
「そうだよ。ごめんね、勝手にあげちゃって」
「まあ、いいよ。みこちも気に入ってたみたいだし」
「それにしても不思議な感じだね。これを見たら、天球の記憶なのに、私の記憶みたいに感じるよ」
私の行動じゃないのに、あたかも私がみこちに髪留めをあげたように思える。
「それが記憶の共有だよ。これなら交代しても大丈夫でしょ?」
「そうかも」
「じゃあ、他の記憶も共有しておこうか」
「うん。おねがい」
またスクリーンが記憶を映し出す。
知らなかった時間が埋まっていく。
知らない私が私になっていく。
不安は胸の中から消えていく。