――それはね、トップオブリリーっていうの、そう口ずさむ彼女は柔らかで美しい白百合そのものだと思った。
思わず見蕩れてぽうっと頬を赤らめるとまるであなたみたいね、なんて言えばちょっと照れ臭そうにして目を伏せられた。フランス人形みたいな、ビードロ色の瞳。薄灰色の毛並みは一本一本手入れが行き届いていて、女神様が落とした天使かと思った。
ロンドンでも有名な美少女名探偵、森亜るるか。澄んだ瞳でナイフを切るように推理を語り、謎を解き明かす。聡明で美しく、可憐なビスクドールのような彼女はまさに麗しの花の頂点に咲き誇る一輪だった。
それなのに、何処か儚くも見えた。
彼らがるるかの素晴らしい名推理を聞いて賞賛する度に、寂しそうに目を細めた。完璧で隙がなく、大の大人相手でも臆することはない。警察にだってその見立ては穴がある、と言い切るのだ。実際彼女の推論は正しく、大人たちは何度も固唾を飲まされた。素直にすごい、と思った。
だからこそ彼女のバディたる存在が次々と劣等感に悩み辞めていったんだと感じていたが、くれあはそんな気は起きなかった。むしろ彼女の隣に並びたい。退屈だと貴女が言うなら、私がその日々を煌めかせる。淡々とした白百合の路に青い蝶を羽ばたかせて、貴女の世界を彩ってあげたい。
空っぽなの私、完璧とか言われて持て囃されても満たされない。お腹を満たすアイスは美味しいけどそれもすぐなくなる。みんな、溶けてなくなるの。つまらない、でも、くれあは違う。そんなに笑って足を使って真っ直ぐ私の前を歩いて引っ張ってく子、初めて、と笑ってくれた。乱れた青髪を撫でてくれると、んむ、とラズベリーチョコレートのアイスが舌を撫でる。その笑顔が好きだった。
――そんなの、私だって一緒。
だって、蝶々だって留まる花がなければ。蜜を吸えなければ、その羽根を枯らしてしまうから。私にとっても貴女は至上の光。世界のすべて、と。この頃は全てが輝いていた。
「見て、るるか!このフレグランスの香り、被害者の使っているものと同じものよ。……事件現場から察するに、犯人の衣服にもまだ同じものが残っているはず。警察の足を待つより私たちが目星をつけないと、きっと逃げられる。それに……この先の市街が怪しい。私の煌めきが、そう呼んでくれてるの」
「…………それは良いけど、こういう時に足を使うのは警察の仕事。探偵はいざという時頭を使うから、無駄なことに体力を浪費するべきじゃな………って、ちょっと、くれあ………!」
「大丈夫、いざとなったら私が貴女のことも守るもの」
「………ほんとう、そんな自信何処から湧いてくるのかしら」
でも、悪くない、と。
見目に反して探究家なくれあに引っ張られる形でるるかは自分に寄り添ってくれた。時折貴女が見せる直感はバカに出来ないからと呟いており、ワンピースを翻しながら犯人グループの一角にハイキックをキメたり怪盗団ファントム相手でもひけを取らずにゼロ距離で必殺技を撃ち当て、やったねるるか、とピースサインで勝利をおさめることも多かった。
そんな自分に呆れながらも真っ直ぐ過ぎるくれあには私くらいの冷静なバディがちょうどいい、貴女以上にふさわしいバディはいない、と微笑んで告げてくれた時は嬉しかった。
あの頃は、私たちが最強で最高の名探偵だと信じて疑わなかった。
――今回の仕事も、無事に終わった。るるかの好きなアイスもゲット出来たし……そうだ、今度家でも作ってみようかな。プロのには及ばないけど、そうすればいつでもるるかの好きなフレーバーアイスを食べさせてあげられる。あの子、以外と食欲旺盛なんだもの。るるかの舌も、味覚も。ぜんぶぜんぶ、私が知っていたい。………って、それはさすがにおかしいかな?でも、るるか可愛いしきれいだし………わらうと幼くて、眩しい。もっと笑っていて欲しい。それ、だけ。そのためなら、私はなんだって出来る。
ようし、もっともっと頑張るぞ、と拳を空に突き上げながら誓いを立てているとふと、庭園にるるかが顔を出した。
「あ、るるか!おかえりなさい!いつもの行きつけのお店で貴女の好きなフレーバーアイス買っておいたの。時間もぴったりね!二人で一緒に………」
その顔は、何処か浮かなかった。
薄ら淀む瞳が、くれあの頬を包む。そうして、溶けかけたアイスを零すまいと舐めていれば、ふいに唇が触れた。下唇を噛まれたかと思えば、びっくりして瞬きをする。ま、って、るる、か、なん、と漏らすも口付けは終わらない。頬の周りを美しいカーテンが覆うように囲まれると、ラズベリーの甘酸っぱさが絡み付いた。
そうして顔を覗くと、悟ってしまう。
この顔は、良く知っている。マシュタンの占いで良くない前兆が出た時だ。
一度目は、自分の両親が事故に遭った。二度目は、事件の加害者が自ら命を絶った時。そして、三度目は。
彼女が、くれあの肩に額を押し当てると小さく零す。
「…………くれあは私の前からいなくなったりなんて、しない?」
そう、聞かれた。
「………当たり前だよ。私はずっとるるかのそばにいる。るるかと出逢ってから、私の世界は変わったの。それを手放すなんて、考えられない。なににかえても、守ってみせるから」
「…………そう」
「るるか?」
「貴女なら、そう言うと思ってた」
あの時彼女が視た未来がどんなものかは、わからない。
けれど、予想は出来た。
――世界と、貴女。どちらかを選ばなきゃいけなくなった時、私はそうするって誰より知っていたのよね。そしてそれを止めることが出来なかった未来も。……遠ざかる背中で、擦り切れる声で名前を叫ばれて。私こんなに想われてたんだ、って嬉しくなった。駄目だって知ってるのに、最後に貴女の想いが知れて満足してた。それが彼女を裏切ることになったっていうのに。......でも、シュシュタンはずっと私のことを信じてくれた。あんなちゃんたちや、エリザさんたちも繋いでくれた。今の私が貴女へと繋がってるのなら、もう一度煌めいてみせる。
懐かしい力の奔流を噛み締めながら、ウソノワールを打ち倒した。そうして変身が解ければ、咄嗟にるるかの方へと振り向く。
ずっと会いたかった、愛しのバディ。
そのまま駆けてゆくと、黒いドレスを身に纏った金糸の少女はヒールを鳴らして此方へと迫るとそのままくれあのペンダントを掴んで引き寄せた。
るる、か、と呟けば、ぎしりとそれが軋む。困惑に揺れていれば今此処でジュエルごと壊せば、もう羽ばたけない、そう囁く。抱きしめるように強く引き寄せられるとロッドが背中に宛てがわれ、息を呑む。そこには彼女の強く深い覚悟が滲み出ているようだった。私が知らないるるかが、其処にはいた。
「このまま、また舞い戻ってきても幾度となく羽根を燃やされるだけ。………そんな光景をまた見るくらいなら、私が奪う。くれあ、貴女は確かに強い。二度もウソノワールの野望を消してみせた。世界は守られたのは、良いこと。でも、その度に私の世界も滅んでいるの。それを貴女は、わかっていない」
「……………るるか、」
「それでもまた、同じ舞台に立つつもり?」
「…………立つよ」
だって、今の貴女、全然笑ってないもの。
「今度は、貴女の笑顔を取り戻す為に戦う。私の煌めきは確かに今、貴女に向いているから」
抱きしめながらそう伝える。
「…………ごめんね、るるか。あの時の私は、どうしても選ぶしかなかった。その為に貴女にこんなことさせてるのも、わかってる。それでも見ているだけなんて出来ない。必ず貴女にまた、追いついてみせるから」
「…………もう一度、貴女の隣に立って。二人で探偵をやりたいの」
切なく願いを漏らすと、なら、勝負ね、と彼女は突き放した。
「くれあが私の笑顔を取り戻すのが先か、怪盗としての私が貴女の煌めきを奪うのが先か。その言葉が本物かどうか、貴女自身が証明してみせて」
「……………どうあっても譲らないっていうのなら、負けないわ。私、るるかのことが好きだもの。世界で一番、大好き」
ロッドを後ろ手に持った少女が、纏う香りを懐かしむように鼻をすり付ける。
「私もずっと、好きだった」
「頑固者で真っ直ぐな、私の最愛のバディさん」
次に瞬きをすると、彼女はもういなかった。
握りしめられたペンダントの感触はまだ残っており、決意を新たに口付けた。
譬え片羽根になろうと、全てもがれても。私の中の煌めきは、貴女へと続いている。その路をゆく。
そうして、もう一度私のアイスを食べて貰うの。その世界を守るためなら、いくらでも戦える。貴女か相手であっても。
そう秘めながら、青い蝶は目覚めの時を迎えた。今はまだその花は遠くても、必ずこの手でもう一度抱きしめるために。