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人権活動家マリア・ダ・ペーニャ、司法の力で取り組む家庭内暴力とフェミサイドとの戦い【気鋭のイノベーター】

世界で初めて家庭内暴力を法で裁く画期的な“マリア・ダ・ペーニャ法”がブラジルで施行されてから18年あまりが経つ。だが、法の制定とは裏腹に、近年女性への暴力や殺人が増加の一途を辿っており、一向に止む気配がないのが現状だ。そんな中、具体的な政策を法律の形へと結実させたマリア・ダ・ペーニャ自身が語る、女性への暴力と殺人撲滅に向けた思いとは。
俳優のリース・ウィザースプーンよりウーマンエンパワーメントのブレスレットをイベントにて授与された、人権活動家のマリア・ダ・ペーニャ(左)。Photo Marcos Jose Issa de Souza

俳優のリース・ウィザースプーンよりウーマンエンパワーメントのブレスレットをイベントにて授与された、人権活動家のマリア・ダ・ペーニャ(左)。Photo: Marcos Jose Issa de Souza

「夫は、結婚によりブラジル国籍を取得したと同時に本性を現しました。それからというもの、毎日彼が目覚めると、機嫌が良いのか悪いのか全くわからず、暴力的になり、理由もなく子どもたちを殴るようになったのです。子どもたちは、7歳、5歳、2歳で、一番下の子が床に座っておもらしをしてしまいました。そして立ち上がろうと濡れた手で壁を触った娘を、夫が怒鳴りながら思いっきり平手打ちしました。そんな日が続いたことで、身の危険と不安を感じたのです」

かつて「BBC」の取材に対し、こう語ったマリア・ダ・ペーニャ(・マイア・フェルナンデス)は、1945年ブラジル・セアラ州フォルタレザ出身の薬剤師であり、家庭内暴力の被害を受けた女性たちの擁護に尽力する活動家でもある。

そんな彼女の名を一躍世界的なものにしたのが、2006年8月7日に当時のブラジル大統領ルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シルヴァが施行したブラジル連邦法11340・通称「マリア・ダ・ペーニャ法」だ。女性に対する家庭内暴力が家庭内または家族環境で発生した場合、加害者を厳罰に処すことを定めた画期的な法として注目を集めると同時に、被害女性たちの保護のため人口6万人以上の都市に家庭内暴力裁判所とシェルターも設置された。

家庭内暴力が法で裁かれた初のケース

Photo Getty Images

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「この法律が制定される前には、“家庭内暴力”という表現さえありませんでした。だから夫から暴力を振るわれた妻たちは、決まって『悪い夫を持ってしまった』と見る目のなさや運の悪さを嘆くだけだったのです」

1976年にコロンビア人の教師マルコ・アントニオ・エレディア・ビベロスと結婚したペーニャは、彼との間に3人の娘をもうけた。が、結婚が成立した途端ビべロスは豹変し、子どもたちを殴りつけたり、冷水シャワーを浴びせるなどの凄惨な虐待を加え始めた。

「ある夜、私は睡眠中に部屋で『バン!』という大きな衝撃音が聞こえたので、すぐに目を覚ましました。ですが、身体が動かなかったのです。その瞬間私は撃たれた、とはっきり分かりました。近所の医師たちが駆けつけたとき、背中に穴が開いていた私は、ベッドの上で血まみれになっていました」

1983年、ペーニャの殺害を試みたビべロスだったが、失敗に終わった挙句、警察の事情聴取に対し終始“家に侵入した強盗がマリアを射殺した”と弁明。一方ペーニャは銃撃による脊髄損傷で下半身が麻痺し、そのまま入院した。だが、その後退院した彼女を今度は入浴中に感電死させようとするなど執拗な殺意を見せたビべロスを相手取り、ついにペーニャはブラジル連邦裁判所で法的手続きを開始した。

結果として、その7年後にビべロスは懲役15年の判決を受けたが、弁護側が控訴したことで有罪判決は覆された。そのため、1996年に再審が行われ懲役10年の判決が下されたものの、最終的に2001年には懲役8年で結審。しかし、ビべロスはその後合法的手続きを経て2年間服役した後、2002年に出所している(参考:司法国際法センターCEJIL)。

一方で、2001年にアメリカ州機構(Organization of American States)のアメリカ州人権委員会史上初の家庭内暴力犯罪にも認定されたこのケースは世界的にも注目を集め、その後の司法のあり方に大きな影響を与えた。そして現在、ペーニャはブラジル・セアラ州に拠点を置くAPAVV(Associação de Parentes e Amigos de Vítimas de Violência)の研究コーディネーターを務める傍ら、複数の閣僚やブラジルのフェミニスト運動の代表者らとともに、マリア・ダ・ペーニャ法の普及に尽力している。

フェミサイド撲滅に向けて

「今日、多くの女性たちは家庭内暴力など、女性に対する暴力にもいろいろな種類があることや、原因となる側面もさまざまであることを理解しています。そして家庭内暴力をめぐる女性たちの意識も変化し、マリア・ダ・ペーニャ法を適用して自分たちに何ができるのかについて多くを学ぶようになりました。ですが、今の所浸透しているのは家庭内暴力専用裁判所とシェルターが設置されている大都市だけです。そのため、全国的な普及を目指して、さらに努力を重ねなければなりません」と、UN Womenに対してこう語ったペーニャ。

家庭内外で“女性である”ということだけで生じた殺人は、その理由が立証された時点で“フェミサイド”と呼ばれ、ブラジルでこの規定を制定する法律は2015年3月に可決されている。だが、ブラジル公安フォーラム(FBSP)の調査によると、2015年〜2023年までにブラジルでは1万600人の女性が殺害されており、暴力も含めると昨年だけで被害者は14万6000人にも上るという。

しかしながら一方で、2023年8月〜9月にかけて女性に対する暴力監視団(OMV)とデータセナド研究所が実施した「第10回女性に対する暴力全国調査」の電話インタビューによると、対象となった16歳以上の女性2万1787人のうちマリア・ダ・ペーニャ法を知っているのはわずか20%だったことが判明。被害状況の拡大に対し、大都市と地方で女性たちの意識に大きな格差があることが浮き彫りとなった。そんな状況に対し、さらなる危機感を感じているというペーニャは、ウェブメディア「Driving Change」のインタビューでこう語った。

「長期的に見ても、より平等な社会を実現するためには、男性側における有害な男性性の是正など、大学や学校におけるジェンダー教育が鍵を握っていると思います。同時に、その他の機関の活動を通じたマリア・ダ・ペーニャ法の普及に向けた報道機関の役割も非常に重要です。私には、まだまだやるべきことがたくさんありますが、社会に変化を起こすにはとても時間がかかります。ですから、私は女性たちの身の安全と平穏な暮らしを守るためにも、ここで立ち止まっている時間はありません。今後もこの法案の認知度を高めるため、あらゆる手を尽くすつもりです」

Text: Masami Yokoyama Editor: Mina Oba