それでは、 世姈は 実在していたのでしょうか~
「7代 世祖大王実録」 によれば・・・・・
「男 男 女」 二男一女 となっています。
第一王子は ドラマ「王女の男」にも出ている「 懿敬世子(桃原大君)」ですし、
第二王子は 世祖が即位時 まだ5歳である 海陽大君(後の8代睿宗)です。
そして王女は 懿淑公主ですから、ドラマでも世姈の妹として登場してました。
それでは、「世姈」は 実在しないのか~~ と思いましたら、
なんと 父王「世宗大王実録」に こんな記載があると
首陽の子は 「一男二女」 との記載がある と。
二男の海陽大君は1450年生まれだから、まだ生まれていないとすると・・・
その時点で 「二女」 ~~~
実は、他の資料から調べていった私も、
ここ(世宗大王実録1446年6月6日)にたどり着いていました。
ナンと、ソウル大にある奎章閣(キュジャンカク)のサイトを検索して(笑)
頑張って見つけました~
1446年(世宗28年)6月6日を プリントアウトさせて頂きました。(参照)
ちょっと見難いのですが、この日のページには(首陽父王 4代世宗大王の実録)
「丙寅三月初十日 王后が病にかかり、殿下の日夜の看病東宮以下の祈りも
むなしく二十四日に亡くなった。殿下はたいそう悲しみ、三十日の間質素な膳
と白衣でその死を悼んだ。とし・・・ 52歳の生涯を終えた王后の「一生」を記録。
その中には 「八男二女」を生み、「元子は・・・、次曰首陽大君・・・・・」と。
更に、その子供たちの記載が
その 次男「首陽大君の家族の記載」の中に
「一男二女 男曰桃原君 女皆幼」 と
なんと、この時点では 王女が二人いたとの記載が
この子の存在・・・・・ 後に 死んでしまったとしても
数は「そのまま残っているはず」
名前は世姈(セリョン)なのか、世熺(セヒ)なのかは ですが、
このドラマのように 「理由があって」
その 存在自体「抹消」されたんじゃないか~~~
そして、 ひっそりと 「二人で」暮らしたと思いたいです。
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「錦溪筆談」 は続きがあります。
次回は 「その後」を 書こうと思います。
ドラマの 「先」 を知りたくな~~い方は 見ないでね
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