「王女の男」関連   世姈(セリョン)は実在したのか? | Marcallのイケイケ韓国ブログ

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子供の受験勉強と一緒に韓国語を勉強し始め、娘息子は父母に。私もハルモニ~♡
 根底に流れる〝史実”を知って、 もっと楽しく『韓国史劇』を観ませんか?
歴史大好き ♡ Marcall の 『アジュンマ目線で歴史探究』  どうぞ皆様ご一緒に♪

それでは、 世姈は  実在していたのでしょうか~はてなマーク


「7代 世祖大王実録」 によれば・・・・・


  「男 男 女」  二男一女 となっています。


   第一王子は ドラマ「王女の男」にも出ている「 懿敬世子(桃原大君)」ですし、


   第二王子は 世祖が即位時 まだ5歳である  海陽大君(後の8代睿宗)です。


   そして王女は  懿淑公主ですから、ドラマでも世姈の妹として登場してました。



Marcallのイケイケ韓国ブログ 「男 男 女」 はてなマーク


 それでは、「世姈」は 実在しないのか~~叫びDASH! と思いましたら、


 なんと 父王「世宗大王実録」に こんな記載があると クラッカー



Marcallのイケイケ韓国ブログ  1446年(世宗28年)「世宗大王実録」に


  首陽の子は  「一男二女」 との記載がある と。 目チョキ


 二男の海陽大君は1450年生まれだから、まだ生まれていないとすると・・・


 その時点で 「二女」 ~~~はてなマークひらめき電球はてなマーク   


 実は、他の資料から調べていった私も、 


    ここ(世宗大王実録1446年6月6日)にたどり着いていました。


 ナンと、ソウル大にある奎章閣(キュジャンカク)のサイトを検索して(笑)


 頑張って見つけました~音譜



Marcallのイケイケ韓国ブログ 奎章閣「世宗大王実録」



 1446年(世宗28年)6月6日を プリントアウトさせて頂きました。(参照)


 ちょっと見難いのですが、この日のページには(首陽父王 4代世宗大王の実録)


 「丙寅三月初十日 王后が病にかかり、殿下の日夜の看病東宮以下の祈りも


 むなしく二十四日に亡くなった。殿下はたいそう悲しみ、三十日の間質素な膳


 白衣でその死を悼んだ。とし・・・ 52歳の生涯を終えた王后の「一生」を記録。


 その中には 「八男二女」を生み、「元子は・・・、次曰首陽大君・・・・・」と。


 更に、その子供たちの記載がビックリマーク


 その 次男「首陽大君の家族の記載」の中に ラブラブ!チョキ


              「一男二女 男曰桃原君 女皆幼」 と クラッカークラッカー


          なんと、この時点では 王女が二人いたとの記載が 合格


       この子の存在・・・・・ 後に 死んでしまったとしても


                   数は「そのまま残っているはず」 !!



    名前は世姈(セリョン)なのか、世熺(セヒ)なのかははてなマーク ですが、


    このドラマのように 「理由があって」 


         その 存在自体「抹消」されたんじゃないか~~~ ラブラブ!ラブラブ


         そして、 ひっそりと 「二人で」暮らしたと思いたいです。



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      「錦溪筆談」 は続きがあります



           次回は 「その後」を 書こうと思います。


     ドラマの 「先」 を知りたくな~~い方は 見ないでね べーっだ!チョキ





              。。。。。。。。。。。。。。。。。。。



      注意 文責はMarcall に有り、完全なものではありません。


        ご理解の上、画像も含め転記転載はご遠慮ください &禁止


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