人のために生きると死ぬ。
毎日三人くらいの人と会うので、年間千人、この十年間で一万人くらいと会ったことになる。元気な人もいれば、元気ではない人もいる。その違いは何か。一万人に会って感じた結論は「人のために生きると死ぬ」と言うことで、なるほど、こう言う風に生きると人間は死ぬのだなと、勉強をさせてもらっている。元気な人を教師に、元気ではない人を反面教師に生きていたら、世間的には普通じゃないけれど、元気で明るい人間になった。
東京在住の女性S様から「子育てで悩みを抱えているから話を聞いて欲しい」とご連絡をいただいた。私の正しい使い方である。悩み過ぎて自分の気持ちがわからない。一生懸命やっているつもりなのに、なにもかもが空回りをしてうまくいかない。息子にはサッカーの才能があるから、親としてはサッカーだけをやっていて欲しいのに、サッカー以外にも興味を持ったことはなんでもやろうとするから、付き合い方に悩む。S様は、そのようなことを(ギャグではなくて)真剣に語った。
こちらをご覧の方は「ほっとけばいいじゃん」と思われたであろう。事実、その通りである。他人のことだと、私たちは簡単に「◯◯すればいいじゃん」と言える。だが、S様を笑うことはできない。この世の問題のほとんどは、これと同じレベルの話なのだ。一言で言えば過干渉。勝手に相手に期待して、期待通りに動いてくれないと嘆く。なんと言うダサさ。しかし、これが人間である。誤解を恐れながら言うと、悩む人の多くは、コントロール欲が強いのだと思う。自分が思った通りに動いてくれないことを怒っているように見えるから、大変だなとは思うが、傲慢だなとも思う。
翻って元気な人を見てみよう。元気な人は、一人でルンルンとしている。他人の人生を背負っていない。一緒にルンルンできる人とは付き合うが、一緒にルンルンできない人とは付き合わない。一人でルンルンするためには「これだけしてあげたのに」とか「これをしてもらっていない」とか、誰かに対しての憎しみを抱えている状態では不可能。誰かのために生きている人は、してあげたとか、してもらっていないとか、恨み節がすごいから重い。重い人とはルンルンになれない。恨み節がすごい人は「良かれと思って悪くなる」渦中にいる。それに巻き込まれたくないから、避ける。
人のために生きると死ぬ。自分のためではなく、誰かのためにほとんどの時間を使っている人は、疲れてボロボロになっている。疲れてボロボロになっている人ができることはたかが知れているので、多くの場合、誰も幸せにならない。余計はお世話は殺人と同じ。過干渉で関係者全員を微妙にしている暇があったら、自分のことをやりましょう。元気な人は嘆きません。一人でルンルンとしています。自分の幸福を誰かの責任にしません。自分を幸福にするのは自分です。誰かを支配することで自分の存在価値を確認するようなやり方は卑劣です。元気になりたければ、余計なお世話をいますぐに辞めて、自分のために生きましょう。
坂爪さん、おはようございます。
2022年の「カメハメ波」のnoteを読みました✨️
とても癒されています。
ずっとカメハメ波を持て余して、人に言えないようなこともしましたが、出し切れませんでした。
今朝は近所の蓮池の前で坂爪さんの「渡水看花」を聴きながら、坂爪さんの本を読みました。
幸せな時間です。
発動したので、思わずLINEしました♥
この夏は坂爪さんに、私のカメハメ波を受けていただきたい。またお会いできますように✨️
おおまかな予定
7月23日(木)静岡県熱海市界隈
以降、FREE!(呼ばれた場所に行きます)
連絡先・坂爪圭吾
LINE ID ibaya
keigosakatsume@gmail.com
SCHEDULE https://tinyurl.com/2y6ch66z
いいなと思ったら応援しよう!
ばっちこい人類!!うおおおおおおおおお!!


コメント