犯罪化する貧困とその罰
ねえ、それでもだよ、ここにも例外ってものはあるだろ。盗みは悪いことさ。けど、餓死寸前の自分とか家族とかを救おうとして、強盗に出かける破目になっちまったような奴が頂戴するのに相応しいのは、同情なのかい、それとも刑罰なのかい?
1. 犯罪と貧困の「近さ」
職業柄、刑務所を出所したばかりの人の生活再建にかかわることがよくある。初犯の場合もあるが、多くは累犯すなわち逮捕・服役を繰り返している人々である。大抵は窃盗や違法薬物の所持・使用だ。
以前かかわっていた男性のことをたまに思い出す。あるとき彼から電話がかかってきた。彼は電話口でなんども謝りながら、コンビニで酒を万引きして店内で飲んでしまったのだと話した。私はすぐに現地に向かったが、到着した時にはすでに警察官に両脇を抱えられて連行されるところだった。そして彼はなぜかほっとしたような顔で私に別れを告げたのだった。
あえて罪を犯し自ら刑務所に入ろうとする人を一部では「志願兵」と呼ぶらしい。刑務所の環境がいいからそうなるのだというような言葉も聞かれる。しかし、私が見る限りでは、それは志願というよりももっと消極的な、追い込まれた末の選択ともいえない選択の結果である。
こうした人々は、「犯罪者」である前に、社会の周縁に追いやられた人々なのではないか。排除が逸脱を招き、逸脱が排除を呼ぶような構造がある気がしてならない。
今回の記事では、そうした貧困と犯罪と刑罰との関係について考えてみたい。
2. アメリカで起きたこと:福祉から刑罰へ
1970年代以降、アメリカやイギリスでは新自由主義的な政策が台頭した。「小さな政府」を掲げ、福祉給付が縮小されたのである。この転換をよく表すものとして、当時の英国首相であったマーガレット・サッチャーの言葉は有名である。
我々は、問題があれば政府が対処してくれるものだと、あまりにも多くの人々に思い込ませてしまった時代を経てきました。「困ったことがあるから補助金をもらおう」「住む家がないのだから政府が用意すべきだ」と。彼らは自分の問題を社会に押しつけているのです。しかし、社会などというものは存在しません。存在するのは個々の男性と女性、そして家族です。政府は人を通じてしか動けませんし、人はまず自らを頼みとしなければなりません。自分自身の面倒をみること、そしてまた隣人の面倒をみること、それが我々の義務なのです。今の人々は、義務を忘れて権利ばかりを求めています。義務を果たさぬ者に、権利などありません。
サッチャーは社会という集合的なものの存在を否定し、問題の責任を個人や家族へと還元した。こうした新自由主義的なイデオロギーは、福祉給付を受けることを恥ずべき「依存」へと書き換えたのである。
ジョック・ヤングは新自由主義政策の帰結を次のように説明している。
ポストフォーディズムの市場経済になると、人間の排除が飛躍的に進行した。というのも経済活動がダウンサイジングしたことにより、正規雇用市場が縮小して非正規雇用が拡大し、その結果、構造的な失業状態に置かれたアンダークラスが現れたからである。
新自由主義とは自由な経済活動に大きく期待する経済学的な立場であり、それは雇用の自由化=不安定化も意味していた。それによって生まれた「アンダークラス」は、怠惰で危険な階層としてスティグマ化されていった。
貧困層は、貧困ゆえに犯罪を犯すことがある。そして人々は貧困層を非難する。ヤングは貧困が人々を犯罪へと動機づける仕組み、及び貧困層への人々の厳罰主義を相対的剥奪感という概念を用いて説明した。
犯罪は、人々を労働市場から排除しつつ消費者として貪欲に商品をあさるように仕向ける、そのような市場のあり方に原因を求めることができる。他方の厳罰主義は、人々を労働者として受け入れ、包摂はするものの、たえず不安定な状態に留めおく、そのような市場に原因を求めることができる。このように、犯罪と厳罰主義は、期待させておきながら排除することと、不安定な地位に置きながら包摂することの二つから生じている。いずれの場合にも、欲求不満が高められ、相対的な剥奪感が蓄積される。
常態的な失業状態に置かれた人々は、一方で消費社会の広告に晒され続ける。多様な商品と豊かな生活を見せつけられ、欲望を掻き立てられ、惨めさを植え付けられるのである。そして蓄積された不満が犯罪への動機づけになる。また仕事に就いている相対的にましな状況にある者についても、この社会においては、その地位はいつ転落するかわからない不安定なものである。たとえ自分より生活水準が低いにせよ、福祉給付に頼ったり、そのほか不道徳な方法によって楽をしているように見える貧困層と、不安の中で必死に働いている自分とを比較したときに、下向きの相対的剥奪感が生まれる。ヤングによれば、これが貧困層への厳罰主義として現れるのである。次の中流階層の描写はわかりやすい。
税金に頭を痛めている人々は、社会の階級構造の底辺と頂点を苦々しい思いで眺めている。かれらは、底辺には自分たちにたかり漁る連中がいて、頂点にはいかがわしい連中、すなわち、信じられない額のボーナスや報酬を得ている経営者や実業家がいると思っている。かれらは底辺の人々を、競争もしないで、ただの施し物を浪費するだけの連中とみなし、特権階級の人々を、「勝者が独り占め」の不公正文化の主役、すなわち、評価や能力の裏づけもなしに報酬がばら撒かれるような文化から恩恵を得ている連中とみなしている。
バブル崩壊以降に至っては、正規雇用の縮小と非正規雇用の拡大という事態は日本でも同様である。生活保護バッシング、年金・保険料の負担感を理由とした高齢者への敵対的な表現などの現象を彷彿とさせるところがある。
こうして生じたのは、貧困であること自体が犯罪の兆候として見なされるという事態であった。アンダークラスは「犯罪者予備軍」として警戒され、監視され、取り締まられるようになった。
ジグムント・バウマンはこの状況をより直接的に描写している。
貧困であることは、ますます犯罪と見做される。つまり貧困になることとは、犯罪性向、あるいは犯罪意志——アルコール中毒、ギャンブル、ドラッグ、サボりや放浪癖といった——の結果とみなされる。貧困者が保護や補助に値するはずもなく、まさしく罪の具現そのものとして、憎悪や非難の対象となる。
貧困者は同情の対象ではなく、憎悪と非難の対象になったのである。
そしてそれはゼロ・トレランス政策と呼ばれるものへと結実した。これは「割れ窓理論」という根拠に乏しい理論に基づき、些細な逸脱も厳格に取り締まることで、犯罪率を減少させようという政策である。トレランスとは寛容という意味であるから、つまり不寛容の徹底ということである。
ロイック・ヴァカンによれば、それはニューヨークにおいてはじまった明白に下層プロレタリアートを標的とした政策だった。
マンハッタン・インスチチュートと関係の深いもう一つの巨大ネオコン・シンクタンク、ヘリテージ・ファンデーションが開催した貧困の処罰化キャンペーンの講演会で、ブラットンはこう語った。「われわれは、ニューヨークのどこに敵がいるのか知っている」と。敵とは、麻薬のディーラー、売春婦、物乞い、浮浪者、落書きをする者たち、信号で止まっている車に近づき、フロントガラスを拭く代わりに小銭を要求する「雑巾男」と呼ばれる野宿者(彼らのことを、ニューヨーク市長になったばかりのルドルフ・ジュリアーニは、社会・道徳の両面において、ニューヨーク市の退廃を象徴する恥だと言ったし、大衆向けメディアはあからさまに「雑巾虫」と呼んで害虫扱いした)などのことである。つまり、都市の景観を汚し、自分たちの安全を脅かす下層プロレタリアートのことなのである。公共の場での洗練された振る舞いを心得ているニューヨーク市民の「生活の質」を取り戻すために行われた「ゼロ・トレランス」政策は、この下層プロレタリアートを標的にしていたのだ。
さらにヴァカンは、こうした状況に至った国家を刑罰国家と呼んだ。
アメリカにおける刑罰国家の抗し難い勃興は、規制緩和や公共部門の縮小などのネオリベ政策と矛盾しない。むしろ、ネオリベ政策を写真の陽画だとすれば、刑罰政策はその陰画をなしている。というのも、不安定で劣悪な労働条件を市民に義務として課すうえでも、また福祉サービスを縮小し、これに依存する受給者が制裁を受ける仕組みに福祉制度を作りかえるうえでも、貧困に対する厳しい刑罰政策の実施は不可欠だからである。
つまり、福祉国家の後退と刑罰国家の台頭は、別々の現象ではなく、表裏一体のものなのである。福祉を削減し、人々を不安定な労働市場に放り出す。そこから脱落した者は、刑務所に収容する。これが新しい貧困管理の方法となった。
その結果としてアメリカの収監者数は異常なまでに上昇した。1970年代初頭には約36万人だった収監者数は、2000年代には200万人を超えた。1970年以降、実に500%以上の増加である。この「大量拘禁」は、とりわけ貧しい黒人男性に集中した。黒人は全人口の約15%にすぎないが、囚人の約40%を占める。刑務所は、社会から排除された人々を収容する巨大な装置となったのである。
3. 日本の場合
日本では少し遅れて、バブル崩壊後に新自由主義政策が進められた。中曽根や小泉政権で派遣法が改正され、派遣労働市場が拡大した。
福祉については、やはり2013年以降の自民党政権による生活保護基準の引き下げが、先述のアメリカの状況と同様に、生活保護制度への風当たりの強い社会状況の中で行われた。あるお笑い芸人の母親が生活保護を受けているということがマスメディアによって取り沙汰され、それをきっかけとして生活保護制度への批判が相次いだのである。民主党からの政権奪還を狙う自民党はこれに乗じて、公約に生活保護基準の引き下げを掲げた。そしてそれが政権奪還後に強引な手法で実行されたのであった。
また日本においては、生活保護制度がそもそも「届いていない」という状況もある。生活保護の捕捉率(受給資格がある人のうち実際に受給している人の割合)は、推計によって幅があるが、2割から3割程度とされている。これは先進国の中でも極めて低い。
これにはいくつかの要因が考えられるだろう。生活保護受給者への攻撃的な言説がメディアやインターネット上で繰り返され、生活保護を受けることが「恥ずかしいこと」とみなされ受給をためらわせる。また「水際作戦」などと呼ばれる、福祉事務所における申請抑制的な対応も挙げられる。コロナ以降に多少改善したものの、扶養照会(親族に対して扶養の可否を問い合わせる調査)を恐れて申請をためらう人もまだ多い。さらに以前も書いたように、生活保護を受けないことが自尊心を保つ最後の砦として機能している場合もある。
新自由主義政策によって雇用が不安定化し、経済格差が広がった一方で、やはり日本でも公的扶助制度への攻撃が行われた。またそもそも制度にアクセスできない人々も大量に存在しているということになる。
そして労働市場から排除された困窮層が軽微な犯罪を繰り返し、刑務所へ入る場合もある。冒頭の事例の彼は「まともになりたい」というようなことをよく言っていた。そして就労しようと努力していた。YouTubeを観るのが好きだったから、それを通じて構築されたなんらかの「まとも」のイメージがあったかもしれない。そのような「まとも」を基準とした自己実現を目指した。だが、長い刑務所暮らしという経歴やそれゆえの不器用さ、そして重ねてしまった年齢も、彼を労働市場から弾く理由としては十分だった。彼もまたヤングのいう相対的剥奪感を覚えていたかもしれない。
逮捕された時のどこか安心したような表情は、刑務所に入りたいという願いが実現しそうだからといった単純なことではなく、なかなか消えてはくれない希望とそれが叶えられそうもない社会とのあいだで自己否定を続ける日々が終わるということの安心だったのではないか。そう考えるなら「志願兵」という言葉に織り込まれているような自らの意志で服役するといった解釈は、多少的外れであり、また他人然とした冷たい視線を含み込んでいるように感じられる。
ゼロ・トレランスについては、必ずしも明白に政策化されたわけではないが、貧困者の軽微な逸脱が注目を集めることは日本でも珍しくはない。札幌でもSTVが2024年に行ったホームレスに関する報道にそれがよく表れていることは以前にも書いたとおりである(→STV報道に潜む憎悪への応答:ホームレスの排除に抗して )。その報道では、あるホームレスの立ち小便やゴミのポイ捨てなどの軽微な逸脱が殊更に強調されていた。
排除が逸脱を生み、逸脱がさらなる排除を生む。前述のアメリカに近い状況が、少なくとも部分的には、日本にもあるといえそうである。しかし、前述の通り、日本では明白なゼロ・トレランス政策は実施されていないし(各種政策に不寛容化の傾向はあるにせよ)、大量拘禁の実態もない。ここには英米とは異なった事情があると考えるべきだろう。
4. 刑務所と精神科病院:日本的な「収容」
先述の通り、日本ではアメリカのような大量拘禁は起きていない。これはどういった違いによるものなのだろうか。
ひとつ考えられるのは、日本には別の形の「収容」があるということである。精神科病院である。日本の精神科病床数は、OECD諸国の中で群を抜いて多い(OECD,2023)。なぜ日本ではこれほど多くの人が精神科病院に入院しているのか。もちろん、精神疾患の治療という側面はあるが、それだけでは説明できない。
日本の精神科病床数が世界的潮流に逆らって減少しなかったのは、精神障害をもつ青年が駐日アメリカ大使エドウィン・O・ライシャワーを刺し重傷を負わせたという事件を契機としている。この事件によって、主に治安維持的な観点から精神障害者を隔離すべきだという機運が高まり、日本の精神科病床数は増大していった。つまり、日本の膨大な精神科病床は、少なくともそのはじまりには、社会防衛という目的があったのである。
2004年に「入院医療中心から地域生活中心へ」という方針が打ち出されて以降、精神障害者の地域移行が進められてきた。しかしその進捗は遅く、病床数はさほど減ってはいない。
もちろん英米との差違をこれだけで説明し尽くせるわけではないだろうが、地域社会から排除された人々が日本では刑務所と精神科病院に分散して収容されている状況があるということはひとまず指摘できるのではないだろうか。
5. 多様性≒排除の文化
酒井隆史は、近代社会と後期近代社会とを対照し、次のようにまとめている。
近代社会は多様性には不寛容であり、困難さには比較的寛容である。近代社会は、多様性を、吸収されかつ同化されるものとして捉え、またじっさいに吸収、同化への努力を試みてきたが、その一方で、手に負えない人間や頑固な反逆者の存在や異議申し立てを、社会が受け止めるべき個人の矯正/更生や社会自身の改革の努力へのさらなる試練とみなしてきたのである。一方、後期近代社会は、多様性や差異性を称揚し、それを消費社会というクッションによって、なんなく受け入れ無害化する。ところがこの社会は、困難な人間や「危険な階級」とみなされるものには我慢ができない。それゆえ彼らに対しては最上の洗練された防壁を構築しなければならない。
かつての社会は、「困難な人間」をも包摂しようとした。更生や矯正を通じて、社会の一員として取り込もうとした。現代の社会では、多様性の称揚によって「普通の人間」へと矯正するという方向性・価値観が減退していく一方で、認め難い「困難な人間」については「防壁」によって隔離してしまう。
ここまで見てきたのは、貧困が「犯罪化」される構造、そして日本における刑務所と精神科病院という防壁であった。排除され周縁化された人々が、犯罪者として、あるいは精神障害者として、社会から隔離されるのである。
もちろん刑務所自体は現代においても矯正施設であり、精神科病院も医療施設である。また更生プログラムや医療技術の進歩が止まったわけでもなく、現場の多くの担い手たちは本来的な目的のために仕事をしているだろう。したがって、こうした施設は上述の議論に綺麗に当てはまるような単なる防壁ではないということになる。しかし、それら施設の市民的な位置付けが、より防壁的なものに変化しているとは考えられないだろうか。というのも、日常的なコミュニケーションひとつを例にとっても、他人に「普通」の振る舞いを押し付けるようなスタイルから、多様性を承認する一方で合わない人からはただ距離を取るというようなスタイルへと変化したように私には思われるのである。
社会がひいたお定まりの「人生のレール」に反発するという物語はもはやほとんど語られない。そもそも周囲と同じようにしていれば「普通のサラリーマン」になれるなんていうのは昔の話である。それに暴力的に誰かを「普通」にさせるなんていうことはやらないほうがいいことになっている。その人はその人のままでいいし、商品も多様化しているから、それぞれに好きなものを買えばいい。趣味のフィギュアで部屋を埋め尽くしてもいいし、ミニマリストになってもいい。
ひとそれぞれ、多様性を認めること、好みや考えを無理強いしないこと、それがこの社会のあたらしい規範だ。そして、どうにも気に入らない人々については自分とは関係のない場所で暮らして欲しいと願うのである。
排除は経済的格差とそこに生まれる憎悪の問題であるというだけではなく、多様性に関連した文化的潮流のひとつの側面でもあるのである。
6.排除のそのあと
この記事の目的は貧困と犯罪、刑罰の関係を検討することであった。排除と犯罪との相乗的作用、そして矯正ではなく隔離としての刑罰というおおよその構図を示した。日本においては精神科病院もまた隔離の装置として機能している可能性も示唆された。
では、こうした状況をどのように克服していけばいいのだろうか。近年では「社会的包摂」「地域共生社会」「わがことまるごと」といった言葉が使われている。なにかハートフルな感じのする言葉である。困難な状況にある人々を「犯罪者」や「病人」として切り離すのではなく、同じ社会の一員として包み込むことを指しているのだろう。
しかし、ここまでみてきたように状況は単純ではない。地域のあたたかな支え合いの奨励は福祉給付の削減としばしば一体的だ。先のサッチャーのインタビューの通りである。これはroll out型新自由主義などと呼ばれている(Peck and Tickell,2002)。地域住民等の支え合いを推奨することが解決につながるのかは疑問である。
また精神科病床数の削減も、地域での支援体制の十分な整備を伴わない場合には、刑務所を膨らませるだけになるという可能性も否めない。アメリカにおいてアンダークラスとしてスティグマ化された貧困層が犯罪者予備軍として厳しい目にさらされ、刑罰国家化に至ったというのは既に見た通りである。1960年代から1970年代にかけて精神科病床数を大きく削減したアメリカでは、それに伴って精神障害者が路上に溢れ出したといわれている。例えばBassuk, et al.(1984)はボストンに所在するホームレス向けのシェルター利用者に対する調査によって、その91%に精神障害が認められることを明らかにした。そしてその要因を脱施設化政策以来の精神保健政策との関連のなかに見出そうとしている。
さらにいえば、多様性の文化をいまさら捨てて、昔に戻ることもできないだろう。私たちの多くは「普通」を強いられないということも、この消費社会での暮らしもそれなりに気に入ってしまっている。その文化が、受け入れられない他者を隔離する価値観と一体的だとしてもである。
このように問題はいろいろと考えられる。ここで簡潔な答えを示すことができるわけではない。ただ、なんにせよその答えを探るにあたっては、このような抽象的な議論だけではなく、もっと微細で具体的なレベルの検討が必要だろうということである。そうした方向での記事もいずれ書こうと思う。
参考文献
Bauman, Z.(1997) Postmodernity and its Discontents, Polity Press.(=1999, 入江公康訳「消費時代のよそもの:福祉国家から監獄へ」『現代思想』27(11).)
Bassuk, E., Rubin, L. and Lauriat, A.(1984) Is homelessness a mental health problem?, The American Journal of Psychiatry, 141(12), 1546-1550.
Goethe,J.(1774)Die Leiden des jungen Werthers(=2015, 大宮勘一郎訳「若きヴェルターの悩み」大宮勘一郎編『ゲーテ』集英社文庫).
OECD(2023) Hospital beds by function of healthcare(https://data-explorer.oecd.org/,2025.12.17).
Peck, J. and Tickell, A.(2002) Neoliberalizing Space,Antipode,34(3),380-404.
酒井隆史(2019)『自由論:現在性の系譜学』河出文庫
Thatcher,M.(1987) no such thing as society, Interview,Woman's Own,31.
The Sentencing Project(2024),Mass Incarceration Trends(https://www.sentencingproject.org/reports/mass-incarceration-trends/,2026.01.8).
Wacquant, L.(1999)Les Prisons de la misère, Raison D'agir.(=2008『貧困という監獄:グローバル化と刑罰国家の到来』新曜社.)
Young, J.(1999)The Exclusive Society:Crime and Difference in Late Modernity,SAGE.(=2007,青木秀男ほか訳『排除型社会——後期近代における犯罪・雇用・差異』洛北出版.)
いいなと思ったら応援しよう!
ビール一杯で記事を一本書きます!

コメント