中国の「ネットのおもちゃ」、東北の雨姉さん(東北雨姐)
この前、VRChatのワールドの「中国語ミーム博物館2025(中文梗博物馆2025)に行き、中国で去年流行ったミームを眺めていた。
そのなかでも、ひときわ目を引いたのが、サムネにもなっている「東北の雨姉さん(東北雨姐)」。
中心にいる女性が、「東北雨姐(東北の雨姉さん)」
流行った経緯含め、今中国でネットミームがどのように流行っているのか、中国のネットでどのような流行があるのかを知るうえで面白かったので、これがどんなミームなのか解説してみようと思う。
中国でかなりバズったミームのようだが、これについて日本語で解説している文章はまだ存在しないだろう。
しかし、「東北雨姐」の説明に入る前に、まずは中国のライブコマース文化に触れておかなければならない。
中国のライブコマースについて
ライブコマースとは、インフルエンサーがライブ配信で商品を紹介し、視聴者とリアルタイムで交流しながら販売を行う仕組みだ。
テレビショッピングと似ているが、インフルエンサーがスマホ一つで簡単に配信を行うことができ、かつ視聴者と双方向のコミュニケーションが取れるところに特徴がある。
「ジャパネットたかた」のような人物が、TikTokで視聴者のコメントに返答しながらリアルタイムの商品販売を行っている。そう考えるとイメージしやすいだろう。
中国のショッピングモールに行くと、店員がライブコマースを行っている場面に出くわすこともある。
ライブコマースは、多くの場合は、実店舗のスタッフが使い方を解説しながら実演販売をするようなものだ。
ただ、一部のインフルエンサーは、その影響力を武器にライブコマースで大金を稼いでいる。
学歴を持たない個人が、キャラクター化とライブコマースを通じて发财(大きく稼ぐ)する」という物語は、非常に強い一発逆転のストーリー性をもつ。
一般人がSNSを通して有名になり、個人が一夜にして億単位の売上を生むことも珍しくない。
そうしたインフルエンサーたちの姿は、学歴社会の中国において、中国人の成功の一つのロールモデルになっているのかもしれない。
この環境下で重要視されるのが「人設(レンシェ)」、すなわち人物設定だ。
単に商品を紹介するだけではなく、誰がその商品を紹介するかが視聴者の購買行動を左右する。
しかし、一般人が強固なブランドを確立するのは難しい。
よって、わかりやすいキャラクターを産み出し、それを演じることで、ある種の信頼を得ようとするのだ。
例えば、「東北雨姐」が演じたような、農村出身、苦労人、豪快、素朴、方言が強い、といった要素。
こうした要素は、都市生活者に強力にリーチしうる。
中国では三農(農業・農村・農民)系と呼ばれるインフルエンサーが量産されたが、背景にはこのような事情があるのだ。
「豪快な農村姉さん」という「人設」
「東北雨姐」が人気を博した理由も、まさにこのキャラクター性にあった。
彼女は、豚小屋で豚を追いかけまわし、大鍋で料理を作り、「たくましい農村の姉さん」というキャラクターを前面に押し出した。
「東北雨姐」はそうした「人設」を演じることで、理想化された農村像をコンテンツとして提供した。
結果として、彼女のフォロワーは2,000万人を超え、日々莫大な収益を得るようになったのだ。
しかし、2024年秋、「春雨事件」によって、彼女の地位は墜落することになる。
彼女がライブコマースで販売した「100%サツマイモ春雨」からサツマイモ成分が全く検出されず、代わりにキャッサバでんぷんが使われていることが、ニセモノ追及インフルエンサー(打假博主)によって暴露されたのだ。
これを機に、彼女がこれまで販売してきた商品についても疑惑の目が向けられることになる。
結果、当局の調査も入り、虚偽宣伝と認定され、「東北雨姐」たちには165万元(約3300万円)の罰金が科せられることになった。
そうして、「東北雨姐」の「たくましい農村の姉さん」という人設も崩壊することになる。
彼女の動画で「我が家」として紹介されていた村の家は、撮影用に借りたものでしかないと判明したのだ。
地元の村民たちも、彼女は「部外者」であり、すべて「演出」であると見なしていた。
動画に映る猫や犬も、単なる「小道具」であり、すべてが金儲けのためのニセモノであることが明らかになったのである。
Wikipediaの記述によれば、「東北雨姐」の夫は映像系大学の監督学科出身で、アカウントの動画はすべて彼が企画していたという。
「素朴な農村の姉さん」という物語の裏側には、はじめからプロの制作チームが存在していたのだ。
炎上後の「ネットのおもちゃ」化
問題を起こした特徴的な人物が「ネットのおもちゃ」になるのは、日本でもめずらしいことではないだろう。
信用を失った「東北雨姐」もまた「ネットのおもちゃ」として消費されることになる。
その消費のされ方は非常に多層的だ。
「東北雨姐」が具体的にどのように「ネットのおもちゃ」にされたのか。いくつかの事例を紹介しよう。
①美貌系インフルエンサーとの美人対決
炎上後、他の配信者たちがこぞって「東北雨姐」をネタにし始めるが、なかでも悪質だったのが、「百变小晨(バイビェンシャオチェン)」との美人対決だ。
発端は、「猕猴桃(ミーホウタオ)」という配信者。
2024年末、「猕猴桃」はライブ配信中に、女性人気配信者「百变小晨」と「東北雨姐」を比較し、「東北雨姐が完勝」と断言してみせた。
負けず嫌いの百变小晨は、自分のライブ配信で視聴者投票による「美人対決」を実施した。
しかし、結果は「東北雨姐」の圧勝。大量のネットユーザーがわざわざ「百变小晨」の配信に押しかけ、東北雨姐に票を入れたのである。
「百变小晨」は何度も投票を行うが、毎回「東北雨姐」が勝利することになる。
彼女は最終的に泣き崩れてしまい、その映像がさらに拡散される事態になった。
https://www.3dmgame.com/original/3745115.html
もちろん、これは「コイル」や「五条勝」と同じくネットの悪い投票の一つである。
百变小晨のコメント欄には「感觉不如东北雨姐(やっぱり東北雨姐には及ばないな)」という定型コメントが溢れるようになり、やがて百变小晨自身も「東北雨姐に負けて泣き崩れる」ことを持ちネタの一つとして取り込んでいくことになる。
炎上したはずの人物が、まったく無関係の配信者の「ネタ」の一部に組み込まれていくのだ。
②東北地方でナンバーワンのサキュバス
中国には、「対象を表面上褒め称えながら実質的に嘲笑する」という意味で「高级黑(ガオジーヘイ)」というネット用語がある。
「東北雨姐」に対しても、この手法が大量に用いられた。
代表的なのが「东北第一魅魔(東北ナンバーワンのサキュバス)」という呼称だ。
彼女の容姿やキャラクターを、称賛のかたちを借りて皮肉しているのだ。
③45サイズの大きな汗まみれの足
同様に「45码大汗脚(45サイズの大きな汗まみれの足)」というフレーズも拡散された。
ネット上では、以前から、「東北雨姐は45サイズ(約29cm)の巨大な足をしている」と冗談交じりにからかわれてきた。
そこで生まれたのが、「45码大汗脚(45サイズの大きな汗まみれの足)」という、彼女の体格と荒々しさを強調したミームだ。
このフレーズは、イギリスで最も足が大きい人物カール・グリフィスとのコラ画像とともにバズることになった。
あまりにもバズったせいで、多くの人はこれがコラだと気づかなかったとか
④BGMの「ほのぼの神社」化
「東北雨姐」のコンテンツでは、『大东北我的家乡(大いなる東北、我が故郷)』という楽曲がBGMとして使われていた。
これは「東北の素朴な暮らし」をポップに演出するための一つの手段だったのだろう。
曲に罪はないが、「東北雨姐」の設定が崩壊した後、この楽曲そのものが「ニセモノの農村生活」を想起させるような記号になってしまった。
興味深いのは、このBGMがさまざまな音楽ジャンルにリミックスされて拡散した点だ。
AI作曲の発達もあいまって、大量のアレンジ曲がbilibili動画に投稿されることになった。
東欧ポストパンク風、ソウルアレンジ、日本演歌風などなど。
「クッキー☆」のミームを知っている人なら、同じような醜悪なネットカルチャーを思い出すだろう。
『大东北我的家乡』は中国の『ほのぼの神社』になったのだ。
https://www.bilibili.com/video/BV1R14PzHEGU/?vd_source=be4bb9ea5c1b9285c2ea3853d1dcff22
代表的な派生ミームは上記だが、ほかにも大量のコラ画像があって紹介しきれない。
まとめ
こういうミームを眺めていると、日本と中国で「悪ノリ」の構造そのものはそれほど変わらないのだな、と感じる。
「キャラ崩壊」をきっかけにした集団的な嘲笑、悪ノリの投票、増殖し続けるコラ画像、BGMの改変。日本のネットで「おもちゃ」にされた人たちと重なる部分は多い。
異なるのは、やはり規模だ。
中国のネット人口はいまや11億人を超える。
それだけの人々が、生成AIでコンテンツを量産し、抖音(TikTok)のショート動画に乗せて拡散する。
一つのミームが生まれてから、短い期間で膨大なコンテンツが生み出される。
中国のネットミームからは、ベルトコンベアで作られる工業製品のような印象さえ受ける。
そして、この巨大なミーム生成は、中国のネット規制「金盾」の内側でほぼ完結している。だからこそ、日本を含む外の世界にはほとんど漏れ出してこない。
私も中国のSNSを見ることもあるが、VRChatの「中国語ミーム博物館2025」でようやくその断片に触れられたというのが、現状だ。
11億人のインターネットが、「金盾」という壁の向こうで何を面白がっているのか。それを覗き見ることの面白いが、もしこの壁がなかったらと思うとぞっとする。
中国のネット文化の面白さと怖さを「東北雨姐」のミームは教えてくれる。


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