なぜ「最近のアニメやマンガは物語がなくなった」といわれるのか。
①いまでは遠い「あの頃」。
この二コママンガを読んで、ずっと考えている。これはいったい何がいいたいのだろうと。
まあ、色々な「ひっかかり」を覚えるようなフックがたくさん仕込まれている作品で、だからこそたくさん拡散されたのだろうけれど、マンガそのものはほとんど何も主張していないようにも思える。
「あの頃」いた人たちが周囲からいなくなってしまった、という内容なわけだけれど、だからどうだといっているわけではないというか。
べつにトリックやキャラクター、グッズなどに興味が集中している人を非難しているわけでもないようだし。ただ、そういう人はいくらかネガティヴに描かれていることもたしかで、何だかもやもやする感じ。
おそらく読んだ各自がそう感じるからこそそこに自己を投影して色々と感想を述べているのだろう。しかし、それらを読んでも「もやもや」は消えてなくなりはしない。
うーん、つまり、何をいいたがっているのだろう?
②オタクは変わったのか?
ひとつの解釈としては、「昔(「あの頃」)は物語を純粋に楽しんでいる人がいたが、いまではトリックやキャラクターといった断片的な要素ばかり気にして物語の読解をおろそかにするようになってしまった。つまらないことだ」と嘆いているのだということなのかもしれない。
これは、このマンガの主人公の周囲がそうだという風にも読めるし、もっと広く一般論としていまの時代のオタクがそういう「断片志向」に偏っているといっているようにも受け取れる。
ちょっとリプライやリポストを読んでみた限りでは、後者として理解している人が多いようだ。昔はちゃんと「物語」を中軸に据えた作品が好まれていたのに、最近のオタクはキャラクターばかり消費している薄くてぬるい奴らばかり。まったく困ったものだ……。
でもね、ぼくが知る限り、この手のことがいわれるようになってもう30年とか経っているわけですよ。「ライトオタク」が問題視されるようになったのもすでに十数年前。
だから、どう考えてもこのマンガの主役の女の子は「最近の若いのはまったく」と嘆かれている側の年齢層という風に見えるわけなんだよね。それなのに過去を懐かしんでいるあたりに何か強烈な違和を感じる。
③「物語」とはそもそも何なのか?
結局のところ、「物語」とは「ある/ない」と二元論的に語れるものというよりは、自分がその作品の世界に興味をもって没頭したとき、初めて「発見」されるものなんじゃないかな。
自分が興味を持てないジャンルの作品は総じてあたかも「物語がない」ように見える。だから、新しく出てきたタイプの作品は「過去の作品に比べて物語がない」と延々といわれつづける。
その「過去の作品」にしてからが、かつては「こんなものは物語ではない」といわれていたにもかかわらず……。
そう考えると、そもそも「物語」とは何なのか、ということが疑問に思えてくる。それは一般に考えられているほほど自明な概念ではないのだろう。
いってしまえば、人は自分が好むようなタイプの作品にだけ「物語」を見て取り、それ以外のタイプの作品は「物語がない」ように感じてしまうものなのだ。
また、作品の消費や批評に際しても、自分にとって大切な部分を受容していないあいてに対しては「この人は物語を見ていない」という風に感じ取る。
しかし、そういう見解はほんとうに正しいのだろうか。自分が馴染んだ時代の感性を刺激する作品や、そういった作品を好む消費スタイルを、きわめて恣意的に「物語」とか「物語志向」と呼んでいるだけなのでは。
④竹熊健太郎いわく。
たとえば、ちょうど20年ほどまえの記事になるが、「元」マンガ評論家の竹熊健太郎さんが伊藤剛『テヅカ・イズ・デッド』を取り上げて、このようなことを書いている。
断っておくが、べつに私は「手塚が死んだ」から「マンガはつまらなくなった」と考えていたわけではない。ただ「ストーリーマンガ」が、総体として、80年代に入ったあたりから急激に「つまらなくなった」と感じていたことはまぎれもない事実である。具体的にはある時期から『少年ジャンプ』が読めなくなったことが大きい。
『ドラゴンボール』が天下一武闘会をはじめたあたりで、世間の人気とは裏腹に、私は作品に対する興味を失っていった。こういう試合試合で引っ張っていく作劇は、遠くは『アストロ球団』に始まり『リングにかけろ!』で完成したジャンプ・スタイルである。『アストロ』は今でも好きな作品だし、『リンかけ』まではまだシャレとして楽しめたのだが、アンケート主義とあいまって、あらゆる連載が毎回試合を行うことで「強いやつのインフレ現象」を示すに及んで、私ははっきりついて行けないものを感じた。それはもはや、少なくとも私の考えるストーリーとは呼べないからである。
「ジャンプ」ばかりではない。以後の私は、いたずらにストーリーを引き延ばし巻数を重ねるだけのマンガがまったく読めなくなった。読むことが苦痛にすらなったのだ。
⑤こんな批判、見かけるよね。
この20年前の記事のなかで竹熊さんが批判的に語っているのは、いまから40年以上前の80年代のマンガなのである。その時点のマンガがもうすでに「いたずらにストーリーを引き延ばし巻数を重ねるだけ」で「私の考えるストーリーとは呼べない」と非難されているのだ。
「最近の作品には物語がない」とか「最近の受け手は物語を好まなくなった」という批判が、決して目新しいものではないことがわかる。
少々意地が悪いかもしれないが、この文章、固有名詞さえ入れ替えればそのまま現在の「なろう系」批判としても通用しそうである。たとえば、このように。
断っておくが、べつに私は「なろう系が増えた」から「ネット小説はつまらなくなった」と考えていたわけではない。ただ「日本のネット小説」が、総体として、テン年代に入ったあたりから急激に「つまらなくなった」と感じていたことはまぎれもない事実である。具体的にはある時期から「小説家になろう」が読めなくなったことが大きい。
『異世界迷宮でハーレムを』が奴隷ハーレムをはじめたあたりで、世間の人気とは裏腹に、私は作品に対する興味を失っていった。こういう美少女ハーレムで引っ張っていく作劇は、遠くは『天地無用!魎皇鬼』に始まり『魔法先生ネギま!』で完成した萌えアニメ・スタイルである。『天地無用!』は今でも好きな作品だし、『ネギま!』まではまだシャレとして楽しめたのだが、ポイント主義とあいまって、あらゆる作品が毎回チートを使うことで「すごいハーレムのインフレ現象」を示すに及んで、私ははっきりついて行けないものを感じた。それはもはや、少なくとも私の考えるストーリーとは呼べないからである。
「なろう」ばかりではない。以後の私は、いたずらにストーリーを引き延ばし話数を重ねるだけのネット小説がまったく読めなくなった。読むことが苦痛にすらなったのだ。
⑥「物語」と「物語のなさ」はうらはら。
結局のところ、上記の二コママンガが何を主張しているにしろ、「物語がない」とされる作品は昔からあったし、「物語を好まない」とされる消費者も昔からいたはずなのだ。
まあ、ぼくもあきらかに「物語」に快を見いだすほうだから、断片的な要素にばかりこだわるべきではない、と考える気持ちはわからないわけではない。
しかし、「推しキャラクターばかり見て物語に没頭していない」ように見える消費者たちが、ほんとうに物語を見ていないのかどうかはより慎重に見定める必要がある。そうでないと、ただ「物語」とか「ストーリー」といった概念を自分に都合が良く使い倒すことになってしまうだろう。
上記のマンガはその水域にかぎりなく近いところにあるようにも思える。いや、それもひとつのこのマンガの「恣意的な解釈」にしか過ぎないわけだけれど。
いつの時代も人気を求める作品が「プロット」よりも「直接的な刺激」に頼る傾向はたしかにあることだろう。
だが、それは昨日今日に開始したというよりは、たとえば『巨人の星』あたりからすでに始まっていたことではないだろうか。否、それどころか他ならぬ手塚マンガにしてからそういうところはあるのかもしれない。
その意味では、日本の物語文化全体が「物語のなさ」と裏腹なのだ。否、これはもっと深く、人類の物語の起源を巡る話であるとすら考えられる。
そういうところまで考えてみて、初めて「物語のなさ」について少し面白い話ができるのではないかと思うのだが、いかがだろうか。



コメント
6初めまして。山本弘論を買わせてもらった者です。大変面白く読ませていただきました。
私もこの手の話には思うところがあります。
私自身はいわゆる“日常系(きらら系)”が苦手でして、逆に女の子が日常の中で互いにエゴをぶつけあいバチバチしたりギスギスしてる作品の方が好みです。
近年は後者のタイプの作品が増え、前者のタイプは相対的に作品数が減ったので、私としては今の方がアニメが面白いんですよね。でももちろんその逆を主張する人もいる。
結局私を含めて肯定する作品群にしか物語は見いだせないのだろうなと、こちらの記事を読んで考えた次第です。
『山本弘論』お買い求めありがとうございます。おかげで今日も米の飯が食べられます。
それはともかく「きらら系」もまた「物語がない」と批判されることが多いジャンルですね。わからなくもないけれど、そこで想定されている「物語」の定義そのものがかなり狭いのだろうな、とは思いますね。
そういうのありますよね。ふつうにしていたらそんなに長いあいだたくさんの本数を見つづけることはできないのではないかと思います。ぼくもいまはそこまでの数を見ていません。
最近のスマホ提供の漫画ですが
なろう原作はそもそもの原作が酷い(ことが多い)からどう頑張っても無理があるんですよ
まず原作選びをどうにかしろ!と言いたいです
ピッコマやライン漫画だと日本作品はあまりにつまらなくて読んでられないことがほとんど
今はむしろ韓国漫画のほうがストーリーがしっかりしてて面白い漫画が増えてます
特に韓国制作で原作・脚本・作画が別の分業体制の漫画は本当に出来がいいです