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この作品「チョコミントの記憶」は「帆羽くれあ」「森亜るるか」等のタグがつけられた作品です。
チョコミントの記憶/ちよの小説

チョコミントの記憶

7,226文字14分

戻ってきた日常をようやく実感するるるかさんとくれあさんのお話
1999年にチョコミントはそこまで流行ってなかったのではないだろうか……。

エクレール判明直前の最後の悪あがきでした

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 柔らかな日差しが街路を優しく包んでいた。
 マシュタンを抱えて歩いていた私はふと、足を止める。
 パティスリーチュチュの看板の前。テラス席のお客を案内する店員が見えた。お店の制服に身を包み、青い髪を長く伸ばした先には水色のシュシュをつけた後ろ姿。
 記憶のなかったあの頃。
 よく眺めていた背中。
 記憶を取り戻した今は声をかけない理由もないのだが、つい、じっと見つめてしまう。
 癖のようなものだ。
 あの子の周りだけは、いつも輝いて見えるから。

 案内を終えたらしい、店の中へ戻ろうとする彼女を目で追っていると、視線を感じ取ったのか。何かに惹かれるように、ふっと振り返った。
 その瞬間、彼女の瞳が大きく見開かれる。
 ぱあっと花が咲くような明るい笑顔が広がった。小さく手を振ってくれる。
 思わず、見惚れてしまった。眩しい。温かい光を放つ彼女の優しい眼差し。胸がきゅうっと締め付けられる。
「……っ、」
 慌ててマシュタンに顔を埋める。
 高鳴る鼓動と、今までの孤独が全て満たされていくような感覚。息が出来なくなりそうなほど苦しくて、目頭が熱くなる。


「るるか」
 顔を上げなくたって、わかってしまう。
 どれだけその声に焦がれていたか。何度も名前を呼んで欲しいと願った。
 注文したアイスのフレーバーをマニュアル通りに繰り返す貴女を見て、これが好きそうだと言って選んでくれた日を想った。

 顔を上げるには、まだ勇気が足りなくて。腕の中のマシュタンに「どうしよう」と溢した。
 頬に擦り寄るマシュタンの柔らかい感触と、「あの子が待ってるわよ」という声に背中を押されて顔を上げる。

 そこには優しい笑みを浮かべたあの子くれあがいた。
「く、れあ」
 どうしてここに? お店はどうしたの。聞きたいことはいっぱいあったのに、喉が引き攣ったように声が出ない。
「るるかの姿を見たら、なんだか会いたくなって出てきちゃった」
 戯けたようにくれあは笑う。そんな彼女の姿に、少しだけ肩の力が抜ける。
 一歩近寄って、僅かに背の高いくれあを見上げた。
「お店は大丈夫?」
「店長に少し出てくるって伝えてきたから」
 店内用の靴。エプロンはつけたまま。手には書いたばかりであろうメニュー表。大丈夫か聞いたとき、お店の方を一度だけ見て中の様子を確認した。
 これだけ証拠が揃えば、自ずと答えに辿り着く。
「早く戻ったほうがいい」
「流石にバレちゃうわよね」
 誤魔化されてくれないか、と苦笑を浮かべる。少し前の自分なら信じ切っていたかもしれないが、人を疑うことを覚えてしまった私には通用しない。
 貴女の知っている私はもういない。
「……」
「ねえ、るるか」
 下がりかける顔を持ち上げて、目元をそっと撫でられた。
「私もうすぐ上がりなの。お店でちょっと待ってて」
 優しいのに目を逸らすなと言いたげな強い眼差しに射抜かれ、身動きが取れない。
「ねっ。きて、るるか」
 抵抗する間もなく手を取られ、店の方へ引かれる。
「それじゃ、あとは頼んだわ。くれあ」
 腕の中からふわりと抜け出したマシュタンがくれあに笑いかけた。引き止める間もなく、ゆっくりと宙に浮き上がる。
 後ろ髪引かれるような気持ちで振り返ると、手を振っている。
「任されたわ。ありがとう、マシュタン」
 手を振りかえすくれあを見たら。もう、抵抗する理由なんてないのだった。


***


 店の上がり時間まで待っていてもらうために、空いている席を案内する。様子のおかしい彼女を放っておけなくて、少しだけ強引に連れてきてしまったような気がするけれど、大丈夫だろうか。
「ここ座って待って……るるか?」
 椅子を引こうと手を離そうとするも、思いの外、強く握られていた手が離れない。心ここに在らずな彼女の様子が心配になって空いた手で頬に触れると、ふっと表情が和らぐ。
 一瞬時が止まったように見惚れてしまう。最近はいつも何かを思い詰めたような顔をしていたから、そんなふうに笑ってくれるなんて思わなかった。
「うん」
 るるかは何事もなかったかのように、自分で椅子を引いてちょこんと座る。
 どうしよう。かわいすぎる。
「ちょっと待っててね」
 まさか手ぶらで待たせるわけもいかない。注文を通さずに出てきてしまった分を早急に提供してから、カフェオレの準備をする。

 マシンのスイッチを入れて、濃いめのエスプレッソを抽出。香ばしい匂いがふわっと広がる。牛乳は少しぬるめに温めて、たっぷり注ぐ。スプーンでそっと混ぜながら、カップの側面に指を当てて温度を確かめる。熱すぎず、ちょうど良い温かさ。猫舌のるるかでも飲みやすいように。
 次に、冷凍庫のショーケースに並ぶチョコミントのアイスをディッシャーですくい、綺麗に丸めて器に乗せた。

 あれは、探偵事務所で一緒に活動していた頃。
 定番とは言えないチョコミントのアイスを探しに、いろんな街を歩いたことがあった。あの頃はいつも私の手を引いて前を歩く彼女が懐かしい。
 目的のものを見つけたのは良かったが、知らない街で私たちは迷子になった。どの道を歩いてきたのか、どの電車に乗ったのかも覚えていない。
 狼狽える私とは違った彼女は、薄紫色の瞳をキラキラと輝かせて「アイス美味しかったね」と私に笑いかける。また行きたいなと呑気なことを言っていた。「不安じゃないの?」と聞いてみると、そんなことより今ある幸せの方が大事だって綻ぶように笑う彼女に、胸を打たれた。

 目を離したらどこか手の届かないところへ行ってしまいそうで。どうしても隣に並びたくて、つい背伸びをしてしまったこともある。
 その代償はあまりにも大きすぎた。後悔はしていないけれど、心残りは自分を誤魔化せない。

「良かったらこれ食べて?」
 カフェオレと一緒に、アイスを乗せた器を並べる。一度、顔を上げてこちらを見てから、もう一度テーブルの方を見つめる。

 チョコミントはこの店にも元はなかったフレーバーだ。
 記憶をなくしていた頃。
 初めて彼女がこの店に訪れたとき、がっかりしたような顔を一瞬浮かべたのが気になった。
 何か、探していたのだろうか。
 妙に惹かれる不思議な少女に聞いてみたのだ。
 ぶっきらぼうな答えが返ってくる。「チョコミントがなかったから。どうしようかなと思った」だけだと。
 名前だけは聞いたことがあるチョコミント。
 一体どんな味なんだろうと興味本位で一人で探しに歩いた。ようやく見つけたそれを一口食べたとき、初めて口にする味なのになんとなく、知っているような。懐かしい味がした。

「アイス……」
 提供する瞬間の、お客さんの表情を見るのが好き。
 美味しそう、と声を上げて共感を分かち合う人。見た目と香りを楽しんでから、ケーキにフォークを入れる人。インスタントカメラの貴重な一枚に収める人。
 様々な人の感情が見える。人の心が動くとき、そこにはたくさんのきらめきがあった。

 中でも、何度もやって来てくれた少女の表情は特別だった。
 初対面で口数は少ないし、愛想もそこまでいいとは言えない彼女だったが、好きなものを前にした時だけは、一等の輝きを見せる。
 そんな姿を見て、胸が温かくなったのを覚えている。
 感情を表に出すのが苦手なのかもしれない。
 何か、理由があって、彼女の笑顔は失われてしまったのかもしれない。僅かに漂う哀愁が、そう感じさせる。
 ただの街の洋菓子屋の店員に、出来ることは限られている。
 でもせっかくなら。好きなものを食べるときくらい、幸せを感じていて欲しいと密かに願っていた。

 思考を遮るように、お会計に呼ばれる声がした。
 これで最後のお客さん。あとは片付けをして今日の仕事はおしまい。
「ごめん、るるか。もうちょっと待っててね」
 目の前で瞳を輝かせる彼女を、もう少し見ていたかったけれど、今は少しおあずけだ。
「ありがとう。くれあ」

 ああ、どうして私はこんな愛しい人を忘れていたんだろう。


***


 帰り道。
 オレンジ色の空が街を染め、街灯がぼんやりと灯り始めていた。
 肩が触れ合う距離。手を伸ばせば届く距離にいる。

 かつての日常が帰ってきたのだと思いたいが、それは違う。
 変わってしまったものは、元には戻らない。
 人は皆、日々変わっていく。人との出会いや別れ。そこには新しい発見があって、少なからず良い方向にも、悪い方にも変化に対応してしまう。それが人間という生き物なのだ。
 私はもう、純粋に生きていた頃の私じゃない。どれだけ償いの気持ちを持ったとて、過去は変えられない。

「手、繋いでもいい?」
 肩をさらに触れ合わせて、距離がぐっと近くなる。
 手の甲を探るように撫でられ、困惑した。されるがまま。頷くと、小さく笑う気配。
 隣を見ると柔らかく口元を緩めて、穏やかな笑みを浮かべている。
 見惚れていると、手のひらがもう一つの手のひらに覆われる。存在を確かめるように何度も握られた。
「ねえ、るるか」
「うん?」
「前に、一緒にアイスを探しに歩いた日のこと覚えてる?」
 自分の中の記憶を手繰り寄せるように、ぽつりとくれあは言った。
 忘れるわけがない、と答えようとしてそれは声にならなかった。これでは、彼女を責めているみたいじゃないか。
「それが、何?」
 なんて答えたらいいのかわからなくて、棘のある返ししか出来ない自分を悔やんだ。
「さっき、ふと思い出したの。私、ずっとるるかの後ろを追いかけてたなあって」
 特に気にした様子もなく、大切な思い出を語るようにくれあは話す。
「そう?」
「ふふ。るるかはいつも前ばかり見ていたから知らないかもね」
 くれあの手を引いて歩いていたかつての自分。
 いつも連れ出しては、行先で起こる事件を解決して今日も楽しい一日だったね、と言いながら帰る。振り返ることを知らず、怖いものなど何もなかった無知の私。
 一年も経っていないはずなのに、他人の記憶を覗き見ているように、それは遠くにある。
「……知らない」
 この世界で無知は愚か。知らなかったで済まされる事柄なんてない。
 そのせいで手の届かなかったあの子が傷つくなんて——。

「るるか?」
 焼き切れそうな視界に割り込むように、こちらを心配する顔が覗き込む。
「っ、……なんでもない」
 浅くなりかけた呼吸を整えて、平然を装うも、強く握りしめてしまった手は誤魔化せない。
 そっと伸びてきた手が、頬をなぞった。ひんやりとした手が、目の前の存在を実感させる。
 大好きだった。
 もう、会えないと思っていたのに。

「ごめんなさい。そんな顔をさせるつもりじゃなかったんだけど」
 まだまだだなあ、と困ったような笑みを浮かべる。
 そんな顔をさせたくない、とはこっちのセリフだった。

 解こうとする手を、離れないように強く繋ぎ直される。もう逃げられない。
 そう思ったらふっと足の力が抜けた。ずっと張っていた線が切れるように。崩れ落ちそうになる身体を支えてくれる温もりに縋り付く。

「私のこと、思い出さないほうが幸せだったんじゃないかって思ってた」
 声が震えた。最初はほんの少し。
 こぼれ落ちる雫みたいに、ぽつりと。
 くれあが息を飲む気配がした。でももう、目を合わせられない。視線を地面に落としたまま、堰き止めていたはずの言葉が、ひとつ。またひとつと転がり落ちる。

 記憶が戻ってからも、なんとなく避けていた。
 貴女に言わなければいけないことも、話したかったこともいっぱいあったのに。
 向き合うことから、逃げていた。
 一度溢れてしまえば、もう止まらない。

「貴女にはもう、貴女の居場所があって。危険な目にも遭わずに、幸せに生きていける。そう思った」

 喉が、焼けるように熱い。
 現実を目の当たりにしたとき、これは悪い夢なのかと思った。
 あの子は、私のことを覚えていなくて、変身する力もない。おともの妖精も姿を眩ませてしまった。
 私との接点など、どこにもなくて。
 でもあの子の望んだ形の今がある。

「だから、守りたかった。プリキュアの力と一緒に封印された貴女の心は奪われてしまったけど、取り戻したとしても、それを貴女に返すつもりはなかったの」

 辛い思いをしていないのなら、それでいい。記憶の一部が欠けたって、日常生活に支障もない。
 この先の未来に私は要らない。そう、決めていたのに。

「あんな形で返されることになって。私、最初に"よかった"って思ったの」

 言葉が止まらない。堰を切って、胸の底に沈めていたものが一気に溢れ出す。

 悔しかった

「これで貴女の記憶がまた戻るって、自分のことだけ考えて。また危険と隣り合わせの非日常的な世界に戻してしまったのに」

 握りしめた手に血が滲むのなんてどうでも良くなるくらい、悔しかった。
 そうならないように、ことを運んでいたのに。
 現実はそう甘くない。

「結局、私たちに与えられた使命からは、どう足掻いても逃げられなかった。今更、貴女の隣に立つことなんてできないのに。……ごめんね。貴女の知っている私じゃなくて、ごめんなさい」
 最後の一言は、ほとんど泣き声になっていた。

「……知ってるわ」

 いつまでも項垂れて、起きてしまったことを悔やみ続ける私の頬を、くれあがそっと包んだ。目を逸らすことを許してくれない。厳しくて、でも、どこまでも優しい眼差し。

「るるかが、前とは変わってしまったこと。人を疑うことを覚えて、笑うのが下手になったこと。そのことを悔やんでいるのも、ちゃんと知ってる。見ていれば、わかるもの」

 どうして、と喉が鳴った。
 責めてくれたほうが、まだ楽だったのに。

「それでも私はね。もう一度あなたに会えて、嬉しかったの」

 目尻に滲む雫を拭いとられて、瞳を覗き込むようにこつんと額が降ってくる。
 ずるい、と思った。私がどれだけ言葉を尽くして自分を責めても、貴女はそのひとことで全部を上書きしてしまう。

「あのとき、もう来ないつもりで、さようならって言ったんでしょう?」
「……」
 やっぱり、伝わっていたのか。
 牽制のつもりで口にした別れの言葉。
 貴女の前でだけは、私はいつも嘘が下手になる。
 どれだけ言葉を選んでも、心の裏側まで見透かされている気がして。
 今さら取り繕う言葉もなくて、私はただ唇を噛んだ。

「記憶があっても、なくても、私はあなたのことを待っていた。最初はどうあれ、一度繋がってしまったものは、案外切れないものよね」

 だったら、と貴女は続ける。
 少しずつ、何重にも絡まった心の紐を解く手腕を目の当たりにする瞬間は、いつ見ても鮮やかだった。

「思い出は、多いほうがいいと思わない?」
「……結果論、でしょ」

 子どものように言い張る私に、くれあは怒りもせず、愛おしそうにくすりと笑った。

「そうなってしまった過去から目を背けるよりも、今ある幸せを見つめたほうがずっと幸せだって……そう教えてくれた人がいるの」

 心の奥にしまってある宝物を取り出すように、くれあは言った。
 
 誰、と訊きかけて、飲み込む。
 そんな呑気なことを言える人がいるのなら、きっと世界の痛みを何も知らない。
 その人は、どんな顔で貴女にそれを告げたのだろうか。
 貴女にそんな顔をさせる人間が羨ましい。

 ――なのに、どうしてだろう。
 その言葉が、ずっと昔から自分の中にあったもののように、胸の奥で小さく疼いた。

「誰、って顔してる」

 言葉にしなかったはずの問いを、くれあはあっさり掬い上げてしまう。やっぱり、この人には敵わない。

「ふふ。私の、とっても大切なひと」

 そう言って笑う彼女は、ぎゅっと私を抱きしめながら、耳元で「あなたが取り戻してくれたの」と小さく溢す。

 私はそっと腕を回して、彼女の背中に手を置く。
 震える指先に力が入らない。

 貴女の体温が、まだここにある。
 それだけで、こんなにも世界の輪郭が優しくなる。

 ――貴女が笑ってくれる世界なら。
 貴女の中に私がいる未来も、そんなに悪くはないのかもしれない。

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コメント

  • ゆう

    25話が近づいてソワソワして眠れない中、ちよさんのるるくれ/くれるるに救われました。ありがとうございます くれあの記憶が戻ってもこれで正解なのかと迷うるるかと、もう一度繋がりたいと願うくれあさん、お互いを大切に思うからこその葛藤が本当に刺さります 2人とも報われてほしいですね

    7月19日
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