おやつは400円まで、の抜け道
「おやつは400円以内!」
小学生の頃、遠足のたびに聞かされたあのルール。覚えてる?バナナはおやつに入りません!と言われたときの🐒の絶望
は、置いておいて。
疑問に思うことがあるんだよね。
クーポンと割引を駆使して、総額560円のお菓子を398円で購入。レシート上は「400円以内」。ルールは守られている。
これって怒られるのかな?
本来「400円まで」というルールの本来の趣旨って、たぶん支払い金額そのものじゃないんだよね。
「持ってくるお菓子の量と豪華さを揃えましょう」ってこと。友達同士で差がつかないように。高いお菓子を大量に持ってくる子と、そうじゃない子の間に見た目の格差が生まれないように。
だとしたら、560円分のお菓子を398円で仕入れてきた時点で、支払額に関係なく「他の子より量が多い・豪華」という状況そのものは変わっていない。レシートを見せて「398円だからセーフ」というのは、ルールの精神を無視して文字面だけ拾う、わりと典型的な屁理屈なのかな?
例えば、うまい棒を400円分ってさ。量は多く見えるけど他の誰が見ても「あ。あれは400以内だな」ってわかるから怒られない。
けど明らかに400円以上の量と質じゃない?って言われる買い方。
似たようなモノで、賞味期限切れを売っているお店とかで普通に買ったら600円くらいするものを400円で買ってくる。
こっちは普通にそのお店ではその金額で売っている。つまり安いお店を探して買いました。という買い方。
でもどっちも思うんだ。先生って「おやつは〇〇円まで!!」とは言う。
けど「格差を無くすためです」とか「みんな平等に」なんて内側って言ってこないじゃん?
だとしたら、そういう買い方しても。先生が言ったルールは守っている。
間違えているのは子ども?社会?先生?
クーポンを探して、割引情報を比較して、安いお店を探して実質価値を最大化する。これって大人になったら「節約上手」「金融リテラシーが高い」って褒められる能力なんだよね。
小学生がそれをやると「ズルい」「屁理屈」呼ばわりされて、大人がやると「賢い」って言われるかもしれない。この温度差はなんなんだろう。
たぶん理由ってさ、学校という場所が「横並び」を至上価値にしているから。交渉力や情報収集力で差がつくと、それは「家庭環境や地頭の差」がそのまま可視化されてしまう。400円ルールは金額の平等を装いながら、実は「差が見えないようにする」ための蓋だったんじゃないかな。
だから、蓋を巧妙に開けてしまう子どもは、たとえルール違反じゃなくても、場の空気的には「浮く」。
そして教師って、そういうグレーを怒る材料を持ってないんだと思う。
持っていても面倒くさい。
これはこれで、なかなか面白い矛盾だと思う。「工夫して安く買う力」を評価する社会と、「工夫して安く買う力」を警戒する教室が、同じ日本の中に同居している。
そういう教え方をしておいて、大人になったらそういうずる賢いやつか、リテラシーが高い人が稼げる。そう生きるようにおしえられる。
もし親や教師の方が見ていたら教えて欲しい
これって怒る?怒らない?
次に思ったんだ。
遠足代が払えない、は本当に物価高のせいか
もうひとつ、最近気になった数字がある。遠足代の負担を感じている親が、調査によると半数近くいるらしい。
これを見て、正直最初に思ったのは「遠足なんて年に1〜2回だろう」ということ。
事前に日程も金額もだいたい分かっている出費。月に100円、200円貯めておけば済む話じゃないか。
普段飲んでるオーガニックティーとかクラフトビールとか、ちょっと我慢すれば、遠足代くらい普通に出せるんじゃないの。なんでもかんでも「物価高のせい」で片付けるのは、ちょっと違うんじゃないか。そう思うんだよね。
ただ、これを全部の親に当てはめた。って事じゃない。
見切り品ばかり買って、子どもが複数人いて、行事が重なる時期に出費が集中して、生活費を極限まで削っている家庭が、実際にある。そういう家庭にとっては「オーガニックティーを我慢すれば」という話自体が的外れなんだよね。
そもそも贅沢なんてしていない。値札とにらめっこして、期限切れの15円のポテトチップスを選んでいる家庭に、「嗜好品を我慢しろ」は通じない。すでに我慢の限界まで削っているから。
一方で、遠足代を「負担だ」と言いながら、コンビニでビールを買っている親も、たぶん一定数存在する。こっちは物価高の問題じゃなくて、優先順位の問題なんだよね。
問題は、この二つの層がひとまとめに「遠足代が負担な親、50%」という数字の中に溶け込んでしまうことだと思う。本当に苦しい家庭の声も、単に計画性がないだけの声も、同じ「物価高で大変です」という言葉でくるまれて、見分けがつかなくなる。
そして皮肉なことに、そのくくり方こそが、前半で書いた「おやつ400円ルール」と同じ構造をしている。ルールや数字って、本当は個々の事情を区別するためにあるはずなのに、運用されるうちに「全員一律」の建前になって、個別の差を覆い隠す道具になっていく。
たださ。自分で好きなやつとセックスして産んだ子どもなんだ。自分の生活水準は下げる気ないくせに、物価高のせいにして子供の遠足代に文句をいう。
そういう親って。
自分がセックス楽しんだ結果、今がある。っていう基本を忘れないでほしいんだよね。
子供って純粋に楽しんでるんだから。
自分たちはおしゃれして、背伸びして、楽しいことを無意識に生活に落とし込んでおいて【物価高でおやつなんて買えません!】なんて子供に言うのはさ。ワガママな部分もあるんじゃない?
で、冒頭に戻るんだけど。怒る?怒らない?
ただもし怒るって人がいた場合。
子供に、大人がやっている金融リテラシーが素晴らしいっていう世界。その矛盾をどう説明する?
子供は頭の使い方を怒られてしまった。でも大人になったらその使い方をしろ。と言われる。
教育ってなんなんだろうね
なんでそんな買ってきたの!ルールは守りなさい!って怒るけど
子供目線ではさ
「おやつは400円までです」ってルールしか説明してない?
「貧困格差をなくすのが目的です!」「量や豪華さをそろえるために」なんて言われたことない。
つまりさ?子供目線ではルール違反をしていないんだよね。言われた通り400円以内ってルールは守った。
で、言いたかった事は。
おやつの抜け道。
怒る?怒らない?🐒
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とても、とても嬉しく思います。


おっ♪😳✨とタイトルに、ニヤニヤしながら足を踏み込み考えさせられた。 鋭い視点ですね!私もおやつの抜け道気になります🤭
おぉ。ぜひ知ってみたい🙂 そして、もしやり方だから怒りません。という場合他の生徒はきっと「すーるーいー!🐵」となるはず。それの沈静とか🤤