【短編小説】──幸せを願って
臆面もなく行動するのは図太い神経である、誰かがそう言った気がしたが、誰だか判然としなかった。幸せとはこうこうこうでこうだ、という説明にあまり信用がならなかった。アイスを食べることが幸せだ、とか、家族と愛のある接し方をすることが幸せだ、というふうに、幸せという語は語尾の方に置くのが適切な説明であると思われるからである。幸せを願えば、どこかの途路で幸せを体験しうる、ということもあるであろう。何らかの幸せが、その人の人生の深い意味での尺度となるような感もあった。男と女の性的な交渉の幸せというものがあるならば、人生をエンジョイしていると言えよう。だがエイズに感染することもなくはないようである。エッチというものを知らずにアイスを食べるという幸せやお肉を食べるという幸せ、すなわち食事の満足という幸せを選ぶことは、儚いようである意味豊かな選択である。美味しいものを食べるということは幸せである、という見解ももちろんあるし、エッチというものをしたくない、という見解もあるであろう。幸せというのは心の満足によって達されるものである。ゆえに、心の持ち様が大切である。臆面もなく行動するというのは、幸せに向いていない。少しは他者を大切にしたらどうだ、といいたくなる。臆面の面持ちを少しは抱いた行為こそ、幸せ人の持ち味である。


コメント