宗教にあれだけこだわった上祐が豹変したのは、宗教のままでは観察処分が外れないという打算だけだったのだろう。何の熱意もない、釈然としない説明。
観察処分が外れたなら、宗教に戻すことも簡単にできる。麻原信仰に戻すことだってできる。
それが可能な団体だと上祐自身が証明したのだから。
たしか、「宗教の失敗は宗教で乗り越える」とか言ってたな(笑) 訳は分からんが、その意気込みは感じた。
宗教を辞める時は「田原さんとかに言われて、客観的に我々のやってることは哲学だから」という説明。主体的ではなく外からの評価で決めたらしい。
なんじゃそれ!
あの時の意気込みはどうした?