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吉田 太一さんの投稿


吉田 太一

2023年8月22日  · プライバシー設定: 公開
昨日言われたこと。
「吉田さんにはできることでも俺たちにはできないんですよ。」
これを聞いてちょっと昔を思い出した。
二十歳の頃、「歯学部」なんていう狭い縦社会で生きてた。
とはいえ変わり者の俺ですので学校が終わった後に医局で酒盛りをして、助教授とサシで飲んでたりしてた。
大学近くの焼き鳥屋で二人で飲んでたら、店の親父が俺に「先生は卒業されて何年ですか?」と聞かれたので「あ、俺はまだ2年生です。」って言ったら「もう2年ですかぁ...」って言われて、助教授が「違う!違う!こいつはまだ2年生の学生なんです。」って言って、親父が「学生さんが助教授と飲んでるんですか!?」って驚かれた。これは助教授(今は教授)が今でも笑い話としてたまに話す。
医局の先生達が助教授の家に呼ばれて宴会した時も、何故か唯一学生(しかも低学年)の俺も呼ばれて一緒に飲んでた。奥さんの手料理やら助教授の手料理やらいろいろ出されて朝の10時から深夜まで延々と美味い酒を飲むという宴だったのだが、エビの刺身を食いながら医局の先生が「エビの血って青いんですね」と言ったので「鉄じゃなくて銅ですからね」と俺が言ったら「そう、ヘモシアニンの色だね」って助教授が言って、その頃から卒業したらウチの医局に来いって言われるようになった。臨床大好きな俺は残りませんでしたけど。
5年生になった頃かなぁ...相変わらず助教授とは一緒によく飲んでた。お互いをよく知ってたし、お互いの家庭事情なんかも知る仲だったが、助教授が「『俺ができたんだからお前もできる』ってのは違うぞ。人には人の『事情』ってものがあるんだ」と言われた。俺の親父は高卒。俺は歯学部に特待生で入学した(遊びを覚えて最初の1年間だけだったけど)。その頃の俺はたぶん「できる方法」ばっかりを考えて生きてきて、他人に対する優しさが足りないと思って助教授は言ったのではないかと思う。その言葉には結構考えさせられた。
なるべく他人に押しつけないようにと思って生きてきましたが、個人としては「やる方法」ばかり考えてきた。資産がなくても開業できる方法とか、億のマンション買う方法とか、地元で打ち上げ花火を打ち上げる方法とか、ま、「無理だ」と言われる事をどうやったらできるかばっかり考えて生きてきたわけですわ。前にも書いたけど娘が「やりたいけど、年齢が~東京まで通うのが~家庭が~」とできない理由ばかり言うので「やれない理由じゃなくて、やる方法を考えろ」と伝えたのだが、それで今の娘がいるわけです。
で、話を戻しますが別に「俺ができたんだからお前もできる」なんて、これっぽっちも思ってません。小さくてもできることをしたらいい。叶えられそうもないほど大きい夢があるなら語れ。一緒にやる方法を考えよう。それが「仲間」ってもんじゃないのかな?
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喜田見 温味
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  • 2年
1
一鳳 たま侑
素晴らしい
  • 2年
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