短期バイトに行ったらクソデカおっぱいのミニスカサンタにTSさせられた話
たまにはこういう感じのオチでもいいかなぁと思ったりしました。
リクエストを募集しておりますので、興味がある方はよろしくお願いいたします!
https://www.pixiv.net/request/plans/162750
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日給の短期バイト。時給がちょっと良くて、今日1日だけで現金手渡し。
そういう条件って、だいたい見つけた瞬間に枠が消える。だから俺も、深く考えずに応募した。テスト前で講義がスカスカになる時期で、財布も寒い。軽い気持ちだった。
内容は駅前でクリスマス商品の販促。チラシ配りと声出し。サンタ帽でも被って「ご予約はこちらでーす」ってやるだけだろう。そう思って、指定された雑居ビルの3階にあるイベント会社のドアを開けた。
中はもうクリスマス一色だった。赤い布、白いファー、鈴付きの小物。段ボールが積み上がっていて、スタッフが慣れた手つきで備品を仕分けしている。
テープを剥がす音がぱりぱり響き、プリンターが唸り、どこかでベルがちりん、と鳴る。
壁には紙が貼ってあった。
「本日・駅前 A班」
「集合 13:00」
「日給・当日手渡し」
その文字にだけ救われる気がした。今日だけ。やり切れば金が入る。
「おはよ。今日の短期の子?」
声の方を見ると、スタッフの女性が立っていた。年上のお姉さんって感じの落ち着いた雰囲気で、仕事ができそうな笑顔。……なのに、俺の視線は一瞬で別の場所に吸い寄せられた。
赤いニットの上にコートを羽織っている。普通ならそれで体のラインはぼやけるはずなのに、その人の胸だけは別格だった。
赤いニットがおっぱいの丸みにぴたりと張り付いている。布が伸びて、胸のいちばん高いところでぴん、と細かく引っ張られているのがわかる。
肩から落ちるコートの前身頃は、そのふくらみを避けるように左右へ開き、結果、胸元が自然に額縁みたいになってしまっていた。
呼吸するたびに、おっぱいがゆっくり持ち上がって、ふわりと戻る。ニット越しでも伝わる柔らかさがあって、揺れは小さいのに重みだけは確かに感じる。立っているだけで、視界の中心がそこに固定される。存在が強すぎる。
ニットの中央が、おっぱい同士に押されてほんの少し沈み、そこに細い縦の影ができている。その影が、呼吸に合わせて濃くなったり薄くなったりするのが目に入ってしまう。
コートが閉じていないせいで、視線を逸らそうとしても、コートの左右の隙間が胸元に向かう通路みたいに視界を誘導してくる。
視線を逸らしたつもりでも、目の端に胸が入ってくる。胸が視界を占領するって、こういうことかよ……と、どうでもいい感想が浮かぶほどだった。
俺は誤魔化すように名札に視線を落とした。……けど、その名札すら胸の真ん中あたりに付いているせいで、結局、視線が胸元を通らざるを得ない。
しかも名札が、胸の丸みに乗って少し浮いていて、呼吸の上下に合わせて小さく揺れる。揺れるたびに、胸の存在がさらに強調されてしまう。
俺は慌てて、挨拶の形に逃げた。
「佐久間です。今日はよろしくお願いします」
「うん。佐久間君ね。橘です、よろしく。今日の現場は私が仕切るから、困ったらすぐ言って」
明るくて、迷いのない声。いかにも現場慣れしている人のテンポだった。
橘さんはにこっと笑って、胸の前でクリップボードを抱え直す。
その動作だけでも胸がたゆんと揺れた。
ただ腕を動かしただけなのに、遅れて重みがついてくる。ニットを確かに押し上げるたわみがあって、柔らかい塊が一瞬遅れて落ち着く。その揺れが視界の端を掠めただけで、意識を持っていかれる。
柔らかそう。そう思った瞬間、頭の中で自分を殴りたくなった。
仕事だろ。見るな。見てない。見てないのに、どうしても入ってくる。
「ふふ……。今日の流れ、先に説明するね」
橘さんは気にした様子もなく続ける。
「駅前でクリスマス商品の予約案内。ケーキとチキンがメイン。佐久間君にはチラシ配りと声出しをお願いするね」
「了解です。服装なんですけど……サンタ帽とかですか?」
「そうそう、サンタ。雰囲気は大事だから」
そう言って、橘さんはそういえばという顔でクリップボードの別のページをめくった。
「応募フォームの確認だけしとくね。佐久間君、オプションの同意チェック……入ってる。うん、確認済みでOK」
「オプション……?」
俺は記憶を探った。応募フォームにいくつかチェックボックスがあって、必須項目は全部入れた。確かにやった。でもオプションって、なんだ。そんなの、ちゃんと読んだっけ。
「えっと、必要なところは……全部入れました。たぶん」
「うん、うん。大丈夫。あ、佐久間君は元がいい感じだから心配しなくていいよ」
橘さんは何でもない調子で言いながら、クリップボードを胸の前に引き寄せた。まるで支えるみたいに、自然な動きで。
元がいい? その言葉の意味を一瞬だけ考えたけど、次の瞬間にはどうでもよくなった。
胸が、むぎゅっと押し上げられたからだ。
赤いニットが引き伸ばされ、張りつめた布の下でおっぱいの丸みが一気に浮き上がる。下から持ち上げられたことで、左右のふくらみが中央へと寄せられていく。
まるで柔らかい饅頭を両側から押したみたいに、形がはっきりと整って、逃げ場を失った肉の量感がそのまま前に出る。
谷間の影が、ぐっと濃くなった。
さっきまでそこにあるだけだった胸が、今は主張している感じだった。そこだけ空気が変わったみたいに、重く、深く、視線を吸い寄せる。影が影以上の意味を持って、そこにあるだけで存在を誇示してくる。
俺は完全に見とれてしまっていた。
視線を外さなきゃと思うのに、どうしても外れない。
そんな俺に気づいたのか、橘さんはいつも通りの声で言った。
「それじゃ、さっそく準備しようか」
「……準備?」
間の抜けた返事しか返せないまま、俺の意識はまだ、目の前のおっぱいに絡め取られていた。
橘さんの言葉を反芻する。準備? 簡単な衣装とチラシを渡されるだけじゃないのか。そう思った、その瞬間だった。
橘さんの胸が、ぶるるっと震えた。
「……んっ」
艶を含んだ小さな声。
それと同時に、橘さんの体がぐっと反る。
どるんっ!
その瞬間、押し出されるかのように胸が膨らんだ。
ぐん、と。赤いニットが限界まで引き伸ばされ、布が悲鳴を上げる寸前でぴんと張りつく。左右の胸が同時に、目に見えて大きくなる。
「……え?」
間の抜けた声が、勝手に喉から漏れた。
「んぅ……んんっ……!」
我慢するみたいな、艶のある吐息が重なる。
ぐぐぐ……どるんっ!
さらに、もう一段。
橘さんの胸は確実に大きくなっていた。二回り……いや、それ以上かもしれない。メロンのようなボリュームの胸は、いまやスイカのように大きい。少なくとも、顔よりは大きい。
量が増えているのに、形はまったく崩れない。むしろ丸みが際立ち、張りと重みが一気に増す。
胸同士が強く押し合い、中央に深い溝が刻まれていく。谷間は影を落とすほど深く、暗く、そこだけ別の空間みたいに存在感を放っていた。
視線を逃がす余地がない。
見てはいけないとわかっているのに、どうしても目が吸い寄せられる。
俺は、ただ立ち尽くしていた。
目の前で起きているおっぱいの異変から、視線を外すことすらできないまま。
「ふう……すっきり」
橘さんは満足そうに息を吐いて、大きくなった胸を確かめるみたいに上下に揺らした。
ぶるん、ぶるん。ニット越しでもはっきり伝わる重量感。揺れるたびに、谷間の影が濃くなったり薄くなったりして、視界を支配する。
「はい、出すよ」
そう言うと、橘さんは迷いなく、その深い谷間へ手を差し入れた。
指先が沈み、やわらかな肉に呑み込まれていく。胸同士が押し合って、谷間がぐにゅっと形を変え、しばらくのあいだ手首から先が完全に見えなくなった。
おっぱいが、せめぎ合っている。
スイカみたいに大きすぎるふたつの塊が、互いを押し返すみたいにぐにぐにと動き、間に挟まれた手首が内側でもぞもぞと蠢く。そのたびに、ニット越しでもわかるほど胸全体が揺れ、谷間の影が濃くなったり歪んだりする。
次の瞬間だった。
谷間から、するりと引き抜かれたのは、液体の入った小さなボトル。
ガラスがきらっと光り、キャップには赤いリボンが結ばれている。
香水……に見える。
というか、明らかに高そうだ。安物のスプレーとは違う、店頭に並んでそうな、ちゃんとしたやつ。
橘さんの説明はない。ただ笑顔のまま、手首を軽く返してボトルを握り直す。その仕草だけがやけに手慣れていて、さっきまで胸の谷間に埋まっていたものを取り出したとは思えないくらい自然だった。
理解が、まったく追いつかない。
突然おっぱいが膨らんで、しかもその谷間から香水を取り出すとか、意味がわからなすぎる。
「ちょ、橘さん。何が……」
「大丈夫、大丈夫。あとでちゃんと仕事用の衣装渡すから。まずはこっち」
言い切ると同時に、橘さんは俺の方へ一歩近づいた。
その動きで、大きくなった胸がぶるん、と揺れる。重みを誇示するみたいな揺れ方だった。
そして、ためらいもなく、
シュッ。
香水が吹きかけられた。
冷たい霧が、鎖骨の下にふわっと広がる。肌に乗った瞬間はひんやりしているのに、すぐに甘い匂いが立ち上った。ベリーとバニラを混ぜたみたいな、クリスマスのお菓子を思わせる香り。
……なのに。
次の瞬間、その匂いが熱に変わった。
じわっ。
胸の奥が、急に温かくなる。
心臓の鼓動とは違う場所で、体そのものが勝手に反応している感覚だった。血が引き寄せられるみたいに、じわじわと胸の中心へ向かって何かが集まってくる。
「なにこれ……っ」
同時に、体全体がきゅっと締め付けられる。
内側から圧縮されるような感覚。背丈が少し縮んでいくような、世界との距離が変わるような違和感が走った。
作り変えられている。
そうとしか思えない感触が、皮膚の下を滑っていく。
まず胸元。ぎゅっと締められ、呼吸が浅くなる。肩が内側へ引き寄せられ、幅が狭くなるのがはっきりわかる。腕も同じだ。力を抜いているのに、絞られるみたいに細くなっていき、袖の中に余白が生まれる。
次に腰。
きゅっと、意識できるほど強く締まる。骨盤がわずかに前へ傾き、立ち方そのものが自然に変わる。重心が下がり、足元が安定する一方で、今までの姿勢がもうしっくりこない。
背中の感触も変わっていく。
張っていた筋がほどけるように、すっとなだらかになる。肩の角張った存在感が薄れ、背骨のラインが柔らかく連なっていくのが、内側からわかる。
太ももに、はっきりした変化が出始めた。
力の入り方が変わる。
これまで外側で踏ん張っていた感覚が、内側へと移動していく。筋肉が盛り上がるというより、配置が組み替えられていくみたいに、張りが均等に広がっていく。太ももの内側が自然に近づき、立っているだけで脚がまっすぐ揃う感覚が生まれた。
布越しにわかるほど、丸みが増す。
触れていないのに、太もも同士が軽く当たる距離感が変わっていくのがわかる。無駄な角が削られて、なめらかな曲線だけが残されていくみたいだった。
そして、その変化は後ろへ。
腰の下で、ずしっと重みが増す。
お尻の位置が、わずかに下がって、同時にぐっぐっと後ろへと張り出す。平坦だった感触が、内側から押し出されるように丸みを帯び、座り方のイメージが一瞬で変わった。
骨盤の傾きに合わせて、お尻のラインが自然に形作られていく。
左右のバランスが整い、太ももとの境目がはっきりする。段差じゃなく、流れるような繋がり。背中から腰、腰からお尻、そして太ももへ線が途切れず続いていく。
ズボンの中で、空間が足りなくなっていくのがわかる。
重心がさらに安定して、立っている感覚そのものが変わった。足を動かすたびに、後ろでわずかな重みが遅れてついてくる。
体はもう、元の感覚を基準にしてくれない。
太ももとお尻がそうあるべき形に整えられていくのを、ただ受け止めるしかなかった。
顔のほうにも、静かな違和感が広がっていく。
頬の内側が、きゅっと締まる。骨が動くというより、余分な角が削られていく感覚だった。顎のラインがなだらかになって、口元の緊張が抜ける。眉の位置がほんの少し下がり、目の周りの力みが取れていくのがわかる。
視界が、わずかに変わった。
同じ景色なのに、輪郭が柔らかい。まぶたの重さが変わって、瞬きをするたびに、まつ毛が長くなったような感触がある。
髪も、気配を変えた。
根元が軽くなり、頭皮に引っ張られる感じが消える。一本一本が細く、しなやかになって、首筋に触れたときの感触が違う。長さが急に変わったわけじゃないのに、揺れ方だけが女性的になっていく。
肌は、さらにわかりやすかった。
表面のざらつきが消えていく。
触れていないのに、なめらかになっていくのがわかる。熱が引いたあとに、しっとりした感覚だけが残る。空気に触れるだけで、前よりも敏感に感じる。
喉が詰まる。
「……っ、あ」
声が、思っていたより高く漏れた。
思っていた音と違う。
喉の奥が軽くなって、息に混ざる音が少し高い。慌てて咳払いをしようとしたのに、出てきた声はもう戻らなかった。
低さが抜けて、丸くなる。
自分の耳に届く声が、知らない誰かのものみたいで、背中がぞくっとした。
顔も、髪も、肌も、声も。
大きく主張する変化じゃないのに、全部が同じ方向へ揃っていく。
女の身体に、違和感なく収まるために。
そして胸のあたりに、また熱が戻ってきた。
さっきまで平らになりかけていたはずの場所が、内側から押される。
ぎゅっと締め付けられていた感覚がほどけて、その代わりに、中心に集まった温度が行き場を探すみたいに広がり始める。
「……っ」
息を吸うと、胸がわずかに前に出た。
錯覚じゃない。ブカブカになった服の内側で、確かに厚みが増えている。
最初は、ほんの少しの膨らみだった。指でなぞればすぐにわかる程度の、丸み。胸板の延長みたいな曖昧な形。
戸惑っている間にも、その少しが増えていく。内側から押し出されるみたいに、じんわりと盛り上がり、布越しでもわかるくらい丸みを帯び始める。
服の内側で、体の輪郭が静かに、確実に書き換えられていく。
熱は消えない。むしろ、確かにそこに留まって、更なる形を作ろうとしている。その熱に押されるように、柔らかさが生まれる。硬さが抜けて、弾力に変わる。
次の瞬間、その変化が加速した。
「んぐっ!?」
どくん、と胸の奥が脈打つ。
それに合わせて、左右が同時に前へ出る。小さかった膨らみが、はっきりとした形になる。丸く、独立した輪郭を持ち始める。
服が、わずかに引っ張られる。
胸元の生地が張り、呼吸に合わせて上下する動きが目立ち、布が擦れてくすぐったい。視界の下のほうで、自分の体の一部が確実に存在感を増していく。
止まらない。
膨らみはさらに増し、重みを伴い始める。
ただ前に出るだけじゃない。下にも、横にも広がっていく。左右が自然に近づき、中心に浅い溝が生まれる。
早い。ゆっくりじゃない。生き物みたいに、正しい形を探しながら一気に育っていく。
立ち方が変わる。
胸の重さを無意識に支えるように、背筋が調整される。肩の位置がわずかに後ろへ引かれ、バランスを取ろうと体が勝手に動く。
呼吸のたびに、確かな重みが上下する。布と肌の間に、余白がなくなっていくのがわかる。
それでも、まだ終わりじゃなかった。
胸の内側に残っていた熱が、再び一点へと集まる。
溜め込まれていたものが、今度ははっきりとした圧力に変わり、逃げ場を失って暴れ出した。
「っ……う、ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
堪えきれず、叫び声が弾ける。
その瞬間、胸の奥からさらに強い勢いが生まれた。
ドクンッ!!!
胸の芯が大きく脈打つ。
それに引きずられるように、胸全体が一気に前へと突き出された。
「ちょ……な、なに!? ひぐぅぅぅぅっ!!!」
服の内側で、膨らみが跳ねる。
さっきまでおっぱいと呼ぶには控えめだった丸みが、瞬く間に質量を伴い始める。内側から空気を送り込まれたみたいに、左右が同時にぐっと張り出す。
「ま、待って……! ふあぁぁ!?」
ドクンッ!!!
さらに強い脈動。
胸が上下に大きく揺れ、布が限界まで引き伸ばされる。形は崩れない。むしろ丸さを保ったまま、直径だけが増していく。重さが一気に加わり、体が後ろへ引っ張られる感覚に、思わず足に力が入る。
「うんあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
自分でも驚くほど艶のある叫び声と同時に、胸がまた一段、跳ねるように大きくなった。
ビリィ!!
嫌な音がして、服が内側から裂ける。
次の瞬間、視界の下を肌色が完全に占領した。
呼吸に合わせて、丸いふくらみが大きく上下する。腕を下ろせば自然に触れてしまう距離。触れた瞬間、柔らかさと重さが同時に伝わってくる。
重い。でも、それ以上に大きい。
中心から外へ、溜め込まれていた圧力が一気に解放される。
左右が同時に、ぐん、と膨らみ、表面が張り切った風船みたいに滑らかに整っていく。体がバランスを取ろうと揺れ、足元がぐらつく。
「……っ、はぁ……! はぁ……!」
荒い呼吸の合間に、少しずつ熱が引いていく。
胸の急成長も、ようやく収まり始めたらしい。
ふと、事務所の姿見が目に入った。
吸い寄せられるみたいに、そこに映る自分を見る。
顔は、確かに俺の面影がある。けれど、見たことがないほど整っていて、美少女と呼ぶしかない。
さらに言えば、首から下は完全に別物だった。
胸は丸く張り出し、シャツは不自然な角度で持ち上がっている。胸元はサイズが合わず裂け、他の部分はぶかぶか。お尻は無駄に迫り出し、むっちりしているのに、ズボンは余っている。
そして、おっぱい。
サイズが、尋常じゃない。
視界の下を占領する丸いふくらみが、ただ大きいだけじゃなく、球体となっているかのように前方へと迫り出している。
その大きさはまるで、バスケットボール。
「ひゃわっ!!」
ボムンッ!!
その言葉が浮かんだ瞬間、胸が最後のひと押しみたいに勢いよく膨らんだ。
丸みがさらに強調され、直径が増す。表面がつるりと張り、全体が均整の取れた球状に整っていく。
左右がはっきり分かれ、重みが確定する。
ずしっと肩に乗る感覚。腕を下ろすと胸に当たり、胸が逆に腕を押し返してくる。柔らかいのに、確かな圧がある。
呼吸のたびに上下するその動きと、常に感じる重みが、新しい身体の一部として静かに主張していた。
「……や、ば……」
思わず呟いた声が、やけに高くて、そこでようやく現実感が追いついてくる。
自分の耳に届くその音が、もう前の俺のものじゃない。
「うん。完成。とってもいい感じ」
橘さんは満足そうに頷いた。
その拍子に、橘さんのおっぱいもゆるりとたゆむ。相変わらず大きくて、重そうで、存在感のある胸。のはずなのに。
今は、俺のほうが大きい。
さっきまで圧倒されていたはずのおっぱいが、視界の端で少し控えめに見える。
あれほど膨らんで、誇らしげに揺れていた橘さんの胸が、俺のものと比べると、ひと回り……いや、それ以上小さく感じられる。それはとても不思議な感覚だった。
「た、橘さん……これって……?」
言葉が続かない。
理解が追いつかないまま、俺は自分の胸を抱え込んだ。
抱え込んでも余る。 手のひらが、柔らかい肉にずぶっと沈む。沈んだ分だけ形が崩れて、支えきれない部分が指の隙間からこぼれ落ちる。重みが確かで、抱えた腕がじんと疲れる。
橘さんは、その様子を見ながら、香水ボトルをまた谷間へ戻した。
あの深い谷間に、何事もなかったみたいに。おっぱいに隠す仕草が、もう完全に慣れた動きだ。
「ちゃんと同意はしてたと思うけど?」
「……え?」
同意って、なに。
頭の中で言葉が一拍遅れて弾けた。まさか……さっき言ってたオプション? あのチェック?
こんな内容だなんて知らないし、正直、ちゃんと読んでなかった。
思考だけが空回りして固まっている俺を前に、橘さんは焦らせるでも、からかうでもなく、ほどよく力の抜けた表情で肩をすくめた。
「……まぁ。規約はちゃんと読んだ方がいいと思うよ。あ、流石に今からキャンセルはやめてね」
「は、はい……」
反射で返事をしてしまう。
その時点で、もう流れに乗せられている気がした。
橘さんは、そのまま話を続ける。
「それでね、駅前の販促って、まず目に入ることが一番大事でしょ。人の流れ速いし。だから、こうやって分かりやすく目立つ感じにして宣伝するの」
「……目立つ……?」
俺は、ゆっくりと自分の胸を見下ろした。
視界の下半分を占領する、丸く張り出した存在感。
呼吸するたびに、ずしっと重みが揺れて、布の内側で確かな質量を主張してくる。
どう考えても、「ちょっと目立つ」なんてレベルじゃない。
「んー……確かに」
橘さんは俺の視線の先を見て、少しだけ首を傾げる。
「ちょっと大きすぎかも。効きすぎ? 体質かな? ……まぁ、私は好きだけど」
冗談みたいな口調で、あっさり言い切る。
「だ、大丈夫なんですか……これ……」
「大丈夫大丈夫。時間経てば戻るから。ちゃんと一時的なやつだよ」
「ちゃんと」と言われても、今この重みを抱えている身としては、まったく安心できない。
そう思っていると、橘さんが何でもない調子で付け足した。
「あ、でも。もし戻らなくても、そこはもう同意済みだから」
さらっと、怖いことを言った。
俺が言葉を失ったまま立ち尽くしていると、橘さんはぱん、と軽く手を打った。その音ひとつで、この場の空気を切り替えるみたいに。
「はい。じゃあ次。仕事用の衣装渡すね」
もう説明は終わり、これ以上の確認も不要。そんな調子で、橘さんはくるっと踵を返す。
そのまま事務所の奥、倉庫代わりに使われているラックの並ぶスペースへと歩いていった。
段ボールとハンガーが雑然と並ぶ奥で、何かをごそごそ探す気配。
少ししてから戻ってきた橘さんの腕には、大きな赤い布の塊が抱えられていた。
布越しでもわかる量感。白いファーがところどころ覗いていて、嫌でも想像がつく。
どう見ても、普通のサイズじゃない。
それを当たり前みたいな顔で抱えて戻ってくるあたり、この人にとっては日常なんだろうと思わされて、俺は余計に何も言えなくなった。
「はい、みんな大好きミニスカサンタ。特注の大きめサイズがあって助かったよ。胸元は開いてるけど、固定はしっかりしてるから安心して」
橘さんはそれを俺の腕に、ぽん、と軽く乗せ、にこっと笑って続ける。
「着替えはそっちのスペース使ってね」
衣装を抱えたまま、俺はもう一度だけ橘さんを見た。
この異常な状況を作り出した張本人は、最初から最後まで落ち着いたままだ。
「……ほんとに、普通のバイトですよね」
「うん。もちろん。ちゃんと日給出るよ」
一拍置いて、付け足す。
「しかも、お高め」
その一言だけが、かろうじて今の俺を現実につなぎ止めていた。
……金。
今日一日。
終われば帰れる。
時間経てば戻る。
そう自分に言い聞かせながら、俺はカーテンの向こうへ、逃げ込むみたいに入り込んだ。
更衣スペースは簡易的で、椅子と姿見とハンガーがあるだけ。普段なら何とも思わない広さのはずなのに、今日はやけに窮屈に感じる。
原因ははっきりしていた。視界の下を占領する胸のせいで、空間の余白がごっそり削られている。
赤い衣装を広げる。
トップスは短い。
いや、短いというより、最初から臍が出る前提の丈だ。胸元は大きく開いていて、白いファーの縁取りがその形をなぞるように配置されている。布の切り込み自体が、胸を見せるために作られているのがわかる。
スカートはさらに短い。腰に引っかけるだけで、太ももの半分くらいまで露出しそうな長さで、しかもタイト寄り。指で触れるとひんやりして、外の寒さを思い出してしまう。
「……嘘だろ」
思わず零れた声は、やっぱり高い。
渡された服にも、自分の声にも軽く絶望する。
まずシャツを脱ごうとして、そこで手が止まった。胸があると、服の脱ぎ方そのものが変わる。
破れかけた胸元の布が、ふくらみに引っかかって素直に動かない。腕を上げると、胸が持ち上がって、ずしっとした重みが肩に乗る。
布が胸の丸みに絡まり、途中で止まる。
「ちょ、待って……!」
思わず声が出る。
引っ張ると、胸が揺れた。
揺れた分だけ、体の中心が引っ張られる。ほんの小さな動きなのに、バランスが崩れて、よろけそうになる。
胸が動くだけで、体全体が揺さぶられる。
この身体で、外に出て、立って、歩いて、声を出して。そんなことを想像しただけで、ため息が喉の奥に詰まった。
なんとかシャツを脱いで、鏡を見る。
そこにあるのは、俺の胸だった。
丸い。張っている。ずしりとした重みが、確かにそこにある。
バスケットボールみたいに大きいのに、肌は不自然なほど滑らかで、光を受けて柔らかく反射している。作り物みたいなのに、触れた感触は生々しくて、妙に現実的だ。
恥ずかしい、より先に、理解できなくて怖い。
反射的に腕で隠す。でも隠しきれない。腕が胸に押し返されて、逆に存在感を主張される。逃げ場がない。
衣装の中に、薄いインナーと、ブラっぽいものが入っているのが目に入った。
……ブラジャー。
今まで縁のなかったものなのに、今の胸を見た瞬間、必要性だけは一瞬で理解できてしまうのが嫌だった。
手に取ると、伸縮する布は頼りなく見える。でも、これを付けずに外を歩くのは無理だ。さっきの揺れを思い出すだけで、胃の奥がきゅっと縮む。
当然、着け方なんてわからない。
ぎこちなく肩紐に腕を通し、背中に手を回す。ホックがどこにあるのかもわからず、指先が空を切る。
「……どこだ……」
鏡に背中を向け、何度も手探りして、ようやく引っかけた。
その瞬間。
「……っ!」
胸が、はっきりと持ち上がった。支えられるとこんなに違うのか。
下から支えられて、重みが分散される。自然と背筋が伸びて、姿勢が整う。楽になるはずなのに、その分、胸はさらに前へ突き出される。
谷間が勝手にできた。片方だけでもデカいせいで、もともと出来上がっていたけど、それがさらに強調させられる形だ。
布の縁がなくても、形がくっきりわかる。胸同士が寄せ合わされて、影が深く刻まれる。
思わず、ため息が漏れる。
支えるってことは、強調するってことでもあるんだと、身をもって理解させられる。
次はトップス。
赤い布を頭から被ろうとして、また動きが止まる。
胸が邪魔だ。
布が胸の上でつっかえて、それ以上下りない。引っ張ると、むにっと押される。押されるたびに形が変わって、布の内側で胸が居場所を探すみたいに動く。
やっと下まで落ちた瞬間、鏡に映った姿を見て、言葉を失った。
……完成している。
しかも最悪の意味で。
胸元が開いている。開きすぎている。
白いファーの縁取りが、胸の丸みと谷間のラインをきっちり切り取って、そこだけを強調するみたいに配置されている。視線を誘導するためのデザインだと、一目でわかる。
思わず胸元を手で押さえた。
しかしそれは失敗だった。
押さえれば押さえるほど、胸が左右から押し合って、谷間がさらに深くなる。影が濃くなり、自分の手が、かえって強調してしまう。
「……なにこれ……」
臍も出ていた。
トップスが短すぎて、腹が丸見えになる。室内なのに、ぞくっと寒気が走る。
外だったらどうなるんだ。
駅前の風、絶対に冷たい。
それに人の視線。考えただけで、胸の重みがもう一段増した気がした。
今度は下半身だった。
渡された一式の中に、ミニスカートと、女性もののパンティが入っているのを見た瞬間、思考が一拍止まる。
……マジか。
どうやらズボンのままではダメらしい。
スカートが短すぎるからか。それとも最初から全部この前提なのか。考えるほど嫌になる。
とりあえず、今履いているズボンを脱ごうとする。
そこで、また詰まった。
胸が大きすぎる。
前屈みになると、視界の下が丸い膨らみで完全に塞がれる。足が見えない。どこに体重をかけているのか分からない。胸の重みが前に引っ張ってきて、バランスが取れない。
片脚を抜こうとした瞬間、胸が揺れた。
それだけで体の中心がぐらっとずれて、思わず足を戻す。
「……ちょっと動くだけでこれかよ……」
情けない声が漏れる。
胸が邪魔で、手元が見えなくて、前屈みになれなくて、ズボンが途中で引っかかる。
無理に引っ張ると、胸がぶるん、と揺れて、また体勢を崩す。
何度かよろけながら、ようやくズボンを脱ぐことに成功した頃には、変な汗をかいていた。
次はパンティ。
……違和感がすごい。
布の感触も、フィットの仕方も、全部が今までと違う。
下半身の感覚が微妙に変わっていて、落ち着かない。
それなのに、胸は相変わらず主張してくるせいで、意識が上下で引き裂かれる。
履き替えるだけで、またバランスを崩しそうになる。
胸が揺れるたびに、体がそれに引っ張られる。
次に、ミニスカートを手に取った。
短い。
いや、短すぎる。
腰に巻いて留めるタイプで、裾には白いファー。
これ、立ってるだけでもアウトなんじゃないか。
履こうとして、片脚を上げた瞬間、
胸が揺れた。
どん、と重みが前に来て、体が傾く。
「っ……!」
慌てて壁に手をついて、なんとか踏みとどまる。
胸が遅れて揺れ収まるまで、動けなかった。
スカートを引き上げる。
腰にぴったりフィットする。
……合ってしまうのが、腹立たしい。
女体化したせいで、腰のラインが自然に噛み合って、スカートがするっと定位置に収まる。
鏡に映る脚は、もう俺の知っている脚じゃない。
膝の丸みも、太もものラインも、全体がそれっぽく整えられている。
しかもスカートが短いから、立ち方ひとつで危ない。
少し前屈みになったらアウト。
しゃがんだら……考えたくない。
最後に、手袋をつけて、帽子を取る。
白いボンボンが揺れた。その動きがやけに軽やかで、妙に可愛い。
鏡の前で、全身が揃う。
ミニスカサンタ。胸元は大きく開いていて、くっきりと谷間が見え、臍が無防備に出ている。太ももは露わで、そして胸だけが明らかに異常な存在感を放っている。バスケットボール並みの丸みが、衣装の中心で主役みたいに鎮座していた。
俺は、しばらく瞬きもできずに見つめていた。
……これが、俺?
呼吸をするたびに、胸元が上下する。
谷間の影がそれに合わせて動き、少し肩を揺らしただけで、胸が遅れてふるん、と揺れた。すぐには止まらない。自分の動きの後から追いかけてくるみたいで、そのタイムラグがどうしても慣れない。
それに、寒い。
胸元が大きく開いているせいで、空気がすーっと入り込んでくる。布で覆われていない谷間のあたりが、妙にひんやりして落ち着かない。呼吸するたび、胸の間を風が通り抜けていく感覚があって、無意識に肩をすくめてしまう。
臍も出ている。
腹の真ん中がそのまま外気にさらされていて、そこだけ切り取られたみたいに寒い。服を着ているはずなのに、着ていない部分の存在を強く意識させられるのが、どうにも居心地が悪い。
ミニスカートのせいで、太もものあたりもスースーする。
歩いていなくても、少し体を動かすだけで、布の隙間から空気が入り込んでくるのがわかる。ズボンを履いていた頃には考えもしなかった感覚だ。肌が直接さらされている範囲が広すぎて、常に落ち着かない。
慣れない。
何もかもが慣れない。
恥ずかしさが、遅れて押し寄せてきた。
顔が熱い。耳まで熱い。体は寒いはずなのに、顔だけがじわじわ火照っていく。
……鏡に映る自分が、妙に可愛いのが、何より嫌だった。
俺はカーテンの隙間から外を覗く。
出たくない。出たら橘さんに見られる。スタッフに見られる。駅前で、知らない人たちに見られる。
でも、仕事は始まっている。
今日だけの日給のために来た。ここで逃げたら、何も残らない。
そう自分に言い聞かせて、カーテンを開けた。
「……橘さん。着替えました」
声がやっぱり高い。か細くて、頼りない。自分の耳にすら情けなく響く。
橘さんが振り向いて、俺を上から下まで一瞬でチェックした。
視線が胸元で止まったのがわかって、反射的に腕で隠しそうになる。でも、隠すと逆に強調されるのは、さっき身をもって学んだばかりだ。
「うん。似合う似合う。とってもかわいい」
その一言に、ほんの少しだけ嬉しさが混じる。でも、すぐにそれ以上の恥ずかしさが襲ってきて、胸の奥がむずむずした。
「かわいいとかじゃなくて……これ、本当に外でやるんですか。寒いですよね」
「やるよ。駅前だもん。写真も撮られる。だからその衣装」
橘さんはあっさり言って、指を立てる。
「動き方だけ気をつけて。しゃがまない、前屈みにならない。チラシ渡すときは腕を伸ばしすぎない」
「……動き方まで指導されるとか、意味わかんない」
小さくぼやくと、橘さんは軽く笑った。
「寒いけど頑張って。お金たくさん貰えるからって思って」
「……」
「ほら、ベルも持って。チラシは現場で渡すから」
ベルを渡される。
ちりん、と鳴った音がやけに明るくて、今の心境と真逆だった。
橘さんの後ろについていくため、一歩踏み出す。
その瞬間、胸がぶるん、と無駄に大きく揺れた。すぐには収まらない。揺れが止まるまでの数秒が、やけに長く感じられる。
それでも、歩くしかない。
ミニスカサンタの格好で、胸元の開いた衣装で、臍を冷たい空気に晒しながら。
俺は、自分の胸が邪魔で仕方ないのに、視界のど真ん中を占領するその丸みに、どうしても目を奪われたまま、外へ向かって歩き出した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
駅前に出た瞬間、風が臍を刺した。
冷たい。笑えるくらい冷たい。
トップスの丈が短すぎて、腹に当たる空気がそのまま体温を奪っていく。臍の周りを撫でるみたいに冷気が走り、ぞくっと背中が粟立つ。なのに、胸のあたりだけは別だった。重く、熱を持ったまま、どっしりと存在している。
ぶるん……!
寒さに体をこわばらせただけなのに、胸が大きく揺れた。
冷たい空気の中で、柔らかい質量だけが遅れて動く。その揺れが収まるまで、体の中心を胸に引っ張られているみたいで、足元が落ち着かない。
寒さで無意識に体を動かすたび、胸が大胆に上下する。
ぶるん、ぶるん、と遅れて揺れ、白いファーに縁取られた谷間が呼吸に合わせて開いたり閉じたりする。
衣装の胸元はわざとらしいほど大きく開いていて、白いファーが谷間の輪郭を強調するように縁取っている。
その隙間から、冷気が直接流れ込んでくる。谷間の奥へ、すーっと冷たい空気が落ちていく感覚があって、思わず肩をすくめた。布に守られていない場所が、こんなにも心許ないなんて知らなかった。
しかも自分でも目を背けたくなるのに、通行人の視線は当然のようにそこへ吸い寄せられる。
ベルを持つ指先が冷えて、ちりん、と鳴らした音がやけに明るい。
「……メリークリスマス……予約、こちらで……」
声を出した瞬間、自分の声の高さにまたひるむ。可愛いとか、そういう言葉に近い音が口から出るのが耐えられない。
俺は顔を赤くしながら、チラシの束を抱え直した。
抱え直すだけで胸が邪魔だ。腕を下ろすと胸に当たる。胸が腕を押し返す。柔らかいのに圧がある。自分の体なのに、いつまでも他人の荷物みたいだ。
横にいた橘さんが、手早く配置を確認して頷く。
「佐久間君、立つのはここの角。人の流れが割れるから渡しやすい。ベル鳴らして、顔上げて笑って、声は短く。最初はケーキ、チキン、予約、って単語だけでいい」
「……はい」
現場慣れした無駄のない指示に、俺はそれ以上何も言えなかった。返事をするだけで精一杯だ。
「最初だけ横で見てるから。落ち着いてね」
そう言って、橘さんは微笑みながら俺の肩に軽く触れた。
励ましのつもりなんだろう。でも、その一瞬の接触で、体がびくっと反応してしまう。
肩をすくめた反動で、胸がぶるん……と跳ねた。
遅れて揺れる重み。止まるまでの間、体の中心が引っ張られる感覚が続く。衣装の胸元がわずかに動いて、谷間の影が揺れたのが、自分でもはっきりわかった。
最初の一枚を差し出すまでが、ものすごく長かった。
通行人が横を通る。目が胸に落ちる。落ちて顔に戻る。戻るまでの一瞬が刺さる。自分が展示物になったみたいな気分になる。
見ないでくれ、って思うのに、衣装が見せるために作られてるせいでどうにもならない。
「メ……メリークリスマス……こちら、予約の……」
声が震えた。
ベルも鳴らすタイミングがズレて、鈴の音が変に早くなる。
手が震えているのが自分でわかって、さらに恥ずかしくなる。胸元が寒いのか緊張なのか、肌が粟立つ。すると胸が勝手に張る感じがして、谷間がさらに深くなる。最悪だ。
最初にチラシを受け取ったのは、女子高生っぽい集団だった。目を丸くして、こっちを見上げて、次の瞬間くすっと笑った。
「やば、サンタ可愛い」
「え、胸すご……本物?」
「写真撮っていいですか!」
「え、ちょ……」
断り方がわからない。写真なんて想定してない。
俺は一瞬橘さんを探したけど、橘さんはもう少し離れたところで別のスタッフに指示を出していて、視線が合わない。
逃げたい。けど、逃げたらこの場に立てなくなる。
「……い、いいですけど……ちょ、ちょっとだけ……」
自分でも驚くほど、弱い声が出た。高い声でそんなこと言ってる自分が情けない。
「恥ずかしがっているのも可愛いー」
「レベル高すぎ」
スマホが向けられた瞬間、胸元に視線が集まるのがわかる。レンズがそこを切り取る。自分の体の一番見られたくない部分が、堂々と撮られる。
あぁ、SNSで晒されるんだろうな。そう思うと、胸の奥がきゅっと縮んだ。
しかも、ただ立っているだけなのに胸が揺れる。
緊張で呼吸が浅くなるたび、胸が上下して、ファーの縁が微妙に動く。谷間の影が濃くなったり薄くなったりする。俺は腕を上げて隠したくなる。でも隠すと、押し上げた分だけ余計に胸が強調されるのを、更衣スペースで学んでしまっている。
撮影が終わって、女子たちは笑いながら去っていった。手元にはチラシの束だけが残る。
顔が熱い。耳まで熱い。なのに臍は冷たい。
「しんど……」
小さく呟いた、その瞬間だった。
背後から、聞き慣れた落ち着いた声が刺さるみたいに降ってくる。
「うんうん。初動としては上出来。今の、ちゃんと流れ作れたよ」
「上出来って……俺、写真撮られたんですけど」
「そりゃ撮られるよ」
橘さんはあっさり言って、俺の胸元を一瞥する。視線がそこに落ちたのが分かっただけで、反射で肩がすくむ。
「こんなおっぱい大きくて、しかも可愛い子が駅前に立ってたら、そりゃみんな反応するって。大丈夫。嫌ならね、笑って『チラシだけでお願いしまーす』って線引きしていいから」
「線引き……」
その言い方が妙に現実的で、余計に怖い。
俺は初めて知ったみたいな顔で、黙って頷くしかなかった。
橘さんは腕時計を見て、ぱっと表情を切り替える。
「ごめん、ここから先は任せるね。私は色々やることがあって」
「え、今から……ひとり……?」
「うん。大丈夫。さっきの子たち対応できたし」
さらっと言い切って、指先で遠くを示す。
「困ったら、あそこにいるスタッフに合図して。じゃ、よろしくね」
そう言って、橘さんは本当に離脱した。
……いや、放置じゃない? 監督不行届では?
一瞬そんな言葉が頭をよぎる。でも、周りにスタッフがいるのも事実で、文句を言うタイミングもない。
残されたのは、駅前の人波と、手の中のチラシと、ベルと……この慣れない体だ。
ひとりになった瞬間、視線が倍に感じた。実際には同じ数の人が通っているだけなのに、守ってくれる大人が消えた途端、全部が自分に向いてくる気がする。
俺はベルを鳴らした。
ちりん。
音が小さくて、負けそうになる。もう一度。
ちりん、ちりん。
少しだけ足を止める人が増えた。
視線が集まる。集まった視線が胸元に落ちる。落ちるのがわかる。わかるから、胸が勝手に意識される。意識すると姿勢が変わる。姿勢が変わると胸が揺れる。胸が揺れると視線が集まる。
最悪の循環。
「……メリークリスマス。ケーキとチキン、予約はこちらで……」
短く言う。橘さんの言った通り、単語だけにする。そうすると声の震えが少しマシになる。チラシを差し出す。受け取る人が増える。
受け取られるたび、ベルの音が空気に混じって、俺は仕事の形を少しずつ覚えていく。
でも、問題は次だった。
おっさんが足を止めた。
年齢は40前後だろうか。腹が少し前に出ていて、歩き方が妙にだらだらしている。手にはスマホ。視線は最初から最後まで、まったく隠す気もなく胸に突き刺さっていた。
じっとり。ねっとり。
そのいやらしい目つきだけで、嫌な予感が確信に変わる。
「いや〜、サンタさんさぁ……可愛すぎでしょ」
「……チラシどうぞ」
「いやいや、それより写真。ほら、記念に一枚。ほら、肩組んでよ」
気持ち悪い。肩組んでの言葉に背中がぞわっとした。
嫌だ。これははっきり嫌だ。
笑顔で流したら、もっと踏み込まれる気がする。断ったら絡まれる気がする。そのどっちも嫌で、喉がきゅっと縮む。
俺は一歩引いた。引いた瞬間、胸がぶるっ……と揺れる。大きく、無駄に。
それを見て、おっさんの視線がさらにねっとりと貼り付くのがわかる。
胸が動くたびに、俺自身がそういう対象として見られるのが強化されていく感じがして、気持ち悪さが込み上げる。
「すみません、仕事中なので。撮影は……ごめんなさい」
「え〜? ケチだなぁ。ちょっとくらいいいじゃん」
「すみません。チラシだけ、お願いします」
言い切るのに勇気が要った。高い声が震えそうになるのを、必死に抑える。
女の身体になっているからだろうか、はっきりとした恐怖を感じる。いつもなら何とも思わなそうな相手なのに。
胸を押さえたくなる衝動をこらえる。押さえたら、谷間が深くなる。深くなったら、相手はもっと笑う。だから、背筋を伸ばして、手はチラシに固定した。
「つれねぇな〜」
駅前で目立つ場所、周囲の目線もあったのだろう、男は舌打ちみたいに鼻で笑って、去っていった。
その背中が見えなくなってから、やっと息ができた。
「……最悪……」
声が震えた。足が少しだけがくがくする。寒さなのか、怖さなのか、両方か。
まだ数時間も経っていないというのに、俺はもう、だいぶ「女性側」の怖さを知ってしまっている気がした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
それでもバイトは続く。人は流れる。止まらない。
俺はベルを鳴らした。
ちりん。
次の人に、チラシを差し出す。
この動作を繰り返していくうちに、少しずつ体の扱い方がわかってきた。
まず、歩幅を小さくする。大きく踏み出すと胸が揺れるから。
次に、腰を捻らない。捻ると胸の揺れが横方向に増える。上半身はなるべく固定。腕だけ動かす。チラシを渡すときは、体を前に倒さず、腕を伸ばす。
それでも揺れるときは揺れる。
笑ったとき。寒さで肩がすくんだとき。人がぶつかりそうになって避けたとき。おっぱいはワンテンポ遅れて柔らかく、ぶるん……と反応する。
揺れるたびに自分の中の恥ずかしさが跳ねるけど、さっきの男みたいなケースを経験したせいで、逆に線引きの感覚も生まれた。
嫌なものは嫌だ。断っていい。仕事は仕事。俺は宣伝をするためにここにいる。胸を見せるためじゃない……そう言い切れるほど強くはないけど、少なくとも言葉にして自分を守れる。
そう思えたら、少しだけ楽になった。
「メリークリスマス。限定ケーキ、予約どうぞ」
「ありがとう。お姉さん可愛いね」
「……ありがとうございます」
可愛い、と言われるたびに胸の奥がむず痒くなる。
褒め言葉として受け取るべきなんだろうけど、俺は自分が可愛いと言われることに慣れていない。
しかもこの姿は俺の努力で作ったものじゃない。勝手に押し付けられたものだ。だから、褒められるほど自分が薄くなる気がして落ち着かない。
それでも、時間が経つにつれて反射で固まることは減っていった。
写真を求められたら、「チラシだけお願いします」と言える。
嫌な感じのない軽い記念撮影なら、距離を保って、短く「どうぞ」で済ませられる。
相手が踏み込んできそうなら、立ち位置を変えて人の流れの中に紛れる。ベルを鳴らして仕事のテンポに戻す。
気づけば、声も少し張れるようになっていた。
胸元の寒さにも少しだけ慣れてきた。いや、慣れたというよりもう諦めた。
臍が冷たいのはずっと冷たい。胸が重いのもずっと重い。ミニスカが落ち着かないのもずっと落ち着かない。ぶっちゃけ最悪だ。
でも、仕事の手は止まらない。
ちりん、とベルを鳴らして、笑顔を作ってチラシを差し出す。
そのたびに胸が小さく揺れて、布の縁が動いて谷間の影が揺れる。
揺れるのを恥ずかしがっていたはずなのに、だんだん揺れても、まあ仕事はできると思えるようになってくるのが、自分でも怖い。
慣れって、こうやって人を変えるのか。
俺はまたベルを鳴らした。
ちりん。
人の流れが、少しだけこちらに寄る。チラシが減っていく。声が出る。笑顔が作れる。
恥ずかしさは消えない。胸の重みも消えない。視線も消えない。
それでも、少しずつ、俺はこのバイトの動きに馴染んでいった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
気が付いたら、ベルの音がいつの間にか自分の合図になっていた。
ちりん。
その一音を鳴らすだけで、背筋が勝手に伸びる。口角が上がる。視線が集まるのを怖がるんじゃなくて、仕事の流れとして受け止められるようになっている自分が、まだ少し信じられない。
「メリークリスマス! 限定ケーキとチキン、ご予約こちらでーす!」
声を張る。口角を上げて、笑顔を作る。両手でチラシを差し出すと、その動きに合わせて大きなおっぱいが前で存在感を主張する。
可愛いって言われるための衣装。映えるために切り取られた谷間。臍が出る丈、短すぎるスカート。白いファーが輪郭をなぞって、どこを見てほしいのかを衣装そのものが雄弁に語っている。
最初はそれが耐えられなかった。今も平気ってわけじゃない。
だけど、いったん役だと思うと少しだけ楽になった。
俺は今、ミニスカサンタを演じている。
そう思った瞬間、視線の重さが変わった。
恥ずかしさから、舞台の照明に。胸の重みは邪魔なものから、演出の一部に変わる。
自分を守るためのバリアみたいなものが体の表面にできた感覚。
ちりん。
ベルを鳴らして、さらに笑顔を振りまく。
「はーい、こちらチラシどうぞー。予約特典ありますよー!」
足を止める人が増えた。
理由ははっきりしている。声やベルもある。でも決定的なのは間違いなく、おっぱいだ。
バスケットボール並みの大きさが、胸元の開いた衣装から堂々と主役を張っている。
動くたびに遅れてぶるんっ! と大胆に揺れて、白いファーの縁がその揺れを切り取るみたいに動く。
誰かが足を止めて見てくる。誰かがスマホを構える。人が集まるほど視線は増えるのに、不思議と俺の手は止まらなかった。
チラシの束が、目に見えて減っていく。受け取ってくれる人が多い。予約の案内ブースに流れていく人も増える。
遠くでスタッフが手を振り、親指を立てているのが見えた。
俺は、さらにそれっぽく振る舞った。そう、可愛いミニスカサンタとして。
「はーい! メリークリスマース!」
声を作って、少し首を傾けてあどけなく笑う。
ベルを軽く鳴らして、指先でチラシを揃えて、渡すときは相手の目を見る。
声のトーンを明るくする。歩幅を小さくして、揺れを最小限に抑えつつ、それでも衣装のかわいさが伝わるように体の向きを整える。
……整えるって何だよ、って思う。でも現実にそれができてしまっている。
自分でもこんなことができるとは思わなかった。実は演劇の才能、あるかもしれない。
「サンタさん可愛いー」
「はーい、ありがとうございます! メリークリスマス!」
そのやり取りを何十回も繰り返しているうちに、この身体の扱い方だけが確実に上手くなっていった。
胸の重みも、少しずつ慣れに変わっていった。
インナーで支えられる圧迫感も、胸元から入り込む冷たい空気も、ミニスカートの落ち着かなさも、全部まとめて、仕事の感覚に塗り替えられていく。
自分でも怖いくらい、うまく回っている。
……ただし、マジで寒い。
そう思った、その瞬間だった。
胸の奥が、じわっと熱を持つ。
……あれ?
寒さとも緊張とも違う。胸の中心が、内側からむず痒い。ふくらみの奥で、空気が集まっていくみたいな圧が生まれている。
何なのかわからない。でも違和感がある。なんというか、身体が女に変わった時に近いような。
息を吸うと、胸がいつもより持ち上がる。吐くと落ちる。その上下がやけに大きい気がする。
布の縁が引っ張られる感覚がある。ファーのラインが、ぴんと張る。
まさか……?
笑顔は、崩せない。
反射的に胸元へ手を伸ばしそうになるのを、ぎりぎりで堪える。触ったら終わりだ。触った瞬間、押し上げてしまって、谷間が深くなって、視線がそこに貼りつくのがわかっている。
気のせい、気のせいだ。
そう自分に言い聞かせながら、次の人に意識を切り替えた。
足を止めたのは、家族連れだった。
母親と、その横に立つ父親。小学生くらいの子どもが二人、ベルの音につられてじっとこちらを見上げている。
「ケーキとチキンのご予約、こちらでーす!」
声を出す。できるだけ明るく、いつも通りに。
両手でチラシを揃えて差し出すと、母親が興味深そうに一枚取った。
「クリスマスケーキ、もう予約できるんですね」
「はい! 数量限定で――」
そこまで言った瞬間だった。
胸の奥がぎゅうっと内側から締め付けられる。次の瞬間、その締め付けが押し広げる力に変わった。
「ひゃんっ!?」
ボムンッ!!
胸の内側で、破裂音みたいな衝撃。
次の刹那、おっぱいが前へいきなり迫り上がった。布を押しのけ、丸みが一気に張り出す。その輪郭は二回りも大きく広がっていた。
「え……?」
目の前の母親と父親の視線が、はっきりと胸元に落ちる。
頭が追いつかない。時間が一瞬だけ止まったみたいに感じる。
反射で背中が反り、胸を突き出す姿勢になってしまう。
膨らんだ分だけ揺れが大きく、遅く、重い。上下の動きが一拍遅れて追いかけてきて止まらない。胸同士が内側で押し合い、谷間がさらに狭まる。
「っ……!」
言葉が喉で切れた。
そして、俺のおっぱいを見上げるお子さんの片方が、素直に口にした。
「……サンタさん、なんか大きくなった?」
その一言で、現実が突き刺さった。
「え、あ……えっと……!」
俺は反射的に笑顔を作った。
引きつりそうな表情を、無理やり『可愛いミニスカサンタの笑顔』に整える。
「えへ……っ、びっくりしました? これ、あの……演出です……! クリスマスって、びっくりが大事なので……!」
言いながら、恥ずかしくて頬が一気に熱くなる。声が裏返りそうになるのを、喉の奥で必死に押さえ込む。
重い。
さっきまでの重みじゃない。
バスケットボール並みだったはずのおっぱいが、さらに二回り。
直径で言えば、両腕で抱えきれないサイズ感に変わっている。丸みが増し、張りが増し、前へ前へと自己主張してくる。そして衣装の縁がきしむように張り詰めて、溢れたおっぱいは零れ落ちそうになっている。
そして胸元がさっきよりも明らかに寒い。
肌路面積が広がったせいで、谷間の奥へ冷たい風がすうっと流れ込む。それなのに胸の内側は熱を持ったままで、膨張した圧がまだ残っている。
声が裏返りそうになるのを必死で抑え、俺はチラシを持つ手を下ろさなかった。
下ろしたら、視線が全部そこに集中する。
仕事中だ。笑顔。笑顔。
「と、とにかくご予約の案内で……! こちらに詳しい説明が……!」
必死の説明。
でも視線が胸元に集まっているのが、痛いほどわかる。
でも隠す動きは取れない。取った瞬間、両腕で押し上げる形になって、さらに強調される。
母親は一瞬だけ戸惑ったように視線を泳がせて、それから小さく咳払いをした。
すぐに気持ちを切り替えたみたいに、チラシを丁寧に畳む。
「……ありがとうございます。予約、しますね。お仕事、大変そうですけど……」
「い、いえ……ありがとうございます……!」
その声は優しくて、気遣う響きがあった。
からかいでも、興味本位でもない。ただ、状況を察した人の言い方だった。
俺は思わず、少しだけ肩の力が抜ける。
笑顔を作ったまま、ぎこちなく頭を下げた。
子どもが振り返って、もう一度だけこちらを見る。
「サンタさん、がんばってー!」
その声が、思いのほか胸の奥に残った。
背中越しに人影が遠ざかっていくのを確認してから、ようやく大きく息を吐く。
寒さよりも、視線よりも、自分の体が言うことを聞かないことが、一番怖かった。
それでも、仕事は続く。
「はいっ、こちらチラシどうぞ! 予約、まだ間に合いますよー!」
声を出して、笑顔を作って、いつも通りに振る舞う。
演じろ。今は演じろ。おっぱいのことは考えるな。
その必死さが、逆にスイッチを入れたのかもしれない。
足を止める人が増え、チラシの減りが目に見えて早くなる。予約ブースへ流れていく人の列も、確実に伸びていった。周囲はざわざわしながらも、結果的には販促として大成功みたいな空気になっていく。
俺だけが、その輪の中心で、必死に耐えていた。
膨らんだ胸は、落ち着く気配がない。
さっきよりもずしっと重く、呼吸のたびに上下の動きが大きくなる。
少し笑っただけで、ボインッと跳ねて、揺れが収まるまでやけに時間がかかる。その間、視線がそこに縫い止められる感覚が、はっきりわかる。
それでも、俺は続けた。
笑って、ベルを鳴らして、チラシを配る。恥ずかしがりながらも、笑って誤魔化しながら、ミニスカサンタを演じ続ける。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
けれど、トラブルはそれで終わりじゃなかった。
膨らんだ後も、胸の奥に残る熱が引かない。風が吹くたび、胸の中心がきゅっと張る。
誰かに声をかけられて笑うたび、重みが一段階増したように感じる。チラシを渡すために腕を伸ばすと、胸元の布が前より強く引っ張られる感触がある。
やっぱり胸が少しずつ大きくなっている。さっきのボムンからおっぱいが止まっていない。
ほんの数分前のサイズが「さっきまでの普通」だったみたいに、今の大きさがじわじわ更新されていく。
インナーの圧が増し、胸元の布はより張り、谷間に落ちる影が濃くなる。揺れは重く、止まるまでに時間がかかる。
数時間前のおっぱいとは、明らかに違う。
アハ体験みたいに、気づいた瞬間にはもう戻れない差が生まれている。
「予約こちらでーす!」
さっきまでと人の流れが変わってきている気がする。
遠くからスマホを掲げる人が増える。
立ち止まって、こちらを指差す人が出てくる。
ざわめきが、波みたいに広がっていく。
「さっきSNSで見たサンタ、ここじゃない?」
「ほんとだ……胸、やばくない?」
「写真より大きくなってない?」
誰かが呟くたび、さらに人が集まる。
人垣が厚くなり、通路が詰まり始める。明らかにさっきまでとは違う密度だ。
やっぱり拡散されたんだ。
さっき撮られた写真や動画が、駅前の話題になっている。
俺はベルを鳴らす。
ちりん、ちりん。
音が、人を呼ぶ合図みたいになる。
「はーい、こちらチラシどうぞ! 予約、まだ間に合いますよー!」
声を張ると、さらに視線が集まる。
集まる視線の中心に、俺がいる。そして、その視線の中心に俺のおっぱいがある。
胸元で丸く大きな塊が存在を主張している。
衣装の赤い布を押し上げ、白いファーの縁をきつく張らせながら、視線を吸い寄せる重さと丸み。呼吸するたびに上下し、少し体を動かすだけで、遅れてぶるんぶるんと揺れる。
それが呼び水になった。
人が止まる。人が増える。仕事がとんでもない勢いで回り始めた。
「え、予約ってここでできるの?」
「はい。こちらでーす!」
俺が指を伸ばして案内すると、その動きに引っ張られるみたいに胸が横へ揺れる。左右に、重たく、確実に。
揺れるたび周囲の視線が一瞬遅れて胸元に落ちるのがはっきりわかる。
最悪なのに、販促としては最高に機能している。それが心底嫌だった。
チラシの束が減る。
補充が来る。
また減る。
スタッフが小走りでやってきて、俺に束を渡す。
俺は笑顔で受け取る。
その間にも、しっかり胸は増えていく。いつ収まるんだと思いながらも、じっくり膨らんでいくおっぱいを抱えてチラシを配るしかない。
ムグ……ムググ……!
内側から押し広げられる感覚。
インナーの圧が強まり、布がさらに張り、谷間の影が深くなる。
さっきより重い。確実に、さっきより大きい。
「ほら見て、やっぱりおっぱい大きくなってる!」
誰かの声が聞こえた瞬間、笑顔が固まりそうになる。
でも、可愛いミニスカサンタは困ってる顔をしない。困ってても笑う。恥ずかしくても笑う。
だから笑って誤魔化す。
「えへ……っ、クリスマスの魔法、かも……!」
我ながら恥ずかしすぎて顔から火が出そうな冗談を言うと、周りが盛り上げて返してくる。
「やば、魔法だ!」
「サンタのサービスすご!」
「写真いい?」
写真。
胸元は相変わらずきついし、視線も痛い。でも、さっきみたいな相手には、ちゃんと線を引く。
「ごめんなさい、仕事中なので……チラシだけお願いしまーす……!」
笑顔で言って、ベルを鳴らす。ちりん。ちりん。話を切る。仕事に戻る。
そうやって回していると、橘さんが少し離れた場所から様子を見に来た。視線が合った瞬間、橘さんの口元がわずかに「おっ」と動いたのがわかる。
胸のサイズが、明らかに変わってるのを気づかれた。当たり前だ。さっきまでとは、輪郭からして違う。衣装の赤い布の張り方も、白いファーの食い込み方も、明らかに変わっている。遠目でもサイズの違いがわかるくらい、前に、丸く、存在感が増している。
橘さんは近づいてきて、俺の耳元にだけ届く距離で囁いた。
「佐久間君、めっちゃ人集めてる。最高。予約も伸びてる」
「最高じゃないです……お、おっぱいが……また……」
「うん、大きくなってるね」
さらっと言うなよ。ぶっちゃけ内心泣きそうだった。
胸の重みで呼吸が浅い。
息を吸うたび、胸が持ち上がって、吐くたびにずしっと落ちる。その上下動だけで、布が引っ張られ、谷間の影が深く揺れる。
でも橘さんは、仕事のテンポのまま頷くだけだ。
「あと少し。今の波で押し切ろう。大丈夫、大丈夫」
「大丈夫って……」
言い返す暇もなく、橘さんはまた人混みの向こうへ戻っていった。
俺はその背中を見送りながら、胸の重さで崩れそうになる姿勢を必死に立て直す。
終わらせる。今日だけ。バイトだけは終わらせる。
そう思った直後だった。
ぐいっ、と胸が前に押し出される。さっきのようなボムンッ、ほどの衝撃じゃない。
でも、確実に「一段」増えた感覚。
インナーがきしむ。
胸元の布が限界まで引き伸ばされ、白いファーの縁が丸みに沿って外へ押し広げられる。谷間の影が、さっきよりも広く、濃く落ちる。
胸の丸みが、衣装の中に収まりきらない。溢れそう、じゃない。もう溢れている。
比喩で言えば、バスケットボールをさらに膨らませた感じだ。
しかもそれが左右に二つ。球体の圧がおっぱいとしてそこにある。
重い。とにかく、重い。
どれだけ小さく見積もっても、もう小さめのバランスボール並みはある。
胸の存在が前提として、体のバランスを支配している感じだった。
だから立ち方も変わる。
重心が前に引かれそうになるのを、腹と背中で耐える。肩を落とすと揺れが増えるから、肩を引く。引くと胸が前に出る。出ると、人が集まる。
またこの地獄みたいな成功体験。
それでも、夕方のピークを越えたあたりで、ようやく終わりが見えてきた。
スタッフが「撤収ー」と声を上げ、予約ブースの片付けが始まる。人の流れが落ち着き、スマホを向ける視線も減っていく。
もうバイトも終わりだ。
俺は最後のベルを鳴らし、最後の笑顔を作った。
「ありがとうございました。メリークリスマス!」
深く頭を下げかけて、やめる。
前屈みになったら終わる。胸が前に落ちて全部が見える。
だから浅く、綺麗に。重たいおっぱいを抱えたままの、ミニスカサンタとしての礼。
そのまま裏へ下がる。
一歩踏み出すたび、胸が ばるん、ばるん と重々しく揺れた。制御なんてできない。重みが増えた分、揺れは遅れて、長く、終わらない。
歩調を落としても意味がない。止まろうとしても、胸だけが惰性で前後に振られ続ける。背中にじっとり汗が滲む。寒いはずなのに、胸の熱で体温の感覚が狂っていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
邪魔すぎるおっぱいを抱え込むようにしながら、なんとか事務所へ戻る。
ドアを閉めた瞬間、張り詰めていた空気が一気に抜けた。めちゃくちゃ寒い外の空気から解放されたような温かさ。
「お疲れ」
橘さんがそう言いながら、封筒を差し出す。
「佐久間君、今日ほんと凄かったよ。はい、日給。ちゃんとボーナスも入ってるから」
「……え、こんなに?」
「うん。大成功だったから。写真の拡散も含めてね」
写真拡散。
その単語だけで、頭がずきっと痛む。自分の画像や動画がバズっているSNSなど正直見たくない。
でも、封筒の厚みが現実を殴ってくる。
確かに金は必要だった。今日一日で、ここまでの額を渡されれば、普通なら手放しで喜ぶ。
普通なら。
封筒を受け取った瞬間、胸の重みで腕がわずかに引かれる。
封筒より胸のほうが重い。比喩じゃない。現実として。
「……それで、いつ元に戻るんですか。俺の体」
「うーん」
橘さんは俺の胸元をちらっと見て、肩をすくめた。
「しばらく経ったら、普通は元に戻るんだけどね。香水、効きすぎたかも」
「効きすぎたで済ませないでくださいよ」
「ごめんごめん。でも、たまにあるんだよ。相性っていうかさ。おっぱいがここまで膨らんだのも、そのせい」
たまに、で片付けられるサイズじゃない。
俺は思わず、腕で胸を支え直した。動かすだけで、ずしっとした重みが主張してくる。
「仕事は終わったし、今日は帰って休んで。明日になったら落ち着くかも」
「……かも、ですか」
不安しか残らない。けれど、今はそれ以上言い返す気力もなかった。
そして封筒をバッグに押し込んだあと、俺はようやく現実的な問題に気づいた。
これ、どうやって着替えるんだ。
更衣スペースへ戻ると、さっきまでの高揚が嘘みたいに静かだ。椅子と鏡とハンガー。
さっき着替えたときもただでさえ狭く感じたのに、今は余計に胸がデカくなったせいで更に狭い。
もうほとんどスペースがない。おっぱいが空間の余白を全部食っている。
そんな狭い更衣スペースでまずは帽子を外す。ぽん、と軽い音。次に手袋。指先が解放されて、少しだけ人間に戻った気がした。
問題はそこからだった。
トップスの裾に手をかけて、引き上げようとして止まる。
胸がつっかえる。さっきより明らかに引っかかりが強い。無理に上げると、胸が押されて形が変わり、布が引き伸ばされる感触がある。
「……無理だろ、これ」
独り言が、また高い声で返ってくる。
深呼吸。背筋を伸ばす。
腕を交差させて、胸を少し押さえながら布をずらす。動かすたびに重みがずしっと腕にかかる。持ち上げた分だけ腕が震える。
ようやくトップスを脱いだ瞬間、胸が解放されて、どすんと下に落ちた。
反動で体が前に引かれそうになり、慌てて鏡の縁に手をつく。
「……着替えって、こんなに大変だったっけ……」
インナーとブラも、外すのに一苦労だった。
支えがなくなると、胸は一気に存在感を増す。動くたびに揺れて、視界を遮る。何をするにも、まず胸の位置を考えないといけない。
そして自分の服に手を伸ばして、ふと思う。
思いっきり破れてるじゃん。いや、そもそも……これ、入るのか?
シャツを広げてみる。見慣れたサイズ。見慣れたはずなのに、今の体に当てると、完全に別物に見えた。胸元が、明らかに足りない。
「……帰るまで、これ着たままか……?」
嫌な想像が頭をよぎる。
駅前からこの格好で帰る自分。視線。写真。寒さ。
結局、橘さんに声をかけるしかなかった。
「……すみません。着替え、ちょっと無理なんですけど」
「あー……やっぱり?」
「やっぱり、じゃないです」
橘さんは少し考えてから、あっさり言った。
「じゃあ、上にコート羽織って帰ろ。大きめのあるから」
「それで隠れますか……?」
「あー、その胸は無理。でもまあ、今さらだし」
身も蓋もない。
俺は渡された大きなコートを羽織った。
サイズだけ見れば明らかにブカブカなのに、前を合わせようとすると胸のところだけがきつくて、布が素直に重ならない。
無理やり留めると、胸の部分だけが不自然に盛り上がってコートのラインが歪む。
……それでも、さっきよりはマシだ。
鏡の前で、思わずため息をつく。
今日一日で、着替えるという行為がここまで難易度の高いものになるとは思ってもいなかった。重たい胸を抱えたまま、俺はコートの前を押さえ、ゆっくりと帰る準備を進める。
事務所の入口まで来て、ふと足が止まった。
コートの前を押さえたまま振り返ると、橘さんが壁にもたれて腕を組んでいる。
相変わらずおっぱいは大きい。
でも、今日一日で見慣れてしまったせいか、いや、単純に俺の方がさらに大きくなってしまったせいか、さっきほど気にならなくなっている自分に気づいて、内心苦笑した。
「今日はほんと、お疲れさま」
軽い口調なのに、目はちゃんと俺を見ている。
胸元に一瞬だけ視線が落ちて、すぐに顔に戻った。その動きが妙に自然で変にドキッとした。
「……今日一日、色々ありがとうございました」
「うん。正直に言うね」
橘さんはゆたんとニットに包まれた胸を揺らして一歩近づいてきて、声を少しだけ落とす。
「佐久間君、想像以上だった。最初はちょっと頼りないかなって思ってたけど、途中から完全に使える顔してた」
「使えるって……」
「褒めてる。ちゃんと仕事として切り替えられるの、強いよ」
その言葉に、胸の奥がじんわり温かくなる。
一日中振り回されて、恥ずかしい思いも怖い思いもしてきたはずなのに。たったそれだけで、全部が少しだけ報われた気がしてしまうのが悔しかった。
「それにさ」
橘さんは、少しだけ意地の悪そうに、でも楽しそうに口元を緩めた。
「トラブル起きても、逃げなかったでしょ。ああいう場面で嫌になって途中で帰っちゃう子、正直けっこう多いんだよ。でも佐久間君は、最後まで立ってた」
「……逃げる余裕がなかっただけです」
「それも含めて評価してるって言ってるの」
そう言って、ぽん、と軽く肩を叩かれる。
その拍子に胸がわずかに揺れて、俺は反射的に背筋を伸ばした。もう体が勝手に反応する。
「もしさ」
一瞬、間を置いて。
「また似た仕事あったら、声かけてもいい?」
「……え」
「もちろん無理にとは言わないよ。でも、今日みたいに場を作れる人、そうそういないから」
あ、これ、気に入られてる。
それが、言葉じゃなく空気でわかった。
「……考えさせてください」
「うん。それでいい」
橘さんは満足そうに頷いてから、スマホを取り出す。
「とりあえず、私の連絡先。仕事用だけどね」
「……はい」
連絡先を交換する。
それだけなのに、なぜか少し緊張した。
「今日は帰って、ゆっくり休みな。体も……色々大変だったでしょ」
「……そうですね」
ドアを開ける前に、もう一度だけ振り返る。
「橘さん」
「ん?」
「……俺、元に戻りますよね」
「多分ね。たぶん」
あまりにも曖昧な答えに、思わず苦笑いが漏れた。
「じゃ、またね。ミニスカサンタさん」
「それ、ほんとやめてください……」
そう言いながら、橘さんはスマホの画面をちらっとこちらに向ける。
そこには、見たことのあるバカでかい胸のミニスカサンタの動画。見れば再生数がありえない数字を叩き出していた。
何も言い返せなくて、顔が一気に熱くなる。
ドアを閉めると、夜の冷たい空気が一気に流れ込んできた。
重たい胸をコートで無理やり押さえ込み、抱えたまま、俺は一度だけ深呼吸をする。
それから、駅へ向かって歩き出した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
それから、数日が経った。
戻らなかった。
朝、目が覚めて最初に感じるのは重さだ。
胸の上に、明確な質量が乗っている感覚。寝返りを打つと遅れてついてきて、布団に挟まって逃げ場を失う。起き上がるだけで、腹筋と背筋を総動員する羽目になる。
「……はぁ……」
ため息と一緒に、胸が揺れる。
もう見慣れたはずなのに、視界の半分を占領する丸みは、どうしても現実感がない。
変わった体が、戻らない。
しかも胸は、戻らないどころか、まだ存在感を増し続けている気がする。
やっぱりお昨日より重い気がする。寝ている間に少しだけ膨らんだみたいに、胸の丸みが引き延ばされてキツイTシャツを押し上げている。
俺は両腕で抱え込んだ。抱え込んでも余る。
バスケットボールを何回も大きくしたような、あの球体の圧が左右にある。小さく見積もってもバランスボール並み。胸の下に腕を差し込むと、柔らかさが沈んで、沈んだ分だけ形が変わって、戻る。重みが腕にずしっと乗って、手首が痛い。
それが自分の体だという事実が、朝の静けさの中でやけに残酷だった。
洗面所に鏡を見に行く。
歩くたびに胸が遅れて揺れる。だゆん……だゆん……と大きく上下して止まるまでが長い。
揺れのたびに胸が体を引っ張って、姿勢を崩そうとしてくる。歩けば歩くたび揺れが終わらない。
鏡の前に立った。
普段着のTシャツ。だけど胸が、服の上からでも形を誤魔化させない。
Tシャツの布が胸の丸みに沿って持ち上げられて、胸の下に影が深く落ちる。少しでも姿勢が崩れると、胸が前へ落ちて、布が引っ張られて、胸の輪郭がはっきり浮く。
この前のサンタ衣装みたいに露出していないのに、胸が大きすぎるせいで、胸同士が押し合って中心に影ができる。
洗面所で顔を洗う。前屈みになれない。胸が洗面台に当たる。柔らかいのに押し返されて、体が近づけない。仕方なく腰を引いて洗うと、水が腕を伝って肘まで流れて、床に落ちる。
昨日までの自分が当たり前にやっていたことが、全部胸のせいで変わる。
顔を洗った俺はキッチンの椅子に座ろうとして、また失敗しかけた。
胸が前に落ちて、太ももに乗る。柔らかいのに重い塊が、太ももを圧迫して姿勢が崩れる。
座り直すと、胸が遅れてバユンッと揺れて、机に当たりそうになる。机と胸の距離感がもうわからない。
日常は、一気に不便になった。
まず、服が合わない。
Tシャツを着ると、胸で前が持ち上がって腹が出る。サイズを上げても解決しなくて、今度は肩や袖がだぶだぶになるだけだ。パーカーは前が閉まらない。無理に閉めると、胸の部分だけが不自然に盛り上がって、鏡に映るシルエットが笑えない。
インナーも地獄だった。肩紐が食い込む。朝つけたときはまだ我慢できるのに、昼頃にははっきりと痛みに変わる。少し姿勢を変えただけで胸が揺れて、紐がずれる。そのたびに直そうとして、周囲の視線を集めてしまう。直さないと痛い。直すと目立つ。どっちに転んでも最悪だ。
走るのは完全に無理になった。
一度だけ小走りになった瞬間、上下に跳ねる重みでバランスを崩し、危うく転びかけた。それ以来、走るという選択肢は頭から消えた。
階段も怖い。一段降りるたびに、胸が前に持っていかれる感覚がある。手すりを使わないと不安で、自然と背中を反らす癖がついた。そのせいで、今度は腰が痛くなる。
家の中ですら油断できない。
床に落とした物を拾おうとして前屈みになると、胸が邪魔で足元が見えない。
洗面所で顔を洗うときは、胸が洗面台に当たる。
ベッドにうつ伏せになれない。重みで息が詰まる。
たった数日。
それだけでも、現実は十分すぎるほど突きつけてきた。
すぐ戻ると思っていた。耐えれば済むと思っていた。
けれど、戻る気配はない。
俺は意を決して、橘さんに連絡を入れた。
「仕事用だけどね」と言われて交換した、あの連絡先。
数コールで繋がる。
『はい、橘です』
「佐久間です」
『んー、佐久間君? 早速仕事の相談?』
「違います」
声はいつも通り落ち着いている。
……でも、ほんの少しだけ。ほんのわずかに、楽しそうだった。
「……あの、橘さん。やっぱり、戻らないんですけど」
『あー、やっぱり? 声、高いままだし』
「やっぱり、じゃなくて……!」
通話の向こうで、橘さんは淡々としていた。
『んー。正直に言うね。多分、完全に効き切ったパターンだ』
「……どうにかならないんですか」
『私にはどうにも。でも』
一拍。
『佐久間君、同意してるからねー』
その一言で、胸の奥がすっと冷えた。
『規約、ちゃんと読んでなかったのは佐久間君でしょ。不可逆の可能性、ちゃんと明記してたよ』
「……じゃあ、これ……」
『うん。今の体、正式に君のもの』
頭が真っ白になる。
「じゃあ、暴露とか、訴えるとか……」
『私は止めないよ。でもおすすめはしないかな』
「……」
『同意済みだし、記録も全部残ってる。下手すると、君の方が面倒になるかもね』
少し困ったように、でもどこか優しく言われて、何も返せなくなる。
『まあでも』
「……」
『この前の仕事、やっぱりすごく良かったよ。正直、あの体、向いてる』
くすっと、笑う気配。
『ねえ、佐久間君。困ってるでしょ』
通話の向こうで、橘さんが少しだけ楽しそうに言った。
わざとらしいほど、いじわるな声。
「……はい」
『だよね。だったらさ』
声のトーンが、ふっと柔らぐ。
『無理に元に戻ろうとしなくても、いいんじゃない?』
その言い方が、不思議と胸に残った。
責めるでも、突き放すでもない。ただ、選択肢を置くみたいな口調。
「……橘さん、俺たち、会ったの一日だけですよ」
『うん。たった一日』
即答だった。
『でもさ、一日でわかることもあるよ』
「……」
『この前の現場、まだ覚えてる?』
「言われなくても」
『誰よりもちゃんと立ってた。逃げなかった』
「……」
言葉を挟む余地がない。
『私はね。そういう人、好き』
はっきり言われて、否定できなかった。
気に入られている。それはもう、疑いようがなかった。
『無理なことはさせないよ。線引きできる仕事だけ選ぶ』
「……仕事、ですか?」
『うん。君に合うの、いくつか考えてる。もう年明けとか、どう?』
通話を切ったあと、胸の重みが少しだけ違って感じられた。
邪魔で、困って、持て余していたはずのこの体が、わずかに居場所を得たような感覚。
クソデカいままのおっぱい。
不便で、目立って、戻らない日常。
大学はどうする。年明けにはテストがある。
こんな姿で行ったら、不正扱いされないか。そもそも入れてもらえるのか。
不安は山ほどある。
それでも、これを肯定する人が、少なくとも一人いる。
俺は深く息を吸い、胸の重さを受け止めるように背筋を伸ばした。
前に引っ張られる重みを、腹と背中で支える。
「……最悪だけど」
小さく呟く。
「悪くないかもしれない」
そう思ってしまった時点で、きっともう、完全には元の場所に戻れない。
それでも。
この先どうなるかは、まだわからない。
ただ、橘さんなら、
「心配しなくていいよ。ちゃんと居場所、用意してあげるから」
そんなふうにさらっと言いそうだった。
後日談とかはありますか!!!?