FIREしたら、思ってたのと違ったので、私の経験談を書き残しておく。
第一部:誤解をほどく(定義と前提)
FIREはゴールではなく、次のステップへのスタートラインだった
FIREという言葉が広まるにつれて、多くの誤解も一緒に広まったように感じている。その最たるものが、「FIRE=上がり」「FIRE=もう何もしなくていい状態」という理解だ。だが、これは現実とはかなり違う。
FIRE(Financial Independence, Retire Early)とは、「働かなくても生きていける状態になること」であって、「もう何も考えなくていい状態になること」ではない。むしろ逆だ。FIREは人生が一段落する瞬間ではなく、人生が本格的に始まる瞬間に近い。
資本主義の中で、Financial Independence、つまり、経済的自立である「お金のために働かなくてもいい」という条件をクリアしただけであり、それ以上でも、それ以下でもない。ここを勘違いすると、FIRE後に多くの人が途方に暮れる。
朝起きて、行く場所がない。評価される場もない。数字も、目標も、締切もない。自由はあるが、意味がない。これは決してレアな話ではない。FIRE後に燃え尽きる人、虚無感に襲われる人は、想像以上に多い。私の友人たちを見回しても、実に9割以上がこの傾向に陥ってしまう。
なぜか。それまでの人生で、「目的」と「手段」を取り違えてきたからだ。
お金を稼ぐことは、本来は手段だったはずだ。だがいつの間にか、それ自体が目的になってしまう。そしてFIREによってその目的を達成してしまった瞬間、次に向かう先が見えなくなる。
だから私は、FIREを「ゴール」だとは思っていない。FIREは、ようやく“自分の人生をどう使うか”を考える資格を得た状態に過ぎない。
もう一つ、よくある誤解がある。それは、FIRE=「何もしない自由」だという考え方だ。確かに、何もしない自由は手に入る。だが、何もしない自由は、想像以上に人を消耗させる。人は、誰かの役に立っている、自分が価値を生んでいる、昨日より少し前に進んでいる、そう感じられないと、驚くほど簡単に壊れる。
FIRE後に本当に大事になるのは、「働くかどうか」ではなく、「何にコミットするか」だ。仕事でもいい。事業でもいい。投資でもいい。趣味でもいい。家族でも、地域でも、学びでもいい。重要なのは、「お金のためにやらなくていい状態」で、「それでもやりたいことがあるかどうか」なのだ。
FIREは、自由を与えてくれる。だが同時に、人生の責任をすべて自分に返してくる。逃げ場はない。会社のせいにも、上司のせいにも、環境のせいにもできない。その意味で、FIREは極めてシビアだ。
だから私はこう考えている。FIREとは、楽になるための仕組みではない。覚悟を持った人間だけが立てる、次のスタートラインだ。
ここまでが、「誤解されがちな定義」の正体だと思っている。
FIREとはなんなのか?(have to からの解放)
「FIREすると病むんじゃない?」「FIREなんかしたら暇すぎるよ」そんな声は、私自身も何度となく頭の中で繰り返してきた。正直に言えば、その疑問はもっともだと思うし、簡単に否定できるものでもない。
私はその答えを求めて、すでにFIREしている友人や、そのまた友人を辿り、話を聞いて回ったこともある。皆、快く相談に乗ってくれた。だが、返ってきた答えは驚くほど多様で、人の数だけ正解があった。結果として、私はさらに深い迷路に迷い込むことになった。
そんなこんなで、「FIREとは何なのか」という問いに、私は気づけば10年近く向き合い続けていた。そして、ある地点でようやく分かったことがある。それは、この問いには、考え続けても“唯一の答え”は出ない、ということだ。
友人たちの後押しもあり、数年前、私は実際にFIREに踏み切った。そして今、振り返ってみると、自分でも驚くほど、心身ともに健やかでいられている。
そんな現在の私が思うFIREとは何か。それは、「have to」からの解放だ。
人は誰しも、気づかぬうちに多くの「〜しなければならない」に縛られて生きている。「〇〇をしなければならない」「▲▲であるべきだ」「この立場なら、こう振る舞うのが当然だ」。そうした無数の「have to」が、人生の輪郭を形づくっている。
厄介なのは、この「have to」は、その渦中にいる間は、存在していることにすら気づけないという点だ。何らかの方法でその枠組みの外に出て、初めて「ああ、自分は縛られていたのだ」と知る。
この感覚は、20代前半、必死に貯めたなけなしの100万円を握りしめて、一人でアメリカを縦断したときの感覚に似ている。あるいは、学生時代、朝まで飲み明かし、出社していくサラリーマンたちとは逆方向の、空いた電車に乗って帰るときの、あの妙な解放感にも近い。
ただし、ひとつ決定的に違う点がある。それは、「他人からどう見られたいか」という承認欲求が、ほとんど介在しない状態であることだ。
ビジネスで勝ちたい、もっと稼ぎたい、もっと上に行きたい。かつては当たり前のようにあった無限の欲求が、今は静かに遠ざかっている。その状態に、私は心地よさすら感じている。もちろん、年齢を重ね、多くの経験を経たことも影響しているのだろう。
FIREとは、「have to」からの解放なのではないか。自分に纏わされてきた役割や期待、偽りの自分を一枚ずつ脱ぎ捨て、真の自分に近づいていく感覚。縛りから解かれた状態。
少なくとも、今の私にとって、FIREとはそういうものだ。
FIREに向いている人/向いていない人
FIREは、誰にでも勧められる生き方ではない。むしろ、向いていない人のほうが圧倒的に多いと思っている。
誤解されがちだが、FIREはお金の問題ではない。資産額や利回りの話は、せいぜい一次試験のようなものだ。本質は、その先にある精神構造と時間の使い方に耐えられるかどうかだ。
まず、FIREに向いている人から話そう。FIREに向いている人、それは一言で言えば、「やらされること」より「勝手にやってしまうこと」がある人だ。
誰に言われなくても、
・調べてしまう
・考えてしまう
・作ってしまう
・試してしまう
そういう癖を持っている人は、FIRE後も困らない。
FIREは「仕事をやめる状態」ではない。「お金の制約から解放された状態」だ。制約が外れた瞬間に、自然と別の制約を自分で作れる人は強い。
例えば、価値があると思うテーマに勝手に没頭できる人、評価されなくても手を動かせる人、結果が出なくてもプロセスを楽しめる人、数字や肩書きがなくても自尊心を保てる人など、こういう人は、FIRE後にむしろ加速する。時間とエネルギーを、純度の高い形で使えるようになるからだ。
もう一つ重要なのは、自分で意味を定義できる人だ。会社や社会が用意した「正解」に乗るのが上手だった人ほど、FIRE後に迷子になりやすい。
一方で、「自分はこれをやっているときが一番機嫌がいい」「これは誰に評価されなくても続けられる」そういう軸をすでに持っている人は、FIREを“解放”として使える。
次に、FIREに向いていない人についても、正直に書こう。FIREに向いていない人の特徴は、「目的が外部に依存している人」だ。会社、上司、評価制度、締切、競争、ランキング、これらがあるから頑張れていた人は、それらが一気に消えた瞬間、驚くほど動けなくなる。
FIREは、「今日は何をやってもいい」「明日も、誰にも怒られない」という状態を、延々と続けることでもある。この自由に耐えられない人は多い。
また、何もしないこと=贅沢だと思っている人、努力していない自分に罪悪感を覚える人、他人との比較がないと自分の価値を測れない人、こういうタイプは、FIRE後に精神的に不安定になりやすい。
さらに言えば、「FIREしたい理由が、今の環境から逃げたいだけの人」も危険だ。逃げのFIREは、環境は変わるが、自分は何も変わらない。結果、逃げ場を失う。会社を辞めても、ストレスは消えない。不安はむしろ増える。そして「こんなはずじゃなかった」と思い始める。
FIREは問題解決ではない。問題をより純粋な形で突きつけてくる装置だ。
だから、私はこう考えている。FIREは、「楽になりたい人」のための制度ではない。「自分で人生を設計したい人」のための状態だ。
向いているかどうかは、資産額ではなく、「自由時間を渡されたとき、何をしてしまう人間か」で決まる。FIREを目指す前に、一度、自分に問いかけてみるといい。
もし、明日から一切働かなくてよくなったとして、それでも自分は、何かを作り続けるだろうか。学び続けるだろうか。誰かに価値を渡そうとするだろうか。
その答えが「たぶんYES」なら、FIREはあなたの人生を広げる。答えが「分からない」なら、FIREはまだ早い。そして「NO」なら、無理に目指す必要はない。
FIREは正解ではない。数ある選択肢のひとつに過ぎない。ただし、正しく使えた人間にとっては、極めて強力なカードだ。
FIREは逃げではない、構造変更である
FIREという言葉に対して、ある種の違和感を持つ人がいる。
「仕事から逃げた人たち」
「競争に疲れて降りた人たち」
そんなイメージを重ねる人も少なくない。だが、それは本質を外している。私が考えるに、FIREは逃避ではない。構造変更である。
何の構造か。「お金を得るために時間を差し出さなければならない」という構造だ。多くの人は、この構造を疑わずに生きている。時間を売り、対価としてお金を受け取る。そのお金で生活を維持する。そのために、また時間を売る。
この循環は、社会の標準装備だ。だが標準であることと、唯一の選択肢であることは違う。FIREとは、この循環から降りることではない。循環の“中心”をずらすことだ。
生活費を労働所得に依存しない構造を作る。生活の基盤を資本所得や蓄積された資産に移す。すると、「働かなければ生きられない」という前提が崩れる。
ここで初めて、選択が生まれる。働くか、働かないか。やるか、やらないか。好きか、嫌いか。
FIRE前は、ほとんどの行動に“have to”がついている。FIRE後は、それが“want to”に変わる可能性がある。
これは逃げではない。むしろ、より主体的な状態であり、人として、本来の自分を取り戻す行動に近い。逃げとは、嫌な現実から目を背けることだ。構造変更とは、現実の仕組みそのものを書き換えることだ。
FIREは、仕事を否定する思想ではない。労働をやめる宣言でもない。「やらなくてもいい状態を作る」という設計思想だ。
そして皮肉なことに、やらなくてもよくなった人ほど、再び働き始める。なぜか。選択権を持ったとき、人は本当にやりたいことに向き合わざるを得なくなるからだ。強制がなくなった世界で、なおやりたいこと。“want to”こそが、その人にとっての本質だ。
FIREはゴールではない。競争からの敗走でもない。依存構造の書き換えであり、選択権の奪還である。逃げるのではない。立ち位置を変えるのだ。
それが、私の考えるFIREである。
お金があっても自由になれない人たち
FIREとは、既存の社会、既存の価値観とはかけ離れた思想である。だからこそ、金融資産によって形式上の条件を満たしたとしても、「FIREしきれない人たち」が後を絶たない。
資産は十分にあるが…
・承認欲求に縛られている人
・会社を辞められない経営者
・暇に耐えられず、再び戦場に戻る人
こうした人々は決して少なくない。
ここにFIREの“構造的不完全さ”がある。既存の社会や価値観の延長線上では、FIREは測りきれないのだ。
なぜなら、私たちは長い時間をかけて「評価されること」に最適化されてきたからである。テストの点数、偏差値、肩書き、年収、フォロワー数。常に何かの物差しで測られ、その中で上に行くことが正義だと教え込まれてきた。その価値観のまま、突然「もう競争しなくていい」と言われても、心が追いつかない。
お金があっても、肩書きがないと不安になる。SNSで反応が減ると落ち着かない。誰にも必要とされていない気がして、居心地が悪い。
これは資産の問題ではない。構造の問題でもない。“内面の設計”の問題だ。FIREは外側の構造を変える行為だが、内側の価値観がそのままであれば、結局は同じ競争を別の場所で始めるだけになる。
会社を辞めても、投資成績でマウントを取り、フォロワー数で競い、「FIRE何年目」という肩書きにしがみつく。それでは、本質的には何も変わっていない。
私は思う。自由とは「お金がある状態」ではない。自由とは「比較しなくて済む状態」だ。そしてもう一つ。自由とは「何もしなくても、自分の価値が揺らがない状態」でもある。暇に耐えられない人は、実は暇が怖いのではない。自分の存在価値が測れなくなることが怖いのだ。
FIREは、社会的評価という補助輪を外す行為でもある。補助輪が外れたとき、自転車に乗れる人もいれば、倒れる人もいる。
だから私は言う。FIREは資産形成の問題であると同時に、精神構造の問題でもある。お金を積み上げる前に、「評価されない自分」に耐えられるかを問うべきだ。
お金があっても自由になれない人たちは、自由の定義を外側に置いたままだからだ。本当のFIREは、金融資産の額ではなく、自分の価値を他人の物差しに委ねない状態から始まる。
コラム:FIREは“羨望”を生む構造である
FIREという言葉には、どこか甘美な響きがある。「経済的自由」「早期リタイア」「働かなくていい人生」。それらは多くの人の心をざわつかせる。なぜなら、それは“持っていない人”にとって強烈な魅力を放つからだ。
FIREは構造的に羨望を生む。
なぜなら、FIREとは「時間の主導権」を握ることだからだ。人はお金よりも、実は時間に縛られている。朝の満員電車、終わらない会議、評価を気にする日常。そうした拘束の中で生きている人から見れば、平日の昼間にカフェにいる人間は、存在そのものが異質に映る。
ここで厄介なのは、羨望はしばしば祝福の顔をして現れない、ということだ。「いいね、暇そうで」「まだ若いのにもったいない」「結局また働くんでしょ?」こうした言葉の奥には、祝福と同時に、無意識の防衛がある。人は自分の選択を正当化しなければ生きていけない。誰かが全く別の選択をし、それが成立している姿を見ると、自分の人生の前提が揺らぐ。だから、揺らぎを打ち消すために、相手を軽く扱う。
FIREは、他者の前提を揺らす。
だからこそ、FIREを選んだ人間は、羨望と同時に距離も生むことになる。ここに覚悟が必要だ。自由は孤立と隣り合わせである。
さらに言えば、羨望は外側からだけではない。内側からも湧いてくる。かつて自分がいた場所。戦場のようなビジネスの最前線。数字で測られる日々。そこにいる友人たちが華々しい成果を出しているのを見ると、自分は何者なのかと問われる瞬間がある。
FIREは、比較のゲームから降りる思想であるはずなのに、構造的に比較を生む。
だからこそ重要なのは、「羨まれること」を目的にしないことだ。FIREは優越の装置ではない。あくまで構造変更だ。働く/働かない、上/下、勝ち/負け、という軸から降りるための決断であって、上の段に移動することではない。
もしFIREが他人に誇示するためのものになった瞬間、それはもう自由ではない。他人の視線に縛られている時点で、have to から解放されていないからだ。
FIREは、羨望を生む。だが本質はそこではない。本質は、自分がどのゲームを降り、どのゲームを選び直すかだ。羨まれる人生を生きるのか。それとも、静かに満ち足りた人生を生きるのか。その問いに、他人は答えを出してくれない。
FIREとは、羨望の構造を理解したうえで、それでもなお、自分の設計図に従って生きるという覚悟なのだ。
コラム:FIREは万能薬ではない
夢のないことを言って申し訳ないが、FIREという言葉にはどこか魔法の響きがある。すべての悩みから解放され、ストレスのない人生が始まる。そんなふうに語られることも少なくない。しかし、それはまったくの誤解だ。むしろ正確に言えば、悩みは減るどころか、質を変えて増える。しかも、その一つ一つが軽くない。
残された生命時間を、どう使うのか。
資産を、どう守り、どう増やし、どう減らさないのか。
自分の限られたリソースを、誰と、どこで、何のために使うのか。
これらは、会社員時代の「上司がどうだ」「評価がどうだ」といった類の悩みとは重さが違う。下世話な人間関係の摩擦や、どうでもいい噂話からは確かに解放される。だがその代わりに、妥協のきかない問いが、真正面から迫ってくる。そしてこれらの問いは、先送りすることができない。
FIREによって、不安は消えるのではない。不安は形を変えて押し寄せてくる。
たとえば、「この資産で本当に一生大丈夫なのか?」という問いは、定年後に考えるよりも、40代や50代で考えるほうがはるかに長い時間を伴う。マーケットの変動は、20年、30年というスパンで向き合うことになる。インフレ、税制変更、地政学リスク。これらは他人事ではなく、自分の人生に直結する。
また、時間という資本の扱いも難しい。自由な時間が大量にあるということは、「何もしない」という選択すら自分の責任になるということだ。誰かに指示されて忙しいのではない。自分で選び、自分で決め、自分で動く。その結果がすべて自分に返ってくる。これは想像以上に精神的負荷が高い。
さらに言えば、FIREは人間関係をあぶり出す装置でもある。仕事という共通項が消えたとき、誰と繋がりが残るのか。自分は何者なのか。肩書きを外したときに、どれだけの人があなたの周りにいるのか。
FIREは、あなたの人生を拡大する。良い部分も、悪い部分も。
未解決だった夫婦関係の溝は、時間が増えることで露呈するかもしれない。空虚な自己肯定感は、忙しさという麻酔がなくなった瞬間に浮かび上がるかもしれない。「すごい人」であり続けたいという承認欲求は、戦場を失った瞬間に行き場をなくすかもしれない。
だから言っておきたい。FIREは万能薬ではない。FIREは「問題を消す装置」ではなく、「問題を可視化する装置」だ。
だが、私はそれでもFIREを肯定する。
なぜなら、可視化された問題だけが、本当の意味で解決できるからだ。忙しさの中で見ないふりをしていた問いと向き合うこと。他人の期待ではなく、自分の意志で生きること。
それは、決して楽ではないが、極めて誠実な生き方だと思う。FIREとは、楽になることではない。FIREとは、言い訳できなくなることだ。その覚悟がある人にとってのみ、FIREは祝福になる。
コラム:労働を美徳とする価値観は、実はそれほど古くない
私たちは「働くことは尊い」「働かざる者食うべからず」といった言葉を、当たり前の価値観として受け入れている。だが実は、この考え方は人類の歴史全体から見ると、そこまで古いものではない。
古代ギリシャの哲学者アリストテレスは、自由市民が労働に従事することを良しとはしていなかった。労働は基本的に奴隷が担うものであり、自由人は思索や政治に時間を使うべきだと考えられていたからだ。つまり当時の価値観では、労働は必ずしも尊い行為ではなかったのである。
この価値観が大きく変化したのは、中世の修道院の存在が大きいと言われている。修道院では「祈り」と「労働」が結びつき、どちらも神への奉仕として神聖な行為と位置づけられた。ここで初めて、労働は道徳的価値を持つ行為へと変わっていった。
ここで少し想像してみてほしい。
「毎日、集団の全員が決められた時間に決められた作業をする。何時に何をするかは細かく定められており、それに従わない者は周囲から非難される。」
この生活は、どこかで見覚えがないだろうか。
そう、これは現代の会社組織とよく似ている。企業では就業時間が決められ、労働時間は厳格に管理される。その枠組みに適応できる人が「一人前の社会人」とされ、そこから外れる人は「社会不適合」とすら言われることがある。
実はこのような時間管理の原型は、中世の修道院ですでに形作られていたと言われている。
修道院で生まれた時間管理の仕組みは、やがて社会全体へと広がっていった。中世後期になると、都市では教会の鐘が時間を知らせ、人々はその音に合わせて生活するようになる。商人も職人も、そのリズムに従って働くようになった。
つまり、私たちが当たり前だと思っている「決まった時間に働く」というスタイルは、人類史の中では比較的新しい仕組みなのである。
もちろん、働くことそのものを否定する必要はないし、哲学者やアリストテレスになるつもりでは決してない。ただ一つ覚えておいてほしいのは、「こう生きなければならない」という価値観は、思っているほど絶対的なものではないということだ。
FIREという選択肢を考えるとき、この事実は少しだけ心を軽くしてくれるかもしれない。働き方や生き方の形は、歴史の中で何度も変わってきた。そしてこれからも、きっと変わり続けるのだから。
第二部:著者と、この記事の前提
この記事を書いた理由
私が初めて起業したのは今から20年近く前に遡る。その間、通販関連の会社、コミュニティー運営の会社、メディア運営の会社など合わせて3社創業し、いずれもM&Aしている。その後、譲渡先の企業でしばらく上場企業の取締役を経験しているが、上場企業という制約の多さに嫌気がさした頃にロックアップが切れ、ほどなくして退職し、現在に至る。最後に売却した会社の企業価値は20数億円ほどであったが、細かい内訳などに関してはおいおい書いていく。
現在の肩書と生活の状態
現在の私の肩書は新しく設立したプライベートカンパニーの経営者であり、投資家と名乗っても差し支えないだろうと思う。個別株の取り扱いは頗るへたくそなのは微塵も治っていないが、それ以外のあらゆる投資商品への目利きに関しては幸いなことに今のところ負けを知らない。投資の種銭は20歳から始めた株式投資によるものと、自分の会社の株式売却によるものだ。
プライベートカンパニーの方ではしばらく人を雇うつもりはないし、仕事も好きな起業家としか行わない上に、一人でやっている。出社が無いため、時間に縛られる必要もないし、何かをやらなければいけないということもない。勿論、エンジェルとして参画している出資先からの相談、社外取締役や顧問を複数引き受けているため定期的なミーティングなどもあるにはあるが、忙しいという言葉とは程遠い。
自分で言うのも変な話ではあるが、実にお気楽なものである。世の中的に言われる、FIREというやつだ。
この記事を書こうと思ったきっかけ
この記事を書こうと思ったきっかけから話すと、まぁ昔からお付き合いのある編集者さんに頼まれたから、という身もふたもない話もあるのだが、これまで個別で相談にのってきた起業家たちや既にFIREしている人たちに、いかに健やかさを保っているのかを話す労力を最小限にしたかった、ということでもある。今後はこの記事を渡してしまえば楽だなぁ、という若干やましい気持ちもあるにはある。
そして、少し他の人よりもイレギュラーな経験をしてきたせいで、びっくりするほど先人の知恵というのが世の中に落ちていないことに唖然とした経験が何度もあるからだ。私が最初の自分の会社の株式売却を経験したのが2015年頃だったが、当時M&Aという言葉ですらあまり一般的ではなかったし、その経験をした人というのは周りに数えるほどしかいなかったので、人からアドバイスを仰ぐことがほとんど叶わず、自分自身の知識と知恵、数少ないその筋に詳しい専門家の力を借りて乗り切ってきた。
私が今自由な生活をしていること、経済的地盤ができあがっていること、家族との仲がすこぶる良いこと(少なくても私はそう思えている)、一度も病まずに健康体で過ごせていること、そういったことを全部ひっくるめてうまくいっているほうだと思う。
そういう意味でも、私が経験したことをどこかで書き起こしておくことに意味があると思った。
匿名で書く理由+プロフィール
昭和生まれの40代起業家。東北出身で現在は都内在住。妻と子ども3人の5人家族。これまでに複数の企業を創業・経営し、M&Aでは買い手・売り手の双方を複数回経験してきたほか、数十社のエンジェル投資なども手がけている。大型犬の多頭飼いをしながら、著書も複数。なお、この記事では出来るだけ参考になるようさまざまなものを具体的に開示するため、匿名での執筆であることをお許しいただきたい。世の中には匿名で書くからこそ、本当のことが書けるということがあるのだ。
第三部:FIREする、その前に
FIREの予行練習
私はFIREするまでに、かなり周到に準備をした。すでにFIREしている複数の友人に会いに行き、率直に相談もしたし、もし仕事から完全に離れたら自分は何をしたいのか、膨大な時間をかけて内省もした。
その中で、もっとも良かった判断は、「いきなり完全なFIREをしない」という選択だった。具体的には、半分だけFIREする期間を意図的につくったのである。
実はFIREする1年前、私は自ら会長職に退き、仕事量を劇的に減らしている。これは、自分がFIREに向いている人間かどうかを試すためだった。加えて言えば、「自分が現場を離れても、会社は右肩上がりの業績を出せるのか」を検証する意味合いもあった。
この1年間、私は新しい社長の相談には乗るものの、意思決定にはほとんど口を出していない。結果として、この試みは大成功だった。会社は問題なく回り、私は時間を手に入れた。
そして、その1年で私は膨大な時間をかけて内省を行い、「自分が本当にやりたいこと」をひたすら洗い出し、それをスタンプラリーのように一つずつ潰していった。
平日の昼間に、一人で大好きな車を走らせて山梨まで行き、富士山を眺めながら温泉に浸かる。昼は大好きな「ほうとう不動」でほうとうを食べる。仲のいいメンバーとゴルフをする。福岡、札幌、名古屋へふらっと足を運び、顔なじみの店に顔を出す。大好きなホテルで寛ぎ、昼間はサウナにつかる。行きたかった飲食店すべてに足を運び、日本中でいつか食べたいものとしてリストアップしていたものを一つずつ食べていった。最後に残った食べ物は、高知の四万十川の天然鰻と鰹の塩たたきだった。16時のまだ明るいうちから仲間と酒を飲み、19時には解散する。帰宅してからは子どもたちと風呂に入り、話す時間がある。
読書欲が高まれば月額で契約している日本全国あらゆる箇所に拠点のあるシェアオフィスに行き、一日中本を読む。いつか観ようと溜めていたNetflixの海外ドラマやアニメを一気に観る。前からやってみたいと思っていた乗馬や柔術を本格的に始める。
これまで「時間がない」を理由に諦めてきたことを、1年かけて徹底的にやってみた。その結果、この生活は驚くほどストレスがなく、少なくとも私にはとても向いているという結論に至った。
中でも特にハマったのが、MLB観戦、読書、そして柔術だった。この三つがあれば、暇を持て余すどころか、むしろ時間が足りない。
MLBに関しては、投手や野手の癖、監督の采配、配球や交代のタイミングまで手に取るように分かるようになった。年間で100試合は観ただろう。気づけば来季の補強について、「どのチームの、どのポジションに、誰を当てはめるとハマるか」まで考えるようになり、オフシーズンもトレード情報を追い続けている。これをやっていると、本当に時間が足りない。
そして何より、子どもと妻と過ごす時間が圧倒的に増えたことが、私の幸福度を大きく引き上げた。飲みに行かない日は、平日の16時には帰宅し、妻と愛犬の散歩に出かけ、子どもたちと夕食を囲む。勉強を手伝い、一緒にテレビを観て、気づけば21時には子どもと一緒に寝ている。週末には犬たちを連れて旅行に出かけ、家族で行きたい場所へ行き、食べたいものを食べる。三連休以上の長期休暇には、義理の母や私の母を連れて温泉に行くなど、親孝行も欠かせない。
こんなにも満たされた時間があったのかと、正直、もっと早く知りたかったと思う。もし時間を巻き戻せるなら、もっと前にFIREしてもよかったとすら感じている。
もちろん、これは子どもがまだ小学生だからこそできることでもある。中学生になれば部活や友人との時間が増えるし、それは子どもにとって健全な成長だ。だからこそ、今この時間を噛み締められているのだとも思う。
ここで一つ、心理学者カール・グスタフ・ユングの考え方に触れておきたい。ユングは、人の心の中には「影」があると考えた。影とは、自分が見たくない自分、認めたくない自分、あるいは社会に適応するために押し込めてきた欲望や感情のことである。
人は生きていく中で、「こうあるべき自分」を作っていく。真面目であるべきだ。生産的であるべきだ。大人なのだから分別があるべきだ。仕事をしている以上、遊びたいなどと言ってはいけない。昼間から温泉に行きたいとか、明るいうちから酒を飲みたいとか、一日中野球を観ていたいとか、そんなことを堂々と望むのは浅いことだ。そうやって、自分の中のさまざまな欲望を押し込めていく。
だが、ユングは、その押し込められた部分は消えるわけではないと言った。見ないふりをしているだけで、心の奥で生き続ける。そして、説明のつかない不満や苛立ち、他人への嫉妬、あるいは人生の空虚さのような形で、いつか顔を出すことがある。
私はFIREの予行練習を通じて、まさにこの「影」と向き合っていたのかもしれないと思うことがある。
「本当にやりたいこと」を洗い出すという行為は、一見するとただの趣味探しや暇つぶしの設計に見える。だが、実際にはもっと深い。これまで社会に適応するために、「こんなことをしたいと思ってはいけない」「こんな生活はだらしない」「もっと生産的であるべきだ」と押し込めてきた自分自身を、一つずつ救い上げていく作業でもあったのだと思う。
昼間に車を走らせて温泉に行きたい。
好きなホテルで何もしない時間を過ごしたい。
平日昼間の空いている時間にサウナに入りたい。
野球を延々と観ていたい。
柔術を始めたい。
家族と夕方から過ごしたい。
こうした欲望は、忙しく働いている最中には、くだらないものとして扱われがちだ。だが、それらは本当にくだらないのだろうか。むしろ、それこそが自分の人生を形作っている、大事な欲望なのではないか。
ユングは、人が成熟するとは、立派で社会的に認められる自分だけを育てることではなく、自分の影を認識し、それもまた自分の一部として引き受けることだと考えた。私はこの考え方に強く共感する。
FIREとは、単に仕事を辞めることではない。社会の中で作り上げてきた「こうあるべき自分」から少し距離を取り、本当の自分が何を望んでいるのかを見つめ直す作業でもある。
だからこそ、いきなりFIREするのではなく、予行練習が必要なのだと思う。時間を手に入れた自分が何をしたいのか。何をしているときに満たされるのか。逆に、どんなことをしても虚しさが残るのか。それを自分の身体で確かめる必要がある。
FIREして何をするかは、人それぞれだ。だが、まずは「やりたいこと」を洗い出し、スタンプラリーのように一つずつ試してみるのは、とても良い方法だと思う。
これは起業家でなくてもできる。有休をまとめて使ってもいいし、半休を組み合わせてもいい。長めの休みを取り、仕事がない状態の自分を意図的に試してみることはできる。
一度、自分で確かめてみる。
時間ができたら自分は何をしたいのか。
何をしていると幸福なのか。
何を欲しているのか。
それを知らないままFIREすると、自由を手に入れたはずなのに、空白に飲み込まれることがある。
逆に、自分の影に少しずつ光を当て、自分の欲望を回収し、自分が本当に心地よい時間の使い方を理解してからFIREすれば、その自由は一気に現実味を帯びる。
一度、自分で確かめてみる。それからFIREを選んでも、決して遅くはない。
家族への相談について
FIREは、自分ひとりの独断ではできない。いや、理屈の上ではできなくもないが、ある日突然パートナーが「無職」になっていたら、少なくとも不信感は募るだろう。
仕事を辞める、働き方を変えるというのは、本人だけの問題では終わらない。健康保険証は切り替わるし、住宅ローンや各種ローンの審査条件も変わる。保育園や学校の書類、各種契約、社会的な立場。ありとあらゆる場面で変更が発生する。正直なところ、家族に黙ったままやり過ごすのはほぼ不可能だ。
それに、私の場合は職業柄、ママ友やパパ友に仕事の話を聞かれることも多い。どこかから情報が漏れる可能性も高いし、後から説明するほうがよほど気まずい。そういう意味でも、家族への相談は必須だと思っている。
ご多分に漏れず、私も妻に恐る恐る相談した。正直に言えば、かなり緊張していた。だが、返ってきた答えは意外なものだった。
「これまでと変わらない金額を家庭に入れ続けられること」
「不慮の事態が起きても、家族が路頭に迷わないこと」
この二つが担保されるのであれば、これまで頑張ってきたのを見てきたのだから、好きにしていいよ、というものだった。
この「不慮の事態」という言葉には、両親の介護や急な仕送りだけでなく、子どもたちの将来の選択肢も含まれると、私は勝手に解釈している。例えば、万が一の留学費用や、想定外の教育コスト。厳密には不慮とは言えないかもしれないが、親として備えておきたい領域だ。
そこから私は、ありとあらゆるシミュレーションを行った。Excelを使い、最悪のケースまで含めて何度も数字を組み直した。どのルートに転んでも、致命傷にならない。その確信が持てたところで、ようやくFIREに踏み切ることができた。
FIREは自由の話であると同時に、責任の話でもある。家族の理解と合意なくして、その自由は成り立たない。
今でも思う。私は、この選択ができたのは妻のおかげだし、きっと一生、頭が上がらないのだろう。今までもそうだったけれども。
FIREできる人/FIREしてはいけない人
FIREは資産額の問題だと思われがちだが、私はそうは思わない。もちろん最低限の金融資本は必要だ。しかし本質はそこではない。FIREとは“構造変更”であり、“生き方の選択”である。だから向き不向きがはっきり分かれる。
まず、FIREできる人の特徴から書こう。
FIREできる人は、孤独に耐えられる人だ。会社を辞めるということは、肩書きを外すということでもある。名刺の力が消えたとき、自分は何者なのか。そこに耐えられるかどうか。
FIREできる人は、自分で決められる人だ。会社にいれば、ある程度のレールが敷かれている。昇進、評価、目標設定。FIRE後は、それが一切なくなる。何時に起きるか、何をするか、誰と会うか、どこに住むか。すべて自分で決めなければならない。自由とは、決断の連続だ。決断疲れに耐えられない人には向かない。
FIREできる人は、暇を敵にしない人だ。暇を「不安」に変換せず、「思考」や「創造」に変えられる人だ。暇を埋めるためにまた戦場に戻る人は多い。だが、それはFIREではなく、単なる休職に過ぎない。
FIREできる人は、承認欲求をある程度手放せる人だ。会社にいれば、評価という指標がある。数字がある。役職がある。FIRE後は、それらが消える。評価されない環境で、静かに生きられるか。これが案外難しい。
では、FIREしてはいけない人とはどんな人か。
まず、逃げ場としてFIREを考えている人だ。今の会社が辛い、人間関係が苦しい、上司が嫌い。だから辞めたい。その延長線上にFIREを置くと、高確率で後悔する。環境を変えても、自分の内側が変わっていなければ、問題は形を変えて再発する。
次に、評価経済の中毒者だ。常に誰かより上でいたい。数字で勝ちたい。承認され続けたい。そういう人はFIRE後に空虚になる。FIREは競争から降りる思想だからだ。
さらに、自分で時間を構造化できない人。これは深刻だ。朝起きて「今日は何をするか?」を自分で決められない人は、自由に押し潰される。自由は優しい顔をしているが、実は残酷だ。
最後に、家族との合意が取れていない人。FIREは個人の選択に見えて、家族全体の構造変更でもある。ここが曖昧なまま突き進むと、資産はあっても幸福は崩れる。
私は思う。FIREは資産条件よりも精神条件のほうがはるかに重要だ。資産があっても、精神が未熟ならFIREは苦行になる。資産がそこそこでも、精神が成熟していればFIREは祝福になる。
FIREは「楽になる制度」ではない。FIREは「自分をごまかせなくなる制度」だ。
だから問いたい。あなたは本当に、自由に耐えられるだろうか。
いくらあればFIREできる?
「資産額は関係ない」と前置きしたが、流石にまったく関係ないということはない。ただし、資産額“だけ”でFIREの可否が決まるわけでもない、というのが正確な表現だろう。
私の友人には、100億円以上の資産を持ちながらFIREに耐えられず、猛烈に働き続けている人もいる。一方で、「その金額で本当に大丈夫か?」と思う水準の資産で、驚くほど健やかにFIREしている人もいる。この差は何かといえば、先の章で触れた通り、結局は向き・不向きの問題に行き着く。
ここで思い出すべき言葉がある。ショーペン・ハウアーはこう言った。
「冨は海水に似ている。飲めば飲むほどますます乾いてくる」
実に的確な表現だと思う。お金というのは、不思議なもので、増えれば増えるほど安心できるとは限らない。むしろ逆で、増えた資産を守りたい、もっと増やしたい、ここまで来たのだからもう少し、と思い始める人も多い。すると、いくらあっても足りなくなる。資産額の問題ではなく、心の扱い方の問題になってくるのだ。
だから、FIREを考えるときに本当に大事なのは、「世間的にいくらあれば十分か」ではない。自分にとって、どのような暮らしが十分なのかを言語化できているかどうかだ。
では、向き不向きをクリアした前提で、「いくらあればFIREできるのか?」と問われたらどう答えるか。私の結論は明確だ。自分の人生において、どんな生活を送りたいのかを言語化し、その生活に必要な金額を積み上げるしかない。
たとえば、あなたが40歳。家族構成は、同い年のパートナーと、10歳と8歳の子どもが2人。現在の年間生活費が、家賃・食費・教育費・旅行費などを含めて1,000万円だとしよう。そしてFIRE後も、同レベルの生活水準を維持したいものとする。
ここで、日本人女性の平均寿命が87歳前後であることを踏まえ、パートナーに合わせて「今後47年分の生活費」を想定する。
単純計算をすれば、47年 × 1,000万円 = 4.7億円となる。だが、これはあくまで雑な計算だ。現実の人生は、もっと滑らかに変化していく。
たとえば、55歳前後になれば子どもは大学を卒業し、親元を離れる可能性が高い。教育費は大きく減るだろう。さらに65歳を超えたあたりからは、消費そのものが落ちるケースがほとんどだ。
食は細くなる。酒量も減る。長時間フライトを伴う海外旅行も体力的に厳しくなる。ブランド品や高級時計への執着も、多くの人にとっては若い頃ほどではなくなる。結果として、年間1,000万円かかっていた生活費は、多少贅沢をしても500〜700万円程度に収まることが多い。
これを踏まえて再計算すると、たとえばこうなる。
40歳〜64歳の25年間を年間1,000万円と見積もれば、2.5億円。
65歳〜86歳の22年間を年間500万円と見積もれば、1.1億円。
合計で、約3.6億円となる。
もちろん、これはかなり保守的な試算だ。
インフレもあれば運用益もある。本来であればその両方を織り込むべきだが、ここではあえて相殺した「現在価値ベース」に近い考え方を取っている。楽観に寄せすぎないためである。
さらに言えば、持ち家か賃貸かによっても前提は大きく変わる。都心の流動性が高いエリアに資産価値のある不動産を持っている場合、それ自体が大きな緩衝材になる。一方で、地方の駅から離れた戸建ては、「住むには良いが、資産としては計算に入れづらい」ケースも少なくない。
厳密に考えるなら、以下の要素も織り込んでおくべきだろう。
円安を含めたインフレによる生活費の上昇
親の介護費用
老人ホーム・介護施設の入居費
想定以上に寿命が延びるリスク
だからこそ、無理な節約はしないこと、そしてギリギリのラインでFIREに入らないことが重要になる。また、「年利◯%で回せば大丈夫」といった都合のいい利回り前提は、決して悪いわけではないが、極力避けたほうがいいと私は考える。
せっかくFIREしたのに、今度は資産運用の数字に怯え続けるようでは、それこそ「お金という have to」から解放されたとは言えないからだ。
ここで改めて、ショーペンハウアーの言葉に戻りたい。
冨は海水に似ている。飲めば飲むほどますます乾いてくる。
この言葉の怖いところは、資産形成そのものを否定しているわけではない点にある。そうではなく、お金を増やす行為そのものが、際限のない渇きに変わり得ることを示しているのだと思う。
FIREのための資産形成は必要だ。
だが、FIREした後まで、なお「もっと、もっと」と渇き続けるのであれば、それは自由ではない。単に、労働が資産運用に置き換わっただけだ。
だからこそ、「自分にとっての十分」を知ることが重要になる。どの水準で暮らせれば満ち足りるのか。どこから先は、ただの見栄や不安や比較なのか。そこを見誤ると、100億円あってもFIREできない人になるし、逆にそこが定まっていれば、世間から見て十分とは言えない額でも、健やかに自由を生きることができる。
これらを一通り計算し、不慮の事態も織り込んだうえで、「この状態なら、心身ともに健やかに生きられる」と判断できたなら、もうFIREの準備はかなり整っていると言っていい。
ここまで書いてきたのは、FIREを“失敗しないための準備”だ。だが、準備が整っていても、人は心の扱い方を間違えると簡単に壊れる。
次の章では、FIRE後に本当に問われる「内側の話」をしていこう。
コラム:「影」との向き合い方
ユングは、人の心の中には「影」があると考えた。影とは、自分で認めたくない自分、見たくない自分、押し込めてきた欲望や衝動のことだ。嫉妬、怒り、支配欲、承認欲求、怠惰、執着、あるいは人には言いづらい願望まで含めて、私たちは社会に適応する過程でそうしたものを心の奥へ追いやっていく。
だが、ユングが重要だと言ったのは、押し込めたそれらは消えるわけではない、という点である。見て見ぬふりをしても、影は暗闇の中で生き続ける。そして、私たちが気づかないうちに行動を支配する。説明のつかない怒り、過剰な嫉妬、特定の人への嫌悪、衝動的な失敗、自己破壊的な選択。そういった形で、影は無意識のうちに表へ出てくる。
だからこそユングは、影を抑え込むのではなく、まず認識することが重要だと考えた。自分の中にはこういう欲望がある。こういう恐れがある。こういう醜さもある。そう認めることで、初めて人は影に飲み込まれずに済むようになる。
影は、暗闇の中にあるときに最も強い。
だが、意識の光が当たると、その支配力は弱まる。
ユングの言葉を噛み砕けば、こういうことだと思う。無意識のままなら、人は影に突き動かされる。しかし、意識できるようになると、その衝動との間に距離が生まれる。その距離があるからこそ、「反応する」のではなく「選ぶ」ことができるようになる。
ここが非常に重要だ。
影と向き合うとは、影に従うことではない。影に正当性を与えることでもない。ましてや、「これが本当の自分だから」と言って、欲望のままに生きることでもない。
そうではなく、自分の中にある衝動を認識し、そのうえで、どう生きるかを自分で選び直すことだ。
つまり、影を意識することで、初めて主体性が戻ってくる。影に振り回されていた状態から、影を含んだ自分自身を引き受けながら、より良い形へ自分を整えていくことができるようになる。
この話を考えるとき、スター・ウォーズのダース・ベイダーは非常に分かりやすい例だ。アナキン・スカイウォーカーは、本来は正義の側に立つジェダイだった。だが彼は、自分の中にある恐怖、怒り、執着をうまく認識も統合もできなかった。その結果、影は膨れ上がり、彼自身を飲み込み、ついにはダース・ベイダーという形で暗黒面そのものになってしまった。
あれはまさに、影に向き合えなかった人間の末路の象徴だと思う。
人は、自分の中の怒りや執着を「そんなものはない」と否定しているうちは、それに最も支配されやすい。逆に、「自分にはこういう怖さがある」「こういう欲望がある」「こういう弱さがある」と認められた瞬間に、初めてその力は少しずつ弱まっていく。
ユングが言いたかったのは、おそらくそこだ。影は消えない。だが、認識された影は、無意識のときほど暴れなくなる。
FIREの文脈で言えば、この「影」と向き合う作業は極めて重要だと思う。
なぜなら、FIRE後は仕事や肩書きによって自分を覆い隠すことが難しくなるからだ。忙しさがなくなる。役割が薄くなる。すると、それまで見ないようにしてきた欲望や空虚さや執着が、むき出しで現れてくることがある。
本当は怠けたかった。
本当は誰かに認められたかった。
本当は勝ちたかった。
本当は何もしたくなかった。
本当は家族ともっと一緒にいたかった。
本当は、ただ静かに暮らしたかった。
こうしたものは、すべて影の一部になり得る。
私自身の影にも、いくつかそういうものがあった。たとえば、「麻雀のプロになりたい」という気持ちがあったし、「日光でゆっくり過ごしたい」という願望もあった。
こういうものは、頭の中に置いているだけだと、いつまでも美化される。
「本当は自分はこれをやりたかったのではないか」
「いつか時間ができたらこれをやるべきなのではないか」
そんなふうに、妙に神聖化されていく。
だが、実際にやってみると、見えてくるものがある。
私は実際に麻雀を本気でやってみた。すると、自分は麻雀そのものには、思っていたほど強い興味がないことが分かってきた。あれほど心のどこかに引っかかっていたのに、実際にはそこまで深くは刺さらなかったのだ。だから私は、その未練をきっぱり断つことができた。
また、日光でゆっくり過ごしたいという気持ちもあった。実際に中禅寺湖の湖畔にある名物のレストラン メープルで、平日の昼間に静かな時間を過ごしてみた。そこでふと周りを見渡すと、70歳ほどのご高齢の方々が、実に楽しそうに語り合っていた。その光景はとても微笑ましかった。
同時に私は、あることに気づいた。
ここは素敵な場所だ。だが、歳を取ったあとでも十分に来られる場所でもある。そう考えると、まだまだ体力のある40代の自分が、今わざわざ貴重な時間を割いて来る場所ではないのかもしれない、と。
この感覚は、自分の中で非常に大きかった。
つまり、行動に移してみることで、それが本当に根源的な欲求なのか、それともただの願望なのかが分かる側面があるのだ。
これはとても重要だと思う。
頭の中だけで抱えている欲望は、必要以上に膨らみやすい。だが、実際にやってみると、拍子抜けすることもある。逆に、思いのほか深くハマることもある。
興味が尽きないのであれば、続ければいい。そうでないのであれば、「自分はこれにはそこまで惹かれないのだ」と理解して、二度とそのことで悩まなくてよくなる。
これは、かなり大きい。
なぜなら、その分の脳内スペースと時間を、別のもっと大事なことに使えるようになるからだ。人の思考の容量は無限ではない。だからこそ、影の中にある願望を一つずつ実地で確かめていくことは、単なる自己満足ではなく、人生の整理整頓でもある。
だから以前にも書いたように、FIREの予行練習として「自分が本当にやりたいこと」を洗い出し、一つずつスタンプラリーのように試していくことには大きな意味がある。それは単なる暇つぶしの設計ではない。社会に適応する中で押し込めてきた自分自身を、一つずつ救い上げていく作業でもあり、同時に、それが本当に自分に必要なのかを見極める作業でもある。
ただし、ここで一つ注意がある。
影の形は人の数だけ存在する。人に言える欲望だけではなく、中には人に言いづらい欲望もあるだろう。後者との付き合い方には、改めて慎重さが必要だ。自分の欲望だからといって、それをそのまま解放していいわけではない。犯罪まがいのことや、家族や周囲に迷惑をかけるような行為に走ってしまえば、これまで大切に積み上げてきたものが一瞬で崩れる危険すらある。
だから、影を認識することと、影に従うことは、まったく別の話だ。
大事なのは、自分の中にはこういう根源的な欲望や衝動があるのだと、まず認めること。見て見ぬふりをしないこと。そのうえで、それをどう扱うかを意識的に選ぶことだ。
認識する。
引き受ける。
だが、飲み込まれない。
この順番が大切なのだと思う。
影に向き合うことは、決して自分を甘やかすことではない。むしろ逆で、自分の醜さや弱さから目をそらさないという意味で、とても厳しい行為だ。だが、それができた人から順に、他人にも優しくなれるし、自分にも誠実になれる。
本来の自分に気づくとは、きれいな部分だけを見つけることではない。自分の中の見たくない部分まで含めて、「これが自分だ」と知ることだ。
そのうえで、どう生きるかを選び直す。
どう使うかを決める。
どう統合するかを考える。
その過程を経て、人は少しずつ、より良い形に整っていく。影をなくすことはできない。
だが、影を知ることで、人はようやく自分自身の主人になれるのだと思う。
第四部:FIRE後の設計(何をして、どう暮らすか)
FIRE後の1日の設計(ルーティンと季節)
以下は、あくまで私個人のルーティンだ。万人に当てはまる話ではない。ただ、「FIRE後の時間が、実際にはどのように組み立てられているのか」という具体例として読んでもらえればいい。
3月後半から11月頭までは、MLBの開幕戦からワールドシリーズまでのシーズンにあたる。私にとっては完全にオンシーズンで、この期間は毎日それなりに忙しい。日本とアメリカには時差があるため、早朝から午前中にかけての時間は、ほぼMLB観戦に費やされる。
その合間に愛犬たちの散歩に出かけ、子どもたちと妻の朝食を作って食べさせる。ひと通り終えたら自分の身支度を整え、子どもと一緒に家を出る。そこから先は完全に気分次第だ。今日はどこのシェアオフィスに行こうか、そんなことを考えながら移動し、ゆっくりと続きを観戦する。
午後になり、天気が良ければ柔術やジムに向かい、2〜3時間ほど長めのストレッチと運動をする。身体を動かした後は、出資先や顧問先からの相談に対応する。オンラインMTGの場合はマーケティング関連の話が多く、逆に「直接会って話したい」と言われると、たいていは少し重たい相談だ。正直、向かう前は若干気が重い。
一方、午後が雨模様の日は、そのままシェアオフィスに残って読書の日にするか、映画を観に行く。あるいは、溜まっているNetflixのアニメやビジネスドラマを消化する。どれを選ぶかも、その日の気分次第だ。
そうこうしているうちに、気づけば15時か16時になる。友人と飲みに行く予定があれば外に出るし、なければ自宅に戻り、妻と一緒に少し長めの犬の散歩に出かける。妻はジムなどでの運動が大の苦手だが、「運動しよう」と言うと嫌がるのに、「散歩に行こう」と言うとそれほど嫌な顔をしない。この方法で、半ば強制的に体を動かしてもらっている。私より長生きしてほしいからね。
なお、飲み会は平日のみで、多くても週3日まで。通常は週2日以上入れないと決めている。せっかく「have to」から解放されたのに、会社経営時代と同じように週5で飲みに出ていては、別の「have to」を自分で作ってしまう。
MLBのオフシーズンである11月中盤から3月前半にかけては、午前中が丸ごと空く。読書や映画、Netflixに使う時間が一気に増える。だからこそ、この記事も、実はこのオフシーズンに書いている。
ざっとこんな感じが、私の1日のルーティンだ。ここで伝えたいポイントは一つだけある。どんなに自由な生活でも、やりすぎたり、詰め込みすぎたりすれば、それは簡単に「have to」に変わってしまうということだ。
せっかく「have to」を手放したのなら、気の向くままに、心が許す範囲で過ごせばいい。FIRE後の時間は、管理するものではなく、付き合っていくものなのだと思っている。
なお、私の場合はMLBが生活の中心になっているが、今のところそれは「have to」にはなっていない。もし、これが義務や負担に変わるようであれば、私は即座に辞めるつもりだ。自由であることは、何かを続ける自由であると同時に、いつでも手放せる自由でもあるのだから。
ルーティンを固定しない理由
毎日、私は「今日はどこで仕事をするか」を決めていない。どのシェアオフィスに行くのか、そもそも行くのかすら決めていない。今日やることも、厳密には決めていない。決まっているのは、MLBを観ることくらいだ。それ以外は、その日の気分と体調と天気次第で決めている。
朝、移動するのが億劫だと感じれば、家の近くのスターバックスでアーモンドミルクラテのグランデサイズ、ショット追加を飲みながらMLBを観る日もある。「今日は外に出たいな」と思えば、少し離れたシェアオフィスに向かうこともある。午前中は何もせず、午後からふらっと動き出す日もある。この「決めなさ」を、私は意図的に残している。
なぜか。ルーティンを固定すると、それが簡単に「have to」に変わってしまうからだ。
たとえば、「平日は毎日渋谷のシェアオフィスに行く」と決めた瞬間、それは予定ではなく義務になる。体が重い日でも、「行かなければならない」という思考が先に立つ。その時点で、自由は目減りしている。
FIREによって手放したかったのは、まさにこの感覚だ。「やらなくてもいいのに、やらなければならない気がする状態」。
だから私は、あえて決めない。あらかじめ予定を埋めない。自分に課題を与えすぎない。これは怠惰のためではない。むしろ逆で、「健やかさを維持するための設計」だと思っている。
人は、自由になった瞬間に、無意識のうちに新しい檻を作ってしまう。ルーティン、目標、タスク、自己管理。それらは一見、良いものに見えるが、使い方を間違えると、あっという間に首輪になる。
特に、真面目で責任感が強い人ほど危ない。
「自由を無駄にしてはいけない」
「何か生産的なことをしなければ」
「意味のある一日にしなければ」
こうした思考は、すべて新しい「have to」だ。
だから私は、「have to を避けよう」とすら、あまり強く意識しないようにしている。なぜなら、「have to を避けなければならない」という考え方自体が、もう have to だからだ。
本当にちょうどいいのは、「今日はこうしたい気がする」「今はこれをやっていたい」その感覚に、素直に従うことだと思う。
着の身着のまま、という表現は言い得て妙で、何も決めず、何も背負わず、その瞬間の自分の状態に合わせて動く。それくらいが、FIRE後の生活にはちょうどいい。
ルーティンを固定しないのは、サボるためではない。自分の感覚が鈍らないようにするためだ。自由とは、選択肢が多いことではない。「今の自分が何を望んでいるか」に、ちゃんと気づける状態のことだ。
だから私は今日も、何も決めずに朝を迎える。それが、今の私にとって一番自然で、いちばん贅沢なルーティンなのだと思っている。
第五部:精神と幸福(壊れないための“内側”)
暇を飼いならす
「FIREはいいんだけど、暇になるのが怖い」
「暇が続くと病むって聞く」
「暇すぎて老けそうで怖い」
これは、FIREを考える前の私自身が何度も自問したことでもあるし、いま相談を受ける中でも、最も多く投げかけられる不安だ。
確かに考えてみると、多くの人にとって「本当に暇だった最後の記憶」は、大学生の前半あたりが最後ではないだろうか。義務教育から高校、大学、そして社会人へと進む中で、人生は次第に予定と責任で埋め尽くされていく。
社会人になってからは、暇になるどころか、暇であることに罪悪感を覚えるようになる人のほうが多い。つまり、多くの人は「暇そのもの」に、ほとんど慣れていない。
だから、FIRE後の「暇」を頭の中で想像するだけで、恐怖が先に立つのは無理もない。未知のものを怖がるのは、人間として極めて自然な反応だ。ただ、私がFIRE後に感じたことは、少し違っていた。
私が思うFIREにおける「暇」とは、何もすることがない状態ではない。人生を楽しむために、意図的につくり出された余白であり、戦略的に確保された空白だ。言い換えれば、それは「停滞」ではなく「間」だ。人生における小休憩であり、長めの休暇のようなものでもある。
暇は、敵ではない。使い方を誤らなければ、むしろ味方になる。
そもそも、FIREは取り消しのきかない決断ではない。もし暇が肌に合わなければ、また起業すればいいし、働きたければ働けばいい。戻れないわけではない。選択肢が増えただけの話だ。それなのに、なぜ人は暇を怖がるのか。
それはきっと、「暇=空白=埋めなければならないもの」と無意識に思い込んでいるからだろう。だが、空白は必ずしも埋める必要はない。
マッチングアプリで、無理やり恋人を作らなくていいのと同じだ。寂しさを感じたからといって、即座に何かで埋める必要はない。
孤独や暇は、短期的には不安を伴う。だが、その時間があるからこそ、自分の輪郭がはっきりしてくる。何が好きで、何が嫌いで、何をしているときに機嫌がいいのか。それらは、忙しさの中では決して見えてこない。
暇は、暴れ馬のようなものだ。放っておけば振り回されるが、飼いならせば強力な相棒になる。だから、暇を恐れる必要はない。暇を消そうともしなくていい。
暇を、飼いならそう。
暇が思考を深くする
「暇」は、単なる時間の余りではない。私の実感としては、暇こそが思考を深くし、人生の解像度を上げるために不可欠な時間だ。
多忙な日々を送っているとき、人はほとんど考えていない。正確に言えば、「考えているつもり」で、実際には目の前のタスクを処理しているだけだ。次の会議、次の締切、次の返信。思考は常に“消費モード”に置かれている。
一方で、意図的に暇な時間をつくると、脳の使われ方がまったく変わる。ぼーっとしているとき、散歩をしているとき、風呂に浸かっているとき。こうした「何もしていない時間」に、脳内ではデフォルト・モード・ネットワーク(DMN)と呼ばれる領域が活発に動いていると言われている。
このとき脳は、驚くほど多くのことをしている。日中に得た情報や経験を整理し、一見関係なさそうな出来事同士をつなぎ合わせ、過去を振り返りながら、未来のシミュレーションを行う。実は、ぼーっとしているときの脳は、集中して作業しているときよりも多くのエネルギーを使っている。外から見れば「暇」に見える時間こそ、内側では最も忙しい時間なのだ。
忙しい状態が続くと、「なぜ?」を考える余白が消える。どうすれば回るか、どうすれば終わるか、どうすれば怒られないか。思考は常に“手段”に縛られ、本質的な問いに辿り着けなくなる。
暇があると、この構造がひっくり返る。そもそもこれは本当に必要なのか。自分は何を恐れているのか。なぜこの選択をしてきたのか。これから先、どう生きたいのか。
こうした問いは、忙しさの中では浮かんでこない。暇という余白があって、初めて立ち上がってくる。
また、暇は自己理解を深める。外部からの刺激が遮断されると、人は否応なく自分と向き合うことになる。退屈な時間は居心地が悪いが、その不快感を越えた先に、「自分が本当に機嫌よくいられる状態」が見えてくる。
創造性も同じだ。新しいアイデアは、会議室やタスク管理ツールの中からは生まれない。散歩中やシャワー中、何の役にも立たなそうな時間に、突然やってくる。だからこそ、暇の扱い方にはコツがある。
まず、暇なときにスマホを見ないこと。暇を感じた瞬間にスマホを手に取ると、脳は再び情報消費モードに引き戻される。これでは、せっかく立ち上がりかけた深い思考が、寸断されてしまう。
次に、「何もしない」を肯定すること。何かを生み出さなければならない、意味のある時間にしなければならない、という発想そのものが、暇を台無しにする。
散歩、入浴、コーヒーを飲む。こうした単純作業こそ、思考が最も深く潜る時間になる。暇とは、退屈な時間ではない。脳と人生の熟成期間であり、次の一手を自然に浮かび上がらせる準備期間だ。
暇を埋めようとしないこと。暇を怖がらないこと。そして、暇に仕事をさせること。
FIRE後に必要なのは、忙しさの代替物ではない。暇と上手につき合い、思考を深くする技術なのだと思う。
「何もしない」と「価値を生む」の境界線
FIRE後、多くの人が最初にぶつかる違和感がある。それは、「今日は何もしていない気がする」という感覚だ。
実際には一日を穏やかに過ごし、考え、歩き、食べ、誰かと話している。それでも、夜になると妙な罪悪感が残る。「自分は今日、価値を生んだのだろうか?」と。
この違和感の正体は、「何もしないこと」と「価値を生まないこと」を、無意識に同一視してしまっている点にある。
私たちは長い時間、
・成果を出すこと
・お金を生むこと
・誰かに評価されること
これらと引き換えに「価値がある」と認定される世界で生きてきた。会社員であれ、経営者であれ、この構造から完全に自由な人はほとんどいない。
だからFIREすると、価値の測り方が突然わからなくなる。数字も、評価も、締切も、ランキングもない。結果として、「何もしていない=価値がない」という短絡的な結論に引きずられてしまう。
だが、これは完全な錯覚だ。
そもそも「価値」とは誰にとっての価値なのか。会社にとっての価値か。社会にとっての価値か。それとも、自分の人生にとっての価値か。
FIRE後に問われるのは、圧倒的に後者だ。
たとえば、何時間も散歩をしながら考え事をしている時間。ただ本を読んでいるだけの午後。家族と取り留めのない会話をして終わる一日。
これらは、社会的な尺度では「何もしていない」に分類されるかもしれない。だが、自分の人生というスケールで見れば、思考が整理され、感情が整い、関係性が深まり、次の選択の質が上がっている。それは明らかに「価値が生まれている状態」だ。
逆に言えば、忙しく動き回っていても、心がすり減り、思考が浅くなり、惰性で時間を消費しているなら、それは価値を生んでいるとは言い難い。「やっている感」と「価値」は、必ずしも一致しない。
FIRE後に重要なのは、「今日は何をしたか」ではなく、「今日はどんな状態で過ごしたか」だと思っている。落ち着いていたか。好奇心が動いたか。誰かに優しくできたか。昨日より少し視界が開けたか。
この基準に切り替えられた瞬間、「何もしない日」への恐怖は消える。
もう一つ、大切なことがある。それは、「価値を生まねばならない」という強迫観念そのものが、実は仕事中毒の残滓だという点だ。
価値を生むことをやめられない。
意味を持たせずにはいられない。
役に立っていない自分を許せない。
これらはすべて、これまでの社会で“正しく生きてきた証拠”でもある。だが、FIRE後までそれを持ち込む必要はない。何もしない時間は、価値を生むための準備期間でも、回復期間でもいい。あるいは、何の意味も持たなくていい。
価値は、後から振り返ったときに立ち上がるものだ。その瞬間に証明する必要はない。
「何もしない」と「価値を生む」の境界線は、行動量ではなく、人生全体への寄与度で決まる。この感覚を取り戻せたとき、FIRE後の時間は、ようやく本当の意味で自由になる。
暇を恐れなくていい。何もしない自分を責めなくていい。人生にとって必要な価値は、すでに十分すぎるほど生まれているのだから。
FIREの最大の敵は「孤独」
「FIREは孤独だ」という言説は、確かによく耳にする。正直に言えば、今の私の生活を、FIRE以前の自分が覗き見したら、「こいつ、結構孤独だな」と思うかもしれない。客観的に見れば、そう映る要素があるのも否定しない。
ただし、重要なのはここからだ。今の私は、まったく孤独を感じていない。
つまりこの現象は、「本人が感じている孤独」ではなく、「社会的な視点から見た孤独」に過ぎない。問題なのは自分の状態ではなく、社会が持つ画一的な物差しのほうなのだ。
人は長い時間をかけて、「人と常に一緒にいること」「組織に属していること」「忙しくしていること」を健全で正しい状態だと刷り込まれてきた。逆に言えば、それらから外れた状態は、無意識のうちに「孤独」「寂しい」「問題がある」とラベリングされてしまう。
だが、それは本当にそうだろうか。
FIREとは、これまで何度も書いてきた通り、一般的な社会の価値観とは異なるステージに立つことでもある。その状態を、従来の価値基準で測ろうとすること自体が、そもそも無理筋なのだ。
大切なのは、外からどう見えるかではない。自分自身が健やかであるか。精神的に安定しているか。日々の生活の中で、静かな幸福を感じ続けられているか。
この条件が満たされているのであれば、それは「孤独」とは程遠い状態だと言っていい。少なくとも、当事者にとっては。
FIRE後の孤独とは、多くの場合「人がいない状態」ではなく、「社会の基準から外れている状態」を、無理に孤独と呼んでいるだけなのだと思う。
そう考えれば、その状態に対して外野がとやかく言うこと自体、あまり意味を持たない。孤独かどうかを決めるのは、他人ではなく、自分自身なのだから。
「比較」という名の終わらないレースから降りる
FIREで不幸せになる人の特徴は何かと聞かれたら、私は迷わずこう答える。他人と比較してしまうことだ。
起業家の世界にいると、この構図は嫌というほど目に入ってくる。2億円で会社を売却した人は、5億円で売却した人を見て「自分はなんて小さいのだろう」と感じる。5億円で売却した人は10億円を見て同じことを思い、10億円あれば人生は逃げ切れるだろうと思っていた人は、気づけば20億円の人に嫉妬している。
そして私はある時、こう思った。「100億円あれば、さすがにもう悩みはなくなるのではないか?」と。
ところが現実は違った。100億円を持つ人は、1000億円を持つ人を見て、普通に嫉妬しているのだと知ったとき、私は正直、軽い衝撃を受けた。その規模になれば、死ぬまでに使い切ることすら不可能に近い。一体、我々は何と戦っているのだろうか、と。
ここでようやく腑に落ちた。人間の「もっと、もっと」という欲求には、終わりがない。それはまるで、遭難者が喉の渇きに耐えきれず海水を飲んでしまうようなものだ。飲めば飲むほど、かえって渇きは強くなる。
つまり、比較を軸にした人生は、構造的に報われない。誰かに勝ったと思った瞬間には、必ずその先に「次の比較対象」が現れる。このレースは、ゴールが存在しない。
この事実に気づいたとき、私ははっきりと確信した。この終わらないレースから降りるには、ただ一つしか方法がない。自分はどう生きたいのか、自分にとっての十分とは何かを、明確に定義することだ。
他人のスコアボードを見続けている限り、心は一生落ち着かない。だが、自分の人生の軸を自分で決めた瞬間、比較は意味を失う。そのとき初めて、人は静かに、満ち足りた場所に立てる。
比較をやめた瞬間、人生は静かになる。
FIREとは、金額の問題ではない。この「比較という名の終わらないレース」から、自分の意思で降りることができるかどうか。その一点に、幸福の分かれ道があるのだと、今の私は思っている。
承認欲求という魔物に支配されない
この記事を書いている時点で、「お前、まだ承認欲求があるじゃないか」と言われるかもしれない。だが正直に言えば、今の私にそれはほとんど残っていない。
もちろん、SNSで投稿したときに反応が少ないより多いほうが嬉しいし、noteの記事がシェアされれば素直にありがたいと思う。知らない人から「見てます」「以前からフォローしてました」と声をかけられれば、嫌な気はしない。あるとすれば、その程度だ。
過剰に有名になりたいとは、まったく思わない。友人たちが言っていたが、フォロワーが10万人を超えると、有名税のほうが明らかに高くなるらしい。子どもと出かけているときに、知らない人から声をかけられる。そんな生活は、私にとっては正直しんどい。まっぴらごめんだ。
ラジオのように顔が見えないメディアには何度か出させてもらったことがあり、興味はある。だが、テレビに出るという選択肢は最初からなかった。実際、何度か丁重にお断りし、それ以来オファーは来ていない。
話を戻そう。承認欲求とは、本来誰もが持っているものだ。人は何者かになりたいし、すごいと思われたいし、認められたい。ごく自然な感情だと思う。
ただし、それが肥大化すると話は別だ。承認欲求が人生のハンドルを握り始めた瞬間、人は簡単に自分を見失う。
私は、最後に起業した会社を売却した際、上場企業の取締役という立場を経験させてもらった。決して興味がなかったわけではないし、良い経験になると思って引き受けた。
だが、そこで何かが劇的に変わったかと言われると、正直、何も変わらなかった。せいぜい住宅ローンの与信が少し良くなる、くらいだろうか。
上場企業の取締役というのは、公的な立場であり、ビジネスの世界ではかなり上位の肩書きだ。これ以上となると、上場企業の社長や創業者くらいしか思いつかない。その地点まで行ってみて、私はこう思った。
「この程度か」と。
だから、さらに上を目指したいとも思わなかったし、任期満了をもって、5年弱でその役を終えさせてもらった。
そこで、はっきり分かったことがある。少なくとも、私には肩書きは必要なかったということだ。それよりも、
好きなビジネスをやりたい。
好きな人たちと飯を食いたい。
好きなことを、好きなペースで続けていきたい。
そのほうが、よほど自分にとって自然だった。
承認欲求という魔物は、完全に消えることはない。だが、主従関係を逆転させることはできる。それに気づいてから、世界は以前よりもずっと静かで、明るく見えるようになった。
“すごい人”であることをやめた日
私は、一般的な社会のステージから降りた。ここから先は、他人の物差しで生きるのではなく、自分の物差しで生きる。誰かに評価されることも、認められることも、目立つ必要も、ほとんどなくなる。そういう日々が待っているのだろうと、頭では理解していた。
だが実際には、思っていたほどの寂しさはなかった。それどころか、不思議な達成感のようなものが、静かに胸の奥に広がっていた。
最後の株主総会を滞りなく終え、社員への挨拶を済ませ、すべてが終わったとき。その瞬間に、何かが閉じたというよりも、むしろ新しい扉が開いた感覚があった。
これからは、肩書で生きるのではない。上場企業の取締役でも、創業者でも、社長でもない。ただ一人の人間として、自分の名前で生きていくのだという実感が、はっきりと湧いてきた。
振り返ってみると、これまでの人生は、どこかでずっと「他人の期待」に応え続けてきたように思う。社員のため、顧客のため、株主のため。親のため、兄弟のため、仲間のため。そして、もちろん家族のため。
それらはすべて大切だったし、間違いではなかった。だが、この先の人生では、そこにもう一つ付け加えたいものがある。
――自分のために生きる、という選択だ。
誰かにとっての「すごい人」であり続けることを、私はここでやめた。その代わりに、自分にとって誠実であることを選ぶ。
もう競争はしない。
もう比べない。
もう証明もしない。
大丈夫だ。ここに来るまでに、必要な準備はすべて終えてきた。あとは、自分の人生を、自分の責任で、丁寧に生きていくだけでいい。
FIREとは「説明できない自分」に出会うこと
FIREをすると、肩書きが外れる。毎朝向かう場所が消える。他人から与えられていた役割が消える。そのとき、静かに訪れる瞬間がある。
「自分は何者なのか?」と問われたとき、うまく答えられなくなる瞬間だ。
人はこれまで、案外すらすらと自分を説明できていた。「○○会社の役員です」「△△業界で働いています」「□□をやっています」。しかしFIRE後、それらが剥がれ落ちる。残るのは、何者でもない自分だ。
そのとき初めて出会うのが、「説明できない自分」である。
人が本当に成長する瞬間は、自分のことを言葉にできなくなった時だと私は思う。うまく説明できている間は、まだ過去の自分の枠の中にいる。肩書き、成功体験、過去の実績。それらはすべて“説明可能な自分”だ。だが成長とは、その説明が効かなくなったときに始まる。
FIREは、その強制装置である。
会社にいれば、自分を語るための材料が毎日補充される。役職が上がる。数字が伸びる。評価される。だがFIRE後、それは止まる。昨日と今日の違いを、誰も測ってくれない。あなたは自分で自分を測らなければならない。
ここで多くの人が戸惑う。このままでいいのだろうか。自分は成長しているのか。社会に必要とされているのか。言語化できない違和感が、胸の奥に残る。
だが、私は思う。その違和感こそが次のステージへの入り口だ。説明できないということは、枠が壊れ始めているということだ。今までの言葉が、今の自分を包めなくなっているということだ。それは後退ではない。拡張だ。成長とは、新しい肩書きを得ることではない。成長とは、古い自己定義が崩れることだ。
FIRE前は、「稼ぐ自分」「勝つ自分」「評価される自分」が中心にあったかもしれない。だがFIRE後は、その中心が揺らぐ。代わりに、「どう生きたいのか」「何に時間を使うのか」「誰といるときが自然体か」という問いが現れる。これらの問いは、すぐに説明できない。だから苦しい。
だが、その苦しさを避けてしまえば、またどこかで分かりやすい役割を探しに行ってしまう。新しい肩書き。新しい戦場。新しい承認。それでは構造は変わらない。FIREとは、説明できない自分に耐える訓練でもある。
「自分は何者か」と問われて、答えが揺れる。その揺れを怖がらないこと。曖昧なまま、しばらく生きてみること。
やがてある日、言葉が追いついてくる。肩書きではなく、生き方が自分だった。成果ではなく、時間の使い方が自分だった。他人の評価ではなく、内側の納得が自分だった。そう気づくとき、あなたは確実に別のステージに立っている。
FIREは、自由を手に入れる制度ではない。FIREは、自分を再定義する装置だ。そしてその再定義は、最初は必ず説明できない。
だからもし今、説明できない違和感を抱えているなら、それは失敗ではない。それは崩壊でもない。それは、拡張の前触れだ。
成長とは、「説明できない自分」に出会うこと。FIREとは、その出会いから逃げないという選択である。
コラム:吾唯足るを知る
ある時、私は一人旅で京都に向かった。なぜ京都を選んだのか、今となってははっきりした理由は思い出せない。ただ、以前から「いつか泊まってみたい宿」のリストに入れていたアマン京都が、頭の片隅にあったからだと思う。コロナ禍ということもあり、今では考えられないほどの価格で泊まれたことを、今でもよく覚えている。
その夜、私はアマン京都に隣接する和食の鷹庵で、一人静かに夕食をとっていた。料理が進む中で、ふとソムリエの方から声をかけられ、他愛のない雑談を交わしながら食事をしていた。いくつかの小鉢を平らげたあと、器の一つに、見慣れない漢字のようなものが書かれていることに気づいた。
不思議そうに眺めていると、それは近くにある龍安寺に置かれている手水鉢に刻まれている言葉だと教えてくれた。
私の一人旅は、宿以外の予定を一切立てないのが常だ。観光地を巡るためでも、名所を制覇するためでもない。ただ、何も決めず、気の向くままに歩き、考え事をするための時間だ。つまり、翌日の予定も白紙だった。
だから翌朝、私は自然と龍安寺へ向かうことにした。
そこで目にしたのが、「吾唯足るを知る」と刻まれた手水鉢だった。私はその前に立ち、しばらく動けずにいた。すると近くにいた方が、長い時間それを見つめている私に、静かに解説をしてくれた。
この手水鉢は「知足の蹲踞(つくばい)」と呼ばれるもので、徳川光圀(水戸黄門)の寄進といわれていること。本物は非公開の茶室「蔵六庵」に置かれており、方丈にあるものは精巧に作られた複製であること。そして、この蹲踞には四方に文字が刻まれており、中央の水穴を「口」の字として共用することで、「吾唯足知(われ ただ たるを しる)」と読むことができる、ということ。
その意味はこうだ。
「どれほど富を持っていても、満足を知らなければ心は満たされない。たとえ貧しくとも、感謝の心を持てば、人は満ち足りて生きることができる。」
私は、その言葉を聞いた瞬間、腑に落ちる感覚を覚えた。これこそが、FIREの本質ではないかと思ったのだ。
FIREとは、いくら稼いだかの話ではない。どれだけ持てば“足りる”と感じられるかを、自分で知ることだ。それが分からない限り、自由はいつまでも手に入らない。
もしこの記事を読んで、少しでも興味が湧いたなら、ぜひ一度、京都の龍安寺に足を運んでみてほしい。「吾唯足るを知る」という言葉は、きっと静かに、だが確実に、あなたの中にも残るはずだから。
第六部:刺激と距離を取る
仕事中毒からの脱却
労働は、楽しい。やればやるほどのめり込むし、成果が出れば出るほど、さらにやりたくなる。
仕事をすれば、顧客から感謝され、社員から頼られ、社会からも一定の評価を受ける。そのうえ、対価としてお金までついてくる。こんなに即時的にリターンが返ってくる行為は、人生の中でもそう多くない。私は今でも、労働という営みをとても尊いものだと思っている。
経験を積めば、成果を上げるのはだんだん容易になる。以前なら何日もかかっていた判断が数分でできるようになり、少ない労力で大きな成果を出せるようになる。そうなると、もう止まらない。仕事は麻薬のように効き始める。
社会に出た以上、成果を出したい、誰かの役に立ちたい、認められたい、稼ぎたいと思うのは極めて自然な感情だ。だから私は、若いうちは我武者羅に働くのも悪くないと思っている。体力があり、時間があり、失敗しても取り返しがつく時期に、全力で働き、経験を積み、地位を上げ、収入を伸ばす。歳を取れば、同じ働き方はできなくなるのだから、やれるときにやっておくのは合理的だ。そして、人生にそういう時期はあったほうがよいとまで思っている。
問題は、その楽しさが、永遠に続き、私生活まで侵食し始めたときだ。夜中まで働き、仕事の延長のような付き合いで朝まで飲み明かす。家は寝るために帰る場所になり、また同じ日常を繰り返す。そんな生活が続いた先に何が待っているかは、想像に難くない。
これは時代の影響もあるのだろうが、私より少し上の世代を見渡すと、「仕事は凄いが、プライベートはボロボロ」という人は決して珍しくない。気づいたときには家族との関係が壊れ、取り戻そうにも手遅れになっている。そんな話を、私は何度も見聞きしてきた。
果たして、それは幸せなのだろうか。少なくとも、私にはそうは思えない。
どれだけ名声や富を得たとしても、家族から総スカンを食らった状態で、生きる意味を見出し続けるのは相当しんどい。仕事だけが人生ではないと頭では分かっていても、仕事中毒に陥ると、その感覚は簡単に麻痺してしまう。
だからこそ、仕事と家族、仕事と私生活のバランスは、想像以上に重要だ。
私の両親は、いつもこんなことを言っていた。「仕事も、お金も、食事も、人生はいつだって腹八分目」。あれだけハードワーカーであった父が、晩年これを口にしていたのだ。
仕事はやりすぎれば壊れる。お金も、ありすぎて幸せになるケースは意外と少ない。食事だって、食べすぎれば苦しくなる。──誰しも一度は、焼肉きんぐの食べ放題で後悔したことがあるはずだ。
仕事も、お金も、プライベートも。自分にとって「ちょうどいい量」がどこにあるのかを見極めること。それができなければ、どれだけ恵まれていても、人生は簡単に歪む。
仕事を愛することと、仕事に人生を食い尽くされることは、似て非なるものだ。その境界線を、自分自身で引けるかどうか。それが、大人として、そして長く幸せに生きるための重要な分岐点なのだと思う。
ドーパミンに支配されない
成果を出し、評価され、報酬を得る。その快感を求めて仕事に没頭し続ける状態は、言い換えれば「ドーパミンに支配されている状態」だと言えるだろう。ドーパミンの言いなりになっている、と言ってもいい。
ドーパミンとは、人生を左右する三大幸福ホルモンのひとつで、脳内の報酬系と呼ばれる神経回路で放出される神経伝達物質だ。目標を達成したとき、成果が出たとき、承認されたときに分泌され、「次もやろう」「もっと欲しい」という強い動機を生み出す。快感、意欲、学習、運動調整に関わり、人類が進化してきた原動力でもある。
もちろん、ドーパミンそのものが悪いわけではない。問題は、それに過度に依存してしまうことだ。
ドーパミンは強力だ。短期的な快感を与える代わりに、「もっと」「次はいつ?」という渇望を生み続ける。その刺激に慣れてしまうと、以前と同じ成果では満足できなくなり、より強い刺激を求めるようになる。仕事量は増え、責任は重くなり、生活はどんどん単調になっていく。それでも走り続けてしまうのは、脳が快感を欲しがっているからだ。
FIREとは、「have to」を手放すことだと私は書いたが、同時にそれは、ドーパミンの支配から一歩距離を取ることでもあると思っている。FIRE後の生活は、どちらかといえばドーパミンよりも、残り二つの幸福ホルモンと丁寧に付き合う状態に近い。
セロトニンは、心の安定や安心感、リラックスと深く関係している。規則正しい生活、自然光、適度な運動、静かな集中によって分泌されると言われている。オキシトシンは、人とのつながりや信頼、スキンシップによって分泌されるホルモンだ。家族と過ごす時間、誰かと食事をすること、穏やかな会話の中で自然と増えていく。
ドーパミンが「達成」に紐づく幸福だとすれば、セロトニンは「安定」、オキシトシンは「つながり」に紐づく幸福だ。そして、この三つのバランスが崩れたとき、人は簡単に心身を壊す。
FIREとは、ドーパミンを完全に捨てることではない。必要以上に追いかけない、という選択だ。成果や評価がなくても、自分の価値が揺らがない状態をつくること。静かで、持続可能な幸福に重心を移すこと。
それは刺激的ではないかもしれない。だが、長く、健やかに生きるためには、むしろそちらのほうが合理的なのだと、今の私は感じている。
足るを知る
「足るを知る(たるをしる)」とは、現状に不足を嘆かず、すでに持っているもので十分であると満足する心のあり方を説く、中国の思想家・老子の教えだ。知足とも呼ばれ、欲望を無限に拡張するのではなく、分相応の地点で立ち止まることこそが、真の幸福や心の安らぎにつながるという処世訓として知られている。
もっとも、この言葉の意味をどれだけ理解していたとしても、自分の内にある欲望を完全に抑え込める人はそう多くない。それどころか、欲望を持つこと自体が人間の本質だとも言える。大小の差はあれ、誰しもが「もっと」を内側に抱えて生きている。
ここからは、私自身の経験をひとつ共有したい。
私は以前、飲食店に行くたびに食べログへレビューを投稿していた。気づけばレビュー数は数百件を超え、VIPレビュアーと呼ばれるようになって数年が経っていた。多少は一目置かれる立場になり、食に関わるさまざまな人たちとも自然とつながりが生まれていった。その中に、いわゆるフーディー(Foodie)と呼ばれる人物がいた。
フーディーとは、単に「食べるのが好きな人」を超え、美味しい体験を求めて世界中を巡り、日常生活そのものを美食の探求に捧げている人たちのことを指す。
ある日、その方に「行ってみたい鮨屋」を尋ねると、偶然にもそれは私の行きつけの店だった。新富町にある名店、「鮨 はしもと」。私はちょうど数か月先まで予約を押さえていたこともあり、ご一緒することになった。
その日の食事は、今でも鮮明に覚えている。序盤、彼は頷きながら黙々と鮨を口に運んでいた。そして終盤、大将が鮪の赤身を手に取った、その瞬間だった。
「噴火湾の赤身ですねぇ」
彼は、そうぼそりとつぶやいた。
鳥肌が立った。
大将は苦笑しながら言った。
「いや、正解なんですけど……せ、せめて食べてから言ってほしかったですね」
明らかに戸惑いを超え、狐につままれたような表情だったのを、今でもよく覚えている。
「大間の赤身ですね」と言うなら、まだ分かる。大間は誰もが知る鮪の名産地で、確率論的にも当たりやすい。それが「噴火湾」という、当時ほとんど耳にしたことのない産地名を、赤身を取り上げた瞬間に言い当てる。その観察眼と経験の蓄積に、私は完全に圧倒された。
その瞬間、私は悟った。どれだけ予約困難店に通い続けても、食の世界において彼と同じステージに立つことはできない。勝てない、というより、そもそも土俵が違うのだと。
不思議なことに、その気づきと同時に、私の中から食への執着がすっと消えた。悔しさも、未練もなかった。ただ、「ここに自分の求めているものはない」という事実を、静かに受け取っただけだった。
その後、コロナ禍に入ったこともあり、私はミシュランや食べログ百名店といった指標に、ほとんど興味を示さなくなった。代わりに選ぶようになったのは、居心地のいい店、私を「良い客」として迎えてくれる店、そして、つぶれてほしくないと思える店だ。行く店は自然と限られ、同じ場所に通うようになった。
自分の消費が、誰かの営みを静かに支えていると感じられること。その実感こそが、今の私にとっての喜びになった。
食の世界の「最高峰」を間近で見たからこそ、私は自分が本当に求めているものが、そこにはないと気づけた。私の中では、これもまた「足るを知る」ということなのだと思っている。
これは食に限った話ではない。自分が興味を持ったこと、試してみたいこと、強く惹きつけられるものには、一度はきちんと手を出してみるといい。深くのめり込むか、ある地点で興味を失うか、そのどちらになったとしても構わない。
極めてしまえば手放せることもあるし、手放すことで、次の興味が自然と浮かび上がることもある。いずれにせよ、余計な欲望や比較から距離を取ることができるという意味では、決して悪い選択ではない。
他人が作った刺激から一歩距離を取り、自分にとっての「十分」を知ること。それが、壊れずに生き続けるための、ひとつの知恵なのだと思う。
意図的に、情報を遮断する時間を作る
今の社会には、情報が溢れている。スマートフォンの登場によって、SNSはもちろん、ビジネスにおいてもSlackやChatworkなどを通じて、私たちは半ば「常時接続」が当たり前の状態に置かれている。
受動的に生きていれば、常時接続は避けられない。情報を得ているつもりが、気づけば情報に踊らされている。そんな状態は、もはや日常茶飯事だろう。軽い気持ちでショート動画を見始めたはずが、気づいたら数時間経っていた──そんな経験がない人のほうが少ないのではないか。
彼らのアルゴリズムは、私たちの時間と注意力を奪うように設計されている。滞在時間を延ばし、広告収益を最大化するためだ。そして、それに凡人が正面から抗うのは、ほぼ不可能に近い。なぜなら、そうした仕組みを作っているのは、MITやハーバード、スタンフォード、清華大学といった世界トップレベルの教育機関を出た、突出した才能を持つ人たちだからだ。
であるならば、私たちに残された選択肢は一つしかない。意図的に、情報を遮断することである。アカウントを消す、アプリを削除する。これは非常に有効だ。ただ、それが難しいと感じる人が多いのも事実だろう。
そこで私がおすすめしたいのは、そもそもアクセスできない場所に身を置くことだ。
例えば、北陸新幹線。東京〜金沢間はトンネルが非常に多く、電波が極端に繋がりにくい。そのため、この区間ではインターネットを使った作業や、スマートフォンでのやり取りが著しく制限される。つまり、強制的にインターネットが遮断される。
この「意思とは無関係に遮断される」という点が、非常に重要だ。だからこそ私は、北陸新幹線が好きだ。この時間、私は本を読み、これまで先送りしてきた思考にじっくりと向き合うことができる。やらなければいけないが、考える余裕がなかったことに、自然と意識が向かう。
サウナやキャンプがコロナ禍以降に流行した背景にも、同じ構造があると私は思っている。情報から切り離される時間に、人は本能的な価値を感じているのだろう。
飛行機も有効な手段ではある。ただし最近は機内Wi-Fiが充実してきているので、多少の意思は必要になる。油断すると、いつもの常時接続に引き戻されてしまう。
いずれにしても、情報過多の現代を生きる私たちにとって、意図的に情報を遮断する時間を作ることは、もはや贅沢ではなく必須条件だ。
刺激から距離を取ろう。それは、自由を守るための、極めて現実的な選択なのだから。
競争から距離を取るという贅沢
人は大人になればなるほど、競争の構造の中に組み込まれていく。学生時代はまだ純粋だった。テストの点数や部活の勝敗はあっても、どこかに余白があった。
だが社会に出た瞬間から、勝ち負けは一気に可視化される。年収。会社の規模。役職。調達額。売却額。フォロワー数。すべてが数値化され、ランキング化され、比較可能になる。
気づけば、目の前にある幸せよりも、“他人より上かどうか”が基準になってしまう。
FIREを目指す過程も、実は例外ではない。いくら貯めたか。いくらで売却したか。何歳でFIREしたか。FIREすら、競争の延長線上に置かれやすい。だが、本来のFIREはそこではない。
FIREとは、「競争を続けるための武器」ではなく、「競争から一度降りるための選択肢」のはずだ。
私はふと思うことがある。子どもの頃、あれほど単純なことで幸せを感じていなかっただろうか。公園の砂場で泥だらけになった日。夏休みに虫取り網を持って走り回った夕暮れ。波打ち際で、ただ海水が足に触れる感覚を楽しんでいた時間。風の音や、遠くで鳴く蝉の声を、意味もなくぼんやり聞いていた瞬間。
あの頃、年収も肩書きもなかった。誰と比べることもなかった。それでも、確かに満たされていた。
大人になる過程で、私たちは「もっと上へ」「もっと多く」「もっと速く」と教え込まれる。もちろん、そのエネルギーがなければ事業も資本も生まれない。私自身も、その競争の中で生きてきた。
だが、競争は“手段”であって、“人生そのもの”ではない。
FIRE後、私ははっきりと感じた。競争の外に出ると、世界の見え方が変わる。自然の中に身を置いたとき、土を触り、海のしぶきを感じ、風の音や鳥の声に耳を澄ませたとき、「ああ、これで十分なんだ」と思えた。
ここには勝ちも負けもない。誰とも比べる必要がない。
太陽は、資産額に応じて光の強さを変えない。波は、肩書によって音色を変えない。自然の中にある幸福は、完全にフラットだ。
競争社会では、幸福は“奪い合うもの”に見える。だが自然の中では、幸福は“すでにあるもの”に変わる。
第六部で書いてきたように、仕事中毒から脱却し、ドーパミンの刺激を減らし、情報を遮断し、足るを知る。
その延長線上にあるのが、競争から距離を取るという選択だ。FIREは、社会から逃げることではない。社会の構造を理解したうえで、自分がどこに立つかを選び直す行為だ。
実社会はこれからも競争を続けるだろう。それは悪いことではない。経済はその構造で回っている。
だが、自分の幸福までその土俵に乗せる必要はない。競争は仕事だけでいい。人生まで競争にしなくていい。
刺激から距離を取るとは、自然に戻ることでもあり、子どもの頃の感覚を思い出すことでもあり、他人の物差しから降りることでもある。
FIREの本質は、“より勝つこと”ではなく、“もう十分だと知ること”にある。
選ばない勇気を持つ
FIREをすれば、少なくとも働いていた頃よりは時間が自由になる。だが、自由になった時間を、必ずしも何かで埋める必要はない。
多くの人が勘違いしているのは、「空いた時間は有効活用しなければならない」という思い込みだ。これは労働している時代の思考の延長線上にある。常に成果を求められ、常に何かを生み出すことを求められてきた人ほど、空白を恐れる。
だが、FIRE後の時間は「生産のための時間」ではない。選択のための時間である。時間があると、人は誘われる。会食、ゴルフ、イベント、投資話、共同事業、講演依頼、アドバイザー契約。ありがたいことに、自由な人間のもとには話が集まる。
だが、ここで重要なのは「全部受けないこと」だ。時間は有限である。FIRE後であっても、人生の総量が増えたわけではない。むしろ、自由な時間が増えたからこそ、何を受け入れ、何を断るかの判断がより重要になる。
私はいくつか自分なりのルールを決めている。
・心から会いたい人としか会わない
・18時以降開始の飲み会はすべて断る
・尊敬できない人とは距離を取る
・義理だけの付き合いは作らない
・ワクワクしない仕事は引き受けない
たったこれだけだが、これを徹底するだけで、生活の質は劇的に変わる。FIRE前は「断る理由」を探していた。FIRE後は「受ける理由」があるかどうかで判断する。この違いは大きい。
自由とは、すべてを受け入れることではない。自由とは、自分で選び、自分で捨てることができる状態だ。
そしてもう一つ大切なのは、「選ばない」という選択肢を持つことだ。
今日は何もしない。
誰にも会わない。
どこにも行かない。
それを罪悪感なく選べることこそ、FIREの本質に近い。何かを得るために動く人生から、何を残すかを決める人生へ。取捨選択とは、刺激と距離を取るための技術であり、自分の人生を自分のサイズに戻す行為でもある。
忙しさは、選択を放棄した結果生まれる。静けさは、選択を取り戻した結果生まれる。FIRE後に必要なのは、やることを増やす能力ではない。削る能力だ。
それができたとき、時間は初めて、本当の意味で自由になる。
人間関係の再設計
仕事というものは、とてつもなく便利な“タグ”だ。同じ会社、同じチーム、同じプロジェクト、同じ業界。共通の課題に向き合い、共通言語を使い、苦楽をともにする。その時間を積み重ねることで、人は自然と分かり合える関係になっていく。そこから飲みに行き、プライベートで遊び、場合によっては家族ぐるみの付き合いに発展することもある。
人は何らかの共通の“タグ”を通して出会い、親交を深める生き物だ。そして、その“タグ”が多ければ多いほど、深ければ深いほど、関係性は強固になる。
学生時代なら、クラス、学年、音楽、部活、アニメ、漫画。社会人になれば、最大のタグは間違いなく「仕事」だろう。
だが、FIREをすると、この最大の“タグ”が剥がれ落ちる。
肩書がなくなる。
所属がなくなる。
「何をしている人ですか?」と聞かれたときの答えが、曖昧になる。
ここで不安になる人は多い。だが私は思う。これはピンチではない。人間関係を再設計するチャンスなのだ。
仕事という巨大な“タグ”が外れると、今まで見えなかったものが見えてくる。自分は本当は何に興味があるのか。どんな時間が心地いいのか。どんな人といると自然体でいられるのか。
FIREを決意した時点で、すでに仕事以外の何かに心が向いていたはずだ。それこそが、これからの新しい“タグ”になる。
たとえば投資。金や銀、ETF、ビットコインやイーサリアム、不動産、日本株、米国株。資産規模や志向によって無数の“タグ”が存在する。あるいは、スポーツ、読書、ワイン、将棋、サウナ、犬、子育て、地方創生、建築、音楽、歴史。
自分が深く掘り下げれば掘り下げるほど、同じ“タグ”を持つ仲間は必ず現れる。それは会社の名刺よりも、ずっと純度の高い繋がりだ。
仕事で繋がった関係は「役割」で成り立っていることが多い。だが、趣味や思想で繋がる関係は「素」で成り立つ。だからこそ、FIRE後の人間関係は、数は減るかもしれないが、質は上がる。
これまでの“タグ”が壊れることを恐れる必要はない。壊れるのではない。選び直せるようになるだけだ。
これからは、自分が心から楽しいと思える“タグ”を持ち、その“タグ”を共有できる人たちと、静かに、ゆるやかに関係を築いていけばいい。人間関係もまた、FIRE後に再設計できる資産の一つなのだから。
良いお金の使い方と悪いお金の使い方
私は、尊敬する先輩方とお会いすると、決まって質問魔になる。理由は単純で、未来に起こり得ることを、できるだけ先に知っておきたいからだ。自分がまだ経験していない失敗や後悔を、先に聞いておけるなら、それに越したことはない。幸いなことに、多くの人は驚くほど率直に答えてくれる。
その中でも、私の人生に大きな影響を与えた質問がある。
「ご自身の人生で、良かったお金の使い方と、悪かったお金の使い方を教えてください」
私の父は起業家で、母は公務員だった。子どもの頃、貧しいと感じたことはほとんどないが、派手な贅沢をした記憶もない。いわゆる“堅実な家庭”だったと思う。その影響なのか、私は自分のことを少し貧乏性で、お金の使い方が決して上手いほうではないと自覚していた。
だからこそ、自分で答えが出せないことは、尊敬する人の指針をそのまま真似る。これは昔から変わらない私のモットーだ。その方の答えは、意外なものだった。
「良かったお金の使い方は別荘。悪かったのは、夜のお店だね」
正直、驚いた。私の中では、別荘というのは「使われないのに維持費がかかり、資産価値も低く、どちらかといえば負債」という認識だった。良いお金の使い方とは、真逆の存在だと思っていたのだ。
なぜ別荘なのか。そう尋ねると、返ってきた答えはとてもシンプルだった。
その方は、起業してどれだけ忙しい日々を送っていても、「週末だけは必ず家族にコミットする」と奥様と約束していたという。平日はどれだけ仕事に追われていても、週末になると必ず家族全員で逗子の別荘に向かい、同じ時間を過ごす。それを子どもの小さいころから何年も続けてきた。
別荘は、ただの不動産ではなかった。都市の喧騒や仕事の刺激から物理的に距離を取り、強制的に“日常のスイッチ”を切り替える装置だったのだと思う。
自然の中に身を置くことで、仕事の成果も、評価も、競争も、一度すべて横に置く。そうして初めて、家族と向き合い、自分自身に戻ることができる。そのための場所として、別荘は機能していたのだ。
今では子どもたちは親元を離れているが、別荘で過ごした時間は、家族全員にとってかけがえのない思い出として残っている。そして、その積み重ねがあるからこそ、今でも家族仲がとても良いのだと。
この話を聞いたとき、私ははっきりと「これだ」と思った。お金の使い方の良し悪しは、利回りや資産価値だけでは測れない。どれだけ刺激から距離を取り、何を大切にする時間を確保できたか。時間と記憶、そして関係性に、何を残したかで決まるのだと。
思ったが吉日、とはよく言ったものだ。私はその足で家族と一緒に物件を見に行き始め、縁があって軽井沢の別荘を購入した。築20年の、少しレトロで、これまでほとんど使われていなかったこじんまりとした物件だ。決して豪華ではない。
だが今、「これまでで一番良かったお金の使い方は何ですか?」と聞かれたら、私は迷わずこう答える。
「別荘です」と。
そこには、数字では測れないほどの家族との思い出と、刺激から距離を取ることで取り戻せた自分自身が、静かに、確実に積み上がっているからだ。
コラム:新しい別荘のカタチ
「軽井沢に別荘」と聞くと、多くの人は一気に現実味を失うかもしれない。実際、私自身も以前はそう思っていた。
ただ、私の場合は築20年以上が経過した、だいぶ年季の入った物件を選んでいる。決して豪華ではないし、いわゆる“別荘然”としたものでもない。その分、価格も比較的抑えられていた。
それでも別荘を所有した理由は、とてもシンプルだ。我が家には大型犬が2頭いる。そうなると、ホテルや温泉宿、一般的な貸別荘の選択肢は一気に狭まる。ペット可と書いてあっても、大型犬2頭となると、ほぼ不可能に近い。結果として、「行ける場所を探す」より「行ける場所を持つ」ほうが合理的だった。
とはいえ、誰もが別荘を所有できるわけではないし、所有すること自体に抵抗を感じる人が多いのも事実だと思う。だからこそ、ここでは「所有しない別荘」という、新しい選択肢を紹介したい。
例えば、UMITO、NOT A HOTEL、そして SANU といったサービスがある。
いずれも信頼できる会社が運営している、いわゆる「シェアリング別荘」だ。一軒の不動産を複数のオーナーで所有し、利用日数やルールをあらかじめ設計することで、別荘のハードルを大きく下げている。
特にSANUは、所有そのものを前提としない点が特徴的だ。月額数万円のサブスクリプションで利用できるプランもあり、「別荘を試してみたい」「まずは距離感を測りたい」という人にとっては、とても現実的な選択肢になっており、筆者の周りでもファンが多い。
詳しい仕組みや条件については、それぞれのサービスを確認してほしいが、共通して言えるのは、「別荘=一部の富裕層のもの」という時代は、すでに終わりつつあるということだ。
別荘とは、贅沢品ではない。生活の延長線上にある、もう一つの居場所だ。
そういう選択肢があることを、頭の片隅に置いておくだけでもいい。別荘は、思っているより、ずっといいぞ。
第七部:資本と自由の設計
FIRE後の資産の考え方
FIREを達成したということは、一定の資産規模を築いたということだ。まずは素直に、おめでとうと言いたい。
だが、ここからが本番である。FIRE前とFIRE後では、資産との向き合い方のルールがまったく変わる。これまでは、延長戦のように我武者羅に攻め続ければよかった。リスクを取り、拡大し、レバレッジをかけ、資産を増やすフェーズだった。
しかしFIRE後は違う。攻城戦から、籠城戦へ。城を建てる側から、城を守る側へ。フェーズが明確に切り替わる。
ところが、この切り替えについて体系的に語られることは少ない。先駆者たちは、あまり大きな声で語らない。語るメリットが少なく、むしろリスクの方が大きいからだ。だからこそ事例が落ちていない。私がこの記事を書こうと思った理由のひとつも、まさにそこにある。
→攻めから守りへ
FIRE後は、基本的には「守り」に入る。資産を増やすフェーズは終わり、資産を減らさないフェーズに入る。では、「守る」とは何か。
それは単純に言えば、致命傷を負わないことだ。
・ボラティリティの極端に高い商品に過度に集中しない
・年利数十%という甘い誘惑に乗らない
・「一発逆転」を狙わない
FIRE後に必要なのは、爆発力ではなく持続力である。
→では、現金で持てばいいのか?
ここでよくある誤解がある。
「守るなら、現金で持てばいいのではないか?」
一見もっともらしいが、これは半分正解で半分間違いだ。
執筆時点で為替は1ドル=158円前後。コロナ直前、私がハワイに滞在していた頃は1ドル=108円程度だった。
158 ÷ 108 = 約1.46倍。
つまり、わずか数年で円の購買力は対ドルで約46%目減りした計算になる。仮に当時1,000万円を円で持っていたとすると、ドルベースの価値は実質約685万円相当まで下がったことになる。
さらに米国ではこの間インフレも進行している。単純な為替だけでなく、物価上昇も加味すれば、実質購買力の低下は1.46倍どころではない。
つまり――
円で持っていること自体がリスクになる局面もあるということだ。
→現代の「守り」は複雑だ
かつての守りは単純だった。
・預金
・国債
・現金
だが現代は違う。
守りとは、
・インフレ
・円安
・地政学リスク
・資材高騰
・通貨分散
・国家リスク
こういった要素をすべて踏まえたうえで設計するものだ。FIRE後の資産運用は、「増やすための設計」ではない。生涯の購買力を守るための設計である。
ここで重要なのはひとつ。FIRE後の資産運用は、「最大化」を目指してはいけない。
目指すべきは、
・心が揺れないこと
・夜ぐっすり眠れること
・数字に怯えないこと
精神の安定こそが、FIRE後における最大のリターンだからだ。
減らさないための原則
まず前提として、FIRE後は「増やす」よりも「減らさない」ことが最優先になる。攻めのフェーズは終わり、守りのフェーズに入ったのだ。そのために必要な原則は、大きく三つある。
ボラティリティが低いこと
ゆっくりでも安定的な成果をあげること
レバレッジをかけないこと
まず、ボラティリティとは値動きの振れ幅が大きいか小さいかを示す言葉だ。FIRE前であれば、多少の上下は許容できる。収入があり、再挑戦する時間もあるからだ。しかしFIRE後は違う。大きく減らしてしまったときに、それを取り返す時間も気力も、以前ほどはない。
だからこそ、値動きの荒い商材に資産の大部分を預けるのは合理的とは言いづらい。年利数十%という甘い言葉は魅力的に聞こえるが、その裏側には必ず大きなリスクが潜んでいる。守りのフェーズにおいては、「儲かるかどうか」よりも「生き残れるかどうか」のほうが重要だ。
太陽光発電に投資するなら、同時にコインランドリーにも投資するようなイメージだ。太陽光発電は、晴れの日が多ければ大きな収益を生む。だが、雨が続けば発電量は落ちる。一方、コインランドリーは晴れの日は売上が落ちるかもしれないが、雨天が続けば売上は伸びる。
その年が晴れの多い年になるのか、雨の多い年になるのか。それを正確に予測することは、誰にもできない。であれば、両方に投資しておくことで、天候という外部要因をヘッジできる。結果として、収益は滑らかになる。
FIRE後の資産設計とは、「どれが一番儲かるか?」を考えるゲームではない。「どれとどれを組み合わせれば、全体が安定するか?」を考えるゲームだ。
攻めの時代は一点突破でいい。守りの時代は分散と滑らかさが武器になる。
そして三つ目、レバレッジをかけないこと。借入をしてリターンを最大化する発想は、成長フェーズでは合理的な戦略だ。しかし守りのフェーズでは、そのレバレッジは両刃の剣になる。想定外が起きたとき、レバレッジは一瞬で資産を削り取る。
FIRE後に求められるのは、爆発力ではない。持続力だ。資産が安定すれば、心も安定する。そして心が安定していることこそが、FIRE後の最大のリターンなのだ。
取り崩しという恐怖
FIRE前の人生は、基本的に「積み上げるゲーム」だ。売上を積み上げる。利益を積み上げる。スキルを積み上げる。資産を積み上げる。増えていくことが前提の世界で生きてきた。
しかしFIRE後は、ルールが逆転する。今度は「取り崩すゲーム」になる。これが想像以上に怖い。
たとえば、総資産が3億円あるとする。年間1,000万円を取り崩して生活するつもりなら、30年間もつ計算だ。理屈では問題ない。シミュレーションも済んでいる。何度もExcelを叩いて確認した。それでも、口座残高が「減る」という事実は、精神にじわじわと効いてくる。
なぜか。
人間は「得る喜び」よりも「失う痛み」のほうを強く感じる生き物だからだ。これを行動経済学では損失回避バイアスという。同じ100万円でも、「増える喜び」より「失う痛み」のほうが約2倍強く感じられると言われている。つまり、減少は本能に直撃する。
これまでずっと「増えること」が正義だった人間にとって、減ることは無意識下で=後退、=敗北と結びつく。数字は安全圏にあるのに、不安だけが増えていく。これが「取り崩しという恐怖」の正体だ。
さらに厄介なのは、市場が下落した年だ。たとえば資産が10%下落した年に、生活費も同時に取り崩すとする。3億円が2.7億円になり、そこからさらに1,000万円を引く。2.6億円になる。
頭では「長期では戻る」と分かっていても、減っていく残高を見ると、本能がざわつく。そして人はこう考え始める。
「やっぱりもう少し働いたほうがいいのではないか」
「まだFIREは早かったのではないか」
「守りきれなかったらどうする」
FIRE後に再び猛烈に働き始める人の中には、暇に耐えられなかった人もいるが、実はこの“減少への恐怖”に耐えられなかった人も少なくない。
増やすゲームに戻れば、精神は安定する。なぜなら“減らない”からだ。
だからこそ、FIRE後は単に資産額だけでなく、
・何年分の生活費を現金で持つか
・どの程度の変動を許容できるか
・どの資産から順番に取り崩すか
・暴落時の行動をあらかじめ決めているか
こうした「心理設計」まで含めて考えなければならない。FIREとは、お金の自由を手に入れることではあるが、同時に「減っていく数字と共存する覚悟」を持つことでもある。
この覚悟がないままFIREすると、自由よりも不安のほうが大きくなる。
だから私はこう考えている。FIREとは、資産額の問題ではない。「減ることを受け入れられる精神状態」に到達できているかどうかの問題なのだ。「取り崩し」は想像以上に精神を蝕む。
取り崩さないという選択
FIREを語るとき、多くの人は、「資産を取り崩さないで生きていく」ということを理想に語るだろう。
毎年4%で回せばいい
年利◯%なら生活費が出る
元本を減らさなければ安心
いわゆる“4%ルール”のような話も含め、FIREはしばしば「運用益で生活費を賄うゲーム」として語られる。だからこそ、「取り崩し」という言葉には強い恐怖がつきまとう。そういう意味において、「取り崩さないという選択」も提示しておきたい。
▶よくある“取り崩さない型”の代表例
取り崩さないFIREの代表格として挙げられるのは、次のようなものだ。
・不動産投資(家賃収入)
・配当株
・高配当ETF
・分配型の投資信託
・事業収益の一部保有
つまり、資産そのものを減らすのではなく、「キャッシュフロー」を得る構造を持つ。元本は維持したまま、そこから生まれる果実だけで生活する。
これは理屈としては非常に美しい。精神的にも安定しやすい。通帳の残高が減らないことは、それだけで安心材料になる。
▶だが、ここにも現実がある
ただし、ここで誤解してはいけない。取り崩さない構造を作ること自体が、簡単ではない。
高配当=低成長の場合もある。
不動産は空室リスクや修繕リスクがある。
分配金は元本を削っているケースもある。
「取り崩していないつもり」が、実は取り崩しだった、ということも珍しくない。
また、配当や家賃に依存しすぎると、資産の集中リスクも高まる。つまり、「取り崩さない」というのは、魔法ではない。
一つのスタイルに過ぎない
▶正解は一つではない
ここから先は、結局、自分で決めるしかない。
どのくらいのリスクを許容できるか
どのくらいのボラティリティに耐えられるか
どの程度の生活水準を維持したいか
人によってまったく違う。
例えば、
・多少元本が減っても、広く分散したインデックスで運用する人
・絶対に減らしたくないから、配当型に寄せる人
・全振りで不動産を軸にする人
・そもそも生活費を極端に抑える人
どれも間違いではない。重要なのは、「自分が夜、眠れるかどうか」だ。数字上の正解より、精神の安定のほうがはるかに重要だ。
▶取り崩しを“悪”にしない
ここで一つ、強調しておきたいことがある。取り崩すこと自体は、悪ではない。資産は、本来「使うため」にある。使わないまま死ぬことを前提に積み上げるのは、本末転倒だ。取り崩さない設計が安心なら、それを選べばいい。必要なら取り崩せばいい。
大切なのは、「恐怖で決めないこと」だ。取り崩しが怖いから無理な利回りを追う。減らしたくないから過度なリスクを取る。これが最も危険だ。
FIREとは、自由の設計だ。取り崩すか、取り崩さないか。増やすか、守るか。どれを選ぶにせよ、最後に決めるのは自分だ。
だからこそ次に必要なのが、「資本を三層で考える」という視点になる。数字だけでは、この問題は解けない。
コラム:私のポートフォリオ
ここで、あくまで一例として、私のポートフォリオの一部を紹介しておこう。
構造としては、「可能な限り資産を取り崩さず、キャッシュフローで生活費を賄う」設計にしている。いわば、“木を切り倒さずに、実だけを収穫する”イメージだ。ただし、繰り返しになるが、計算上は存命期間に取り崩ししても十分生きていけるように調整してある。
主な構成は以下の通りだ。
・不動産投資(家賃収入)
・顧問料やコンサル、役員報酬
・配当株
・高配当ETF
・分配型の投資信託
・事業収益の一部持分
・時計など宝飾品
・クリプト関連
これらから得られる家賃や配当収入によって、FIRE前の役員報酬と同等程度のキャッシュフローが生まれる設計になっている。
なお、数十件のエンジェル投資も行っているが、これは資産運用の“守り”には数えていない。あくまでハイリスク・ハイリターン枠であり、精神的にも「ゼロになってもいい資金」で取り組んでいる。
私の中でのメインは、不動産と配当系資産だ。これらは家賃や配当といったインカムに加え、値上がり益(キャピタルゲイン)のアップサイドも期待できる。守りを取りながら、ゆっくりと伸びる可能性も残す。このバランスが心地いい。
不動産の考え方
私の不動産の買い方は、少し特殊かもしれない。
まず調べるのは、「戦後、ほとんど地価が下がっていないエリア」だ。そこから治安、利便性、人口動態、将来性を徹底的に見る。
少子高齢化の時代、不動産は空き家リスクがあると言われる。しかし私は、政府や自治体が全国津々浦々のインフラを支えきれなくなる未来を想定している。そのとき起きるのは、人口の一極集中だ。
九州で言えば福岡、東北で言えば仙台のような都市は、その代表例だろう。
さらに、資本主義そのもののバグだと私は考えているが、富める者がさらに富むという構造を変えることが出来ない限り、これから益々、貧富の差が激しくなるだろう。すると、未来は今よりも治安が悪化していくと容易に予測できる。
となると、各国の大使館周辺エリアなどは常に警備レベルが高く、治安が安定している。高額にはなりやすいが、資産としての安定感は極めて高いと言えるだろう。その物件がタワマンなどではなく、大手ディベロッパーが手掛けた築20-30年ほど経過した低層レジデンスであったり、もうすぐヴィンテージ物件などと呼ばれるようなものであれば尚更よい。
私は、高利回り物件を追いかけるよりも、「利回りは低くても、長期的なアップサイドと安定性が高いもの」を選ぶようにしている。FIRE後の資産設計は、“攻めること”ではなく、“壊れないこと”が最優先だからだ。
もちろん、これはあくまで私のスタイルに過ぎない。正解は人それぞれだし、資産規模や性格、リスク許容度によって最適解は変わる。
だが一つだけ言えることがある。FIRE後のポートフォリオは、「いくら増えるか」ではなく、「どれだけ心が揺れないか」で設計したほうがいい。
少しでも参考になれば嬉しい。
資本を三層で考える
多くの人は「資本」と聞くと、お金のことだけを思い浮かべる。
預金残高。
株式評価額。
不動産の含み益。
だが、FIRE後の世界では、それだけでは足りない。私は資本を、三つの層で考えるべきだと思っている。
▶第一層:金融資本(お金そのもの)
これは最も分かりやすい資本だ。現金、株式、不動産、債券、事業持分など。生活費を生み出し、取り崩しの原資になる。FIREの入口を通過するためのパスポートでもある。
だが、これはあくまで「土台」に過ぎない。金融資本は、増減する。市場に揺さぶられる。外部環境に依存する。つまり、完全にコントロールはできない。
▶第二層:人的資本(稼ぐ力・再生産能力)
これは「いつでももう一度稼げる力」のことだ。
スキル、経験、信用、ネットワーク、判断力。FIRE後も、これがゼロになるわけではない。むしろ、金融資本よりも精神を安定させるのはこの層だ。
「最悪、また稼げる」という感覚は、取り崩しの恐怖を劇的に軽減する。金融資本が城なら、人的資本は城を再建できる能力だ。
この層がある人は、FIREしても強い。
▶第三層:精神資本(揺らがない軸)
そして最も重要なのが、第三層だ。
自分は何で満足できるのか、どの程度あれば足りるのか、何に時間を使いたいのか、比較しなくて済む軸を持っているか、これが精神資本だ。
金融資本がいくらあっても、精神資本が弱いと、FIREは成立しない。比較に飲まれ、承認欲求に飲まれ、「もっと」「まだ足りない」に飲まれる。精神資本が未成熟なままFIREすると、自由は不安に変わる。
逆に、精神資本が十分に育っていれば、必要な金融資本はそれほど多くなくても成立する。
▶なぜ三層で考える必要があるのかFIRE前は、ほとんどの人が第一層だけを見ている。
「いくらあれば足りるか」「年利何%なら回るか」だが、本当の安定は三層のバランスで決まる。
・金融資本だけ強くても不安になる
・人的資本だけあっても自由は来ない
・精神資本だけあっても現実は回らない
三層が揃って初めて、FIREは“自由”として機能する。
▶FIREとは「三層のバランス設計」である
FIREは単なるリタイアではない。
第一層を十分に積み、第二層を残し、第三層を整えた状態で、「働かなくてもいい」を選べるようになること。だから私は、資本を三層で考える。
数字だけでなく、能力だけでなく、心だけでもない。三層が揃ったとき、初めて自由は持続可能になる。
相続について
子どもに何を残すのか。この問いに、唯一の正解はない。家ごとに価値観があり、どれも正解であり、不正解でもない。
名家であれば、資産をいかに減らさず次世代へ承継するかが最大のテーマになるだろう。一方で、一般的な家庭では、そもそも大きな資産を引き継ぐ前提がない場合も多い。
この記事を読んでいる方の多くは、『DIE WITH ZERO』を読んだことがあるかもしれない。私も強い影響を受けた一人だ。要約すれば、「お金は死ぬ前に使い切れ」という思想である。私も基本的には賛成だ。
お金は強大な力を持つが、その扱いを誤ると簡単に人を壊す。宝くじ高額当選者のその後が必ずしも幸福ではない、という話と同じだ。
自らの努力で築いた資産は、その過程を知っている当人が使うからこそ意味がある。だが、それを苦労を知らない次世代がそのまま引き継いだとき、必ずしも良い影響を与えるとは限らない。
そういった前提のもと、私は妻と話し合い、基本的には「お金は残さない」方針にしている。
ただし例外がある。
都心の不動産を一人ひとつずつ残す、ということだ。これは相続対策として合理的であることに加え、子どもたちの「住む場所」という基盤を確保できるからだ。
もし都心で働くなら家賃は不要になる(管理費や固定資産税はかかるが)。地方や海外で働くなら賃貸に出して家賃収入を得られる。起業するなら担保にして資金調達もできるし、売却する選択肢もある。
重要なのは「金額」ではなく「選択肢」だ。資産を渡すのではなく、選択肢を渡す。これが、今の私たちの結論である。
▶公正証書遺言という“最後の責任”
もう一つ、極めて重要な話がある。不慮の事故で、何の前触れもなく自分が亡くなる可能性はゼロではない。FIREは自由の話だが、同時に責任の話でもある。家族を守る最後の責任は「準備」だ。
私はすでに公正証書遺言を作成している。これは全員に勧めたい。
▶公正証書遺言とは何か
公正証書遺言は、公証人が作成し、原本を公証役場に保管する、最も法的安全性が高い遺言形式だ。
自筆証書遺言との最大の違いは以下の通り。
形式不備で無効になりにくい(公証人が作成)
家庭裁判所の検認が不要
紛失・偽造のリスクがない
原本は公証役場で長期保管
つまり、「確実に効力を持つ」ことが最大の価値だ。
▶作成の流れ
公証役場に相談・予約
必要書類の準備(印鑑証明、戸籍謄本、住民票、財産目録など)
証人2名の立会い(推定相続人や利害関係者は不可)
公証人が内容を読み聞かせ、署名・押印
原本は公証役場に保管
証人は公証役場で紹介してもらうことも可能だ。
▶費用の目安
公証人手数料は財産額に応じて決まる。たとえば相続財産が5,000万円の場合、5〜7万円程度が目安(専門家へ依頼する場合は別途報酬あり)。
出張作成(自宅・病院など)の場合は追加費用がかかる。
▶なぜここまで重要なのか
相続は、残された家族がもっとも混乱しているタイミングで発生する。
そのときに、
銀行口座が凍結される
不動産名義変更が進まない
遺産分割で揉める
こうした事態が起きれば、精神的ダメージは計り知れない。公正証書遺言は、それを未然に防ぐ「最後の整理整頓」だ。
自筆証書遺言より費用も手間もかかるが、安心の度合いがまったく違う。
FIREとは、「自分の人生を自分で設計する」ことだ。
であれば、生きている間だけでなく、自分がいなくなった後の設計まで含めてこそ、完成形だと思っている。
初めて大きなM&Aをした日に、主幹事である大手の証券会社のやり手の営業マンがやってきた。その時に開口一番、相続対策はしているかと聞かれ、全くであることを告げた瞬間、彼は真剣な表情になり私にこう言った。
「金持ちはただ死ねないですよ」
私はこの言葉が一時たりとも頭から離れたことはない。
自由を得た人間の最後の仕事は、混乱を残さないことなのだ。それもまた、資本の設計の一部であろう。
第八部:再び、働くということ
お金のために働かないという贅沢
先だって、「FIREにおける「暇」とは、何もすることがない状態ではない。人生を楽しむために、意図的につくり出された余白であり、戦略的に確保された空白だ。言い換えれば、それは「停滞」ではなく「間」だ。人生における小休憩であり、長めの休暇のようなものでもある。」と述べた。間であり、小休憩であり、長めの休暇であれば、それに飽きれば、飽きればというより、より心が引かれるようなことがあるならば、いつ働きだしたって構わないと私は考える。
ただし、以前の労働と決定的に異なるのは、お金のために働く必要が無いということに他ならない。お金のために働くのではなく、人のため、社会のため、場合によっては家族のため、そして何より、自分のために働くということが出来るのだ。
お金のことが大上段に来ない労働は、趣味に熱狂している感覚に近いかもしれない。朝起きて、「今日はこれをやらなければ食べていけないからやる」のではなく、「今日はこれをやりたいからやる」に変わる。この違いは、想像以上に大きい。
期限はあってもいい。責任もあっていい。だが、その根っこに恐怖がない。生活費が払えなくなる不安も、家族を路頭に迷わせる恐れもない。だからこそ、純度が上がる。嫌な仕事は受けない。違和感のある人とは組まない。儲かりそうでも、心が動かないならやらない。
逆に、採算が合わなくても、面白いならやる。時間がかかっても、意味があるなら続ける。この状態での労働は、もはや「生存戦略」ではない。自己表現に近い。
私は今でも働いている。顧問もやるし、投資もするし、起業家の相談にも乗る。だが、昔のような焦燥感はない。「もっと売上を」「もっと評価を」「もっと拡大を」という衝動に突き動かされることもない。
むしろ、「この人の挑戦が面白い」「この事業は応援したい」「この時間は自分を豊かにする」そう思えるかどうかが、唯一の判断基準になった。これは贅沢だ。
世の中のほとんどの人は、働くことを選べない。働かざるを得ない。だが、働かなくてもいい状態で、それでも働くという選択をする。そこには強制がない。義務がない。あるのは、意志だけだ。
そして私は思う。本当に自由なのは、「何もしない人」ではない。「何もしなくてもいいのに、やる人」だ。お金のために働かないということは、怠けるという意味ではない。むしろ逆だ。
自分が何に時間を使いたいのか、何にコミットしたいのかを、毎日自分に問い続けることになる。逃げ場はない。会社のせいにも、上司のせいにもできない。
だからこそ、これは贅沢であり、同時に覚悟でもある。お金のために働かないという贅沢。それは、人生の主語を取り戻すことなのだと思う。
労働は楽しむからこそ成果が出る
以前の会社の話をしよう。2020年4月、私たちは新卒を迎えた。記憶が確かなら4名だったと思う。人事と「今年はいつにも増して優秀な子たちが揃ったね」と話していたのをよく覚えている。
ところが当時、世の中はコロナ禍に突入していた。会社としても十分なフォローができていない自覚があった。初めてのZoom面談、初めてのリモートワーク。何もかもが初めて尽くしで、元気がないと分かっていても、緊急事態宣言下では会って話を聞くことすらままならなかった。
数か月が経ち、なかなか成果が上がらなかった新卒の男性が、離職を告げてきた。私は原則として退職を引き留めない。退職を告げるという行為が、どれだけの覚悟を要するかを理解しているつもりだからだ。
少し話す機会があり、彼はこう言った。
「仕事って、こんなに辛いものなんですね……」
私は衝撃を受けた。仕事が、辛い? 彼の優秀さを考えれば、私たちの仕事はむしろ“イージー”な部類のはずだったし、私自身、起業家という道を選んでから、仕事を辛いものだと思ったことはほとんどなかったからだ。
だが、そこで腑に落ちた。彼の成果が上がらなかった理由が。
彼は「仕事=辛いもの」という前提で働いていたのだ。つまり、嫌々やっていたのと同じだ。好きでもない。意味も見いだせない。興味も持てない。そんな状態で成果が出るほど、一流の世界は甘くない。
彼は頗る優秀だった。だからこそ余計に、もったいなかった。いや、もっと正確に言えば、私たちが彼に「嫌々やらせてしまう環境」を作ってしまったのかもしれない。そう思うと、経営者として胸が痛んだ。
この出来事で私は痛感した。どれだけ能力が高くても、「好きになれていない仕事」で良い結果を出し続けるのは、ほとんど不可能に近い。上司の役割は、テクニックや技術を教えること以上に、「いまやっている仕事に意味を見出させる」ことだ。そして最終的には、“好きになってもらう”ところまで伴走することなのだと。
だから私は今、こう思っている。労働は、楽しめるからこそ成果が出る。そして成果が出るから、ますます楽しくなる。この循環に入った瞬間、人は強い。
お金のために働かない状態になった後こそ、仕事は本来の姿に戻る。やらされるものではなく、自分の意思で選ぶものになる。だからこそ、もしまた働くなら、ぜひこの感覚で働いてほしい。それが一番健全で、長く続く働き方だと私は思う。
ちなみに彼は今、友人だった誰もが知る有名YouTuberの会社で裏方として八面六臂の活躍をしているらしい。きっと、好きになれる場所を見つけたのだろう。それを聞いて、私は心から安心した。人は「仕事」ではなく、「環境」と「意味」で生き返ることがあるのだと、改めて思った。
好きな仕事ってどう見つける?
いきなりですが、みなさんに質問です。アクチュアリーという職業をご存じですか?おそらく、ほとんどの人が耳慣れない職業だろう。
アクチュアリー(Actuary)とは、確率・統計などの数理的手法を用いて、保険や年金、金融分野における将来の不確実なリスクを評価・分析する専門職だ。日本では保険計理人として、保険料率の算出や事故率の予測など、経営の根幹に関わる重要業務を担う。
ざっくり言えば、「将来の不確実性」を数値化し、社会インフラを支える“数理のプロフェッショナル”である。平均年収は数千万円にのぼるとも言われる、極めて専門性の高い職業だ。
だが、アクチュアリーになろうと思うためには、まずその存在を知らなければならない。知らない仕事を、好きになることはできない。
ここで、最初の問いに戻ろう。好きな仕事は、どうやって見つけるのか。答えは、実はとてもシンプルだ。
とにかく、たくさんの仕事に触れてみること。
友人の手伝いでもいい。副業でもいい。アルバイトでも、タイミーでも構わない。直接関わるのが難しければ、情熱大陸やガイアの夜明け、WBSのようなビジネス番組を見続けるのでもいい。本を読むのでもいい。インタビュー記事を読み漁るのでもいい。
大切なのは、「未知に触れる回数」を増やすことだ。好きな仕事は、頭の中で考えていても見つからない。経験の中でしか、発見できない。
そして面白いことに、「好きかどうか」はやってみれば、わりとすぐ分かる。時間を忘れるかどうか。もっと知りたいと思うかどうか。誰に頼まれなくても続けたくなるかどうか。それが、ヒントになる。
結局のところ、好きな仕事を見つける方法は、探すことではない。動くことだ。知らない世界に足を踏み入れ、試し、合わなければやめ、また別の世界を覗いてみる。その繰り返しの中で、ある日ふと、「これかもしれない」と思える瞬間が訪れる。その瞬間を掴めるのは、動いた人だけだ。
好きな仕事は、待っていても向こうからは来ない。だが、こちらから歩み寄れば、必ずどこかで出会う。
私はそう信じている。
嫌な仕事を断れるという強さ
「貧すれば鈍する」という言葉がある。生活が貧しくなると精神的な余裕がなくなり、知恵が働かなくなり、性格までさもしくなる――そういう意味だ。
私はこれを、きれいごとではなく、事実として知っている。経営が立ち行かなくなっていく会社を、何社も見てきたからだ。なぜそんな判断をするのか。なぜ自分で自分の首を絞めるような選択をするのか。人は追い込まれると、まるで重力に引き寄せられるかのように、悪いほうへ、悪いほうへと流れていく。
焦りは視野を狭める。恐怖は判断を鈍らせる。「今月をどう乗り切るか」がすべてになった瞬間、長期の戦略は消える。
だからこそ、経済基盤が整った今、やるべき仕事は「本当にやりたい仕事」であるべきだと、私は思っている。
会社を経営していた頃、大きな仕事が来れば当然うれしかった。一方で、「ちょっとこれは違うかもしれない」と感じる案件もあった。できる限り断ろうとはしていた。だが、100%振り切れていたかと問われれば、正直、自信はない。
断れない理由は、意志が弱いからではない。
生活費がある。
従業員の給料がある。
会社の借金がある。
評判がある。
期待がある。
経営とは、常に何かを守る行為だ。そして守るものが多いほど、自由度は下がる。売上。営業利益。時価総額。それらを追うことは、経営者として当然の責務だった。だが今は違う。
これからの仕事は、
・面白いかどうか
・尊敬できる人かどうか
・自分の時間を使う価値があるかどうか
その基準で選んでいい。この転換は大きい。以前の労働観からすれば、コペルニクス的転換と言ってもいい。
ただし、これは口で言うのは簡単だが、心から言えるのは経済基盤が整った人だけだ。余裕があるから断れる。守るべきものに追われていないから、選べる。
そして私は今、ようやく実感している。自由とは、好きなことをやることではない。嫌なことをやらないと、静かに決められることだ。断る勇気ではない。断っても揺らがない土台を持つこと。それこそが、本当の強さなのだと思う。
それでも、なぜ働くのか?
嫌な仕事を断れるようになった。では、なぜそれでも私は働くのか。
頼られるからだろうか。自分の力を試したいからだろうか。誰かに成功してほしいからだろうか。時間つぶしだろうか。それとも、やはりどこかで、今より儲けたいからなのか。
きっと、すべて正解で、すべて外れなのだろう。
そこに単一の明確な答えを、私はまだ持ち合わせていない。だが、あえて今の感覚を言語化するなら、仕事は“自己表現”だからではないかと思っている。あるいは、仕事以外の“自己表現”を、私はまだ持ち合わせていないのかもしれない。
経営、投資、組織論、戦略論、マーケティング。これらは私の仕事の核をなす“タグ”だ。
そしてその“タグ”は、単なる職種や役割ではなく、私自身の思考様式であり、価値観であり、世界の見方そのものだ。数字の裏にある人間の感情を読むこと。構造を分解し、再設計すること。リスクとリターンを秤にかけること。
それらは仕事という形をしているが、実のところは、私という人間の癖そのものなのだと思う。
だから、働くというよりは、表現している、というほうが近い。以前の労働は、義務だった。やらなければならない。守らなければならない。達成しなければならない。
今の労働は、創作に近い。面白いと思うからやる。構造をいじったほうがより良くなるという確信があるからいじりたくなるからやる。可能性を見つけると、試したくなるからやる。
絵描きがキャンバスに向かうように。音楽家が楽器に触れるように。登山家が山に向かうように、私は、事業や人や市場に向き合っているのかもしれない。
もちろん、すべてが楽しいわけではない。考えなければならない局面もあるし、責任が伴う場面もある。だが決定的に違うのは、「やめようと思えばやめられる」という感覚だ。この余白があるからこそ、仕事は義務ではなくなる。
もし今日、完全に仕事をやめても生活は回る。それでもやっているのは、そこに自分らしさが滲み出るからだ。働くことは、他人の期待に応える行為ではなくなった。自分の内側にあるものを、外側に形にする行為へと変わった。だから私は、働き続けている。お金のためではない。承認のためでもない。
ただ、自分という人間を、社会という舞台の上に少しずつ置いていくために。
もしあなたが、働く理由を見失っているなら、一度こう問い直してみるといい。これは義務か?それとも表現か?義務なら、いつか限界が来る。表現なら、年齢も肩書きも関係ない。
お金のために働かないという贅沢は、好きなことをする自由ではない。自分を表現するために働ける自由なのだ。
仕事は遊びで遊びは仕事
最近、嫌な仕事を極力排除しているせいか、仕事と遊びの境界線が、限りなく溶けていくのを感じている。
いつでも仕事をしていると言えばしている。いつでも仕事をしていないと言えばしていない。アイデアを考えている時間は仕事なのか。本を読んでいる時間は遊びなのか。誰かと面白い議論をしている時間は、どちらなのか。もはや区別する意味すら薄れてきた。
まさに、仕事は遊びで、遊びは仕事な状態だ。少なくとも、私にとってはこの状態がとてつもなく心地いい。
振り返れば、一人で起業したての頃の感覚に近い。売上も組織もなく、ただひたすら面白いからやっていたあの頃。寝ても覚めても仕事のことを考えていたが、苦しさはなかった。あれは「仕事」ではなく、ほとんど遊びだったのだと思う。
努力は好奇心に勝てない。
これは、私の尊敬するクリエイターの友人が、串カツ田中 渋谷宮益坂店でぽつりと話していたフレーズだ。
本当にその通りだと思う。
努力は尊い。継続も大事だ。しかし、好奇心で動いている人間には、原理的に勝てない。
なぜなら、好奇心で動いている人間は、疲れないからだ。正確に言えば、疲れてもやめない。やらされているのではなく、知りたいからやっている。勝ちたいからではなく、面白いからやっている。この差は、長期的には決定的になる。
だから私は、好奇心で働くことを勧めたい。もし今、好奇心で働けていないのなら、環境を変えるのもいい。肩書きを変えるのもいい。仕事を減らすのもいい。
「頑張る場所」を探すのではなく、「夢中になれる場所」を探す。
お金のために働かなくてよくなったとき、人は初めて、好奇心に従って働くという選択ができる。そしてそのとき、仕事と遊びの境界は消える。
自由とは、働かないことではない。働くことを、自分の好奇心で選べることだ。
私はいま、その状態にいる。そしてそれは、これまででいちばん健全な働き方だと感じている。だから私は、これからも働き続けるだろう。
第九部:FIREを目指す人へ
金融資本を積み上げる方法
① まずは「入る以上に使わない」
FIREを目指すなら、最初の一歩はやはり金融資本だ。金融資本とは、FIREの入口を通過するためのパスポートである。そのために何をすべきか。
まずはシンプルだ。入る以上に使わない。収入より支出が少なければ、資本は積み上がる。これは算数の世界であり、精神論ではない。固定費を見直す。仮に給与が上がったとしても簡単に生活水準を急激に上げない。可能な限り無駄な支出を削る。なぜなら、人は固定費を一度上げてしまうとなかなか元の固定費に戻すことができないからね。
② 投資は“増やす”より“減らさない”
次に来るのが投資だ。多くの人は「どう増やすか」に意識が向く。だが本質は、「どう減らさないか」だ。大きく勝つより、大きく負けないこと。レバレッジをかけすぎないこと。一発逆転を狙わないこと。
資本形成の初期段階では、退場しないことが最大の戦略だ。
ここまでは教科書通りの回答だろう。そして、私が言いたいことはここからが本題だ。
③ 起業というレバレッジをかける
さて、事実を言おう。➀と②でちょっと堅実なことを言ってみたが、申し訳ない。これはあくまで教科書通りの話であって、私がやってきたことではないし、ただただ堅実にやっていればFIRE出来るかで言うと、とてつもないエリートや、何らかの理由ですでに高収入を得ているような人でなければ非常に難しいのが現実だろう。世の中はそんなにイージーには出来ていない。
私は、意識して節約などしたことはないし、堅実に投資なんてしていなかった。むしろボラティリティを好み、株だったら安定的な東証プライム株なんかよりも、グロース株を好むし、金銀なんかよりもビットコインを好む。FXであればドル円やユーロ円なんかよりもトルコリラ万歳な側にいる人間だ。
FIREを目指すのであれば、いや、FIREに限らず、大きな資産を作ろうと考えると、やはりボラティリティがあるものに投資しなければならないと思う。そして、その中で最も確率が高いものを上げるとすれば、起業に勝るものはないだろう。FIREへの最短距離にして最も大きなレバレッジがかかるのがやはり起業だ。
株式という仕組みは、資本主義が生み出した最強の装置である。IPOやM&Aによる株式売却は、サラリーマンでは到達しづらい速度で金融資本を積み上げる可能性を持っている。
④起業はリスクがある、は嘘
起業について語るとき、しばしばリスクの話を持ってくる人がいるが、この人たちは何をもってしてリスクと言っているのか、今でも良く解らないことが多い。
どれだけ良い大学を出たとしても、20代前半からサラリーマンを続け一社の中で出世を目指し、40代中盤に差し掛かり、自分の能力の限界を知り、出世の限界もうすうす感じるころ、最新のテクノロジーに詳しく馬力のある20代の若者たちに突き上げられ、会社での居場所が危うく感じるころに退職も考えるが、妻や子どもの手前、固定費を下げることが出来ず、会社を辞める決断がなかなか出来ずに会社に居座ること、リビングデッドになることのほうがリスクだとは思わないのだろうか?
起業にリスクがあると叫ぶ人は無知かとんでもない愚か者である。一体だれが言い出したのだろうか。
確かに起業直後でプロダクトがPMF(プロダクトマーケットフィット、提供する製品やサービスが、適切な市場において顧客の課題を解決し、熱狂的に受け入れられている状態のこと)する前に、数千万円などの借金を個人補償などを入れて行うのは大きなリスクがあるかもしれないが、こんな人は何をやってもダメなだけであって、後先考えない人がたまたま起業を選んだ、というだけに過ぎない。これをリスクというのは違うだろう。
AIがこれだけ発達し、独自のアプリまでも簡単に作ってしまう時代において、初めから借金に手を出す必要性なんて微塵もないのは火を見るよりも明らかだ。私のFIRE同様に、起業をする前に、起業で食っていけるのかどうかを検証すればいいだけの話ではないか。小さく試せば起業にリスクなんて存在しない。
あなたが今会社員なのであればすぐに辞める必要はない。まずはAIなどを駆使し、独自のプロダクトを生み出して、それで収益を上げることが出来るかを試してみる。プロダクトである必要もない。今本業でやっているビジネスの派生版で、所属している会社ではできないが、個人では出来るような痒い所に手が届くようなサービスだってかまわない。
別にAIやITである必要なんてない。軽井沢を含んだ全国各地の伝統的な別荘がある地域では、別荘族を対象にしたなんでも屋(薪の買い出し、庭掃除、草むしり、木の伐採、屋根の掃除、煙突掃除、備品の買い出しや販売など)のようなビジネスだけで生計を立てている人が沢山いる。こういった、永遠にAIに代替されないビジネスだっていいんじゃないか。
誰かの困った、がビジネスの種子になる。ビジネスの種子はそこら中に山ほど転がっている。考えることは必要だ。ただ、考えすぎて時間を無駄に使うよりも、借金をせずとも時間と労力を差し出すだけで検証できるものは何度でも何度でも検証を繰り返せばいいだけなのだ。
私の周りの起業家で初めからそのビジネスモデルでした、みたいな人は皆無に等しい。皆最初は別のアイデアがあり、やり続けるうちにこうしたほうが喜ばれる、こうしたほうがリピートが増える、こうしたほうが、より儲かると徐々に徐々に洗練され、研ぎ澄まされ、素晴らしいプロダクトやサービスになっていっただけなのだ。初めから完璧を求める必要なんて微塵もない。
世の中の9割の人はこういった話をすると「めんどうだ」という。そうだ、ビジネスはめんどうなのだ。めんどうだから人は対価を支払う。これこそが、ビジネスの根幹なのだ。
だから、数あるめんどうの中で、人はめんどうだと思っているが、自分はそれほどめんどうだとは思わない領域、なんなら好きと思える領域が見つかれば、もうそれは幸せ者である。そしてさらに言えば、その領域でちゃんと儲かる構造が出来上がれば、人生勝ち組であると言えるだろう。それを見つけられる人は、時間と労力を差し出し、何度も何度も試行錯誤を繰り返した、つまり、めんどうな対価を支払ったものだけである。人はそれを起業家と呼ぶ。
この一連の話の中で、どこにリスクが存在したのか説明してほしい。もしこれでも、リスクだと感じた人は起業とFIREには完全に不向きなので、この記事はここで読み終えたほうがいいだろう。
⑤節約ではなく、増収(拡張)を狙う
私は、ほとんど節約をしていない。したことがない。
「スタバをやめろ」
「飲み会を減らせ」
「家賃を削れ」
そういったことを、本気で実践した記憶は全くない。むしろ、お金は使いたいだけ使ってきた。それでも金融資本は積み上がった。
でもそれはなぜか。
お金を使うことで、自分の“稼ぐ力”を引き上げてきたからだ。
スタバで心を落ち着かせ、読書をし、周りの人たちが何に夢中になっているのか観察する。飲み会に出向き、お店を知り、味を知り、さまざまな人と親交を深め常連になり、多くの情報を得られるようにする。少し背伸びをして良いマンションに住み、そこに住んでいる人たちがどのような人たちなのか観察する。休みの日はそのマンションの中のジムやプールで汗を流して得られることだってある。なんなら、節約するよりも、よほど多くのことを知ることが出来るはずだ。
節約ではなく、増収を狙うんだ。
⑥ 節約よりも、リテラシーを上げろ
若い頃の私は、稼いできたお金を経験に全振りした。
・一流の人に会いに行く
・背伸びしたレストランに行く
・グリーン車、グランクラス、ファーストクラス、ビジネスクラスに乗る
・ハイレベルな環境に身を置く
無駄だった支出もきっとあっただろう。だが、それらは確実に自分の解像度を上げた。すると、市場の見え方が変わり、人の基準が分かるようになる。その結果、判断力が上がり、リスクの嗅覚が磨かれる。
リテラシーが上がると、判断の質が変わる。判断の質が変わると、当然業績が変わる。業績が変わると、営業利益が増える。営業利益が増えれば、報酬は上げられる。
私は倹約して貯めたのではない。使い切れなかったから、結果的に残っただけだ。
余談だが、今は飛行機はビジネスクラスかクラスJ、新幹線はグリーン車に乗っている。グランクラスやファーストクラスに若いうちに乗ることで、私には不要な過剰サービスだと気づけたからだ。ただし、それらに乗る人たちの気持ちが解らないわけではない。
⑦ 重要なのは“経験値”と“報酬の構造”
重要なのは、“経験値が上がるお金の使い方”をしているかどうかだ。そして、もう一つ。成果を上げた分だけ、報酬が上がる環境にいるかどうかだ。
どれだけ成長しても、成果が給与に反映されない構造にいれば、アップサイドは限定される。年功序列。固定給。評価が曖昧な組織。そこでは自己投資のリターンは小さい。
一方で、
・利益が自分に跳ね返る
・株式を持っている
・成果が直接報酬に変わる
こうした環境にいれば、経験値は指数関数的なリターンに変わる。節約よりも重要なのは自分の成長が資本に変換される土俵に立つことだ。
⑧ 節約は守りの思考、拡張は攻めの思考
ここで、少し思想的な話をする。節約は、守りの思考だ。減らさない。失わない。小さく保つ。これはどちらかといえば、マイナスを避ける思考だ。
もちろん大事だ。だが、そこには爆発力はない。
一方で、拡張は攻めの思考だ。経験値を上げる。視座を上げる。市場価値を上げる。収益構造を拡張する。これはプラスを取りに行く思考だ。
どちらがポジティブかと言われれば、当然後者だ。
守りだけではFIREは達成できるのはいつになるかわからない。守りだけでは自由は生まれない。
守りは土台。攻めが飛躍を生む。FIREは節約の先にあるのではない。自己拡張の先にある。守る力と、伸ばす力。その両方が揃ったとき、金融資本は加速度的に積み上がる。これらを叶える環境こそが、起業という環境になりやすいのは最早説明する必要はないだろう。
そしてそのとき、お金は「貯めるもの」から「結果として残るもの」に変わる。
時間資本をどう使うか
子どもの頃、時間は無限にあるような錯覚に陥っていた。まるで遠足に出かけるときのバスの中にいるかのように。ところが、歳を重ねるにつれ、時間が無限ではないことに徐々に気づけるようになる。
時間の過ぎる感覚は年齢とともにどんどん早くなる。これは、見たことがある景色が増えるからだという説は、あながち間違ってはいないだろう。
そして、大人になると時間は商品になる。社会人の初期のうちは誰もが時間という資本を捧げ、その対価を得るようになっていく。
たとえば、平日ベースで1日8時間働けば、月にざっくり160時間。年間で1,920時間だ。もちろん現実はここに残業や移動、メールやSlackが乗ってくる。気づけば「仕事の外側」まで含めて、人生の多くが仕事に吸われていく。
ここで一つだけ、冷酷な事実がある。
時間を売っている限り、時間は増えない。
いくら頑張っても、1日は24時間のままだ。いくら優秀でも、時間単価には上限がある。そして何より、時間は、失った瞬間に二度と戻らない。
だからこそ、大人になると人間は二種類に分かれていく。
何の疑念も抱かずに、引き続き時間を売り続ける者と、時間を売り続けることの不平等さに気づき、自分の時間を売るのではなく、人の時間を買う側に回る者とにだ。前者が労働者と呼ばれ、後者が資本家と呼ばれる。
ここで勘違いしてほしくない。私は労働者をバカにしたいわけじゃない。私自身も、長い時間、時間を売って生きてきた。むしろ、その時間の中で学んだことが今の自分を作っている。
ただ、FIREを目指す人に限って言えば——いや、もっと正確に言うなら、「自由を取りに行く人」に限って言えば、どこかで視点を切り替えなければならない。時間を売り続けるだけでは、自由には到達しづらいからだ。
なぜなら、時間を売る構造というのは基本的に「足し算」だからだ。働いた時間だけ、対価が増える。頑張った分だけ、評価が上がる。それは健全だ。だが、加速度は出ない。
一方で、資本家側の発想は「掛け算」になる。
・仕組みを作る
・商品を作る
・プロダクトを作る
・自分が寝ている間も価値が生まれる形に変える
・人の時間を買って、価値を拡張する
ここに到達すると、時間は初めて「資本」になる。
そして、ここが一番大事なところだが——
この切り替えに必要なのは、最初から会社を辞める勇気ではない。
必要なのは、“時間の使い方を変える覚悟”だ。
会社員であることは、安定したキャッシュフローがあるという意味で、実は最高の実験環境でもある。辞める前に、小さく試せる。失敗できる。検証できる。夜でも、週末でもいい。まずは「時間を売る」だけの状態から、少しだけ外れてみる。
・AIを使って、小さなサービスを作ってみる
・本業の周辺にある「困った」を、個人で解決してみる
・1円でもいいから、自分で価値を生んでみる
この瞬間から、時間は「消費」ではなく「投資」になっていく。
子どもの頃、時間は無限にあるように見えた。大人になると、時間は足りなくなる。そして、ある段階まで来ると、人はようやく気づく。
時間こそが、人生の最上位資本だったのだと。
ここから先は、「どう稼ぐか」ではなく、「自分の時間を、何に変換するか」の話になる。
最初の1円が世界を変える
私が商売に目覚めた最初のきっかけは、中学生の頃のフリーマーケットだった。古着や裏原宿カルチャーが好きだった私は、掘り出し物を見つけては購入し、しばらく愛用し、飽きたらフリーマーケットで売っていた。当時はまだYahoo!オークションも存在していない時代だ。
着古した洋服や靴が、なぜか買値より高く売れる。なぜだろう。価値はどこにあるのだろう。その不思議さと快感が、たまらなく面白かった。仕入れ、保有、販売。いま振り返れば、立派な商売の縮図だ。
あの体験は、私にとって十分すぎる成功体験だった。「商売は面白い」という感覚を、頭ではなく身体で覚えた瞬間だった。
もしまだその感覚を体験していないのなら、この記事を読んでいるあなたにも、ぜひ一度味わってほしい。別にフリーマーケットに行けとは言わない。
まずは、身の回りの不要なものをメルカリで売ってみることだ。実際に「少しでも高く売ろう」と思うと、相場を調べ始めるだろう。同じ商品はいくらで出ているのか。どの価格帯で売れているのか。どんな写真が目を引くのか。どんな説明文が信頼を生むのか。
自然と、マーケットを観察し始める。価格を考え、見せ方を考え、買い手の心理を想像する。
その一連の工程こそが、商売そのものだ。たった数百円かもしれない。たった数千円かもしれない。だが、そのお金は「時間を売って得たお金」とはまったく質が違う。それは、自分で生み出したお金だ。
この違いは、想像以上に大きい。最初の1円を自分で生み出した瞬間、世界の見え方は変わる。コンビニの棚も、広告も、レストランの価格設定も、すべてが「どうやって儲けているのか?」という視点で見えるようになる。
消費者から、資本家の側に一歩足を踏み入れる。それが、すべての始まりだ。まずやってみることだ。完璧なビジネスプランはいらない。起業届もいらない。借金もいらない。
最初の1円が、あなたの思考を変える。思考が変われば、時間の使い方が変わる。時間の使い方が変われば、人生の軌道が変わる。
世界を変えるのは、大きな資本ではない。
最初の1円だ。
最初の1円の次に来るものは“再現性”
最初の1円は感動だ。メルカリで不要品が売れる。フリマで買値より高く売れる。自分のアイデアに誰かがお金を払ってくれる。あの瞬間、世界の見え方が変わる。だが、ここで満足してはいけない。最初の1円は偶然かもしれない。だが、起業家になるとは、その偶然を“構造”に変えることだ。
たまたま売れた。たまたま当たった。たまたまバズった。体験としては素晴らしい。だが、偶然は再現できない。再現できないものは、金融資本に変換できない。起業家がやることは一つだ。なぜ売れたのかを解剖すること。誰に売れたのか。なぜその価格で買ったのか。どの導線が効いたのか。競合は何か。自分の優位性は何か。ここまで掘り下げた瞬間、それは偶然ではなくなる。
一度売れたものを、もう一度売れるか。三回売れるか。十回売れるか。この問いに向き合うことが、再現性の第一歩だ。ここで多くの人が脱落する。なぜなら面倒だからだ。分析は地味だ。改善は退屈だ。数字と向き合うのはしんどい。だが、この退屈な工程を通過した者だけが、“時間を売らない世界”に足を踏み入れることができる。
再現性とは何か。それは「自分がいなくても回る可能性がある状態」だ。営業を自分がやらなくても受注できる。紹介が自然に生まれる。広告が一定の確率で機能する。プロダクトが勝手に売れる。この状態に近づけば近づくほど、あなたの時間は自由になる。時間を売るのではなく、構造が時間を生み出す側に回る。ここで初めて、金融資本と時間資本が結びつく。
最初は月1万円でもいい。次は月5万円。そして10万円。重要なのは金額ではない。「これは意図的に作れる」と理解することだ。一度それを体験すれば、もう戻れない。なぜなら、自分の時間を切り売りする以外の道があると知ってしまうからだ。
起業家とは、才能のある人間のことではない。最初の1円を偶然で終わらせず、「どうすればもう一度起こせるか?」を考え続ける人間のことだ。そしてその再現回数を増やし続けた結果、気づけば金融資本が積み上がっている。FIREはその副産物にすぎない。狙うべきは自由ではない。構造だ。構造を持てば、自由はあとからついてくる。
最初の1円は世界を変える。だが、本当に人生を変えるのは、それを何度でも生み出せるようになった瞬間だ。ここから先は偶然ではない。あなたの設計次第だ。
起業家なんて誰でもなれる
私は、起業家という生き物は過大評価されすぎていると思っている。世間では特別な才能や、卓越した資質が必要な存在のように語られるが、実態はそこまで神秘的なものではない。むしろ既存の社会にうまく適合できなかったからこそ、自分で自分の居場所をつくった人種だと言っても過言ではないだろう。
そういう意味では、起業家など誰でもなれる。中学生でも高校生でも、定年を過ぎた人でも、なろうと思えばなれる肩書きだ。難しい資格試験があるわけでもないし、国家に選ばれる必要もない。
厳密に言えば、株式会社を設立するには登録免許税や定款認証手数料などの実費として最低でも20万〜25万円ほどかかる。電子定款ならおよそ20万円、紙なら24万円前後。そこに印鑑作成費や専門家への報酬を含めれば、30万円ほど用意しておけば十分だ。資本金は法律上1円でも構わない。
たったそれだけで、あなたも“起業家”の仲間入りができてしまう。だからこそ、特別に構えないでほしい。起業家にはだれだってなれるのだから。
どんなビジネスを手掛けるのか?
起業家になるのは簡単だ。問題は、肩書きではなく、その場所で何をやるのかだ。どんなビジネスを展開し、どうやって価値を生み出し、どうやってお金に変えていくのか。その中身こそがすべてである。
そのヒントについては、すでに書いた「好きな仕事ってどう見つける?」で触れた通りだ。まずは、とにかく多くの仕事に触れること。未知に触れ、試し、合わなければやめ、また別の世界を覗く。その繰り返しの中でしか、自分の熱狂の種は見つからない。
だが、ここで一段深い話をしよう。
ビジネスとは、「好き」だけでは成立しない。好きに加えて、「誰かの困った」を解決しているかどうか、この一点に尽きる。
自分が好きで、しかも他人にとっては面倒なこと。自分は苦にならないが、他人はお金を払ってでも避けたいこと。その交差点に、ビジネスの種子はある。
私はこう考えている。世の中のほとんどの商売は、「めんどう」を引き受ける仕事だ。手間がかかる。時間がかかる。判断が難しい。だから人は対価を支払う。
もしあなたが、「これ、そんなに面倒かな?」と思える領域を持っているなら、それは金脈だ。さらに言えば、それを何度も繰り返し、仕組みにできるなら、もう立派な事業になる。
もう一つ大事な視点がある。それは、「小さく始められるかどうか」だ。
いきなり完璧な事業計画などいらない。借金もいらない。立派なオフィスもいらない。まずは1円でもいい。1人でもいい。誰かに価値を感じてもらい、お金を受け取る。その瞬間がすべての始まりだ。
最初の1円が生まれたら、次はそれを再現できるかを考える。再現性が見えたら、仕組みにする。仕組みにできたら、拡張する。
ビジネスとは、壮大なアイデアではない。仮説と検証の連続だ。やりながら磨かれ、やりながら洗練される。私の周りの起業家で、最初から完成されたモデルで成功した人は一人もいない。皆、やりながら変え、やりながら育ててきた。
だから、「何をやればいいか分からない」と立ち止まる必要はない。分からないのが普通だ。動きながら見つけるしかない。
肩書きは1日で手に入る。だが、ビジネスは行動し続けた人にしか立ち上がらない。どんなビジネスを手掛けるのか?それは、あなたが熱狂できて、しかも誰かの困ったを解決できる領域だ。そしてそれを、小さく、今すぐ始められるものだ。
結局のところ、答えは外にはない。動いた先にしかない。だからまずは、始めよう。
コラム:資本家入門(不都合な真実)
いきなり「起業家になれ」と書いてしまったので、少し補足しておきたい。FIREについての、不都合な真実だ。
世の中の金持ちの大多数は、起業家である。これは感覚論ではない。統計を見ても、実体験を振り返っても、私の周りを見渡してもそうだ。さらに言えば、私の周囲でFIREまで到達した人間の大多数も、やはり起業家である。
投資だけでFIREにたどり着いた人もいる。だが、その多くは特殊な前提を持っている。
運よく入社したスタートアップのストックオプションが大化けした人。
外資系金融機関で莫大なサラリーを得て、十分な種銭を作れたエリート。
あるいは、生まれたときから地主や名家で、すでに資本を持っていた人。
つまり、起業家以外でFIREに到達している人の多くは、どこかに「特殊条件」がある。才能、環境、家柄、運。そのどれか、あるいは全部だ。
では、私を含めた凡人はどうすればいいのか。ここが不都合な真実だ。凡人がFIREにたどり着く最短距離は、自分で事業を起こすことだ。
なぜか。資本主義は「労働」よりも「資本」に報いる仕組みだからだ。これまで書いてきたように、時間を売る側より、時間を買う側、仕組みを持つ側が強い。給料をもらう側より、給与を支払う側が強い。
会社員は、基本的に時間を切り売りする。どれだけ優秀でも、報酬の上限は構造によって縛られる。一方で、起業家はリスクも負うと思われるが、いうほど大したリスクではないのは前にも書いた。そして利益の上限も持たない。自分の意思決定が、そのまま資本に変換される可能性を持つ。
株式という仕組みは、資本主義が生み出した最強の装置だ。自分が作った価値が、企業価値として評価され、それが株式という形で圧縮される。IPOやM&Aは、その圧縮された価値が一気に顕在化する瞬間だ。サラリーマンの昇給カーブとは、次元が違う。
もちろん、起業してそこまでもっていくことは簡単ではないかもしれない。だが、難しいことと、不可能なことは違う。
しかも今は、初期コストは限りなく低い。AIも使える。検証もできる。副業から始めることもできる。昔より圧倒的に挑戦しやすい環境が整っている。
人生を天に運を任せて歩くよりも、自分の意思で切り開いたほうが、私は面白いと思う。
FIREはゴールではない。自由に生きるための構造を手に入れることだ。その構造を最も短距離で手に入れる方法が何かと問われれば、私は迷わず答える。起業だ。
全員が成功するわけではない。だが、成功確率を自分の努力で引き上げられる道があるとすれば、それは自分の事業を持つことだ。
凡人が、凡人のまま、運任せではなく自由を取りに行く。そのための現実的な選択肢が、起業である。資本家となろう。
コラム:金持ちになる人々の正体
少し身も蓋もない話をしよう。
世の中には、学歴が高い人がいる。頭の回転が速い人もいる。試験が得意な人もいる。受験というゲームにおいて圧倒的な結果を残してきた人もいる。もちろん、それは素晴らしい能力だし、私はそれを否定するつもりは一切ない。
ただ、こと「金銭的に豊かになれるか」という問いに対して言えば、必要なのは学力や学歴ではない。もっと決定的なものがある。
それは、リスクテイクだ。
ここを勘違いしている人はとても多い。頭がいい人が金持ちになる。いい大学を出た人が金持ちになる。大企業に入った人が金持ちになる。そう思われがちだ。だが実際には、頭がいいだけでは金持ちにはならない。いい学校を出ただけでも、いい会社に入っただけでも、金銭的な豊かさは約束されない。
なぜなら、学力や学歴は「正解がある世界」で評価される能力だからだ。
試験には正解がある。受験には採点基準がある。言い換えれば、誰かが決めたルールの中で、より高い点を取るゲームだ。そのゲームで勝てる能力は、確かに社会の多くの場面で有利に働く。だが、資本主義の面白さと残酷さは、そこではない。
資本主義の本丸は、「正解のない場所に、先に張れるかどうか」なのだ。
まだ誰も評価していないものに時間を使う。まだ売れるか分からないものを作る。まだ世の中が必要としているか分からないサービスを出してみる。周りから見れば無謀に見えることに、自分の時間とお金と信用を差し出してみる。
これがリスクテイクだ。
金銭的に豊かになる人は、突き詰めるとここをやっている。頭がいいかどうかよりも先に、張っている。しかも、ただのギャンブルではなく、勝てる確率を少しでも上げるために考えながら張っている。
だから私は、金持ちになれる人の条件は、学歴ではなくリスクテイク能力だと思っている。
ここで言うリスクテイクとは、別に全財産を一点張りしろとか、借金して起業しろとか、そういう乱暴な話ではない。むしろ逆だ。前にも書いたように、今は昔ほど大きな初期投資をしなくても、検証できる時代になった。副業でも始められる。AIも使える。小さく作って、小さく売って、小さく負けることもできる。
重要なのは、絶対に失敗しない道を探すことではない。失敗しても死なない範囲で、自分の意思で賭けに出ることだ。
この感覚は、学校教育ではあまり教わらない。むしろ逆のことを教わる。間違えないこと。減点されないこと。空気を読むこと。決められたレールを外れないこと。これはこれで集団を運営するうえでは合理的だが、資本主義で資本を大きく増やす人間の行動様式とは、微妙にズレている。
だから、学歴が高いのにお金に弱い人は山ほどいるし、逆に、学歴はそこまででも資本を築く人もいくらでもいる。
前者は、正解のある世界では強い。だが、正解のない世界で賭ける訓練をしてこなかった。後者は、正解のない世界で何度も張ってきた。失敗もした。恥もかいた。だが、その中で「どのリスクは取る価値があり、どのリスクは避けるべきか」の感覚を磨いてきた。
結局のところ、金銭的に豊かになるとは、未来に対して自分の意思を張ることなのだ。
株を買うのもそうだ。不動産を買うのもそうだ。起業するのもそうだ。採用を増やすのもそうだ。新しい事業に投資するのもそうだ。どれも、未来は確定していない。だが、その不確実性を引き受けた者だけが、大きな果実を取りに行ける。
逆に、絶対に損したくない、絶対に失敗したくない、絶対に恥をかきたくないという姿勢のままでは、資本は大きく増えない。なぜなら、その姿勢は「リスクを取らない」というより、「リターンの源泉から距離を取る」ということだからだ。
ここで重要なのは、リスクを取る人が偉いと言いたいわけではない、ということだ。向き不向きもあるし、人生の価値観もそれぞれだ。安定を重んじる生き方だって当然尊い。
ただし、もしあなたがFIREを本気で目指し、しかも凡人の側にいると自覚しているのであれば、どこかでこの現実を直視しなければならない。
受験が得意だったかどうかではない。
偏差値が高いかどうかでもない。
肩書きが立派かどうかでもない。
未来に対して、自分の時間と信用と意思を張れたかどうか。そして、その張り方を何度も学習し、洗練させてきたかどうか。
資本主義は、そこに最も大きく報いる。
だから私は、子どもにも若い人にも、勉強するなとは絶対に言わないが、勉強だけしていても駄目だとは言いたい。試験でいい点を取る能力は重要だ。だが、それだけでは自由は手に入らない。自由を手に入れたいなら、どこかで自分の意思で賭ける側に回らなければならない。
もちろん、最初は怖い。怖くて当たり前だ。未来なんて誰にも分からないからだ。
だが、分からないからこそ、早く始めたほうがいい。小さく張って、小さく外して、小さく学ぶ。その回数が、やがて大きな差になる。
そして面白いのは、何度もリスクテイクしている人ほど、だんだん無謀ではなくなっていくことだ。周りから見ると大胆に見えるが、本人の中では「勝率がそこそこある賭け」になっている。これは才能ではなく、経験だ。
起業家が強いのは、頭がいいからではない。学歴が高いからでもない。リスクテイクを仕事そのものにしているからだ。
だから、FIREを目指すなら、この事実から目をそらしてはいけない。
自由は、誰かに与えられるものではない。
未来に張った人間が、自分で取りに行くものだ。
学歴ではなく、リスクテイク。
それが、凡人が凡人のまま自由に近づくための、最も現実的な道なのだと思う。
コラム:いつ、何に投資すべきか、という結論
投資対象は、FIRE前とFIRE後で大きく変わる。この前提を理解していないと、人生のフェーズとポートフォリオが噛み合わず、どこかで無理が生じる。
まず大前提として、あなたが何も持たない若者である場合、最も投資対効果のよい投資対象は自己投資である。これはほぼ例外がない。本を読み、旅行に行き、地域を知り、さまざまなものを食べ、異なる価値観を持つ人々と交流する。体を鍛え、健康に気を遣い、睡眠を整える。こうした積み重ねは一見地味だが、確実に“自分という資産”の価値を引き上げる。
自分自身にお金をかけることで世の中の解像度は上がる。人の行動の裏にある動機が見えるようになる。市場の流れが読めるようになる。リスクの匂いが分かるようになる。資本主義社会を生き抜くうえで最も重要なのは、金融商品の知識よりも、他者を理解する力と構造を読む力だ。その準備を若いうちにしておくことが、遠回りに見えて最短距離になる。
FIRE前のフェーズは、基本的に“増やすフェーズ”だ。種銭は限られている。守るよりも、まずは厚みをつくる必要がある。であれば、ある程度の値動きを許容しなければならない。ボラティリティのある投資商品、あるいは起業というレバレッジ。ここで安全運転に徹しすぎると、時間だけが過ぎる。
もちろん無謀であれと言っているわけではない。だが、資産が小さいうちは、多少の変動は致命傷にならない。むしろ最大のリスクは「何も変わらないこと」だ。若い時期にしか取れないリスクがある。時間は最大の味方であり、最大のレバレッジでもある。
そして、ある程度まとまった資産が生まれてくれば、フェーズは変わる。ここからは“守りながら増やす”段階に入る。資産が一定規模を超えると、複利の力が効き始める。ここで初めて、安定的な利回りを重視したポートフォリオ設計が意味を持つ。
年利5%の商品は、100万円であれば年間5万円の利益だが、10億円なら年間5,000万円になる。この差は能力の差ではない。資本の差だ。これこそが資本主義の構造であり、ある種の“バグ”でもある。だがルールがそうである以上、それを理解し、活用するしかない。
重要なのは、自分の現在地を正しく把握することだ。まだ増やす段階なのか。すでに守る段階なのか。FIRE後であれば、取り崩さない設計を優先するのか。投資とは金融商品の選択ではなく、人生設計の一部である。
FIRE前は、リスクを取り、厚みをつくる。FIRE後は、リスクを制御し、自由を維持する。この切り替えができないと、どこかで過剰に攻めすぎるか、過剰に守りすぎるかのどちらかになる。
結論はシンプルだ。投資対象に絶対解はない。あるのは“今の自分にとっての最適解”だけだ。人生のフェーズが変われば、最適解も変わる。投資とは、市場との戦いではない。自分のステージを見誤らないこと、その連続である。
第十部:お金と時間を何に使うのか
趣味に使う
私の趣味は、アンティーク時計、柔術、読書、日本ワイン。この四つくらいだ。柔術と読書と日本ワインに関しては、言うほどお金がかからない。そういう意味では、実に健全な趣味を持てていると思っている。
一方で、アンティーク時計のように価値が目減りしにくいものは少し性質が違う。時計やクラシックカー、フランスワイン、現代アートなどは、楽しみながら所有でき、場合によっては資産としても機能する。趣味でありながら、資産運用の側面も持つ。こうした二面性のある趣味は、決して悪い選択ではない。むしろ、成熟した資本主義社会における合理的な楽しみ方だとも言える。
ただし、本質はそこではない。
FIRE後に確実に問われるのは、「時間をどう使うのか」という問題だ。仕事が生活の中心でなくなったとき、空いた時間を何で満たすのか。ここに答えを持っていないと、人は簡単に退屈する。あるいは、意味を見失う。
だからこそ、趣味は単なる暇つぶしではない。人生の重心を支える柱になり得るものだ。身体を動かすことでもいい。知的好奇心を満たすことでもいい。味覚を磨くことでもいい。何かに没頭する時間は、思っている以上に人を健やかにする。
人からの誘いには、できるだけ乗ってみることだ。自分一人では出会えない世界に、他者は連れていってくれる。最初はピンとこなくても、続けるうちに「あれ、これ好きかもしれない」と思える瞬間が訪れることがある。その瞬間が、あなたの人生を豊かにする。
お金は減っても、時間は戻らない。だからこそ、時間を使う先には、多少の贅沢があってもいい。趣味に使うお金と時間は、消費ではない。人生の密度を上げる投資である。
次世代に使う
私がエンジェル投資を続けている理由は、リターンを最大化したいから、というよりも、どちらかと言えば「恩送り」に近い。もちろん投資である以上、事業としての成立性や経営者の力量は見る。しかし、根底にある動機はもう少し情緒的だ。
私自身が会社を成功させることができたのは、実力だけではない。むしろ運の要素のほうが大きいとすら思っている。起業したタイミング。市場環境。出会った顧客。支えてくれた仲間。そして、何よりも多くの先輩経営者からの助言や機会。あのとき背中を押してくれた一言がなければ、いまの自分はなかったかもしれない。
すべては偶然のようでいて、連鎖している。そう感じる瞬間がある。
だからこそ、次は自分の番だと思っている。かつて自分が受け取ったものを、次の世代に手渡す。その循環の一部でありたいという気持ちが、私を投資に向かわせている。
若い起業家と話すと、自分の過去を見ているような気持ちになることがある。荒削りだが熱がある。論理は甘いが、覚悟はある。その芽がどう育つかは誰にも分からない。だが、可能性に賭けるという行為そのものが、社会を前に進める力になる。
お金は自分のために使うのもいい。家族のために使うのもいい。だが、次世代の挑戦に使うお金は、また別の喜びをもたらす。それは配当という形ではなく、「未来に関与できた」という感覚として返ってくる。
私はそれを、とても豊かなリターンだと思っている。
家族に使う
私の幸福度が最も引き上がった瞬間は、家族にお金と時間を捧げたときだった。妻や子どもはもちろんだが、両親や兄姉が困ったときに、迷わず手を差し伸べられたこと。それは家族の絆を強くしただけでなく、自分自身の生き方をも肯定してくれる出来事だった。
数年前のことだ。兄が仙台で起業して間もない頃、出張先の東京で脳梗塞で倒れ、緊急搬送された。コロナ禍の真っ只中で、受け入れ先がなかなか見つからない。時間だけが過ぎていく。ようやく名医がいると評判の大学病院へ搬送されたが、そこまでにあまりにも多くの時間を費やしていた。
担当医に呼ばれ、告げられた言葉は重かった。「万が一、一命を取り留めても、重度の後遺症は覚悟してください」。脳梗塞の治療には発症から4.5時間以内という“ゴールデンタイム”がある。兄はその時間を大きく超えていた。家族は覚悟を決めた。
だが、奇跡が起きた。担当医の尽力と、兄自身の懸命なリハビリの結果、半年後には後遺症なしで社会復帰できたのだ。退院時、担当医が「こんなケースは初めてです」と驚きを隠せなかったあの表情は、今も忘れられない。
しかし、その裏で現実的な問題が走っていた。兄の娘、私の姪は当時高校3年生で、4月から東京の私立大学へ進学予定だった。兄は起業直後。会社には社員が3名。家庭の財布は兄が握っており、残高も分からない。仮に資金があっても、意識が戻らなければ引き出せない。
私はすぐに義姉に連絡を取り、状況を確認した。そして決めた。姪の大学4年間の学費と生活費は私が出す。
そして、会社の法人口座の履歴を確認し、取引先を洗い出し、事情を説明して回る。社員や税理士の協力を得ながら、止血を最小限に抑える。事務所や倉庫の契約も整理する。
兄が社会復帰できない前提で動いた。最悪のケースを想定して、最善の着地を目指した。自分が一から会社を立ち上げた経験がなければ、ここまで迅速に判断できなかっただろう。
さらに、兄の住宅ローンが半分残るマンションを私が時価で買い取り、半分はローン返済、半分は数年分の生活費に充てることにした。その間は無償で住み続けてもらう。査定も契約も正式に行い、曖昧さを残さなかった。家族だからこそ、曖昧にしない。それが後々の禍根を防ぐ。
兄の意識が戻り、すべてを話したとき、彼は深く感謝してくれた。両親も同様だった。
そして忘れてはならないのは、妻の存在だ。数千万円単位の資金が動く決断だったが、彼女は金額すら聞かずに「やろう」と言った。その姿勢に、私は何度救われたか分からない。彼女と一緒になれたことこそ、私の人生最大の幸運だと心から思う。
家族にお金と時間を使う。そこにはリターン計算も、ROIもいらない。ただ、確実に人生の質が上がる。自由とは、自分のために使うことだけではない。大切な人のために、迷いなく使えることだ。
家族に使ったお金と時間は、減らない。形を変えて、自分の幸福度として返ってくる。
私はそう確信している。
コラム:家族の在り方
この話を友人にすると、「よくそんな思い切ったことができるね」と言われることがある。だが、私は昔からそういう人間だったわけではない。あるきっかけがあった。
兄が倒れる数年前、京都の名のある寺院の住職と長時間話す機会があった。彼は私と同世代で、妙に馬が合った。別れ際、彼はこう言った。
「家族の中に苦手な方がいますね。感謝してください。」
私は家族の話など一切していなかった。それでも、その瞬間にすべてを理解した。
私は三人兄弟の末っ子だ。兄、姉、私。私は昔から兄が苦手だった。兄が叱られれば、私は同じことをしないように学習する。兄が失敗すれば、私は別の道を選ぶ。いわば、兄は私の反面教師だった。
兄は決して恵まれたタイプではなかった。勉強もスポーツも平均的で、継続的に努力する性格でもない。いわゆる「普通」の人生を歩んできた。
一方の私は、社会的に見れば恵まれていた部類だと思う。友人は多く、勉強もスポーツも人並み以上にできた。人間関係で悩んだ記憶はほとんどない。不思議と争いごとに巻き込まれたこともない。父からは「お前は俺より運がいい。これまで見た中で一番運がいいかもしれない」と言われたこともある。
だが、その住職の一言で気づいた。私の人生が比較的順調だったのは、兄がいたからではないか、と。同じ両親から生まれ、似た遺伝子を持ちながら、歩んだ道はまるで違う。私の成功の一部は、兄が別の道を示してくれたからこそ得られたものではないか。
兄がいたから、今の私がある。その事実を、あの瞬間に腑に落ちる形で理解した。
だからといって、急に距離を縮めることはなかった。男兄弟とはそういうものだ。ただ、心のどこかで決めていた。兄に何かあれば、自分が支える、と。
今は誰もが「何者かになりたい」と願う時代だ。それは自然な欲求だろう。だが、永遠に何者かであろうとする強迫観念に追われる人生が幸せかと問われれば、私はそうは思わない。
かつての日本では、家族の中で役割が分かれていた。長兄が働きに出て、末っ子が教育を受け、成功した者が一家を支える。全員が成功者を目指すのではなく、誰か一人が成功し、それを分かち合うという価値観があった。
どちらが正しいかは分からない。だが、私は後者を好む。
私は運が良かった。その運は、兄がいたからこそ磨かれた側面がある。であれば、兄が困ったときに支えるのは、自然なことだ。家族とは、競争相手ではない。役割の違いであり、循環だ。
私はそういう家族の在り方を、美しいと思っている。
コラム:私の父の趣味
少し、私の父の話をしよう。父の趣味は盆栽だった。中でも、初夏に色鮮やかな花を咲かせるツツジ科の小低木「皐月」という、ややニッチな世界に深く入り込んでいた。好きだった、という表現では足りない。皐月のために生まれ、皐月のために生きた。大げさではなく、本当にそんな人だった。
私が物心ついたころ、庭は皐月で埋め尽くされていた。近所の農家が使わなくなった畑を借り、そこにも植えて育てるほどだった。明らかに趣味の域を超えていた。
小学生のころには、中国をはじめとするアジアの愛好家が自宅に頻繁に訪れていた。その世界では知らない人がいない存在だったらしい。夕食の食卓のすぐ横で晩酌をしながら土をいじる父の姿は、私にとって日常だった。仕事以外は皐月まみれと言っても過言ではない。
夏場は一日二回の水やりが欠かせない。だから家族旅行はほとんどなかった。行くとしても日帰りのフルーツ狩り。子どもながらに、ここまでのめり込めるものがあることに驚き、少し誇らしくもあった。
父が会社を畳んだのは65歳頃だった。家族は口を揃えて、溢れる皐月を売るように説得した。万が一のとき、誰も価値を判断できないからだ。父は具体的な金額を語らなかったが、仲間内では数千万円規模だと言われていた。それでも父は売らなかった。実に父らしい選択だった。
それから10年後、父は突然、余命数か月の宣告を受ける。そこで父が真っ先に取り組んだのは財産の整理ではなく、皐月の引き取り手を決めることだった。毎日仲間に連絡し、誰にどの皐月を託すのかをリスト化していく。入院し、意識が朦朧とする中でも、皐月の話になると驚くほどはっきりしていた。来る日も来る日も、クレーン車が自宅に入り、皐月は仲間のもとへと運ばれていった。
やがて父は静かに息を引き取った。
なぜ売らなかったのか。親戚の間では議論になった。だが今の私は分かる。父にとって皐月は資産ではなかった。50年以上の時間を共にした、人生そのものだったのだ。
「人が死ぬのは、人に忘れられたときだ」という言葉がある。肉体が滅びても、誰かの記憶の中で生き続けていれば、その人は本当の意味では死なない、という考え方だ。
父は皐月を通して、私たち家族だけでなく、全国の仲間たちの中で生き続けている。花が咲くたびに、父を思い出す人がいるだろう。
FIREの先で問われるのは、いくら持っているかではない。何に時間とお金を変えたかだ。父はお金を皐月に変え、皐月を人とのつながりに変え、最後はそれを未来へ託した。
私もまた、そんな使い方をしたいと思う。
コラム:趣味の見つけ方
「趣味がないんですが、どうすればいいですか?」という声が聞こえてきそうなので、ここで少し補足しておく。
結論はシンプルだ。「好きな仕事ってどう見つける?」でも書いた通り、とにかく、たくさん見ること、触れること。考えていても見つからない。見た階数、触れた回数に比例して、当たる確率が上がるだけだ。
実は、私はもともと無趣味の人間だった。そんな私が大人になってからアンティーク時計、柔術、読書、日本ワインという趣味を持てたのは、自分の意志というよりも、人との出会いのおかげだ。
アンティーク時計は、友人の腕に巻かれていた一本に目を奪われたことがきっかけだった。柔術は、友人の結婚式でたまたま隣に座った人が柔術の世界チャンピオンだったことから始まった。読書は、親に半ば強制的に勧められたことが入口だ。日本ワインは、コロナ禍で消費量が激減し経営が厳しいというラジオを聞き、「じゃあ飲んでみようか」と思ったのがきっかけだった。
きっかけは、探しても見つからない。だが、動いていれば勝手に転がってくる。だから大切なのは、友人の誘いをむげに断らないこと。少しでも気になったら試してみること。メディアに触れ続けること。つまり、熟考よりも行動だ。
趣味は、見つけるものではない。出会うものだ。そして出会えるのは、動いている人だけだ。
コラム:専門家と上手に付き合おう
FIRE後に盤石な体制を築くには、専門家の力を借りることを強く勧めたい。どれだけ知識や経験があっても、全方位に精通することは不可能だ。自分の得意分野と、それ以外をきちんと切り分けられる人ほど、長く安定する。
不動産投資をするなら、不動産に強い専門家の見立ては不可欠だし、契約書は必ず弁護士に通すべきだ。金融商品を扱うなら、投資家目線の助言が欲しい。税務は税理士なしで戦うべきではない。自由を守るためには、感覚ではなく構造が必要になる。
私自身、不動産に強い弁護士、信頼できる税理士、金融分野に明るい投資家の方々に支えられている。そして大切にしているのは、資産の全体像を開示することだ。個別の商品が良いか悪いかではなく、自分のポートフォリオ全体の中でどう機能するのかを見てもらうためだ。部分最適ではなく、全体最適を考えるためには、情報を隠してはいけない。
もちろん、それができるのは信頼関係があってこそだ。信頼できる専門家に出会う最短距離は、信頼できる知人からの紹介だと私は思う。紹介というフィルターは、何より強い。
そしてここからが重要だ。私は彼らを単なる外注とは考えていない。持ちつ持たれつの関係だ。私はビジネスの専門家でもあるから、彼らから事業の相談を受けることもあれば、出資案件について意見を求められることもある。資産の話を相談するだけでなく、彼らの挑戦を支える側に回ることもある。
そうした双方向の関係になると、関係性は一段深くなる。一緒に食事に行き、ゴルフをし、時には旅行をする。利害だけで結ばれた関係ではない。互いの人生の一部を共有する関係になる。
FIRE後は孤独になりやすい。だからこそ、専門性で支え合える仲間の存在は何より心強い。自由を守るのは、自分一人の知識ではない。信頼できる人間関係の網の目だ。
専門家とは、使う存在ではない。共に設計し、共に守り、時に共に挑戦する存在である。
コラム:子どもとの付き合い方
何を隠そう、私がFIREに踏み切った最大の理由のひとつは子どもだ。子どもたちはすでに小学生である。親と濃密に過ごしてくれる時間は、思っているよりずっと短い。
諸先輩方に話を聞くと、口を揃えてこう言う。「子どもが親と本気で一緒に動いてくれるのは小学生までだ」と。中学生になれば部活動が始まり、土日はほぼ消える。わずかな休みは友人と過ごすようになる。それは健全な成長だし、まったく否定するものではない。むしろ喜ばしいことだ。だが同時に、家族で自由に旅行に行き、何気ない時間を共有できる期間が限られていることも事実だ。
私たち夫婦は、子どもが3〜4歳の頃にこの現実を真剣に話し合った。そして決めたことが二つある。
一つ目は、小学校低学年から苛烈な塾通いが前提となる中学受験の道を避け、小学校受験で一貫校に進ませるという選択をすること。そうすることで、小学校時代という最も柔らかく、家族との時間が濃い時期を守ることができると考えた。
都内で中学受験を選ぶと、週末はもちろん、平日の夜も塾に費やされる。親子の時間は極端に減る。仮に志望校に合格しても、そのとき子どもはすでに中学生だ。物理的には同じ家に住んでいても、心理的な距離は確実に変わる。旅行や何気ない会話の時間は、今ほど自然には訪れないだろう。
だからこそ、私たちは小学校受験に全力を投じた。結果として、その準備期間そのものも家族の思い出になり、志望校の内定をいただくことができた。下の子も同様の道を歩むことができ、ここまでは夫婦で描いた設計図通りに進んでいる。
二つ目は、意識的に思い出をつくることだ。週末、自宅にいることのほうが珍しい。子どもと犬と、家族で出かける。特別な場所でなくていい。海でも山でも、公園でもいい。大切なのは「一緒にいた」という記憶を積み上げることだ。
小学校受験の是非については、当然さまざまな意見があるだろう。中学受験を否定するつもりもまったくない。教育方針は家庭ごとに異なって当然だ。
だが私が言いたいのはそこではない。
大切なのは、「自分たちはどういう家族でありたいのか」を夫婦で徹底的に話し合い、その方針を信じて進むことだ。他人の正解ではなく、自分たちの正解を設計すること。
FIREとは、単に働かなくなることではない。時間の使い方を、自分で決められる状態になることだ。そしてその時間を、誰に、何に、どれだけ使うのかを自分で選ぶことだ。
私にとって、その最優先は子どもだった。
幸せとは、あとから振り返ったときに「一緒にいられてよかった」と思える時間の総量なのかもしれない。私はそう信じている。
コラム:株式投資を学ぶ
我々が生きる日本という国の、最上段のルールは何か。そう問われれば、答えは明確だ。資本主義である。ここに疑いの余地はない。
にもかかわらず、「資本主義とは何か?」と真正面から問うと、明確に答えられる大人は驚くほど少ない。誰もが知っている言葉なのに、その構造を理解していない。これは少し異様なことだと思う。
理由の一つは、学校教育で資本主義を“具体的に”教わる機会がほとんどないからだろう。教える側である教員自身が、資本主義のど真ん中で意思決定をしてきた当事者ではないという構造も大きい。成果と報酬がダイレクトに連動する世界と、そうではない世界は、似ているようでまったく違う。
話を戻そう。日本は資本主義でできている。歪みも矛盾もある。だが、それがこの社会のルールである以上、FIREを目指すにせよ、FIRE後を健やかに過ごすにせよ、そのルールを深く理解しておく必要がある。知らないルールの上で自由は設計できない。
仮に資産運用の実務を専門家に任せるとしても、最低限の投資リテラシーは必須だ。その中でも私が強く勧めたいのは、株式投資を学ぶことだ。株式投資は、単なるお金儲けの手段ではない。資本主義を体感するための最も優れた教材だ。
なぜその会社の株価が上がるのか。なぜ下がるのか。業績が良いから必ず上がるわけではない。社会を騒がせる問題を起こしても暴騰することがある。そこには業績だけでは説明できない“期待”や“物語”が織り込まれている。つまり株式市場は、企業の価値を巡る巨大な人気投票でもある。
この構造は、社会の縮図だ。選挙と似ている。合理と感情、事実と期待、短期と長期が入り混じる。そのダイナミズムを読み解こうとする過程そのものが、思考を鍛える。
企業の決算書を読み、ビジネスモデルを理解し、競争優位を考え、マクロ環境を見渡す。そうして「上がるか、下がるか」を自分の頭で考える。その積み重ねが、世の中の解像度を確実に上げていく。
株式投資を学ぶことは、値動きを当てるゲームではない。資本がどう動き、人が何に期待し、社会がどこへ向かおうとしているのかを読む訓練だ。
そして、この視座は株式だけでなく、不動産にも、起業にも、エンジェル投資にも、あらゆる意思決定に応用できる。
資本主義を生きるなら、資本主義を学べ。株式市場は、その最前線である。
コラム:消費は敵か、それともレバレッジか
FIREという思想に触れると、「消費は悪」「浪費は愚か」という空気がどこかに漂う。確かに、無自覚な消費は自由を遠ざける。固定費は選択肢を奪い、見栄は未来の時間を担保に借金をする行為に等しい。だが私は、消費そのものを敵だとは思っていない。
欲しくて欲しくて仕方がないもの、というものがある時期は誰にでもある。かつて私にもそういう時代があった。寝ても覚めてもその対象のことばかりを考え、目の前のやるべきことに集中できなくなる。仕事をしていても、思考のどこかが常にその対象に奪われている。こうなると、生産性は落ちるし、判断も鈍る。
そのとき、多くの人は「我慢する」という選択をする。それ自体は間違いではない。特に、手に入れたら破滅する類のもの、依存性の高いもの、身の丈を大きく超える借金を伴うものは、冷静さが必要だ。しかし、もう一つの選択肢がある。それは、さっさと手に入れてしまうことだ。
これは私の体験だが、手に入れてしまうと、思考にスペースが生まれる。あれほど占拠していた欲望が、急に静かになる。脳内のメモリが解放され、ほかのことを考えられるようになる。その結果、仕事に集中できるようになり、結果が出る。結果が出れば収入が増える。すると、かつては身の丈に合わないと思っていたものが、いつの間にか“自然な選択肢”になっている。
ここに一つのループがある。消費が自分を引き上げる、というループだ。
もちろん、これはすべての人に当てはまるわけではない。因果関係を完全に証明することもできないだろう。だが、少なくとも私の人生では、この流れは何度も起きた。背伸びをして手に入れたものに、自分が追いついていく。環境が人をつくる、というのは本当だ。
FIREを目指す人にとって重要なのは、「消費をやめること」ではない。「消費を選べること」だ。
消費には二種類ある。自分を縮める消費と、自分を拡張する消費だ。前者は見栄や承認欲求に紐づく。後者は好奇心や成長欲求に紐づく。前者はあとに虚しさを残すが、後者は行動を変える。
欲しいものがあるとき、それが単なる見栄なのか、それとも自分を拡張する装置なのかを見極めること。そして後者だと確信できるなら、身の丈に合わないからといって即座に諦めないことだ。
FIREとは、単に支出を削るゲームではない。自由を設計する思想である。自由を設計するうえで、ときに大胆な消費はレバレッジになる。大切なのは、恐怖から我慢するのではなく、意図を持って選ぶことだ。
消費を敵にするな。無自覚を敵にせよ。
欲望を抑え込むのではなく、観察し、選択し、使いこなす。そうして初めて、消費はあなたの足枷ではなく、拡張装置になる。
FIREを目指すなら、節約だけで自分を小さくするな。ときに、手に入れることで自分を大きくする選択もあるということを、覚えておいてほしい。
第十一部:どう生きるのか、どう生きたいのか
自分の人生の主導権を他人に渡さない
私がこの記事を通して一貫して伝えてきたことは、結局のところこれに尽きる。自分の人生の主導権を他人に渡すな、ということだ。
多くの人は、自覚のないまま生殺与奪の権を他人に握らせている。評価を上司に握らせる。承認を世間に握らせる。幸福を配偶者に握らせる。安心を会社に握らせる。自尊心をSNSに握らせる。そしてこう言う。「環境が悪い」「理解されない」「正当に評価されない」と。だが、そもそもその権を握らせているのは自分自身だという事実に、ほとんどの人は気づいていない。
FIREは金融資本の話に見えるが、本質はそこではない。他人の評価によって生活が左右される状態。他人の判断によって時間が奪われる状態。他人の機嫌によって心が揺れる状態。こうした構造から距離を取る思想こそがFIREの核心だ。
重要なのは「会社を辞めること」ではない。「評価軸を取り戻すこと」だ。会社に残っていても主導権を握っている人はいるし、会社を辞めても世間の承認に縛られている人もいる。問題は環境ではない。主導権だ。
自分は何を大切にするのか。何を勝ちと定義するのか。誰の言葉を受け入れ、誰の言葉を受け流すのか。これを決めない限り、どれだけ資産があっても自由にはなれない。
私は若い頃から、無意識にこれを避けてきた。評価されることは嫌いではなかったが、評価で自分の価値を決めることは拒んできた。だから起業したのかもしれないし、だから組織の外に立ち続けたのかもしれない。やがて自分で作った会社が急成長し、気づけば評価される側になっていた。その構造に自分が組み込まれていると自覚したとき、私は会社を売却し、FIREという立場に自分を置いた。評価から完全に自由になることはできないが、少なくとも距離を取ることはできる。
自分の人生のハンドルを他人に渡さない。それだけは徹底してきた。
もちろん孤独はゼロではない。誤解もある。批判もある。だが、少なくとも自分の選択で立っているという感覚がある。
FIREを目指す人に伝えたいのは、経済的自由は手段であって目的ではないということだ。本当の目的は、生殺与奪の権を取り戻すことにある。他人の期待に応える人生か、自分の基準で選ぶ人生か。後者を選ぶなら、孤立も責任も自己決定も引き受けなければならない。
その代わりに手に入るのは、静かな強さだ。
他人の評価で膨らまず、他人の批判で縮まない。承認の量で自分を測らない。肩書きがなくなっても揺らがない。私はそう生きたい。
どう生きるのか。どう生きたいのか。その問いに他人は答えを出してくれない。だからこそ、自分で決めるしかない。
生殺与奪の権を、他人に握らせるな。
"未来"を直視する
人は、目の前で起きている出来事を過大評価し、目に入らない場所で進行している変化を過小評価する生き物だ。その結果、“今”を重く見すぎて、“未来”を軽く扱うという構造的なバグを抱えている。これは知識の問題ではない。本能の問題だ。
人間の本質は、残念ながら怠惰に寄っている。楽ができるなら楽をしたい。運動した方がいいと分かっていても、目の前にポテトチップスがあれば手が伸びる。若いうちに努力すれば選択肢が増えると知っていても、目先の快楽を優先してしまう。私たちは合理的な生き物ではなく、“今の感情”に強く引きずられる生き物なのだ。
だが、ここに分岐点がある。
“今”に飲み込まれるか、“未来”に立脚するか。
大切なのは、“今”をどう感じるかではなく、“未来”をどれだけ具体的に想像できるかだ。“未来”が抽象的なままでは、“今”の行動は変わらない。“未来”が臨場感を伴った瞬間にだけ、“今”の選択が変わる。
“未来”は突然やってくるものではない。“今”の延長線上に、淡々と積み上がっていくものだ。その事実を腹の底から理解したとき、今日の一時間、今日の一万円、今日の一言の重みが変わる。
「いつか誰かが助けてくれる」「いつかチャンスが来る」「自分はきっと選ばれる側だ」——こうした思考はすべて、“未来”を他人任せにする発想だ。だが未来は配給制ではない。準備した人間にしか、チャンスは見えないし、掴めない。
“未来”を直視するとは、不安を見ることでもある。老い、健康、家族、資産、孤独。見たくないものも含めて、自分の将来を真正面から引き受けるということだ。そこから目を逸らす限り、“今”は変わらない。
「これからの人生で、今日が一番若い日である」という言葉は陳腐に聞こえるかもしれないが、事実だ。"未来"を変える唯一の方法は、“今”を変えることしかない。そして“今”を変える唯一の方法は、"未来"に責任を持つことだ。
FIREを目指すというのは、単にお金を増やす話ではない。”未来”を直視し、その結果として”今”の行動を変える。それができる人間だけが、構造を変えられる。
“未来”は、待つものではない。設計するものだ。
FIREを目指すなら、まず“未来”を直視せよ。そして、今日という一日を軽く扱わないことだ。すべてはそこから始まる。
時間軸の概念を意識しよう
「人は、目の前で起きている出来事を過大評価し、目に入らない場所で進行している変化を過小評価する生き物だ」という話はすでに触れた。これは言い換えれば、人は“すぐに成果が出るもの”を過大評価し、“すぐに成果が出ないもの”を過小評価する生き物だということでもある。
FIREを目指す人が最も陥りやすい罠も、ここにある。目の前の株価の上下、SNSで見かけた成功者の派手な成果、短期で倍になった投資話。そうした“即効性”のあるものは強烈に魅力的だ。一方で、毎月コツコツ積み上げる資本、地味な自己投資、健康習慣、人間関係の信頼構築といった“遅効性”のものは軽く扱われがちだ。
だが、FIREという構造そのものが、長期戦である。
長期的に見て不合理なことは、往々にして短期的には合理の顔をしている。過度なレバレッジ、見栄の消費、承認欲求を満たす投資。短期では気持ちがいいし、周囲からも評価されやすい。だが長期では確実に足を引っ張る。
逆に、長期的な合理は、短期的には不合理に見える。節度ある生活、地味な積立、学び直し、健康管理、関係性への時間投資。今すぐのリターンは小さい。むしろ“遠回り”にすら見える。しかし、時間が味方についたとき、その差は決定的になる。
すぐに役立つものは、すぐに役立たなくなる。流行りの投資法、瞬間的なスキル、バズりに最適化された立ち回り。それらは短期では機能するが、構造は残らない。構造が残らないものは、時間とともに消える。
FIRE版に言い換えるならこうだ。短期的な快楽は、長期的な自由を削ることがある。長期的な自由は、短期的な我慢の上に成り立つことが多い。
もちろん、短期を無視せよと言っているわけではない。資本形成の初期にはスピードも重要だし、モチベーションを保つための小さな成功体験も必要だ。だが、常に自分に問い続けなければならない。これは“今”の合理か、“人生”の合理か、と。
時間軸をどこに置くかで、同じ行動の意味はまったく変わる。
FIREを目指すなら、1週間単位で喜んだり落ち込んだりするのではなく、10年単位で設計する視点を持つことだ。今日の選択が、10年後の自分を楽にするのか、苦しくするのか。その問いを習慣にする。
時間軸を意識できた瞬間、世界の見え方は変わる。短期のノイズに振り回されず、長期の構造をつくる側に回れる。
FIREとは、時間の主導権を取り戻す思想だ。ならばまず、自分の時間軸をどこに置くのかを決めよう。そこからすべてが始まる。
何を“勝ち”と定義するのか
多くの人は、「勝ち」の定義を他人から借りて生きている。
年収が上がること。
肩書きが増えること。
フォロワーが伸びること。
広い家に住むこと。
誰かに羨ましがられること。
それらは分かりやすい。測りやすい。比較しやすい。だから社会は、それらを“勝ち”として大量生産する。問題は、その定義を疑わないまま走り続けてしまうことだ。
FIREという思想に触れた瞬間、多くの人は一度立ち止まる。あれ、そもそも自分は何を目指していたのだろう、と。ここで問われるのが、「あなたにとっての勝ちは何か」という問いだ。
経済的自由を得ることが勝ちなのか。
時間を自分で使えることが勝ちなのか。
家族と穏やかに過ごせることが勝ちなのか。
静かに、誰にも知られずに生きることが勝ちなのか。
勝ちの定義を持たないままでは、主導権は戻らない。社会のスコアボードに従って生きることになる。だがそのスコアボードは、永遠に更新され続ける。上には上がいる。終わりはない。
私はある時、こう考えた。もし明日、肩書きがすべて消えたら、自分は敗者になるのか?もし収入が半分になったら、自分は価値を失うのか?この問いに明確にNOと言えなければ、まだ他人の定義で生きている。
勝ちとは、他人より上にいることではない。自分の基準で納得している状態のことだ。早く引退することが勝ちなのではない。誰よりも働かないことが勝ちなのでもない。むしろ、「働く/働かない」を自分で選べる状態こそが勝ちに近い。
そしてもう一つ。勝ちは固定ではない。20代の勝ちと、40代の勝ちは違う。独身時代の勝ちと、家族を持った後の勝ちは違う。だからこそ、定期的に問い直さなければならない。いま自分が追っているものは、本当に自分の勝ちなのか、と。
FIRE後に残るのは、結局この問いだ。自由を得たあと、あなたは何を勝ちと呼ぶのか。
派手さか、静けさか。
量か、質か。
速さか、深さか。
答えは一つではない。だが、答えを自分で持っているかどうかは決定的に違う。何を“勝ち”と定義するのか。それは、どう生きるのかという問いと同義だ。他人の勝ちを生きるな。自分の勝ちを決めろ。それができたとき、初めて自由は本物になる。
恐れとどう付き合うか
FIREを語るとき、多くの人は「自由」や「安心」に目を向ける。だが実際には、自由と同時にやってくるものがある。それが恐れだ。
資産が減るかもしれないという恐れ。
市場が崩れるかもしれないという恐れ。
病気になるかもしれないという恐れ。
社会から忘れられるかもしれないという恐れ。
自分が無価値になるかもしれないという恐れ。
会社に属しているとき、恐れは分散されている。責任は組織に分散され、収入は構造に守られている。だがFIREを選ぶということは、そのクッションを自ら外すということでもある。恐れは、より直接的に自分に届く。
ここで重要なのは、恐れを消そうとしないことだ。
恐れは敵ではない。センサーだ。
資産が減ることを恐れるからこそ、リスク管理を学ぶ。
健康を失うことを恐れるからこそ、運動を始める。
孤独を恐れるからこそ、関係性を大切にする。
恐れは、未来からの警告でもある。
問題は、恐れに支配されることだ。資産が減るのが怖くて一切投資できなくなる。失敗が怖くて一歩も踏み出せなくなる。批判が怖くて何も発信できなくなる。恐れは使い方を誤ると、人生のハンドルを奪う。
FIREを目指す人が身につけるべきは、恐れをなくす力ではなく、恐れと共存する力だ。
私はこれまで何度も恐れを感じてきた。起業するときも、会社を売却するときも、FIREという立場に身を置くときも。だが振り返れば、恐れがあったからこそ準備をしたし、思考を深めたし、選択を慎重にした。
恐れがゼロの決断は、往々にして浅い。恐れがあるからこそ、本気になる。
そしてもう一つ。恐れの多くは、正体を見ないまま膨らんでいる。数字で可視化し、最悪のシナリオを書き出し、それでも生きていけると確認した瞬間、恐れは輪郭を失う。漠然とした不安は巨大だが、具体的な不安は扱える。
FIREとは、不安から逃げる思想ではない。不安を引き受けた上で、それでも主導権を握るという態度だ。恐れはなくならない。だが、恐れを理由に主導権を手放すかどうかは選べる。
恐れを否定するな。恐れに支配されるな。恐れを材料にせよ。
自由とは、恐れが消えた状態ではない。恐れがあってもなお、自分で選び続ける状態のことだ。恐れを飼いならそう。
老いは劣化ではない
人は老いを恐れる。予測しづらく、抗いづらく、そしてどこか「衰え」や「醜さ」と結びつけられて語られるからだ。若さは価値であり、老いは失うものだという前提が、無意識のうちに刷り込まれている。
だが、本当にそうだろうか。
私はむしろ、老いとは人のあるべき姿であり、時間を生き抜いてきた証だと思っている。老いるということは、経験が蓄積し、不要なものが削ぎ落とされ、判断が研ぎ澄まされていく過程でもある。
仕事を辞めて数か月後、久しぶりに会った友人にこう言われたことがある。「少し老けた?」と。私はそれを聞いて驚いた。悪い意味ではなく、いい意味でだ。
現役でバリバリ仕事をしている人は、確かに若く見られることがある。緊張感、競争、刺激、ドーパミン。そうしたものが人を張り詰めさせ、どこか人工的な若さを保つのだろう。私はもともと童顔で、実年齢より5年から10年ほど若く見られることが多かった。それが、年相応に見られるようになった。
私はそれを「衰え」とは感じなかった。無理をしていない証拠だと思った。常に興奮状態に身を置き、刺激に依存していない証だと受け取った。ドーパミンに踊らされていないということは、心が落ち着いているということでもある。
老いは、速度を落とす。だが、解像度は上がる。若い頃は量で勝負できたものが、年を重ねると質でしか勝負できなくなる。これは劣化ではなく、選別だ。時間が有限だと実感するからこそ、何に時間を使うかが鋭くなる。
FIREという生き方は、どこかで「若さ」と距離を取る思想でもある。常に前のめりで戦場に立ち続けるのではなく、一歩引いて構造を眺める。その姿勢は、若さの誇示とは相容れない。だがそれでいい。
老いは敵ではない。時間の積み重ねだ。焦りが減り、比較が減り、過剰な承認欲求が薄れていく。代わりに、静かな確信が育つ。
若く見られることが価値なのではない。年相応に、自然に、落ち着いて見られることにこそ、成熟が宿る。
老いを恐れるのではなく、味方にする。
老いを隠すのではなく、受け入れる。
老いを嘆くのではなく、活かす。
時間は誰にでも平等に流れる。だが、老いをどう扱うかは選べる。
私は、若さを追い続けるよりも、成熟を深めていきたい。老いを味方にできたとき、人はようやく「速度」から解放され、「深さ」に入っていけるのだと思う。
飽きを受け入れる
人は飽きる。どれだけ好きなことでも、どれだけのめり込んだことでも、いつかは熱が落ち着く。これは意思が弱いからではない。人間という生き物の仕様だ。
だが私たちは、「飽きること」をどこか欠点のように扱う。一つのことを貫けないのは未熟だ、継続できないのは根性が足りない、と。確かに、何かを積み上げるには一定の継続は不可欠だ。しかし、飽きることそのものを否定するのは早計だ。
飽き性は、欠点ではない。脳の“探索機能”が強い証拠だ。
進化心理学では、人類の生存戦略は「活用」と「探索」のバランスにあるとされる。目の前の資源を徹底的に掘り下げる個体と、新しい可能性を探し続ける個体。その両方がいたからこそ、種は広がり、環境の変化に適応できた。
例えば、同じ畑を耕し続ける人がいなければ安定した収穫は得られない。しかし、気候が変わり作物が育たなくなったとき、新しい土地や新しい作物を試そうとする人がいなければ、集団は立ち行かなくなる。深掘りする者と、次を探す者。どちらも必要だ。
飽きるというのは、「もうここから得られるものは十分に得た」と脳が判断したサインでもある。もちろん錯覚の場合もあるが、少なくとも可能性の匂いを嗅ぎ取っている。
FIRE後の人生では、この“飽き”がよりはっきりと現れる。仕事に追われているときは、飽きる暇すらない。だが自由になると、情熱の賞味期限が見えてくる。昨日まで没頭していたことに、今日は心が動かないこともある。
ここで無理に自分を縛る必要はない。
飽きることは、裏切りではない。進化だ。
もちろん、何でもかんでも手放せばいいわけではない。飽きと怠惰は違う。だが、純粋な飽きは「次へ進め」という合図でもある。ひとつの山を登りきったからこそ、別の景色に目が向く。
一つのことを続けられる人間は、資源を深く掘る才能がある。飽きる人間は、新しい資源を見つける才能がある。どちらが優れているという話ではない。役割が違うだけだ。
FIREという生き方は、飽きと正直に向き合うことでもある。肩書きや責任が外れたとき、自分は何に心が動くのか。何にもう動かないのか。その変化を観察できる。
飽きを否定するな。飽きを言い訳にするな。飽きを、次の探索の入口にせよ。
飽きるとは、可能性を嗅ぎ取れる感性だ。同じ場所にとどまらないための、静かな才能なのだ。
最期に後悔しないために
人は、いつか必ず終わる。この当たり前の事実を、私たちは驚くほど真剣に考えない。日常は忙しく、目の前の予定は埋まり、未来はぼんやりと遠くにあるように感じる。だが、時間は平等で、不可逆だ。
FIREという思想は、本質的には「有限性の自覚」から始まる。人生が無限なら、設計など必要ない。だが人生は有限だからこそ、どう使うかが問われる。
最期の瞬間に、人は何を思うのだろうか。
もっと稼げばよかった、と後悔するだろうか。
もっと肩書きを集めればよかった、と嘆くだろうか。
SNSのフォロワーを増やせばよかった、と悔やむだろうか。
私は、そうは思わない。
多くの人が口にするのは、「もっと大切な人と時間を過ごせばよかった」「本当はやりたかったことをやればよかった」「他人の目を気にしすぎなければよかった」といった類の言葉だ。
つまり、後悔の正体は「他人軸」だ。
他人の期待に応えるために選んだ進路。
他人の評価を得るために続けた仕事。
他人の目を気にして諦めた挑戦。
それらは短期的には合理に見える。だが長期的には、自分の人生を他人に明け渡す行為でもある。最期に後悔しないために必要なのは、派手な成功ではない。自分の選択に納得できるかどうかだ。
FIREは、後悔をゼロにする魔法ではない。だが、後悔の質を変える力はある。「やらなかった後悔」よりも、「やった上での結果」のほうが、はるかに軽い。
挑戦して失敗する後悔は、時間とともに物語になる。挑戦せずに諦めた後悔は、静かに澱のように残る。最期に問われるのは、どれだけ勝ったかではない。どれだけ自分で選んだかだ。
私は、兄の件や父の最期を通して強く感じた。人は本当に残り時間が見えたとき、驚くほど本質的なことしか考えなくなる。財産の細かい増減よりも、誰に何を託すか。誰とどう向き合うか。何を守り、何を手放すか。
時間が無限にある前提で生きると、人生は散漫になる。時間が有限だと理解した瞬間、選択は鋭くなる。
FIREを目指すというのは、ある意味で「死を前提に生きる」ということでもある。怖い言い方かもしれないが、これ以上に誠実な態度はない。
明日が最後だとしたら、今日の選択は変わるだろうか。10年後に振り返ったとき、今の自分を誇れるだろうか。
この問いを定期的に自分に投げかけること。それだけで、人生の軌道は微妙に、しかし確実に変わる。
後悔しない人生とは、完璧な人生ではない。失敗も、遠回りも、恥もある。だが、そのすべてが自分の意思から出発しているなら、それは誇れる。
他人の脚本を演じて拍手をもらう人生か。自分の脚本で静かに幕を下ろす人生か。私は後者を選びたい。
最期に後悔しないために、今日を軽く扱わないこと。時間を無限だと思わないこと。そして何より、自分の人生の主導権を、最後まで握り続けること。
それができたなら、勝ち負けはどうでもよくなる。ただ静かに、「悪くなかった」と言えるだろう。
FIREとは、そのための準備に過ぎないのだ。
最後に —— 自由のその先へ
ここまで読み進めてくれたあなたに、まずは心からの感謝を伝えたい。この記事は、効率よくFIREするためのマニュアルでもなければ、資産を何倍にするための攻略本でもない。むしろ、その逆だ。FIREという言葉の周りにまとわりついた幻想を、ひとつずつ剥がし、残ったものを静かに見つめ直すための本だった。
FIREは、ゴールではない。
逃げでもない。
万能薬でもない。
それは「構造変更」だ。生き方のOSを入れ替える行為だ。
多くの人は、自由を「選択肢が増えること」だと勘違いしている。だが実際に自由を手にすると、選択肢は減る。いや、減ったように感じる。なぜなら、言い訳が消えるからだ。時間がないから、疲れているから、評価があるから、責任があるから——そうした便利な逃げ道が、ひとつずつ閉じていく。
自由になるとは、選べるようになることではない。選ばされなくなることだ。そしてその瞬間から、人は問われ続ける。
今日は何をするのか。
誰と会うのか。
何に時間を使い、何を捨てるのか。
それは自分の価値観から出た選択なのか、それとも惰性か。
それは未来の自分を豊かにするのか、それとも消耗させるのか。
FIRE後の人生は、静かだ。刺激は減る。比較も減る。だがその代わり、内側の声が大きくなる。
説明できない違和感。言葉にならない不安。理由のない焦り。そして、ときおり訪れる、理由のない満足。
それらすべてと、正面から向き合うことになる。
だからこの記事では、何度も繰り返してきた。
「評価軸を取り戻せ」と。
「主導権を渡すな」と。
「時間軸を意識しろ」と。
「恐れと向き合え」と。
「老いを敵にするな」と。
「飽きを否定するな」と。
どれも派手な話ではない。
SNSでバズる話でもない。
だが、自由を壊さずに持ち続けるためには、どれも避けて通れない。
FIREを目指す人に伝えたいのは、これだ。
経済的自由を得ること自体は、そこまで難しくない。時間はかかるが、再現性はある。だが、自由を扱える人間になることのほうが、はるかに難しい。
自由は、人を選ぶ。
自由は、責任を要求する。
自由は、「どう生きたいのか」を問い続ける。
だからこそ、自由は尊い。
もしこの記事を読み終えた今、あなたの中に小さな違和感が残っているなら、それは正しい反応だと思う。すぐに答えが出ない問いを抱えたまま、生きていく。その覚悟こそが、FIREの入り口に立った証拠だ。
人生に、正解はない。
だが、選び続けることはできる。
他人の期待ではなく、自分の基準で。
過去の成功ではなく、未来の納得で。
恐れからではなく、意志から。
この記事が、あなたの人生を変えるとは思っていない。だが、あなたが自分の人生を選び直す、その静かなきっかけになれたなら、これ以上の喜びはない。
自由とは、声高に叫ぶものではない。
静かに、しかし確かに、積み重ねていくものだ。
どう生きるのか。
どう生きたいのか。
その問いを、これからも手放さずにいてほしい。
答えは、あなた自身の時間の使い方の中にしか存在しないのだから。

