エリート層も陥る性犯罪 「認知のゆがみ」を生むストレス どう更生
性犯罪の被害に苦しむ人が後を絶ちません。被害をなくしていくには、加害者側の「ゆがんだ認知」を矯正したり、抑圧や不安をやわらげたりするアプローチも欠かせません。元法務省職員で、性加害者らへの治療のための教育をしている一般社団法人「もふもふネット」の代表理事を務める藤岡淳子・大阪大学名誉教授(非行臨床心理学)に、加害者の心理や再発防止に必要なことを聞きました。
――性加害者が取り調べや裁判の過程で「性的同意があったと思い込んでいた」と弁明するケースが多くみられます。
事件によります。不同意性交罪の場合、顔見知りとのセックスだったとか、ナンパをして声をかけてついてきたから「同意があったと思った」と言う人はたくさんいます。
――例えば、どのようなケースでしょう。
店長などを任され、仕事もちゃんとしていた既婚男性が性犯罪者となり、カウンセリングにきました。自分のやったことが間違っていることは理解しているのですが、頑張って働いても報われず、搾取されているような気分があり、むしゃくしゃして狙った女の子に声をかけ、自分の思い通りにセックスをしたことが性犯罪になった。これが彼の気晴らしであり、リラックスを得られる手段だったのです。性犯罪をする人の素顔は結構、真面目できちょうめんで頑張る人が多いです。
――2023年の刑法改正でできた不同意性交罪は犯罪の抑止力になっていませんか。
世間一般、特に男性の「性」や「同意」に関する感覚は古いものをそのまま引きずっていて、新しい法律ができてもほとんどアップデートされていませんね。加害者教育プログラムではまず、「法律が変わりました。今の段階であなたが言う『同意』は通用しません」ときっちり伝えます。そうすると、彼らも一定の納得は示しますね。
――カウンセリングにくる人の年齢層や、背景を教えてください。
年齢は少年から20~50代、まれに60代もいます。心理状態は人によって違いますが、性犯罪者の多くは前科がない人たちです。性犯罪者の実態に関する法務省の特別調査(2015年)によれば、性犯罪者の有職者率は、約8割と他の罪名の者に比べて高く、また盗撮型や痴漢型においては、大学進学の割合も高いという結果が出ています。自ら「もふもふ」に治療を求めてくる人は特に大企業の会社員、教師、公務員など、表の顔としては仕事や勉強をすごく頑張る真面目できちょうめんなエリート層も多いです。
――社会的地位のあるエリート層が、なぜ性犯罪に走るのでしょうか。
性加害者へアプローチする更生プログラムの中身とは? 加害者に起きる変化や、被害者との対話で生まれる効果について藤岡さんが語ります。
「思い通りにいかない」 組織のうっぷんを転嫁
彼らは男社会の「上か下か」「勝つか負けるか」という価値観の中で必死に生きています。一人で頑張って組織のなかで上にあがる能力はあるけれど、プライドが高く、弱みを見せられないため、ストレスや限界を誰にも相談できないんです。
「組織や上司から搾取されている」「思い通りにいかない」という抑圧や不安を抱えていて、そのうっぷんを晴らすために女性を思い通りに動かそうとしたり、性的刺激を得たりすることで、一時的にリラックスする。これがアディクション(依存)になっていくわけです。仕事の裏で深夜までネット動画を見続け、頭の中がセックスのことでいっぱいになり、チャンスをうかがうようになる。
特に頭の良い人ほど、うまく抜け道や理屈を作り上げて、自分の犯罪を言い訳するから意外と難しいんです。
――そうしたエリート層には、どのような犯行形態が多いのですか。
私が担当するグループにも、医者、先生、公務員、有名大の学生など高学歴な人がいます。彼らがやる最も多い犯罪は「盗撮」や「のぞき」です。直接触るような身体的暴力は、世間に対する攻撃性(アグレッション)が高い人が進展しやすいのですが、社会に適応しているおとなしい大人は「直接触っていないから」「写真に撮るだけなら」と、自分の中で言い訳がしやすい方へ向かいます。
加害者へのアプローチは?
――もふもふのプログラムでは加害者にどのようにアプローチするのですか?
四方八方から情報を与えて、話し合っていきます。保護観察所は5回ほどしか教育の場がないので深い納得までは難しいですが、もふもふでは1年ほどかけて何度もやります。やることは「サークル(車座)」での対話です。これまでの日本の社会構造や学校教育は、上が決めた正しい答えを一方的に与えるヒエラルキー(三角形)型のコミュニケーションばかりでした。議論といえば相手を論破するボクシングのようなものでした。そうではなく、サークルになって、上も下もない、ひとりひとりの気持ちや体験が同じように貴重であるという場を作ります。
――加害者たちはどう変わっていくのでしょうか。
彼らは自分の「モヤモヤ、不安、無力感」といったネガティブな気持ちに気づくのがすごく苦手です。それを言葉にして人に伝え、受け止めてもらう経験を重ねることで、心が落ち着いていきます。
以前、女子トイレに入って停学になった男子学生がいました。エリート一家で育ち、自分だけが「できない子」扱いされ、父親から一方的に言われる環境で育った子です。もふもふの加害サークル仲間のおじさんたちが彼の話を丁寧に聞いていると、彼は泣きながら自分の気持ちを吐き出しました。そうして2年ほどかけてコミュニケーションが変わると、父親とも話せるようになり、就職して安定しました。
――どこが変わったのでしょうか。
自分の適切なニーズを適切な方法で満たし、他者の視点(被害者がどう感じるか)を持てるようになれば、スムーズに犯罪から抜けることができます。
被害者と同じ空間で対話するプログラムも
――もふもふでは、当事者同士ではない加害者と被害者が同じ空間で対話する場もつくるそうですが、効果はありますか。
加害者側にとっては被害者のリアルな声を聞く非常に有効な場になります。また被害者側にとっても、自分の人生を壊した恐怖の対象が「なんだ、ただのおじさんか」「彼らなりに反省して考えているんだな」と客観的に見られて、吹っ切れるきっかけになることがあります。もちろん、いきなり会わせるのではなく、双方がそれぞれ対話の練習を重ねて、安全が確保された場で行うことが大前提です。一対一の面接以上に、いろんな視点が入り、共感と支えを得られるサークルの効果があると感じます。
――最後に、性犯罪をなくしていくために必要なことは何でしょうか。
性犯罪は「関係性の病」です。相手と対等に、2人とも楽しい関係を築くには、自分の気持ちを言語化し、相手の気持ちを聞く「究極の対話」が必要です。しかし今の日本は、家庭でも学校でも、異なる欲求がぶつかったときに、ただ我慢したり、陰で不満を言ったり、より下の者に不満をぶつけたりで終わってしまいがちで、話し合って第三の道を見つける訓練が圧倒的に足りていません。
一方的に叱責(しっせき)したり、正したりするだけでは、コミュニケーションは身につきません。小さな頃から、学校や家庭で「対話と尊重の文化」を作り、サークル型のコミュニケーションの練習をしていくこと。これが性加害者の生きづらさやゆがみを減らし、根本から防ぐために最も大切なことだと思っています。
ふじおか・じゅんこ
上智大学大学院を修了し、1981年に法務省国家公務員上級職(心理職)となり中野刑務所、東京少年鑑別所などに勤務。米国で司法行政学を学んだのち、栃木刑務所分類課長。2002年に大阪大学教授となり、児童自立支援施設や児童相談所で性問題行動治療教育プログラムを開始。一般社団法人「もふもふネット」代表理事、大阪大学名誉教授。
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- 杉田菜穂俳人・大阪公立大学教授=社会政策視点
都合良く解釈したがる自分 誰にでもある思い込みと現実のギャップを認識するのは難しいことだし、誰もが被害者・加害者になり得る。自分の考えていることや感じていることを客観的に捉えるための第一歩は<都合良く解釈したがる自分>を認識することであり、そこからコミュニケーションが変わる。そのことを体験的に学ぶ機会を社会がどれだけ提供できているかということが問われている記事だ。
2026年7月19日 19:22 - 伊藤和子弁護士視点
性暴力の加害者の中には、「組織や上司から搾取されている」「思い通りにいかない」という抑圧や不安を抱えるエリート層も多い、という指摘であるが、DVに関してもまさに同様なことが言える。社会構造そのものの病理であるが、だからといって、加害者の刑事責任・社会的責任において弁解の余地はない。本来、自身を傷つけている強い者に立ち向かうべきなのに、その代わりに、何ら関係ない、自分より弱い者を傷つけて欲望を満たし、うっぷんを晴らす、という負のループは断ち切らなければならない。 その点で、不同意性交等罪を導入したり、撮影罪の新設により、やってはならない犯罪行為が明確になったことは前進であり、同意誤信という認知のゆがみは社会全体で是正し、性暴力の不処罰の文化を断ち切るべきだ。虐待の連鎖を断ち切るべき、ということと共通する。 その一方で、社会全体の生きづらさを長期的に根絶する取り組みの重要性は論を待たない。 性犯罪は「関係性の病」というのはまさに本質をついている。性欲というより、むしろ支配欲、なのである。 そして、生まれてこの方、対話やリスペクトのない、上位下達の社会で生きていれば、自分より下の者を見つけて欲望をぶつける方向に生きがいや気晴らしを求めることは残念ながらありうる。性暴力でなくても、ネット上の誹謗中傷や、ヘイトスピーチなどにはけ口を見出すのも別の形態での発散であろう。ゲームやアニメ、推し活などにはまれば実在の人への加害性はないものの、構造的課題は横たわる。 上意下達の社会において、常に被害者の立場にあると感じる人が若年層のみならずエリート層にまで及んでいるとすれば、日本社会全体において多くの人がそのような生きづらさの中を生きているということになる。 性加害者治療という枠を超えて、そのような社会構造全体を変える取り組みが教育や企業などで進められる必要がある。 一朝一夕の課題ではない。とはいえ、希望を見いだせない人々に対する昨今の政治のアプローチとして、手取りを増やす、成長のボタンを押しまくる、あるいは日本人ファースト、などという政策やスローガンが示されるものの、上意下達の競争社会に疲れてしまった人々へのアプローチとしては小手先、あるいは見当違いな対応にしか思えない(短期的支持は集まるかもしれないが)。 もう少し根源的に人にやさしいアプローチを政治には追求してほしい。
2026年7月20日 10:42