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2026年4月、自転車の交通違反に「青切符」が導入され、「小学生以上の同乗問題」が改めて注目を集めている。こうした課題に向き合い続けてきたのが、株式会社ふたごじてんしゃの代表取締役・中原美智子さん(55歳)だ。同社では、安全に利用してもらうため、あえて誰にでも販売しない独自の「アセスメント販売(R)」を採用している。その狙いとは何か。
自転車の交通違反に青切符導入が注目される
「小学生を自転車に乗せたら青切符」。こう聞いて、驚いた人は多かったのではないだろうか?
26年4月、改正道路交通法が施行された。自転車の交通違反に「青切符」が導入されることになったのだ。これまでグレーゾーンとされがちだった「小学校入学後の子どもを同乗させて運転する行為」も、取り締まりの対象と可視化されることになった。子育ての現場からは不安の声が上がっている。
「日常生活のなかでは、学童のお迎えなど、小学生以上の子どもを自転車に乗せる場面は少なくありません。とくに障害のあるお子さんは、成長しても一緒に移動するのがとても大変です。スクールバスで特別支援学校に通っている場合、バス停まで自転車で送迎するケースも多いです。ひとくくりに小学生以上を乗せることはNGとすると、生活が成り立たなくなる人がたくさんいます」
こう話すのは株式会社ふたごじてんしゃの代表取締役・中原美智子さんだ。中原さんは21年の道路交通法改正にも大きく関わっている。
21年より以前の道路交通法(各都道府県の公安委員会規則)では、自転車の幼児用座席に同乗できる子どもの年齢制限が「6歳未満」と定められていた。つまり、幼稚園や保育園に通っている子も、法律上は6歳の誕生日を過ぎると自転車に乗せられなかったのだ。中原さんは制限の変更を求め、オンライン署名などの活動を続ける。その結果、21年の法改正(「小学校就学前まで」への一律引き上げ)につながった。
こうした中原さんの自転車に対する活動の原点は、自身が10年に双子を出産したことにある。従来の前後に子どもを乗せる2輪自転車は、力の弱い女性ではバランスを取るのが難しく、転びやすい。自動車は小回りが利かないなど、外出する手立てがなく、一時は家に引きこもり、精神的にも追い詰められていた。
「もっと気軽に子どもたちと一緒に外出したい」。その一心で、まったくの未経験から子どもを2人乗せられる3輪自転車づくりに挑んだ。試作品完成までにかかった年月は3年。念願の自転車を「ふたごじてんしゃ」と名づけた(試作品完成までのストーリーは前編にて)。
さらに中原さんは、自分のための1台だけで満足しなかった。「自分と同じように双子を育てる母親たちが、気軽に外出できるようになってほしい」と、起業し、この自転車を普及させようと考えたのだ。
資本金は子どものために貯めた教育費200万円のみ
試作品の製作に協力してくれたリヤカーメーカーは1台のみで撤退。けれど、自転車用品・部品の開発製造販売で国内大手であるOGK技研株式会社の、当時専務(現社長)・木村泰治さんが、中原さんの熱意に共感し、協力を申し出てくれた。おかげで本格的に共同開発に取り組むことになった。
とはいえ、起業の最大の壁は資金だった。当時用意できた資本金は200万円。子どもたちの教育費としてコツコツ貯めていたものだ。
「もしこれでうまくいかなかったら、子どもたちのために貯めていたお金も、すべてなくなってしまう。まさに背水の陣でした。でも、双子や年子を育てている人たちが、無理なく移動できるようにすることは、私の使命だと思っていたんです」
16年、「株式会社ふたごじてんしゃ」を設立する。ふたごじてんしゃを知ってもらうため、中原さんは全国各地で試乗会を行ってきた。双子や年子の母親たちが「こんな自転車が欲しかった」と喜ぶ姿を見て、中原さんは「ふたごじてんしゃは確実に需要がある」と確信する。同時に、誰にでも販売していいわけではないとも気づいたという。
「ふたごじてんしゃは3輪で、子どもを2人乗せても安定感があります。とはいえ万能ではなく、リスクもあります。たとえば、車体は道路交通法の規則内の大きさですが、通常の2輪自転車よりは広い駐輪スペースが必要です。また構造上、坂道やデコボコ道は運転しにくく、スピードを出し過ぎると3輪の特性上、転倒しやすくなります。こうした特性を理解しないまま、一般的な2輪自転車と同じ感覚で使おうとするのは、かえってお母さんや子どもたちを危険にさらすのではないかと感じたんです」
安全に使ってもらうためには、販売前に使用上の注意や、ふたごじてんしゃの特徴を理解してもらう必要がある。そこで導入したのが、ふたごじてんしゃオリジナルの「アセスメント販売(R)」だ。購入希望者は、事前にアセスメント(適性確認)を受け、道路交通法や自分の環境、商品について学び、ふたごじてんしゃの利用が自分に適切かを確認することを必須としている。また、全国各地で試乗会を開催したり、特定の店舗で試乗体験ができるようにしたりして、実際に乗れる機会も作っている。
一見すると、非常に効率が悪く、販売機会を逃しているようにも思える。しかし中原さんは、「実際はユーザー、自転車販売店、メーカーのすべてにメリットがある『三方よし』の仕組みなんです」と話す。
驚異の返品率0.001パーセント。独自の「アセスメント販売(R)」の強みとは
購入者は、アセスメントによりメリットもデメリットも理解している。そのうえで購入しているため、返品率はわずか0.001パーセント。万が一、必要がなくなった場合は、株式会社ふたごじてんしゃが希望者同志を仲介し、リセールする形をとっていた。現在は自社の「リユースプラットフォーム」を立ち上げた。ユーザー自身がリセール予定の車体にどんな特徴があるか、傷がついているかなど、丁寧な説明文をアップロードしたうえで、購入希望者と直接やり取りをしている。
アセスメント販売(R)は自転車販売店にとってもメリットが大きい。通常、自転車屋は問屋から商品を買い取って販売しているため、原則として返品ができない。さらに従来の3輪自転車は、「乗りづらい、駐輪スペースが確保できなかった」などの理由から、購入後に消費者から販売店に返品されることが珍しくないという。返品リスクはすべて販売店の赤字になる。
しかし、ふたごじてんしゃは完全受注販売のため、店舗側の在庫・返品リスクは極めて低い。さらに、店舗が受け取る利益は一般の自転車と同じに設定されている。
さらにメーカーにとっても、過剰な在庫を抱えるリスクが少ない。ユーザーには購入前にアセスメントを受けてもらっているため、顧客データが把握できているのだ。そのため、生産計画が立てやすくなる。
こうした丁寧で誠実な販売姿勢は、ユーザーとメーカー間に絶大な信頼関係をもたらしている。以前、一部のパーツのリコール対応が発生した際、ふたごじてんしゃは、顧客データから「100パーセントの回収と訪問対応」を達成することができた。
さらに、訪問先ではクレームではなく「双子が乗れる自転車を作ってくれてありがとう」という感謝の言葉ばかりだったという。
「年間売り上げや効率のよさだけを追う企業では、私たちのアセスメント販売(R)は採用されなかったと思います。でも、私たちの一番の思いは『自転車を売ること』や『数字を追うこと』ではありません。『今日も楽しかったね』と、家に帰ってこられて、お出かけが当たり前にできることなんです。長い目で見れば多くの人から信頼される、確実な販売方法だと思います」
「おでかけじてんしゃ」という新しい構想へ
冒頭の話に戻ろう。26年の改正道路交通法により、自転車に人を乗せる行為に「青切符」が導入されることになった。グレーゾーンとされてきた「自転車に子どもを乗せる行為」も取り締まりの対象となり、社会的に注目されている。中原さんは「子どもの年齢制限の見直し」や「安全な移動の選択肢の確保」をさらに進めるため、新しい構想へ向けて動き出している。それが「おでかけじてんしゃ(キャリアサイクル)」という概念だ。
「最初にお話ししたように、自転車に子どもを乗せざるを得ない人はたくさんいます。これまで小学生以上の子どもの親や、障害のある子どもの親にアンケートを取っても、子どもを自転車に乗せたいという声はとてもたくさんありました。自転車で移動するのは、小回りも利くし、とても便利なんです。子どもがいる家庭の切実な願いを、どうにかしたいと思っています」
中原さんが目指しているのは「自転車に人を乗せ、送迎している景色が当たり前になる社会」だ。今後は、おでかけじてんしゃという概念のプロジェクトを通し、共感してくれる人を集め、さまざまな企業が参画して人を乗せる自転車が日本に根づくための活動をしていく。
「もちろん、現状では難しいことはたくさんあります。でもまずは、皆さんにこういう問題があると知ってもらうことが大事だと思っていて。今回、青切符が導入されたことで、たくさんの人が『自転車に子どもを同乗させられないと困る』と気づくことになりました。みんなが今のままでいいのか考えるようになったのは、とても意義のあることだと思います」
安全に人を乗せるためには法改正も必要なうえ、車体も変える必要があるだろう。実現させるためには、途方もなく大きな課題が山のようにあるはずだ。それでも中原さんは、かならず変えると強い信念を抱いている。
「以前の道路交通法では、6歳になったら自転車に乗せられないという決まりがありました。周囲からはそれを変更するのは絶対無理だと言われていたんです。でも声を上げ続けていたら、変えることができた。
『おでかけじてんしゃ』もきっと実現すると考えています。自転車はとても気軽に移動できる便利なもの。だから、誰もが自由に使え、おでかけを始められるきっかけとなる自転車として、日本の文化にしたいんです」