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行動しなかったことに対する後悔は行動したときの2倍
トーマス・ギロヴィッチ、ヴィクトリア・メドヴェクらの研究では、人は行動したことを後悔するより、行動しなかったことを後悔する場合が多いという結果が繰り返し明らかになっている。
とくに、長期間に及ぶ後悔にはこのタイプのものが多い。「行動しなかったことに対する後悔は……行動したことに対する後悔よりも、長く尾を引く」と、ギロヴィッチとメドヴェクは初期の論文で記している。
私が大手のソフトウェア・データ分析会社と協働のもと立ち上げた調査「アメリカ後悔プロジェクト」の回答でも、行動しなかったことへの後悔が行動したことへの後悔の2倍近くに上っている。また、別の調査によると、中国、日本、ロシアなど、個人主義的傾向が比較的弱い社会でも、行動しなかったことへの後悔のほうが目立つという。
その主たる理由は、行動した場合、結果が明らかになるという点にある。結果がわかっているので、後悔の感情が続く期間が短くて済むのだ。一方、行動しなかった場合は、その後どうなったかは想像するほかない。
「行動しなかったことに対する後悔は、行動したことに対する後悔よりも、生々しく、現在進行形で未完成の性格が強いため、意識に上る頻度も高い」と、ギロヴィッチとメドヴェクは記している。
アメリカの詩人オグデン・ナッシュは、行動したことへの後悔と行動しなかったことへの後悔の違いについて、長い詩を書いている。
行動したことの結果は、具体的で限定的だ。それに対し、行動しなかったことの結果は、漠然としていて非限定的なものにならざるをえない。行動しなかったという経験は、私たちの皮膚の内側に後悔の種子を埋め込むことにより、終わりのない推測を生むのだ。
行動したかしなかったかという「勇気に関わる後悔」が恋愛の領域でしばしば見られる理由も、これで説明がつく。私の調査に対しても、そのような後悔が非常に多く寄せられた。それこそ、回答者の中で恋愛に関して類似の後悔をもっている人同士を引き合わせる「後悔版マッチングアプリ」をつくれそうなくらいだ。
アイルランドの37歳の男性はこう述べている。「大学時代に、人生でいちばん魅力的な女性と巡り合いました。でも、勇気がなくてデートに誘えずじまいでした」。
オクラホマ州の61歳の女性はこう打ち明けている。「45年間ずっと好きだった人に電話できませんでした」。
カリフォルニア州の65歳の男性が寄せた後悔は、このようなものだった。「デートに誘えませんでした。もし誘っていたら、人生が変わっていたでしょう」。
勇気に関わる後悔が長引くのは、反実仮想で思い描ける可能性の幅がきわめて広いからだ。
思い切って挑戦しなかったことを悔やむ人は多い
勇気に関わる後悔すべての核を成すのは、成長の機会がそこなわれた経験だ。「なれたかもしれない自分」─もっと幸せで、もっと勇気があり、もっと進化した自分─ になれずじまいだったこと。限りある人生の中でいくつかの重要な目標を達成できなかったこと。そうしたことに後悔を感じるのだ。
この種の後悔が生まれやすい領域としては、仕事の分野も挙げることができる。大半の人は、眠っていない時間の半分以上を仕事に費やしているからだ。南アフリカの33歳の女性が記した内容は、ほかの多くの人たちの声を代弁するものと言えるだろう。
いま後悔しているのは、キャリアの初期にもっと勇気をもって大胆に行動しなかったことです。ほかの人たちにどう思われるかを気にしすぎていました。
実際、キャリアで安全策を選んだ人はしばしば、中年期になって過去を振り返ったとき、もっと別の生き方をすべきだったと考える。ペンシルベニア州の56歳の男性は、「14年前に、この会社では満足できないと気づいていたのに、会社を辞めなかった」ことを後悔している。イギリスの53歳の男性は、「無難な職に長くとどまらずに、もっと早く、自分の本能に従い、もっと自分の核を成す価値観に沿った仕事に就くべきでした」と語っている。
やってしまったと後悔する人は少数
オレゴン州の54歳の女性は、「30代後半の頃にもっと勇気を出して、新しい土地で働けばよかった」と悔やんでいる。この女性は、自分の後悔をひとつの言葉に集約して表現した。「腰を落ち着けすぎました」。
勇気に関わる後悔で非常によく見られたのは、自分のビジネスを立ち上げなかったことを悔やむ言葉だ。ニコル・セレーナは、大手製薬企業で長年働いたあと、カナダのトロント近郊で会社を設立した。コンサルティングと研修を手掛ける会社だ。後悔しているのは、もっと早く会社をつくらなかったことだ。
同様のことを述べている人は、ほかにもいる。「もっと早い時期に、もっと思い切って行動すべきだったと思っています」と述べたのは、あるカリフォルニア州の起業家だ。「最後には会社を設立したけれど、権威ある人たちの言葉に耳を傾けて時間を無駄にしてしまいました」。
一方、自分のビジネスを始めたものの、廃業に追い込まれた人たちの中には、リスクの大きすぎる行動を取ったことを悔いている人も何人かいた。知識やスキルが不足していたり、起業を甘く見ていたりしたことが失敗の原因だったと、そうした人たちは述べている。しかし、このような回答を寄せた人たちは圧倒的に少数派だ。思い切って挑戦しなかったことを後悔している人のほうがはるかに多い。
挫折を経験した人のなかには、もう一度挑戦したいと言う人も少なくない。たとえば、1997年、インターネットが普及しはじめたばかりの頃に、ダグ・ランダーズは、フロリダ州中部でウェブ・トレーニング会社を設立した。この新しい会社は「数年間生き延びたけれど、潰れてしまった」という。
そのとき私は、いわば馬から落ちて痛い思いをしたことで、自分は乗馬に向いていないと決めつけてしまいました。その後20年にわたり、ほかの人たちが馬で通ったあとを歩いていた。いまは、再び馬に乗ろうとしなかったことを悔いています。57歳になったいまも、どうすればそれができるのかと考えています。
成長の機会をつかまなかったことへの後悔
私の調査への回答を見ると、私生活の領域でも、リスクを伴う行動を取らなかったために成長を遂げられなかったことを後悔している人が大勢いた。そうした人たちは、ほかの目的を達成する手段として成長したいというだけでなく、成長すること自体に価値を見いだしている場合も多い。
たとえば、せっかくの機会に旅行しなかったことを最大の後悔として挙げている人が何百人もいた。同じことを後悔している人同士の恋人マッチングアプリのほかに、旅行しなかったことを後悔している人向けの旅行サイトも立ち上げられそうだ(その場合は、海外留学しなかったことを後悔している人たちのためのサービスも忘れるわけにいかない)。
「私が最も後悔を感じてきたのは、まずい行動や愚かな行動を取ったことではなく、行動しなかったことです」と、オーストラリアのアデレードで暮らすジェマ・ウェストは述べている。
最大の後悔は、18歳のときにヨーロッパでバックパッカーの旅をしなかったことです。怖くて二の足を踏んだのです。でも、そうした旅を経験することは、オーストラリアの若者にとっては人生の重要な通過儀礼。私のいちばんの親友は、ほかの人とその旅に行きました。
ユタ州の47歳の男性はこう述べている。
若い頃にもっと旅をしなかったことを後悔しています。住宅ローンを抱え、子どもができ、「本物の仕事」に就くなど、大人としての責任の数々を背負うようになる前に、旅に出ればよかった。いまは、そんな自由はもうありません。
オハイオ州の48歳の男性はこう打ち明けた。
もっと冒険しなかったことを後悔しています……旅をしたり、探索したり、世界をもっと経験したりすることに時間を割かなかったのです。落胆したくないという思いに支配されていたことに加えて、周囲の期待を自分の希望よりも優先させた結果でした。私はいつも言ってみれば「よき兵隊」としての役割を果たし、まわりの人たちを満足させるよう努めてきました。これまでの人生には満足しています。でも、ほかの人たちに話せるような経験をもう少ししたかった。いつの日かきっと……。
勇気に関わる後悔は、このオハイオ州の男性のように、もっと探索の機会をもてばよかったと悔いるものである場合が多い。そのなかには、自分の内面を探索しなかったことへの後悔も含まれる。人が本当の自分であるためには、勇気が欠かせない。そして、本当の自分でいられなくなれば、その人の成長は止まる。
この点をくっきり浮き彫りにしているのが、世界中の何十人もの人たちが私の調査に対して用いた言葉だ。それは、「自分に誠実でなかった」という言葉である。
自分のアイデンティティを隠したという後悔
自分のアイデンティティを表明した人がそれを後悔することはほとんどない。これは、社会で主流の文化とぶつかるアイデンティティをもっている人たちにも言えることだ。それに対し、自分のアイデンティティを隠した人は、自分が人生を満喫する機会を否定してしまったと感じることが多い。
たとえば、カリフォルニア州の53歳の人物はこう述べている。
同性愛者男性であるともっと早く公表しなかったことを後悔しています。それを公表しなかったことで、私の振る舞い方、仕事のパフォーマンス、同僚との絆の強さが影響を受けたことは間違いありません。
マサチューセッツ州の50歳の女性はこんな回答を寄せた。
私はマイノリティの女性です。アメリカへは移民としてやって来ました。ほかの人たちが私の英語の発音や肌の色、文化を笑いものにしたとき、堂々と抗議したり、相手の誤りを正したりしなかったことを後悔しています。
ニューヨーク市の36歳の人物はこう打ち明けた。
若いとき、自分がレズビアンであることを両親に打ち明けなかったことを後悔しています。長い間、異性愛者のふりをしていました。女性が好きなのだと、世界に向けて言うことができなかったのです。
ときに、最も勇気ある行動は、たとえほかの人たちの間で波紋を呼ぶことになっても、自分にとって新しい道を切り開くために声を上げることなのかもしれない。