現代詩(自作):「夏の水」 20260716
夏の水 堀川朽葉
グラスの水を運んでくる店が減って
自分で汲んだ夏の水
グラスとともに窓際の席に座ると
正面に見える松の木と駅のホーム
交番は後ろを向いている
交差点の激務を眺めて
静かに置かれた
アイスコーヒーを吸う
角氷の寂滅の海が揺れる
Kindleが
柄谷行人を読み上げて
純白のイヤホンの捻じれを
気にしながら つぶやく
交換様式でなく生産様式を!
そう祈りつつ生きてきたが
ときどき出てくる
学生時代のノート
甲と乙の間に矢印が書かれ
◯にGのアルファベット
Grundbuch だったっけ と
最近、独り言の多くなった私の口から
悔悟に似た感情が溢れる
右から左へ 左から右へ
ああ、水の泡だ
真夏だ
この年齢になれば
ダイアローグなんかもういいさ
モノローグに
交差点なんか要らない
赤信号でも渡るしかない
少し端の濡れた勘定書を手にとって
ぐっと夏の水を飲み干す
海が見たいと思ったが、
残景に
カモメの虹が
消えなくって 痛い
2026.7.16
堀川朽葉
追記
季語「夏の水」。飲水でもいいし、海や川の水でもいいのだが、歳時記には
「清水」「泉」「滴り」「打水」などもっと具体的な季語があるので、なかなか使うのは難しい季語とされている。
これに対して「春の水」「秋の水」は、海や川、湖沼などの水が季節の変わり目を感じさせる。しかし、この水は水道水の水ではいけないとされているはずである。こういうところが、俳句はやって見ないと解らない難しさがある。
「冬の水」。手を切るような冷たさ。しかし、井戸水の水でもいいらしいから、水道水でもいいのかもしれない。また「寒の水」という季語があって、寒中の水はからだにいいとされている。
柄谷行人の『定本 力と交換様式」を透析中にアシストリーダーを使いながら読んでいる。生きつ戻りつしてなかなか先に進まない。同時に、この書籍に少しだけ嫌気が差している。
生産が大事だ、と言い切りたい。
作る者たちの苦労を忘れて
実体経済でなく金融経済ばかり膨らんだ世界は
やがて滅びると私はずっと思ってきたからなのだが、
どうも現実化するのではないかと、慄いている



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