養老孟司がスペイン紙に語る「戦争の写真の隣に地震の写真を並べるべき」いまだに立ちはだかる「バカの壁」
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解剖学者の養老孟司(88)は、30年間を東京大学での解剖研究に捧げた。1995年に東京大学を退官してからは、人間の脳と身体の関係についての研究に没頭し、同時に昆虫採集にも情熱を注いできた。 【画像】昆虫好きが高じて東京都写真美術館で「養老孟司と小檜山賢二の虫展」を開催した養老孟司 2003年に出版された著書『バカの壁』のなかで彼は、人間の不寛容さは道徳的な欠陥ではなく神経学的な状態であると主張した。つまり脳は、自身の確信に矛盾するいかなる情報に直面しても、それを処理せず、まるで存在しないかのように振る舞うという。 また著書では、私たちは膨大な情報を持っているにもかかわらず、偏見やバイアス、自己満足、そして他者の話を聞かない姿勢からなる「見えない壁」が存在するために、お互いを理解し合えずにいると説明されている。 同書は発売から2年半で400万部を売り上げ、養老はバラエティ番組で数学の計算を解説したり、家族連れで満員の公会堂で講演したりする有名人となった。 しかし、批評家たちは、養老もまた自身の分析から逃れられていないと指摘する。毎日20本以上のタバコを吸うと公言してきた喫煙者である彼は、何十年間も、タバコと肺がんの科学的な因果関係続について懐疑的だったが、2024年に出版されたエッセイで、まさにその肺がんを患っていることを明かしている。 そんな養老がスペイン「エル・パイス」紙の取材に応じた。
戦争によって日本の状況が好転したことは一度もない
──『バカの壁』のなかで、先生は人間の脳をコンピュータ、すなわち入力と出力のシステムとして定義しています。AIの登場によって、その考え方はより身近なものになったのでしょうか? 以前は、コンピュータがますます人間に似てきたと言われていました。私は常にその逆を主張してきました。人間のほうがコンピュータに似てきたのだと。これら2つのプロセスはどちらも存在しており、いずれ収束していくでしょう。それが良いか悪いかを判断する必要はありません。それぞれの機能を果たしているのであれば、それで良いのです。 私が懸念しているのは、すでに80億人もの人間に知能が備わっているということです。すでに80億個も存在しているものを、なぜ私たちはわざわざ新しく作ろうとするのでしょうか? ──しかし、先生は200冊以上の著書を学習させたAIデジタルヒューマン「AI養老先生」を作りました。先生のデジタルな分身は、先生と同じように答えるのでしょうか? 私にとってあのプロジェクトに参加することは、本を1冊書くようなものです。そこに記録されたものは、私がいま考えていることとは異なります。どのように答えるかは、AIを構築した人たち次第です。私がこれまでに多くの文章を書いてきたので、作成は簡単だったと言われました。 ──米国とイランの交渉が事実上決裂していることなどは、先生がいう不寛容の論理を裏付けるものだと考えていますか? そうですね。インプットが届いてもアウトプットがなく、彼らの行動は変わりません。政治家は他人の話を聞かないのです。情報は入ってきても処理されません。すべてを係数ゼロに掛け合わせてしまうのです。彼らはそれをわかっていながら、すぐに忘れてしまいます。 ──日本は平和主義を信じるのをやめてしまったと考えていますか? 日本の平和主義が第二次世界大戦での敗北や、押し付けられた憲法によるものだと考えるのは間違いです。日本は地震、台風、火山の噴火が絶えない場所であり、戦争によって状況が好転したことは一度もありません。 人口密度が高く小さな国ですから、当然、平和に暮らしたいと願うものです。12世紀に武士が台頭するまで、日本の歴史は基本的には平和なものでした。日本に武装勢力が生まれたのは、外部の敵に立ち向かうためではなく、自然災害が原因でした。無法者たちが京都への食糧供給を断った際、飢餓を防ぐために軍事力が必要になったのです。 ──なぜ日本人は西洋人よりもロボットとうまく共生できるのでしょうか? 私たちは何世紀にもわたり、人間ではない姿をした象徴(神仏など)と共生してきました。神道の神々には固定された人間の姿がありません。有形(生命)と無形(非生命)のあいだに、西洋のような明確な障壁が存在しないのです。ロボットは私たちにとって脅威ではなく、世界におけるもう一つの存在の形態にすぎません。
Gonzalo Robledo
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