ストリップ女子、温泉に行く(『編集者・石川知実の静かな生活』)
能登での取材を終えたあたしは、そのままの足で金沢から敦賀行きの新幹線に乗り、芦原温泉駅に向かった。お目当てはあたしの大好きな踊り子さん、鈴木千沙子さんの舞台を観ること、そして「ビンディ」の高山えみ子さんに会いに行くことである。
芦原温泉は、今では日本海側で唯一の現存するストリップ劇場となった「ニューあわら劇場」が存在する。ここは千沙子さんがデビューした劇場でもあり、昨年は千沙子さんがトークショーを開催した場所でもある。
あたしは芦原温泉を訪れるのは三度目である。一度目は昨年の千沙子さんのトークショーだった。これはあわら市在住の高山えみ子さんが企画したイベントで、地域の資源としての劇場の存在を多くの人たちに知ってもらおうという趣旨で開催された。千沙子さんの小説も芥川賞の候補作となったことから広く知られるようになった時期でもあり、会場となった劇場には多くの人たちが集まり、二階を合わせると百席ほどの劇場がほぼ満員となった。この時にあたしは初めてえみ子さんに出会い、挨拶させてもらったのだ。えみ子さんはこのイベントの後も劇場を会場として、トークショーやライブなどを精力的に企画し、開催を続けている。
二度目は千沙子さんが劇場に出演しているのに合わせてあたしが芦原温泉まで「遠征」した時である。千沙子さんに事前に連絡すると、
「じゃあそれに合わせてえみ子と一緒にお昼に行きましょう!」
と言ってくれたので、
「ぜひ! よろしくお願いします」
ということになった。
この日はお昼前に、芦原温泉の表玄関である越前鉄道のあわら湯の町駅の前の広場にある足湯で待ち合わせした。あたしが足湯につかって待っていると、少し遅れて千沙子さんとえみ子さんがやってきた。
「ともちゃん、おひさしぶり。待った?」
「いえいえ、お忙しいところお誘いいただきありがとうございます!」
「知実さん、お昼はイタリアンでいいですか? ピザ窯がある美味しいお店があるの」
「はい、ピザ大好きです! ありがとうございます」
こうしてあたしたちはえみ子さんの車に乗り、温泉街から少し離れたところにあるイタリアンレストランに行った。ピザは期待通りの美味しさで、窯で焼いて香ばしくなり、外側はクリスピーだが中はもちもちの食感に舌鼓を打った。
「この後、雄島に行きましょうか?」
「雄島って、あの塩田武士さんの『朱色の化身』に出てくるところですよね。あと花房観音さんの『果ての海』にも」
「そうそう!」
「ぜひ、行ってみたいです!」
雄島は、芦原温泉を舞台にしたいくつかの小説に登場する場所であり、いずれも重要なシーンの舞台となった。雄島は小さな島で、そこには雄島神社があり、島全体が神社の境内地となっている。島には一本の長い、朱色の欄干が印象的な橋がかけられており、なかなかフォトジェニックな場所ではあるが、東尋坊に来る人は多くても雄島まで足を伸ばす観光客は少ないようで、いわば知る人ぞ知る名所である。
この日は雄島を観光した後、三国港のカフェでお茶をした。偶然にも千沙子さんのトークショーで司会をつとめた、ナレーターの奥田さんもいらっしゃった。奥田さんは三国港のある坂井市在住で、ここは常連だという。世間が狭い地域である。
カフェの後は、三国港のケーキ屋さんで千沙子さんが一緒に出演しているお姉さん方へのお土産を買って、あたしたちは温泉街に戻ってきた。千沙子さんはこの後は夜の舞台、えみ子さんも夕方から予約が入っていたのでここで解散となった。
もちろん夜はストリップ観劇三昧で至福の時間を過ごしたのだった。
そして今回が三回目だ。新幹線が真新しい芦原温泉駅に着いたのは夕方五時前。駅からはタクシーで温泉街に向かい、定宿の「あわら荘」にチェックインした。ステージは八時半から始まるのでまだ時間の余裕がある。さっと軽めにホテルの温泉に入った後、徒歩であわら湯の町駅前の屋台村「湯けむり横丁」へ向かい、やはり行きつけとなった居酒屋「かえで」に入った。八人も入るといっぱいになってしまう店内にはすでに二組四人の客が入っていたので、ぎりぎりで席を確保することが出来た。
この店のことは千沙子さんの小説にも出てくるし、実際彼女も常連とのことである。なにしろ日本酒のセレクションが素晴らしい。いつも特別に仕入れた酒がメニューに書かれているが、この日のあたしは福井のお酒「越の鷹」のあらしぼりに、お造りの盛り合わせ、そして山うに出汁巻を頼んだ。山うにはここで初めて食べた福井の郷土料理、というか薬味である。ゆずと万願寺とうがらしと鷹の爪と塩を混ぜ合わせたもので、辛味の中にもさわやかさがある風味だ。名前から想像される海っぽさはないが、これを付け合わせにすれば出汁巻も豆腐もたちまち酒の肴になる。
ここの店主も、見た目はロック兄ちゃんっぽいのだが、酒と魚の目利きは間違いない。BGMの「Endless Rain」とともに「越の鷹」を飲み干し、二杯目を注文した。
ほろ酔いになったところでニューあわら劇場に向かった。湯けむり横丁からは目と鼻の先である。受付のところには名物のネコ支配人がいた。入場料を払い、いよいよ魅惑の劇場へ……。
客席にはお客さんの姿がちらほら……常連っぽい人もいれば、浴衣に羽織を着た一見の温泉客っぽい人もいる。前方にぐっと突き出した花道の近くの、かぶりつきの席は空いていたので、遠慮することなくそこに腰をおろし、一本目の缶ビールをぷしゅっと開けた。
十五分ほど待ち、八時半を過ぎたところで一回目の公演が始まった。印象的な「ニューあわら劇場のテーマソング」とともに開演し、一人目の踊り子さんの登場である。初めて見る踊り子さんだったが、コミカルな演目の内容と彼女のグラマラスな身体の動きを楽しんだ。ポラタイムとオープンショーをへて、次は千沙子さんのステージだ。
演目は新作だ。いちど上野の劇場で観ているが、この広いステージでどのように演じるのか、興味がつきない。
この演目は前半が寸劇仕立て、そして後半が大きく身体を使った踊りという構成になっている。前半は、この劇場の広さを生かしつつ少しアレンジを加えた演出となっていた。そして後半である。これまでとはうって変わってシリアスな雰囲気となり、ハードなBGMとともに、激しい動きをともなうベッドショーとなった。かぶりつきで見ていたあたしは、頭を蹴られそうなくらいの距離感でそれを見た。劇場によって舞台と客席の距離感は異なるが、あたしがこれまで訪れた中で、没入感を感じられるという点においてはここが一番だ。
ステージが暗転し、しばらくしてからポラタイムとなった。あたしは真っ先に舞台の上手にかけつけた。
「ともちゃん、あわらにようこそ!」
「千沙子さん……すごかったです!」
「すごい前で見てくれてたね! すぐ分かったよ」
「はい、頭蹴られそうなくらいに……いや、むしろ蹴ってください!」
「あはははは!」
あわらではポラは一枚千円なので、千沙子さんに千円札を二枚渡した。一枚目はあたしがカメラを構えて撮り、もう一枚はあたしの後ろに並んでいる方に頼んでツーショットを撮ってもらった。千沙子さんはあたしの肩を抱くポーズをしてくれたので、あたしは脳汁がだだもれになった。
ポラタイムの後は軽快な音楽とともにオープンショー。千沙子さんは前列の客席に脚をかけるほど接近してくれた。あたしは千円札を縦に折って千沙子さんに渡すと、彼女は胸の谷間にはさんで受け取ってくれた。
三人目はこれまで何度かお目にかかったベテランの踊り子さん。衣装が独特なデザインで、おそらく彼女のお手製か特別注文なのだと思うが、それがステージの上ではためく様子の美しさに見とれてしまった。
こうして一回目公演が終わり、少しの幕間をはさんだ後、二回目公演となった。ここでの千沙子さんは、ある小説の内容を翻案した演目を披露したが、一回目とは違った落ち着いた雰囲気の演技を見せてくれた。そしてあっという間に二回目公演も終わり、時計は十一時半を回ったくらいのところだった。劇場を後にしたあたしは徒歩で「あわら荘」に帰り、軽く温泉につかってから寝床についた。
翌朝は、朝の九時にえみ子さんが宿まで車で迎えに来てくれることとなっていた。時間ちょうど頃に、黄色い彼女の車が玄関前に着いたので、すでにチェックアウトを済ませていたあたしはそのまま車にかけ寄った。
「えみ子さん、おひさしぶりです! 今日はよろしくお願いします」
「知実さんもお元気そうで! さあ、こちらへ」
あたしたちは車で五分ほどの距離の、えみ子さんの自宅兼仕事場に向かった。道すがら、えみ子さんが今日の計画を教えてくれた。
「マッサージはだいたい二時間くらいです。その後、私の友だちの優佳さんと千沙子さんをピックアップして、お昼ごはんを食べてから、午後は吉崎御坊に行きます」
「吉崎御坊、楽しみです!」
「最初は吉崎御坊でお昼をと思っていたんですけど、千沙子さんがどうしても行きたいというお店があると言うので、あわらの市街で食べてから吉崎御坊に行きますね」
えみ子さんとは事前にメールで、今日の午後は吉崎御坊に行こうと話をしていた。吉崎御坊は浄土真宗の蓮如上人が開いたお寺があったところで、今でも信徒の方たちにとっては聖地らしい。あたしはいちおう日本史の教科書の知識として知ってはいたが、それまでイメージはわかなかった。しかし調べてみると、日本海に面し、背後には北潟湖という湖がある風光明媚なところだったので、楽しみにしていたのだ。
そうこうするうちにえみ子さんの自宅に着いた。仕事場ははなれの建物となっていて、最近建てたばかりの雰囲気が残っている。
あたしはまずシャツとタイパンツに着替え、足をお湯で温めてもらった後、施術台にうつ伏せとなった。えみ子さんは手や腕だけでなく、足も使ってあたしの身体をもみほぐしていった。そしてさらには手や足を持ってストレッチをしてくれた。
えみ子さんは、もともと会社員として働いていたのだが、ある時に一大決心をして会社を辞め、タイに渡って古式マッサージの修行をしてきたのだという。日本に帰国してからは、故郷であり実家であるこのあわら市に戻ってきて、このマッサージ店「ビンディ」を開く一方、実家の農業を手伝ったり、地域起こしの活動に取り組んだりと、精力的に活動している。
「タイでは、マッサージは二人で行うヨガと言われているんですよ」
えみ子さんは、自分の全身を使ってあたしの身体を引っ張り上げながら、まったく呼吸を乱すことなく言った。
たしかに、これだけの動きをともなうマッサージを施すのは、施術者のえみ子さんにも相当な負担をかけているはずだ。しかしあたしの方も、えみ子さんの意図を感じて、それにあらがわず身を委ねるようにすると、えみ子さんのかける力がダイレクトにあたしの身体に伝わってくるのを感じることが出来た。ああ、こういうことなのかな……と思った。
「そういえば、このあたりは地震の被害はあったのですか?」
「そうね、大きな被害はなかったんですけど、海岸沿いの地域は影響があったそうです」
「そうだったんですね……」
「海岸沿いは地盤が砂地なので、揺れも大きくなるのかもしれませんね……」
一通りマッサージが終わったところで、今度はアロマオイルによる施術に移った。強すぎないラベンダーの香りが鼻腔に入ってきた。シャツを脱いでうつ伏せになるあたしの背中に、えみ子さんはゆっくりとオイルをすり込んでいく。人の掌というのは不思議なものである。知らない人から触れられると身の毛もよだつほどの拒否感に襲われるのに、愛する人や信頼している人から触れられると、この上ない安堵感に包まれる。いつしかあたしはウトウトなりかけたが、完全に眠りに落ちるのではなく、触れられている感覚にどっぷりつかって他の感覚が麻痺するような感じだった。
こうしてあたしは癒しの午前のひと時を過ごした。終わった時、すでに時計の針は正午に近付いていた。あたしとえみ子さんは身支度を整え、車でふたたびあわらの温泉街に戻った。
劇場からも近い、足湯のある広場には、すでに千沙子さんと、えみ子さんの友人である優佳さんが二人で待っていた。優佳さんは初対面であるが、すでにえみ子さんから話を聞いている。
優佳さんはあわら市の隣の坂井市の丸岡にお住まいとのことで、あたしも丸岡城は、以前にお城好きの健太と一緒に行ったことがある。千沙子さんの舞台もこれまで何度も通っているとのことだ。
優佳さんはおっとりした雰囲気の女性で、この日はベレー帽をかぶっていた。実は千沙子さんもえみ子さんもあたしも、この日はそろってベレー帽をかぶっている。千沙子さんもあたしも普段からベレー帽が好きなのだが、それならいっそみんなでベレー帽をかぶろうということになっていたのだ。
勢揃いしたあたしたちはここからすぐの「戸根や」に入った。ここは千沙子さんたってのリクエストの店だ。もちろんあたしはお初である。一見すると焼肉屋という風情であるが、メニューを見るとおでんとか、ほたるいかの酢味噌あえとか、さまざまなものがある。あたしたちは一品ものをいくつかに加えて、ここの名物というホルモンの鉄板焼を頼んだ。
一品ものを前菜として頂いた後、お店のおばちゃんがテーブルの鉄板の上にホルモンを用意してくれた。鉄板の上にホルモンを並べた後、その上にこれでもかというくらいにキャベツともやしを積み上げた。最初は山のような野菜だったが、火が通ってくるうちにしんなりとなってきて、十分に焼けたホルモンと混ぜ合わせて食べ頃となった。
女子四人組のあたしたちであったが、みなしっかり食べるくちであったので、ついに鉄板の上には何も残らなかった。すっかりお腹いっぱいになったところで店を後にし、えみ子さんの車で吉崎御坊に向かった。
吉崎御坊は意外と近く、温泉街から車で十五分ほどの距離だった。市街地を出てしばらく走ると、右手に湖が見えた。北潟湖である。この湖は海につながっているラグーンであるとのことだった。湖岸の道をしばらく進むと、やがて吉崎御坊の門前町に着いた。えみ子さんは、最近出来たばかりという道の駅に車を停めた。駐車場から湖をのぞむと、目の前にはぽっこりした小島が見えた。えみ子さんによるとその小島には鹿島神社という神社があるという。あたしは、去年訪れた雄島に似ているな、と思った。そして小島の向こう側が日本海になるのだという。
「ここから歩いて行きましょう」
えみ子さんが先頭となって歩き始めた。道の駅の裏はすぐに高台となっていて、石段を登るとそこはお寺の境内となっていた。向かって右側が西本願寺、左側が東本願寺なのだという。
「ここは西本願寺にとっても東本願寺にとっても共通の聖地なので、両方のお寺があるのよ」
えみ子さんの家の宗派は西本願寺とのことなので、ここにはよく来るのだそうだ。
「うーん……なんか「お留守」って感じがするのよね」
「えっ、千沙子さん……どういうこと?」
「うーん、なんとなくだけど……」
「それって、蓮如上人の御影のことかもしれないわね」
やり取りを聞いていたえみ子さんがそう言った。
えみ子さんによると、毎年四月末から五月初めに吉崎御坊で行われる「御忌法要」にあわせて、京都の東本願寺から蓮如上人の「御影」と呼ばれる肖像画が運ばれてくるのだという。そしてその道中を「蓮如上人御影道中」と言い、人の手で徒歩によって運ばれてくるのだという。蓮如上人にとってそれは「里帰り」になるのかもしれないが、逆に言うとそれ以外の時の吉崎御坊は主人のいない「お留守」ということになるのかもしれない。
千沙子さんはもちろんこのことを知っていたわけではないようだったが、そこに何かを感じ取ったのかもしれない。
「吉崎御坊と言えば「嫁おどしの肉付きの面」の話が有名なんだけど、知実さん、知ってる?」
「さあ……肉好き?」
あたしが不思議そうな顔をしているので、えみ子さんがその説話のあらすじを語ってくれた。
蓮如上人が吉崎御坊にいらっしゃった頃、ある村の若い嫁が熱心に吉崎まで通って上人の話を聞きに来ていた。彼女の姑はそれが面白くない。姑は神社に奉納されていた鬼の面をひそかに持ち出し、嫁が一人、吉崎からの帰りの夜道を歩いているところに、面をかぶって鬼のふりをして脅かした。嫁は驚いて家に逃げ帰ったが、姑がかぶった面は顔にぴったり張り付いて離れなくなってしまった。家にも帰ることが出来ずに途方に暮れていた姑を、息子と嫁が見つけ出し、嫁の勧めもあって蓮如上人にすがることとした。姑は上人の前で懺悔し、上人とともに阿弥陀仏に祈ると、鬼の面は姑の顔から離れたという。
「その「肉付きの面」が、ここのお堂にあるのよ。見に行ってみる?」
そう言われるとせっかくなので、あたしたちはお堂に行ってみることとした。お堂には誰もいない様子だったが、ここの様子を知っているらしい優佳さんが、
「ここの住職さんにつかまると一時間コースになるから、こっそり見て行きましょう」
と言うので、あたしたちはこっそりお堂に入った。
すると、どこであたしたちの様子を知ったのか、向かいの建物から袈裟を着たお坊さんが出て来てあたしたちに声をかけた。
「「肉付きの面」を見にいらしたのですね! ゆっくり見て行ってください」
そう言うとお坊さんはあたしたちをお堂の中に案内した。そこには椅子が並べられており、奥には説教台のようなものが設けられている。お坊さんはそこに座ると、椅子に座ったあたしたちに向かって「肉付きの面」の由緒を語り始めた。
話はいつしか、このお堂に収められている貴重な歴史資料の話となり、それを文化庁の職員の方が見に来られたとか、話はどんどん広がっていった。しまった、これが優佳さんが言っていた一時間コースのことかと思ったが、もはやどうしようもない。気が付くと、千沙子さんの姿がない。どうやらうまく逃げたようだ。
ようやく解放されたあたしたち三人は、千沙子さんにLINEのメッセージを送った後、境内の裏の高台に登った。そこは上が平らになっており、公園のようになっていた。そして奥には蓮如上人の銅像があった。
「もうすぐしたら、桜が満開になってきれいなんですよ」
その時はまだ桜はつぼみの状態だったが、たしかに花が咲いたらさぞきれいなことだろう。そこからは鹿島神社のある小島の向こうの日本海をのぞむことが出来たし、反対側には北潟湖が広がる風景を見ることが出来た。
「蓮如上人が吉崎から退去される時、船で北潟湖から逃れたそうです」
蓮如上人が吉崎御坊にいらした時はまさに戦国時代の真っただ中。戦乱の中、ここも戦火にさらされたのだという。そういうことを念頭に置くと、今いるところはまさにお城のような立地だな、と思った。海と湖にはさまれ、眺望も良い。しかもここはかつての越前国と加賀国の国境にあたる交通の要衝でもあったのだ。健太に連れられて各地のお城を巡るうちに、自分もいつしかお城に詳しくなったように思う。
あたしたち三人は道の駅まで降りて来ると、カフェで千沙子さんが一人でパフェを食べている様子を発見した。このマイペースさが、千沙子さんらしいといえば千沙子さんらしい。あたしたちもそれぞれソフトクリームを買って、そこでゆっくりくつろいだ。
その後しばらく湖畔を散策したりしているうちにいい時間になってきたので、あわらの市街に戻ることとした。優佳さんは夕方までには丸岡に戻らないといけないし、千沙子さんは今日も夜の公演がある。そしてあたしも今日のうちに東京に帰らないといけない。
あたしの荷物はえみ子さんの車のトランクに積んだままにさせてもらっていたので、市街に戻る途中に新幹線の芦原温泉駅に寄ってもらうこととなった。
「えみ子さん、今日一日お付き合いいただきありがとうございました。そして千沙子さんと優佳さんも、今日ご一緒していただけて楽しかったです」
「知実さん、またこちらに来る時は遠慮なく声をかけてくださいね!」
あたしは三人に手を振って別れ、駅の改札につながるエスカレーターを登って行った。
新幹線の切符は予約していなかったが、ちょうど良いタイミングで来た便に乗り、金沢駅で「かがやき」に乗り換えると七時過ぎには東京に着いた。
能登半島地震の取材に始まった今回の旅も、色々なことがあったがあっという間に終わってしまったような気がする。健太も能登には行きたかったと言っていたので、家に着いたらさっそくお土産の「竹葉」を開けることにしよう。



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