「知実、異世界に転生する」(『編集者・石川知実の静かな生活』)
「いにしえの契約に基づいて、汝を今ここに召喚する……勇者トモミよ!」
目の前の老人はそうあたしに告げた。あたしは夢の続きだと思った。
見るとあたしの周りには大勢の人が取り囲んでいる。老人はとんがり帽子にローブをまとい、他の人たちはみないずれもヨーロッパの貴族のような格好をしている。あたしを見てどよめいているようだ。
「勇者トモミよ……どうか魔王ムオーを倒して王子ウィリアムを救い出し、この国を救ってほしい!」
着飾った人たちの中でもとりわけ立派な身なりの男性が進み出て、あたしにそう語りかけた。
「盛り上がっているところすみませんが……状況を説明して頂けませんか?」
あたしはなるべく冷静な口調でそう答えた。
あたしがいるのは、大広間のような空間だ。フランスのベルサイユ宮殿とか、ルーブル美術館とか、そんな感じの建物だ。床は大理石で鏡のように光っている。
一方であたしは編集部に出勤する時のいつもの格好だ。長袖のブラウスに黒のワイドパンツ。この場に不似合いなことこの上ない。
「勇者殿は、この世界のことをまだよくご存知でないので、それがしの方からご説明いたします」
とんがり帽子の老人が言った。
彼の語るところによると、あたしが今いるのは「フリンダース王国」。これまで平和な日々が続いていたが、ある時、どこからともなく現れた魔王ムオーと魔物の一団が王国に攻め入り、王子ウィリアムをさらって行ったのだという。魔王は「深き森」と呼ばれる森の奥にある岩山に城を築き、そこに王子を幽閉しているという。老人によると、王子はこのフリンダース王国を守護する聖なる力を持っているのだが、今はその力も封印されており、王国は魔王とその一団を前にして、滅亡寸前の状況にあるのだという。
そんな時、この老人―宮廷魔法使いのマーリンという―が城の書庫から一冊の文献を見つけてきた。そこには、いにしえの時代、存亡の危機に瀕した王国を一人の勇者が救い、その後彼はいずことなく姿を消したことが記されていた。そして書物の最後には、ふたたび王国に危機が訪れた際、勇者を召喚するための呪文が書かれていたのだという。
その呪文によって呼び出されたのが、あたしということのようだ。
端的に言うとここはファンタジーRPGの世界で、あたしはそのプレイヤーとなっているようだった。さらわれたのが王子という設定についても、「だいたいこういうストーリーでさらわれるのは王女でしょ」とツッコミを入れたくなったが、まあプレイヤーであるあたしが女子なのでそうなったのかもしれない。他にも色々ツッコミどころがあるのだが、いちいち指摘するのも面倒なので、とりあえずこの設定に乗ることにした。
あたしは侍女らによって別室に案内された。そこには鎧の一式が用意されていた。マーリンの事前の説明によると、これはいにしえの勇者が用いた武具なのだという。
「ちょっとこれ……スカートの丈が短くない?」
着付けを終えて更衣室から出たあたしは、マーリンにそう訴えた。
「勇者殿、大丈夫です。この魔法の鎧は、あらゆる攻撃や魔法からあなたを守ってくれるでしょう」
鎧は肩当てと胸当ての部分のみで、両腕と両脚は生身のまま、しかもスカートの丈が短いので太ももは丸出しだ。まあよくあるビキニ・アーマーではなかったので安心したが……。
そして先ほどの王様が、一振りの剣をあたしに手渡した。
「これはいにしえの勇者が用い、代々この王国に伝わってきた「エクスカリバー」という剣……これをそなたに預けたい!」
あたしはそれを受け取った。ずしりと重い。もちろんこれまで剣など扱ったことはなかったが、きっとこの世界では使うことが出来る設定となっているのだろう。
さらに魔法使いのマーリンが続けた。
「勇者殿……あなたの手には魔法の力が備わっています。十本の指には、それぞれ「火の指」と呼ばれる魔法が封じ込められていて、「火の指、壱!」と呼ぶと、そこから力が解放されます」
「火の指……いち?」
あたしは自分の手のひらを見つめながら、ふとつぶやくやいなや、あたしの右手の人差し指から炎が吹き出した。その炎はマーリンに向かって延び、彼の髭を焼いたが、彼は近くにあったグラスの水をかけて何事もなかったかのようにそれを消火した。
「そう……これが「火の指」の魔法です。今のはお試しの一本なのでサービスにしておきますが、これが「壱」から「十」まで十発分ありますので、無駄にしないように……そしてこれからはくれぐれも、ポケットに手を突っ込んだ状態で「火の指」などと言わないようにしてください」
あたしはその結果を思うとちょっと青ざめた。
「そしてあなたの手のひらには、これよりもっと大きな「火の玉」が封じ込められています。これは二発しかありませんので、魔王との戦いの時まで大事に取っておいてください」
その日の夜はあたしのために、城を挙げての盛大な壮行会が開かれた。あたしはビールをしこたま飲んだ。着飾った廷臣たちやご婦人たちがしきりにあたしを褒め称えてくれるので、いい気分になり、だいぶ酔っ払ったところで寝室に案内された。天蓋付きのベッドが備えられた、お姫様のような部屋に入ると、急な状況の変化による疲れもあって、すぐに眠りに落ちた。
翌日、若干の二日酔いを感じながら目覚めた。どうやらこの夢はまだ続くようである。軽い朝食を済ますと、侍女たちに手伝ってもらって魔法の鎧を身に付け、王様から受け取った剣を腰に差した。そして携帯食料やランタン、火口箱、薬草などが入ったバックパックを背負った。
城の大広間には王様、魔法使いマーリンをはじめ、多くの人々が並んだ。
「勇者トモミよ、さあ、今こそ旅立つのだ! 王子ウィリアムを救い、魔王ムオーを倒し、王国に平和をもたらしてくれ!」
王様が叫ぶと、みなが一斉に拍手をした。その拍手に見送られて、あたしは大広間を出た。そこから城の城門までの通路の脇には、多くの人たちが並んで、歩みを進めるあたしにエールを浴びせた。そして城門を出ると、その巨大な鉄の扉はゆっくりと閉じた。
それまでの喧騒が嘘だったように、あたりは静かになった。城門の外には、あたし一人だけが残された。
「だいたいこういうストーリーって、城にいる強そうな騎士とか兵隊とかも、誰も手伝ってくれないのよね……そういえばあたしの「仲間」って、誰もいないの?!」
だいたいこういうゲームの場合、街の酒場で仲間を見つけてパーティーを組むものだと思っていたが、あたしの場合はいきなりフィールドにほっぽり出されたようだ。城の中に戻ろうにも、鉄の扉はぴったりと閉じられ、どうやら開けてもらえないようである。
仕方ない。あたしは地図を頼りに、「深き森」そして魔王の城の方角へと、進路を取った。
その日は草原の道をひたすらに歩いた。道すがら、いくつか荒廃した村を目にしたが、もはや誰も住んでいなかった。きっと魔王の軍勢に滅ぼされたのだろう。幸いなことに生々しい光景を目にすることはなかったが、家の中の散乱した家具や食器などの状況を見るにつけ、あたしの中にもふつふつと義憤がわいてきた。
やがて日が傾いてきたので、その日は草原で野宿することにした。風を防ぐのにちょうど良い岩を見つけたので、その岩陰でキャンプすることにした。
焚火にするために灌木の枯れ枝を集め、火口箱をバックパックから取り出して火を付けることにした。火口箱の中には火打石となるフリントと鉄の棒、火口となるチャークロスが入っていた。もちろんあたしが使ったことのない道具ばかりだったが、『ヒロシのぼっちキャンプ』を観ていたのでその要領を真似てみた。フリントを鉄の棒に打ち付けてみると火花が出たので、それをチャークロスに移し、火種を作ることが出来た。この世界に転生するにあたって、この世界で生きるために必要な技術はデフォルトで習得しているという設定のようだ。さもないと、久しくキャンプもしていない現代人のあたしが普通に生活するのも困難なことだろう。
バックパックから携帯食料のパンと塩漬け肉を取り出し、夕食にすることとした。パンは固くてパサパサだったので、口の中の水分が全部持っていかれた。たまらず、革袋に入れてあるワインをらっぱ飲みした。革の匂いが付いていて気になったが、野宿生活では他に望むべくもない贅沢だろう。塩漬け肉も味は辛めだったが、空腹だったので大胆にかぶりついた。
その夜は獣や魔物に邪魔されることもなく、ゆっくり休むことが出来た。一人旅で、寝ているところを敵に襲われたらイチコロだろうな……と思いつつも、そうならなかったので安心した。さすがに野宿しているところにモンスターとエンカウントする仕様だと、著しく難易度が高くなりゲームバランスが悪くなるという配慮なのかもしれない。
翌朝、目覚めて支度を整えるとあたしはふたたび歩き始めた。そして昼前には「深き森」の際までたどり着いた。それまで誰にも会うことはなかった。
あたしは意を決して、森の中に足を踏み入れた。すると昼前なのに、中は薄暗く、早くも不吉な雰囲気が立ち込めてきた。ここでは魔物も出てくるかもしれない……。
そう思っていた矢先に、前方から奇声が聞こえたかと思うと、何者かがこちらに向かって駆け寄って来た。それは一見すると子供のような人影であったが、その頭には毛髪は一切なく、耳は尖り、口は犬のように牙が剥き出しになって前方に飛び出ていた。そして手には粗末な短刀が握られていた。その数は五体。
あたしは腰のエクスカリバーを抜いた。そして最初に飛びかかって来た魔物に向けて、剣を横なぎに振ると、その首はいとも簡単に跳ね飛ばされた。
続いて二体の魔物が同時に襲いかかってきたが、いずれもエクスカリバーによって真っ二つになった。まるで紙を切るかのような切れ味だ。さらに背後から襲ってきた一体も、振り向きざまに切り捨てた。胴体が真っ二つになった。
あたし……もしかしたら強いかも!
残る一体は他のものよりも身体が大きく、両手に短刀を持っていた。あたしがエクスカリバーを振るうと、それは短刀で剣筋を受け止め、もう一本の短刀を突き出してきた。あたしは身をよじってかわしたが、バランスを崩して尻もちを付いてしまった。スカートがまくれあがり、パンツが丸見えになったがそれどころではない。
魔物はふたたびあたしに襲いかかってきた。間合いが近いので、エクスカリバーを振るうのは難しい。そう判断したあたしは剣を左手に持ち変えると、右手の人差し指を魔物に向けた。
「火の指、壱!」
すると人差し指から炎が吹き出し、それは魔物を真っ直ぐにとらえた。瞬く間に魔物は火だるまとなり、その場に倒れて動かなくなった。
「すごい……!」
火の指を一発使ってしまったのは惜しかったが、無事に魔物との初戦に勝利することが出来た。
さらに「深き森」の奥に踏み入っていった。あちこちで奇妙な鳥や動物の鳴き声がするが、あたしに襲いかかってくることはなかった。しかしそれ以上に閉口したのが、棘が生えている下草であった。ロングブーツを履いているものの、くだんの装備だと太ももが素肌むき出しなので、いつしかあたしの柔肌はすり傷だらけになった。
「やっぱりこういうコスチュームのデザインって、実用性ないわよね……」
あたしは独り言をつぶやきながら歩いていたが、そのせいで注意力が散漫になっていたようだ。
あたしはふいに足の甲に痛みを覚えた。見ると鉄製のとらばさみと呼ばれる罠が右足をとらえていた。幸いなことにブーツの革は貫通していないようだ。
すると今度は両脇からムチのようなものが飛んできた。それはあたしの身体をとらえようとしたので、エクスカリバーを抜いてなぎ払おうとしたが、タイミングが遅かった。たちまち二本のムチがあたしの両腕をとらえてその自由を奪った。そして頼りの綱であるエクスカリバーも取り落としてしまった。
「しまった!」
するとあたしの前に三つの人影が現れた。いずれも身長が二メートルほどあり、赤黒い肌に、耳まで裂けた口、その目は赤く輝いている。
「火の指、弐!」
あたしは叫んだ。右手の中指から炎が吹き出たが、ムチにとらえられているのでコントロールが効かず、魔物に命中しなかった。
絶対絶命である。これはやられるパターンだ。
あたしはムチから逃れようと暴れたが、魔物たちはすぐに襲ってこず、その様子を見てあざ笑っているようだった。
その刹那、魔物たちの背後から別の人影が飛び出て来たかと思うと、たちまちのうちに二体の首が胴から離れた。残る一体も叫び声を上げながら振り返ったが、袈裟がけに斬り付けられ、血しぶきを上げながら地面にくず折れた。
「大丈夫ですか?」
その人物はあたしに優しく声をかけた。全身、鎧に身を包み、中世の騎士のようないでたちだ。彼は剣を腰の鞘に納めると、兜を脱いだ。
「……内藤君?!」
驚いたことに、そこにいたのはあたしの「ビールともだち」にして写真家の内藤君だった。
「私は、メルボルン王国のナイト、リチャードと申します。お怪我はございませんか?」
そういうと彼はあたしの両腕のいましめを解き、右足をはさんでいるとらばさみを外してくれた。幸いなことに両腕と右足は内出血をしていたが、大事にはいたっていないようだった。
「ありがとうございます……あたしはフリンダース王国から来た、知実と申します」
さすがに自分で「勇者」と名乗るのは気が引けたのでそこは省略した。
すると彼は驚いた顔であたしを見つめ、そして言った。
「あなたが伝説の勇者、トモミ殿でしたか! どうかこの私を、あなたの供に加えてください!」
こうしてあたしは内藤君……もとい、メルボルン王国のリチャード卿と、パーティーを組むこととなったのである。
彼の祖国であるメルボルン王国は、一年前に魔王ムオーの軍団に征服されて滅亡したのだという。彼は落ち延びたが、魔王を倒すために流浪の身となり諸国を巡っていたのだという。
しかし見れば見るほど、彼の姿は内藤君と瓜二つである。まあこの世界があたしの夢の産物であるなら、そういうこともあるのだろう。
あたしとリチャード卿は、さらに「深き森」の奥へと旅を続けた。途中、何度も魔物たちに襲われたが、あたしたちは見事なコンビネーションでそれらを撃退していった。特に彼の剣筋は流れるようで、まるで踊っているような、惚れ惚れするような動きであった。
七日間かけて、あたしたちは「深き森」を抜けることが出来た。そして目の前には荒野が広がっており、その向こうにある岩山の上に、目指す魔王の城がそびえていた。その距離は歩いて半日ほどと見込まれた。
「今日はここで休んでいきましょう」
「はい、リチャード卿」
「明日の朝には、いよいよ魔王の城に向かいます。トモミ殿も、ゆっくり休んでください」
あたしたちは森を出たところでキャンプを設営することにした。二人で協力して薪を集めて焚火を起こし、鍋を火にかけた。携帯食料として持ってきていた干し肉を入れて出汁を取り、そこに森の中で採集したギョウジャニンニクを入れて煮込んだ。それを二人で食べた後、片方が見張りに付きつつ交互に眠りに就き、英気を養った。
翌朝は早く起きて、魔王の城に向かった。三時間ほどかけて荒野を抜け、さらに一時間ほどかけて岩山を登り、ついに城の城門までたどり着いた。それまで魔物には遭遇しなかったが、きっと城の中で敵はあたしたちを待ち構えていることだろう。
「リチャード卿、いよいよですね」
「はい、トモミ殿……私はあなたと出会うことが出来て良かったです」
「リチャード卿……」
彼はあたしを見つめながら続けた。
「トモミ殿……こんな時に言うべきことではないかもしれないのですが、魔王を倒したあかつきには……私の妻になって頂けないでしょうか?」
あたしは驚いて彼の顔を見つめ直した。胸がドキドキしてきた。
夢の中とはいえ、あたしは人妻なので、さすがにそのプロポーズを受けるわけには……でも夢の中のことなので、いいのかな……と思いつつ、と言うか、そもそもこういう台詞って、こういう物語だと……。
「ダメよ、リチャード卿……それ「フラグ」になっちゃうから!」
「えっ……「フラグ」って何ですか?」
「ええと……それはこっちの話。ええと……その返事は、ちょっと待ってもらってもいい?」
「はい、私こそ、大事の前にこんな話を……申し訳ありません」
「ううん、でもうれしいわ」
「……」
「じゃあ……まずは「トモミ殿」はやめて。トモミでいいわ。あたしもあなたのことはリチャードって呼ぶから」
「はい……トモミ……さん」
「さあ、リチャード! さっさと魔王をやっつけちゃいましょう!」
あたしたちは、魔王の城の鉄の扉に手をかけた。ぐっと押すと、それはゆっくりと開いていった。
魔王の城の中は迷宮となっていた。当然、そこで待ち構えている魔物たちも手強く、次々と襲いかかってくる敵にあたしたちも苦戦を強いられたが、なんとか撃退していった。そうした中で、あたしの「火の指」も残り二発にまで消耗していたが、とっておきの「火の玉」は二発とも温存しておいた。
そしてついにあたしたちは魔王のいる玉座の間にたどり着いた。そこは天井も高く、体育館ほどの広さがあったが、その壁や柱には一面、まがまがしい彫刻が施されていた。
そしてその奥、魔王が玉座であたしたちを待ち構えていた。
魔王は老人のような姿で、ローブを着て杖を手にしていたが、その身長は五メートルほどあった。
「この玉座の間までたどり着いたお前たちの勇気、褒めてやろう。だがしかし、ここがお前たちの墓場になるのだ」
魔王はそう言うと立ち上がった。あたしたちも剣を構えた。
魔王の杖から稲妻のようなものが放たれて、あたしたちの方に飛んできた。あたしたちは二手に分かれてそれを避けた。
リチャードが剣で斬りかかったが、魔王は杖を振るってそれをはね飛ばした。リチャードはその反動で後ずさりをする。
「火の指、九!」
あたしの左手の小指から炎がほとばしり、それは魔王を打ったが、魔王はほとんどダメージを受けていないようだった。
「くそー、やっぱり「火の指」じゃだめか!」
魔王は逆に稲妻をあたしに目がけて打ってきたが、あたしはエクスカリバーでそれを払いのけた。
リチャードがふたたび剣で斬りかかった。魔王はその剣を杖で受け止め、二人はしのぎを削った。
あたしはその隙を突いて、右手の手のひらを魔王に向けた。
「火の玉、壱!」
するとあたしの右手の手のひらに熱が集まり、それはみるみる間に巨大な火の玉となった。それはすさまじい熱さで、あたしの髪先がチリチリと焦げた。
「うそ……これ、こんなに強力なの!?」
あたしはたまらず、それを魔王に向かって投げ付けた。しかし十分に狙いが定まっていなかったので、それは魔王に直撃せず、脇をかすめて飛んでいった。狙いを外れた火の玉は玉座に当たり、すさまじい音を立てて爆発した。
魔王は憎しみに満ちた顔をあたしに向けて、さらに稲妻を放ってきた。あたしは火の玉を放って少し放心状態になっていたので、それをかわすのが一瞬、遅れた。
「トモミさん!」
リチャードが駆け寄って、あたしの前に立って稲妻を剣で受け止めた。その衝撃で彼ははね飛ばされ、その身体が柱に叩き付けられた。
「リチャード!」
「トモミさん……私に構わず、次の矢を!」
あたしは左の手のひらを魔王に向けて、叫んだ。
「火の玉、弐!」
あたしの手のひらからふたたび火の玉が現れ、巨大に膨れ上がっていった。そのすさまじい熱に耐えながら、さらに叫んだ。
「いっけー!」
火の玉は今度は真っ直ぐ、魔王に向かって飛んで行った。魔王はそれを杖で受け止めようとしたが、火の玉はそれをものともしなかった。
「むおーっ!」
魔王は全身を炎に包まれ、断末魔の叫び声を上げた。そしてゆっくりとくず折れて、二度と立ち上がることはなかった。
「リチャード、大丈夫!?」
あたしは柱のたもとに倒れたままになっている彼に駆け寄った。彼を抱え起こしたが、どうやら骨などは折れていないようで安心した。
「トモミさん、私は大丈夫です……ついに魔王を倒しましたね!」
「はい……もう大丈夫です!」
あたしたちはそのままお互いの身体を抱きしめた。
玉座の間の奥にはさらに扉があった。あたしたちはその前に立つと、扉は自動的に開いた。その奥はチャペルのような空間となっており、真ん中に祭壇が設けられ、その上にガラスの棺が置かれていた。
そう、そこには魔王によって囚われたフリンダース王国のウィリアム王子が眠っているはずだ。
あたしは棺の側に立った。中には確かに、立派な身なりの男性が眠っているのが見えた。あたしは棺の蓋に手をかけ、それを横にずらすと、蓋は簡単に転げ落ち、床に当たって粉々に砕け散った。
するとゆっくりと男性は起き上がった。その顔を見てあたしは驚いた。
「……健太!?」
すると男性はあたしの方を向き、微笑みながら言った。
「私はフリンダース王国の王子、ウィリアムと申します。あなたが私のいましめを解いてくださったのですね」
彼は棺から出て立ち上がろうとしたので、思わずあたしは彼の手を取った。彼は祭壇から降り、あたしの目の前に立った。あたしと彼の手は握られたままだ。
「何と凛々しく、美しい方だ……どうか、私の妻になって頂けませんか?」
それを聞いてあたしは頭が混乱した。て言うか、あたしはすでにあなたの妻だし……! しかし目の前にいるのは健太じゃなくて、ウィリアム王子!?
振り返るとリチャードの姿があった。この城に入る前、彼はあたしにプロポーズしたのだった。その返事は保留してはいるが……それにはどう答えたらいいの!?
頭がぐるぐると回り始めた。これは夢の世界、ゲームの世界よ。現実とは違うわ。リチャードは内藤君であって内藤君ではないし、ウィリアム王子は健太であって健太でない。それでもって、あたしは一体、どちらを選べばいいの……?
気が付くと、あたしはベッドの上にいた。しかしそれは目黒の自宅のベッドではなく、あの天蓋の付いたフリンダース王国の城のベッドだった。
見るとベッドの側にはリチャード、そしてウィリアム王子がいて、あたしのことを見つめていた。
「トモミさん……良かった、気が付かれた」
リチャードが微笑んでそう言った。
起き上がると、この二人だけでなく、多くの人たちがあたしを取り囲んでいた。そこには王様、そして魔法使いマーリンの姿もあった。
「勇者トモミよ……よくぞ魔王ムオーを倒し、ウィリアム王子を救い出してくれた。そなたのおかげで、この王国は救われた。礼を言おう!」
王様はあたしにそう語りかけた。あたしはこの状況を理解した。
「そう……これで、ゲームオーバーなのね」
あたしは少し寂しさを覚えて、言った。するとマーリンが答えて言った。
「勇者トモミ殿……いにしえの契約に基づき、この世界への召喚に応えてくれて、感謝申し上げます。これであなたも、元の世界に戻ることが出来ます」
あたしはその言葉にうなずくと、ベッドから降りた。そしてリチャードの前に立って言った。
「リチャード、短い間だったけど……あなたと一緒に旅をして、楽しかったわ。これからも元気でいてね」
「はい、私もトモミさんと共に戦うことが出来て……幸せでした」
あたしは彼の身体を抱きしめて、その頬に口づけをした。
そして今度はウィリアム王子の前に立って言った。
「ウィリアム王子……この世界ではあなたの妻にはなれなかったけど、あなたとは別の世界で結ばれることになると思うわ」
「はい、私もそう信じます」
彼は深くうなずいた。あたしは彼の身体を抱きしめ、口づけを交わした。
「じゃあ、あたしは行くわね。マーリンさん、お願い……」
マーリンはうなづくと、古代ルーン語の呪文を唱え始めた。するとあたしの身体は足元から徐々に薄くなっていった。
「それじゃあ、みなさん。ごきげんよう……」
あたしは手を振った。そして徐々に意識が遠くなっていった。



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