カーマイン・ファイブよ永遠に(『編集者・石川知実の静かな生活』)
「大変や! 紘子が事故に遭ったって!」
瑞季からの突然の電話に、あたしも驚愕した。
「ええ!? 大丈夫なの!?」
「うん、ケガは大したことないようなんやけど、手首の骨を折ったって」
「えっ……それ、まずいじゃない!」
紘子は昨日の夕方、大学から自転車で帰る途中、不注意に左折した乗用車に巻き込まれて転倒したとのことだ。幸い、大きなケガはなかったが、こけた時に手首をくじいてしまい、病院でレントゲンを撮ったところ手首骨折で全治三か月とのことだ。
紘子が入院したのは大学の近くだったので、すぐさまあたしは病院に駆け付けた。面会の手続きをし、病室に入るとそこは大部屋で、いちばん窓際のベッドに紘子がいた。すでに瑞季と文がかたわらにいた。
「ともちゃん……面目ない」
紘子は気落ちした様子で言った。左の手首にギプスがはめられているのが見えた。
「無事で良かった……無事かどうかは微妙だけど」
「とにかく他にケガがなくて良かったです」
文が微笑みながら言った。その優しい雰囲気はいつでも場の空気を和らげてくれる。
「紘子ちゃん、大丈夫なの!?」
沙季も駆け付けて、これでバンドのメンバー全員がそろった。
幸いなことに紘子は三日後には退院出来るとのことだった。しかしギプスは三か月は取れないので、当然のことながらギターを持つのは無理、とのことだった。
問題は、今月に控えているライブのことだ。あたしたちの軽音サークルは、十二月にライブハウスのKYOTO MUSEを借り切って「クリスマス・コンサート」を行なっている。これはあたしたちのサークルで最も大きなイベントのひとつで、しかもあたしたちのバンド「カーマイン・ファイブ」にとってはラスト・ライブになるはずのものだ。
紘子が退院してすぐに、あたしたちは大学のカフェテリアでミーティングを持った。
「今日の本題は、二週間後のクリコンのことだけど」
まずはバンマスのあたしから口火を切った。
「紘子が退院するまでの間に四人で話し合ったんだけど、辞退せずに出ようと思うの」
「でも、私はどうしたら……」
紘子が不安そうな顔であたしを見た後、他のメンバーの様子を見渡した。
「もちろん、紘子にも出てもらうわ!」
瑞季が明るい声で答えた。あたしはそれに続けた。
「もちろん紘子のギターは無理なので、曲のアレンジも変えないといけないわ。それでも、次はあたしたちカーマイン・ファイブのラスト・ライブなので、どんな形であれ、紘子にはステージに出てほしいの!」
「でも私、こんなだし、ただステージでぼうっと立っているのも……」
「だから! 今からその方法を考えるのよ!」
あたしはテーブルに、クリスマス・コンサートで演奏する予定の曲のスコアを広げた。スコアといっても、きちんとした譜面ではなく、要所のフレーズの楽譜とコード譜、そして全体の構成を記したものだったが、だいたいいつもあたしたちのスコアといえばこんな感じだった。
その曲のタイトルは組曲「Four Elements」。全体で18分におよぶ大曲である。
あたしは大学に入学してすぐに軽音サークルに入ることを決めた。
もともと大学に入ったらバンドをやるのが夢だった。大学には軽音サークルがいくつかあり、それぞれ音楽の傾向が異なっているようだったが、あたしは単純に女子が多そうなサークルに決めた。
新歓コンパで、まず仲良くなったのが文であった。彼女はキーボード志望で、幼い頃からずっとピアノを続けてきたという。一見するとお嬢様といった雰囲気の彼女だが、大学ではこれまでとは違った音楽をやりたいということで一念発起してサークルに入ってみたのだという。しかも同じ文学部で、クラスも一緒だということが分かったので、すぐに仲良くなった。
そこに二回生の先輩が声をかけてきた。彼はアルトサックス奏者で、新しいバンドのメンバーを探しているという。ギターとドラムスはいるのだが、キーボードとベースが欲しいのだという。
「君は楽器、何?」
「私はキーボードです」
「ちょうどええやん! 君は?」
「あたしはベース志望なんですけど、まだベースも持ってなくて……」
「大丈夫! すぐに出来るようになるから、うちらとバンドやらん?」
そういうわけでいきなりバンドが決まってしまったのである。
ギターを弾いていた姉の影響で、あたしも中学、高校の時に、クラシック・ギターをかじった。それで一通りギターの弾き方は分かっていたが、どうもコードを押さえるのが苦手だったので、単音で弾けるベースをやろうと思っていた。しかしこの段階でまだ自分の楽器すら持っていなかったのである。
成り行きと勢いでバンド加入が決まってしまったので、次は楽器選びだ。同じバンドのギターの先輩が付き合ってくれるということで、あたしたちは河原町通りのワタナベ楽器に向かった。
「向井さんは、どんなタイプのベースを考えてるの?」
「そうですね……やっぱりオールマイティなフェンダーのジャズベースがいいでしょうか?」
「じゃあ、試しに弾いてみる?」
あたしは生まれて初めてベースを弾かせてもらった。ギターよりもフレットの幅が広く、だいぶ勝手は違ったが、とりあえずビートルズ(注1)の「Come Together」と「Day Tripper」のリフを弾いてみた。ベースアンプから出る低音に少しびびりつつも、何となく様になってるわ、あたし……と思った。
「こっちのベースなんか、どうかな?」
先輩が別なベースを勧めてくれた。ジャズベースよりもネックは細身でボディも小さい。ヘッドのところに「Tune」、ボディには「Bass Maniac」と書かれていたが、知らない銘柄だった。
実際に楽器を構えてみると、身体の小さなあたしにはぴったりと合った。そして弾いてみると、ジャズベースよりも音の粒がソリッドな印象を受けた。
「フュージョン系のベーシストはけっこうこのメーカーのを使っているみたいだよ。五弦や六弦のバリエーションもあるみたいだし」
「さすがに初心者なので……普通ので大丈夫です。でもこのベース、あたしに馴染んでいるみたいです」
その時にはすでに、このベースが自分の相棒になるような気がしていた。
値札を見ると、なんとか予算内に収まりそうだった。そしてお店の人に聞いてみると、これは長い間店頭展示されていた旧モデルなので割引してくれるとのことだった。ソフトケースも付けてくれたので、おかげで練習用の小さなベースアンプやチューナー、シールド、新しい弦をそろえても余裕が出ることとなった。
そしてその日からあたしの猛特訓が始まった。
あたしの加入したバンドはTースクエア(注2)のコピーを中心としたフュージョン・バンドだったので、初心者にしてはいきなり高いハードルだった。譜面は先輩が起こしてくれていたので、まずはそれを見て弾けるまで何度も練習を繰り返した。曲によってはチョッパー(スラップ奏法)などのテクニックも必要だったので、なんとか習得していった。
「向井さん、ぜんぶ譜面通りに弾こうと思わなくてもええよ」
バンマスであるアルトサックスの先輩がアドバイスしてくれた。
「はい、なんとか曲に付いて行きます!」
「ベースに大切なのはまずはリズムキープ。あとは、弾いていない弦が鳴らないようにしっかりミュートしてね」
ギターの先輩もアドバイスしてくれた。
かたや文の方は、涼しい顔でキーボードを弾きこなしていた。普段物静かな彼女だが、こうしてバンドで演奏している時は楽しそうである。
こうしてあたしは一年間、このフュージョン・バンドに在籍し、その間にベースの腕を磨いた。最初のハードルは高かったが、おかげで演奏の自信を付けることが出来た。
なおあたしたちの軽音サークルは、ボックス(部室)はなかったのだが、毎週水曜日に大学の講義室のひとつを借りて、そこで例会ライブを行なっていた。毎回二組のバンドが出演して、それぞれ30分くらいの演奏をした。あたしたちのバンドもこうした例会ライブに加え、サークル合宿に合わせて行われるライブや、他のサークルと合同でライブハウスに出演するという場数を踏むことで、腕を磨いていった。
なおドラムセットやPAやミキサーなどの機材は、大学の近くのトランクルームにしまっていたので、例会の時にはその都度引っ張り出してセッティングをした。一回生のあたしたちはその作業の手伝いもしたので、シールドの「8の字巻き」や、音響機材の基本的な扱い方を、それこそ「門前の小僧なんとか」の要領で覚えた。この知識が二十年以上たってから役に立つことになるのだが、それはまた別の話なのでここでは省略したい。
バンドに馴染んで演奏の腕も上がってくると、やはり次の欲求が高まってきた。自分のバンドをやりたい、という気持ちである。
まずは文に相談した。
「良いですね! ぜひやりましょう」
二つ返事で快諾してもらった。
あたしがバンドを組みたいと思った一番の動機は、しばしば対バンになるサンタナ(注3)のコピーバンドだった。そのバンドも二回生と一回生の混成バンドだったのだが、とりわけ一回生メンバーのドラムスとギターに、あたしは注目した。
そのバンドでドラムスをやっていたのが瑞季だった。彼女は大学まではまるで音楽経験はなかったというのだが、そのテクニカルでパワフルな演奏はサークル内でも群を抜いていた。特にバスドラの連打が好きで、そのために自分用のツインペダルを持ち歩いているという。好きなミュージシャンがテリー・ボジオということなのでさもありなんという感じである。見た目は眼鏡をかけた小柄な女子であるが、帰国子女ということもあり性格はフランクで、あたしたちはお互いすぐに仲良くなった。
ギタリストは紘子であった。彼女は中学、高校の時は合唱部に所属して、全国大会まで進んだ経験を持っていたが、一方でバンドをずっとやりたくて、独学でギターを練習した。コードの押さえ方も、教則本のような定型的なものではなく、ピアノの和音をイメージしつつ、指を大きく広げてフレットを押さえる我流を身に付けていた。これはいわゆる「アラン・ホールズワース奏法」に相当するものであったが、本人はまったくそのことを意識していなかったようだ。
瑞季と紘子が在籍していたバンドは、その年の十二月のクリスマス・コンサートを最後に解散することが決まっていたので、二人はあたしの新バンドに加入することを快諾してくれた。
もう一人、目を付けたのがヴァイオリニストの沙季だった。
沙季はもともとギター志望だったとのことだが、幼い頃からずっとヴァイオリンを続けていた。最初に参加したのがZABADAK(注4)のコピーバンドで、そこでヴァイオリンを弾くことを勧められたので、軽音サークルでは希少なヴァイオリニストとなった。
沙季のバンドは、実は文もキーボードのメンバーとして兼務していた。あたしも最初は文のバンドというつもりでこのバンドを観たのだが、沙季のヴァイオリンにすっかり魅了されてしまった。その時のライブでは確かZABADAKの「二月の丘」をはじめとする三曲が披露された。ZABADAKの曲ではしばしばヴァイオリンが使われているが、その時に印象的だったのは、原曲ではヴァイオリンが使われていない「二月の丘」で、主旋律に絡むメロディーを演奏した沙季の姿だった。沙季はボーイッシュな顔立ちにスレンダーな長身の持ち主で、それだけでもステージ上では印象的だったが、なによりあたしが惚れ込んだのは彼女の存在そのものだった。「彼女は、あたしのバンドのフロントマンになる!」という予感から、あたしは文を通じて彼女を勧誘し、首尾よく「引き抜く」ことが出来たのである。
こうしてバンドのメンバーがそろったのが一回生の十二月であった。
この新バンドに対してあたしが目論んだ方向性は、UK(注5)のようなプログレバンドであった。瑞季がテリー・ボジオで紘子がアラン・ホールズワース、さらに沙季と文がエディ・ジョブソンなら、まさに役者がそろったという感じであった。もっとも後から思えば、UKにアラン・ホールズワースとテリー・ボジオが同時期に在籍したことはなかったのだが……。
ともあれ、キーボードの文、ドラムスの瑞季、ギターの紘子、ヴァイオリンの沙季、そしてベースでバンマスのあたしという五人組のバンドが誕生した。そしてそのバンド名は「カーマイン・ファイブ」とした。理由は、なんとなくかっこいいとあたしが思い、他のメンバーも賛成したからである。
「なんかキング・クリムゾン(注6)のように、色彩を感じられる名前にしたかったのよね」
「ファイブって入れたんだ。でももし誰か脱退したらどうするの?」
「最初から離婚するつもりで結婚する人はいないでしょ。大丈夫、あたしたちならうまくやれるわ!」
思えばあたしも若かったわ……。
最初はUKのコピーから始めた。代表曲である「In the Dead of Night」や「Caeser’s Palace Blues」を演奏してみたが、とりわけ沙季のヴァイオリンのプレイが素晴らしく、バンドの顔になり得ることを確信した。ヴァイオリンをフロントマンに据えたバンドは珍しい。それだけでもカーマイン・ファイブは個性的なバンドであった。
加えて紘子の浮遊感あふれるギター・サウンドも素晴らしかった。「Caeser’s Palace Blues」の原曲ではギターはなかったが、そこに紘子はオーバードライブさせたウーマントーンのギターを加えた。パーカッシブな沙季のヴァイオリンと、ロングトーンの紘子のギターが絶妙に絡み合い、原曲以上のテンションを醸し出した。
課題だったのはむしろあたしだった。UKはベースのジョン・ウェットンがボーカルを取っていたので、自然とボーカルはあたしがやることになった。ベースを弾きながら歌うのはやはり難しかったが、それよりもあたしの声質があまりバンド向けではなかったことが問題だった。つまり、演奏の音に埋もれてしまいがちなのであった。
結局、カーマイン・ファイブはインストバンド(ボーカルなしの、演奏のみのバンド)に転向した。そしてオリジナル曲を作っていくことにした。
曲の作り方は、あたしと文がリフのパターンを作り、そこに沙季と紘子がメロディーを乗せるというパターンが多かった。歌ものではないので、Aメロ、Bメロ、サビ、といった構成ではなく、いくつか作っておいたパートをつなげていく構成にすることが多かった。この時、前後のパートはまるで雰囲気が違っていても良く、むしろギャップがある方が展開がスリリングになって楽しかった。例えば、Aパートはハードなギター・サウンド、Bパートはヴァイオリンとシンセのメロウなサウンドとなっていた場合、AからBに移ると曲調ががらりと変わり、その意外性と、その組み合わせが生み出す化学反応のようなものが面白かった。
カーマイン・ファイブは例会ライブをはじめとするサークルのライブで実戦経験を重ね、やがて人気のバンドへと成長していった。女子五人組で、しかもインストバンドというもの珍しさも相まって、近隣の大学のサークルが主催するライブに呼ばれたこともあった。
そして二回生の十二月、クリスマス・コンサートに出演することとなった。
クリスマス・コンサート、通称クリコンは、うちのサークルが主催するライブイベントでも最大のもののひとつだ。四条通り沿いにあるライブハウス「KYOTO MUSE」を借り切って、サークルの中から選抜されたバンドが一堂に会するイベントである。一バンドあたりの持ち時間はMCを含めて二十分。
うちのサークルは二回生の終わりで引退する人が多いので、クリコンがラスト・ライブになるバンドも多い。カーマイン・ファイブも、クリコンを最後の晴れ舞台にすることを決めていた。
そしてクリコンのために新曲を用意することとした。組曲「Four Elements」である(注7)。この曲は四つの楽章に分かれていて、それぞれが風・土・水・火の四大元素を表している。
第一楽章の「シルフィード」は風を表している。紘子のギターのアルペジオの導入部に続き、沙季のヴァイオリンによる印象的なメロディーが奏でられる静かめの曲だ。
第二楽章の「グノーム」は土を表している。ベースとドラムスのインタープレイが特徴的なハードな曲だ。ムソルグスキーの組曲『展覧会の絵』の「小人(グノーム)」のモチーフが引用されている。後半の瑞季によるバスドラの連打が見どころだ。
第三楽章の「アンダイン」は水を表している。前の楽章からは一転、静かな曲調となり、文のピアノとシンセサイザーがフィーチャーされるシンフォニックな曲だ。
第四楽章の「サラマンドラ」は火を表している。紘子のギターによるリフから始まるハードなサウンドの曲だ。後半のギターソロが見せ場で、最後は沙季のヴァイオリンも絡み、組曲の締めくくりにふさわしい盛り上がりを見せる。
全部で一八分の大曲だ。MCを入れて、ぎりぎり持ち時間の二十分に収まる計算となる。ぶっ通しの演奏となるため、十月からはスタジオでこの曲の練習を続けてきた。
そんな最中、紘子の骨折という思いがけないハプニングに見舞われたのである。
大学のカフェテリアでのミーティングの三日後、あたしたちはスタジオに集まった。このスタジオは夜間割引といって、夜通し借りて一律料金というプランがあったので、あたしたちは一晩かけて「Four Elements」のアレンジを完成させるつもりだった。
「まずは「シルフィード」からやってみましょう!」
文がピアノのアルペジオでイントロを弾き始めた。ここは本来、紘子のギターのパートだったところだ。そこに沙季のヴァイオリンが重なってくる。その後はバンドのアンサンブルとなるが、欠けた紘子のパートを文と沙季が補うことで、全体のバランスは取ることが出来た。
「うん、良かったんじゃない」
「イントロのアルペジオなんだけど……ちょっとアレンジしてみてもいい?」
文がそう提案したので、あたしたちはうなずいた。文が鍵盤を弾き始める。
それはハープシコードの音色で、コード進行は同じだったがパターンが変わっていた。ここは四拍子のパートだが、文は一見すると変拍子に聴こえるようなパターンを演奏した。
「うん、なんとなくマイク・オールドフィールド(注8)っぽい感じに聴こえるわね」
「ギターで弾くのと鍵盤で弾くのでは、アルペジオのパターンもちょっと違うので、文に弾いてもらうんだったらこっちの方がいいと思うわ」
紘子がそう言ったので、イントロはこのパターンにすることとなった。
続く「グノーム」と「アンダイン」も、紘子のパートをキーボードとヴァイオリンでカバーするアレンジを試してみた。これらもなんとか行けそうだった。
問題は最終楽章の「サラマンドラ」である。ここはギターがメインの楽曲なので、大幅な変更が必要だ。
「ここは……私の考えてきたアレンジだけど、試してもらえる?」
そう言って紘子はコピーした紙を他のメンバーに手渡した。そこには、「サラマンドラ」の新しい構成が書かれていた。
そしてクリスマス・コンサートの当日。あたしたち五人はおそろいの赤い衣装を着てライブに臨んだ。
そして本番。ステージの下手から順に、文、あたし、瑞季、沙季、そして紘子がポジションについた。赤のストラトキャスターを持ち、でも左手にはギプスがはめられている紘子の姿に、客席は少しどよめいた。
文がハープシコードの音色で「シルフィード」のイントロのアルペジオを弾き始める。それに導かれるように沙季がヴァイオリンを奏でる。いよいよあたしたちカーマイン・ファイブの最後の演奏が始まったのだ。
アンサンブルが始まりバンドサウンドとなったが、紘子はギターを持って直立不動のままだ。サークルのメンバーのほとんどは事情を知っているが、それでも異様な風景であったことは間違いないだろう。
続く「グノーム」。瑞季のドラムプレイで場内は熱気に包まれた。そして「アンダイン」。文のシンセサイザーのシンフォニーが場内に響き渡り、最後のパイプオルガンのパートでは神々しい雰囲気に包まれた。
そしていよいよ「サラマンドラ」である。元々のアレンジでは曲調が劇的に変化し、ギターサウンドになるはずだった。しかしこの新しいアレンジでは、パイプオルガンの音色が途切れると、場は静寂に包まれた。
その時、初めて紘子が動いた。かたわらにあったマイクスタンドを右手で引き寄せると、歌い始めた。
「心が炎に焼き尽くされても 灰の中より立ち上がれ」
クリスタル・ボイスが会場に響き渡った。場内がどよめいているのが分かった。
紘子は、元々のギターパートをアレンジしたメロディーを歌った。それに沙季のヴァイオリンのカウンターメロディーが寄り添い、文のメロトロン音色のストリングスのハーモニーがそれを優しく包んだ。
あたしのベースの音は、手数を少なめにしつつも、しっかりとサウンドのボトムを支えた。そして瑞季はシンバルのレガートでリズムを支えた。
紘子のボーカルのパートが終わったところで、元々の曲のアンサンブルに戻った。そして一気にコーダ(結尾部)のパートに進んで、組曲「Four Elements」を締めくくった。
場内からは大きな拍手と歓声が沸き起こった。あたしたちは客席に一礼した後、あたしがバンドを代表してMCを取った。
「みなさん……今日はあたしたち「カーマイン・ファイブ」のラストステージを観て頂きありがとうございました! 思わぬハプニングもありましたが、今日このステージに立つことが出来て、うれしいです!
聴いて頂いたのは、新曲「Four Elements」でした。メンバーのいろいろな思いがつまったこの曲は、一八分の大作となりましたが、カーマイン・ファイブの最高傑作になったと思います。
最後にメンバー紹介をします。
キーボード、文!
ドラムス、瑞季!
ヴァイオリン、沙季!
ギター、紘子!」
ここで会場からはふたたび大きな拍手と歓声が上がった。
「そしてベースの知実でした! みなさん、ありがとうございました!」
気が付いたらあたしの目からは大粒の涙が流れていた。他のメンバーを見渡すと、みな笑顔と共に涙を流していた。
大きな拍手と歓声に包まれながら、あたしたちはステージを後にした。
カーマイン・ファイブの活動はこうしてあっけなく終わった。あたしたちはあえて「解散」という言葉を使わなかったが、メンバーは二回生の終わりになるとそれぞれサークルを引退して、別々の道に進み始めた。
文は文学部の仏文科に進み、卒業後は国立国会図書館の司書となった。瑞季はワルシャワ大学に留学する道を選び、現在はポーランドの大使館に勤務している。沙季はグラフィックデザイナーになり、今は都内に事務所を構えている。そして紘子は大手電機メーカーに就職し、現在は部長職なのだという。
現在はたまにLINEのグループで連絡を取り合うくらいで、全員で顔を合わせることはこの十年くらいはない。それでもあたしたちにとって「カーマイン・ファイブ」は特別な絆であり、その思い出はバンド名が表すように、今も色あせていない。
[脚注]
(注1)ビートルズ(The Beatles)は言わずと知れたロックの草分け的バンド。ここで知実が弾いた「Come Together」(一九六九年)と「Day Tripper」(一九六六年)はいずれもベースのリフが印象的な曲である。
(注2)Tースクエア(T-Square)は一九七六年に安藤まさひろ(ギター)によって結成された日本のフュージョン・バンドで、その後、伊東たけし(サックス、ウインドシンセ)らが加入した。一九八七年に発表された「TRUTH」がフジテレビの番組『F1グランプリ』のテーマ曲となったことから大ヒット曲となり、今でもF1と言えばこの曲を思い起こす人が多いことだろう。
(注3)サンタナ(Santana)はカルロス・サンタナ(ギター、ボーカル)によって一九六六年に結成されたアメリカのラテンロック・バンド。ラテンロックというジャンルを確立させた立役者である。
(注4)ZABADAKは一九八五年に吉良知彦(ボーカル、ギター、ベース、キーボードなど)、上野洋子(ボーカル、キーボードなど)、松田克志(ドラムス)により結成された音楽ユニット。民族音楽の要素を取り入れたエキゾチックなサウンドが特徴的。「二月の丘」はアルバム『遠い音楽』(一九九〇年)に収録されている曲で、サックスが演奏されているが、沙季はそのパートをヴァイオリンにアレンジして演奏したようだ。同アルバムの他の曲にはヴァイオリニストの金子飛鳥が参加している。
(注5)UKは一九七七年に元キング・クリムゾンのジョン・ウェットン(ベース、ボーカル)とビル・ブルーフォード(ドラムス)が、エディ・ジョブソン(キーボード、ヴァイオリン)、アラン・ホールズワース(ギター)を招いて結成したプログレッシブ・ロック・バンド。一九七八年にはビル・ブルーフォードとアラン・ホールズワースが脱退し、代わりにテリー・ボジオ(ドラムス)が加入してトリオ・バンドとなった。瑞季が好きなテリー・ボジオは、UK以外にも様々なバンドやミュージシャンと共演しているが、巨大なドラム・セットを組むことでも知られており、八つのバスドラを並べたこともあった。また知実が言うところの「アラン・ホールズワース奏法」は、彼の指を大きく広げた独特のコード・フォームのことを指している。彼はスケールの使い方や楽器の改造においても個性的で、しばしば「ミュージシャンズ・ミュージシャン(ミュージシャンに影響を与えたミュージシャン、くらいの意味)」と呼ばれた。
(注6)キング・クリムゾン(King Crimson)は一九六八年にロバート・フリップ(ギター)らによって結成されたプログレッシブ・ロックの草分け的バンド。UKのジョン・ウェットン、ビル・ブルーフォードもかつて在籍していた。知実が「色彩が……」と言っているのは、キング・クリムゾン(紅の王)のファーストアルバム「クリムゾン・キングの宮殿」(一九六九年)のアルバムジャケットに、真っ赤な顔をした男性が大きく口を開けて、叫び声を上げているイラストが描かれていることを念頭に置いているものと思われる。
(注7)組曲「Four Elements」は、日本のプログレ・バンド、エレクトリック・アストゥーリアスの「Suite of “Elemental”」(アルバム『Elements』(二〇一四年)所収)を意識している。ヴァイオリンがフロントマンというカーマイン・ファイブのバンド構成も、エレクトリック・アストゥーリアスの編成を意識している。
(注8)マイク・オールドフィールド(Mike Oldfield)はイギリスのミュージシャン。ギター、ベース、キーボード、ドラムスなどすべての楽器を自分自身で演奏し、それを多重録音して作り上げたファーストアルバム『チューブラー・ベルズ』(一九七三年)が大ヒットし、映画『エクソシスト』(一九七四年)にも使用された。知実が「マイク・オールドフィールドっぽい」と言っているのは、この映画に使用された「チューブラー・ベルズ」のイントロ部分のことである。



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