知実、スト客文化祭に出店する(『編集者・石川知実の静かな生活』)
ついに出店してしまった。五月に東京で開催された「第二回スト客文化祭」である。
これまでも「文フリ」こと「文学フリマ」や、「デザフェス」こと「デザインフェスタ」は常連で何度も訪れていたが、いずれも客としてであった。「文フリ」は東京で開催された時はだいたい通っていて、知り合いの作家さんやライターさんが出店していることも多いから、それぞれのブースを周るだけでも一日仕事になる。だいたいいつも持っていく一澤信三郎帆布のトートバッグが筋トレのウエイトになる。
加えて最近では踊り子さんが出店するブースも多くなった。とりわけ市川ひなのさんは毎年のように出店し、エッセイの単行本を出している。その中では、もちろんストリップの話も書かれているのだが、普段の彼女が体験した経験のエピソードも書かれていて、それがとても味わい深いのだ。
しかしこうしたイベントに自分で出店するということは、これまで考えたことがなかった。あたし自身、文章を書くのは大好きで、自慢ではないが人の三倍は速く書ける自信がある(ただし瞬間最大風速値)。そのせいであたしの本来の職掌は編集者なはずなのだが、実際にはライターとしての仕事もかなりこなしている。
とはいえ自分の書く文章はあくまで雑誌を構成する要素の一部であり、そこに自分自身を表現しようと思ったことはなかった。つまり与えられたテーマやトピックに対して最適な成果物を提供するのが、ライターであり編集者としての矜持だと思ってきた。それは今でも変わらない。
このことを夫の健太に話すと、彼も首がもげるくらい激しく同意してくれた。健太は環境社会学の研究者であり、論文も色々出している。あたしは彼の論文を読んでもちんぷんかんぷんなので、一緒に住んでいるにもかかわらず彼の仕事について聞いたり話したりすることはほとんどない。それでも、彼の書く文章は無駄なく削ぎ落とされていて、さらに客観的事実と自身の分析が明確に区別されて書かれていることは、専門外のあたしにもはっきりと分かる。
ともあれ、あたしは人のエッセイを読むのは好きなのだが、自分で自分の気持ちを表現するエッセイを書いたことはなかった。それが、今回は自身のストリップに対する思いをしたためたものを出すことに決めたのである。
そして出店を決めたイベントは「スト客文化祭」であった。これはその名が表す通り、ストリップのファンである客が、それぞれストリップへの思いを表現した作品をブースで手売りするというもので、形としては「文フリ」や「デザフェス」とまったく同じである。
第一回のイベントは昨年の十一月に大阪の難波で開催された。その日、たまたま関西方面にいたあたしは、足を伸ばして訪れたのである。
その時は一人での行動だったし、出店している人も知らない人ばかりだったので、少し緊張しながらも会場に足を踏み入れた。
会場は広めの会議室といった感じで、その一室にすべてのブースが入っていた。まず一通りめぐってみたのだが、ストリップに関する同人誌や雑誌を売っているブース、小物を売っているブース、そして踊り子さんが出しているブースもいくつかあった。
あたしはまず雑誌『イルミナ』のブースに行ってみた。『イルミナ』はストリップをテーマにした自費出版の雑誌で、毎号、踊り子さんのインタビューがあったり、考察の文章があったりと、内容が充実している。装画のイラストも毎回可愛い。あたしは最新号とバックナンバーを購入した。
続いて背が高くてスタイル抜群のお姉さんがいるブースに立ち寄った。彼女をモデルにした写真集を販売していた。
「こんにちは。見せて頂いてもいいですか?」
「ぜひ! 見本がありますのでご覧ください」
あたしは見本の一冊を手に取った。劇場のような背景のもと、彼女がポージングをとっている。ポージングは踊り子のものだが、彼女は着衣のままだ。
「すごい! お姉さん、踊り子さんなのですか?」
「いえ、実はモデルなんです。でもストリップが好きで、自分なりにストリップを表現した写真集を、今回作ってみました!」
たしかにその熱量はすごいと思った。ストリップのポージングは一般人にはまず無理だろう。さすがはモデルと感心した。それにしても、あたしもストリップが好きな「スト女」だけど、自分でポージングを決めて写真を出すなんて考えたこともなかった。身体の固いアラフォー女子が踊り子の真似などしたらきっと悲惨な結果が待ち受けているに違いない。
写真集は二種類あったので、あたしは一冊ずつ購入した。
その次に立ち寄ったのはオリジナルのコミックを売っている女性のブースだった。可愛らしい絵柄だったので目が引き付けられた。作者名を見ると「森くるみ」とある。
「見本、見てみてもいいですか?」
「ええ、どうぞ」
最初の方を立ち読みすると、若い女性が主人公の物語のようだ。ある日、恋人がストリップを観に行っていたことに気が付く。彼女はショックを受けるが、やがて……と展開していくようだ。
「一冊、買わせてください」
「ありがとうございます!」
「お姉さんもストリップのファンなのですか?」
「実は……それほど詳しい訳じゃないんです。でも以前、踊り子が登場する漫画を描いたことがあって、その時に参考のために観たんです。そしたらその時の漫画が評判が良くて、「次もストリップをテーマに描いたら?」と勧められて、今回この作品を出すことになったんです」
聞くところによると、彼女は普段から趣味でコミックを描いていて、「コミティア」などのイベントにブースを出しているとのことだ。道理で絵もこなれている訳だわ……。
「楽しみに読ませて頂きます。がんばってくださいね」
「ありがとうございます!」
続いて奥のスペースで「リボン投げ体験」をやっているコーナーがあったので参加してみた。そこには「リボンさん」が控えていて、投げ方をレクチャーしてくれた。
なおストリップを知らない人に解説すると、「リボンさん」とはステージでリボンを投げるファンのことである。それを初めて見た人は劇場のスタッフかと勘違いすることもあるようだが、実は私設応援団のような存在である。きれいにリボンを投げた後、それを素早く引き戻すのには熟練の技が求められる。リボンを決して踊り子や他の客に当ててはいけないからである。
「こうやって、右手でリボンを投げるんですけど、リボンの端は左手で持っておきます。そして投げ切った時に、素早く右手で引き戻すんです」
「なるほど」
実際に投げてみた。しかしリボンは思った通りにきれいに弧を描かず、またリボンも十分に手元まで引き戻すことが出来ず、下に垂れてしまった。
「やっぱり、難しいですね!」
「そうですね、手首のスナップが重要なんです」
「なるほど」
「せっかくなので、投げられる体験もしてみませんか?」
「はい、ぜひ!」
踊り子の視点からリボンを見るなんて、またとない機会だ。あたしは二つ返事でお願いした。
幸いなことにこの日はパンツだったので、踊り子の「L字」のポージングを真似てみた。もちろん踊り子のようにきれいに脚は上がらなかったが、そこにリボンさんがリボンを投げてくれた。自分の視界の上を放射状に広がったリボンが横切って行ったかと思うと、あっという間にそれはリボンさんの手元に引き戻された。周りで見ていた人たちが拍手してくれた。
「きれい……!」
これは確かに踊り子さんもうれしいわ……リボンさんに礼を言い、あたしは体験コーナーを後にした。
こんな感じで、客として訪れた第一回スト客文化祭は大満足であった。
それであたしの中のモチベーションも高まり、第二回が東京での開催となったのもあって、募集開始したところで「出店者」として申し込んだのであった。
とはいえ、出店者として何を出せば良いだろう……? 次回の開催まで半年あったので、じっくり検討した結果、ストリップに関するエッセイを出そうと思い立ったのである。
しかし上で述べた通り、あたしは自分自身を文章で表現するということをこれまでしたことがなかった。あえて編集者としての客観的な立場から言わせて頂くと、エッセイというジャンルは難しい。基本的に、人は他人の人生などに興味はないのだ。だから自分の体験したエピソードを文章化したところで、それを読みたいと思う人などまずいないと思った方が良い。これが芸能人やアーティストなど、人から関心を持たれている人ならば、読みたいと思う人は一定数見込むことが出来るが、アラフォー人妻サラリーマンのエピソードを読みたいというのは、よほど奇特な人だけだ。
そこであたしは以下のような章立てを考えた。
第1章 私の推し、鈴木千沙子さんとの出会い
第2章 あわらの山うに出汁巻
第3章 岐阜のモーニング
第4章 熱海のアジフライ
第5章 道後のトンカツパフェ
第1章は千沙子さんへのファンレター的内容だが、第2〜5章は各地の劇場に遠征した際の紀行文にすることとした。タイトルだけだと食レポっぽいが、各地の劇場の様子と、そこで食べたものにちなんだエピソードを書き記すこととした。こうした形の文章だと、あたしの普段のライターとしての文章の延長線上で書くことが出来るし、ストリップに関心のある人には興味を持ってもらえるかな……と考えたのである。タイトルは『おんなストリップ劇場放浪記』である。元ネタは言わずもがなである。
原稿は、通勤などの隙間時間を利用してポメラに書き溜めたものを元に、アドビのインデザインで組版をした。スペースなしの文字数で四万字余りだったので、A5版に組版すると一〇〇ページほどの分量となった。同人誌としては十分だろう。
問題は装画である。ここはデザインにこだわりたいところである。「文フリ」のような即売会では、いわゆる「ジャケ買い」したくなるような本じゃないと手に取ってもらえない。
そこであたしは知り合いのイラストレーターの速水四季さんに個人的に依頼した。彼女には以前の雑誌の時に何度か依頼したことがあり、数年前に旦那さんの仕事の関係で函館に居を移したのだけど、SNSを通じてずっとつながっていた。連絡を取ってみると、二つ返事でOKしてくれた。彼女とはオンラインで打ち合わせをして、エッセイの内容と装画のイメージを伝えた。
「アラフォー女子が、レトロな街並みの中にある劇場を訪れる……みたいな感じがいいんですけど」
「分かりました! いくつかパターンを作ってみますね」
半月ほどして装画のラフを検討する二度目のオンライン・ミーティングが持たれたが、彼女が示したラフを見てあたしは仰天した。
そこにはステージ上で立ち姿のポージングをとるあたし(と思しき女性)の姿が……違和感あふれるのはその女性が踊り子の衣装ではなく普段着を着ていることだった。
「えっ、これ……あたし? なんでステージに立ってるの?」
「面白いでしょ? あと、もちろんリクエスト通りのラフも描いてきましたから」
そういうと彼女は、あたしが伝えたイメージのラフ二案を示した。そちらも良かったのだが、やはり一枚目のインパクトが強かった。
「うーん……意外と一枚目、いいかもです」
「でしょ? 普段の知実さんが、そのままの格好でステージに立ってるっていうのが、私がエッセイの文章から受けた印象だから」
「……?」
「それだけ素の知実さんが出てる、ってことかしら?」
そういう訳で本の装画は一枚目のものに決めた。半月後には素晴らしい装画を仕上げてもらった。
最後は装画と文章をPDFに出力して、オンデマンド印刷に発注するだけだ。問題は何部刷るかである。表紙のみカラーにして、無線綴じの一〇〇ページで五〇部印刷して三万円あまり。単価は一冊六〇〇円あまりとなるが、実際には出店料や装画のデザイン料もかかっているので原価はもっと高い。しかしあたしは一冊五〇〇円で売ることにした。「スト客文化祭」には三〇冊、残りは知人への献本と自分用の在庫にするので、完売しても大赤字だが趣味でやっていることなので全然構わない。
発注して数日後、ダンボール箱に入ったあたしの作品が届いた。落丁や入稿ミスがないかどきどきものであったが、まず手に取ってみて、装画のきれいさにため息が漏れた。そして中をチェックし、十分な仕上がりであることを確認してほっとした。
いよいよ「第二回スト客文化祭」当日。あたしは小さめのダンボール箱に作品『おんなストリップ劇場放浪記』をまとめ、手持ちで会場入りした。受付を済ませ、ネームタグを受け取り、自分の首にかけてみた。ついにこれで、あたしも出店者だ。
自分のブースを探すと、入口に近い長机の端から二番目だった。両隣りの出店者さんはすでに準備中だったので、まずはそれぞれにあいさつをした。そして向かいの机を見ると、そこには見覚えのある女性がいた。
「あの、森くるみさんですよね」
「あっ、前回買ってくださった方ですよね」
「はい、石川知実と申します。作品、楽しく読ませて頂きました」
「ありがとうございます。今回は出店者さんなんですね」
「はい、一念発起して出してみました。よろしくお願いいたします」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
あたしは自分のブースの設営を始めた。といっても出品しているのは一品だけなので、机に敷物を敷いて、本を置いて、ポップを立てて完了だ。ポップは手書きでけっこう気合いを入れて制作した。
見ると両隣りも設営を完了していた。左隣りの人はリボン投げについて書いた本を出品していた。
「リボン投げ、難しいですよね。あたしも前回、体験してみました」
「そうでしたか! 私もいわゆる「リボンさん」なんですが、自分の思うところを書いてみました」
「投げるためのコツとかですか?」
「もちろんそれもですけど、あとはリボンを投げる上でのエチケットとかもですね」
「たしかに……いろいろと気を遣わないと出来ないですよね」
「あまり説教臭くならないように、気にしてはみたのですが、やっぱりちょっと説教臭くなったかもしれません」
それにしても、リボンのことを論じるだけでも一冊の本が出来てしまうのだから、ストリップも奥が深い。
右隣りの人はオリジナルのキーホルダーを出品していた。全国の劇場ごとに、それぞれの特色を生かしたデザインのものを並べていた。
「あっ、あたしこのあわらのキーホルダー、持ってます!」
「そうでしたか、ありがとうございます」
「劇場においてあるのも全部、作っていらっしゃるんですか?」
「そうなんです。ありがたいことに全国の劇場に置いてもらっています」
「すごいですね!」
やがて開場三〇分前になった。この時間は出店者の間で買い物が出来る時間とされていたので、あたしは森くるみさんの新作と、リボンさんの本、そしてあわらのキーホルダーの別バージョンを購入させて頂き、それぞれにあたしの作品も買ってもらった。他にも『イルミナ』の新刊を買ったり、踊り子さんのブースを巡ったりしているうちに一般開場の時間となった。
今回は会場の広さも出店者の数も前回の倍くらいになっていたが、お客さんの数もそれを上回るくらいの盛況さであった。
そんな中、最初にあたしのブースに来てくれたのは梅田サクラコ先生であった。
「知実〜っ! がんばってるか〜?」
「サクラコ先生! 来て頂きありがとうございます!」
「一冊買わせて頂くわ」
「えっ、先生には献本を用意しています」
「いいのよ、ちゃんと買うから」
「えっ、でも……ありがとうございます!」
「しっかり読ませて頂くわ」
「先生を目の前にすると……恐縮です!」
サクラコ先生はさっそうと次のお目当てのブースに向かって行った。
その後も、割とひっきりなしにお客さんがあたしのブースを覗いていって、何人かに一人は買っていってくれた。きっと速水四季さんの装画が良かったので、ジャケ買いしてくれた人も多かったことだろう。また、来てくれたお客さんと言葉を交わすのも楽しい経験だった。
「あっ、ここのお店、知ってますよ!」
「そうなんですね! ここのモーニング、すごい豪華ですよね」
「僕も岐阜に遠征に行く時はいつも通ってるんです」
そうこうしているうちに、ついに終了一時間前の午後四時にはめでたく「完売」となった。その時には周りのブースの人たちも拍手してくれた。
「みなさん、ありがとうございます!」
すっかり肩の荷が降りたあたしは、残りの時間は会場内をぶらぶらしながらくつろいで過ごした。そして最後に事務局からイベントの閉幕のアナウンスとともに、次回は秋に大阪で開催されることが告げられた。
撤収はあっという間に済み、あたしはまだ日の高い外に出た。少しクールダウンしてから帰宅しようと思い、歩いて行けるところにあるクラフトビールのブルーパブに立ち寄った。アルコール度低めのセッションIPAを頼んでぐっと喉ごしを楽しんだ。
今回、初めて作る側の立場でストリップに携わった。そう、ストリップは踊り子に加え、劇場の関係者、衣装や振り付けや音楽の制作者、そして観客たちが、それぞれの形で参加することによって成り立っているのだ。
あたしがストリップにハマるのは、きっとそのためなのだろう。



やってみたいと思ったことは実践あるのみ!ですね。 これからも続けていってください。
コメント頂きありがとうございました。ストリップが好きな、いろいろな人たちが関われる貴重なイベントなので、長く続くことを願っています。第三回、出ます!