歌手の稲葉喜美子さんの一連の投稿をぜひ読んでみてほしい。
私はこれまで中森明菜=被害者、近藤真彦=加害者の構図で捉えていたが、物事は一面的に見てはいけないと改めて思った。
これはまさにメディアリテラシーの基本だ。
同じ事象でも右から見るのと左から見るのとではまったく違うし、上から見るのと下から見るのとでもまったく違う。
多角的に検証することこそ大事なのだ。
中森明菜さんの視座で見ると「こんなにも愛情を注いでいるのにそれに答えてくれない近藤真彦さんは酷い男」となるが、近藤真彦さんの視座で見ると「恋愛感情が重すぎる。自由を束縛されるのは勘弁!」となる。
近藤真彦さんを繋ぎ止めておくための手段としてリストカットを試みた中森明菜さんは、世にいう「地雷女」との見方もできる。
メリー喜多川さんは、そんな中森明菜さんを断ち切るために一席ぶったと考えることもできる。
もちろん真相は藪の中だ。
中森明菜さんは涙を流しながら「難破船」を歌い続ける。
涙は純粋の証。
涙を流す中森明菜さんを疑う人はいない。
①例えば、人は恋をする。人に拠っては烈しい所有欲を持つ場合も在る。自分だけのものにしないと気が済まない人さえ居る。
その、恋をした筈の相手への独占欲を「情熱的だ」と勘違いして進んで行けば、病んで居るが故に関係は破綻し易くなる。
こんなにも愛して居るのに、何故、判って貰えないか?。