バイトが終わる頃には、外はすっかり夜になっていた。
店を出ると、同じシフトだった先輩が「お疲れ」と声をかけてくる。
帰る方向が少しだけ同じだったこともあり、駅までの道を他愛もない話をしながら歩いた。
仕事の失敗を笑い合って、次のシフトの予定を確認して、それだけの時間。
恋人が見れば誤解するような距離でも、特別な雰囲気でもなかった。
駅前に着くと先輩と別れ、スマホを見る。
『着いたよ。改札の近くにいる。』
勇斗くんからのメッセージだった。
思わず頬が緩む。仕事終わりに会えるだけで、一日の疲れがふっと軽くなるのだ。
改札へ向かうと、人混みの中でもすぐに勇斗くんを見つけた。
帽子を深くかぶり、こちらに気づくと小さく手を振る。
その笑顔はいつもと変わらないように見えた。
短いやり取りを交わし、並んで歩き始める。
いつもなら勇斗くんの方から今日あった出来事を楽しそうに話してくれる。私もバイトの話をして、気づけば笑い声が途切れない。
けれど今日は違った。
沈黙が流れても、勇斗くんは無理に埋めようとしない。
疲れているのかな。
そう思って横顔を盗み見ると、どこか考え込むように前を見つめていた。
少し歩いたところで、不意に勇斗くんが口を開く。
それだけで、何を気にしているのか分かってしまった。
バイト先の先輩だと説明すると、勇斗くんは ″ そっか ″ とだけ返して視線を落とす。
納得したようで、納得していない。
そんな空気だった。
普段の勇斗くんなら、こんなふうに感情を表に出すことは少ない。むしろ、自分の気持ちより相手を優先して笑っているタイプだ。
だからこそ、その小さな違和感が胸に引っかかった。
恐る恐る尋ねると、勇斗くんは少しだけ困ったように笑った。
否定しようとして、でも結局できなかったらしい。
照れたように息をついて、小さく頷く。
その仕草があまりにも珍しくて、思わず笑ってしまった。
すると勇斗くんは少しだけ拗ねたように目を細める。
その一言に、いつもの余裕はなかった。
胸の奥にしまっていた本音が、少しだけこぼれ落ちたような声。
その言葉を聞いた瞬間、自分が思っていた以上に勇斗くんを不安にさせてしまったことに気づいた。
私はそっと勇斗くんの手を握る。
冷えた指先が少しだけ震えていて、その温度が伝わるようにぎゅっと握り返した。
その言葉に、勇斗くんは驚いたように目を丸くする。
そして照れくさそうに笑った。
さっきまで曇っていた表情が少しずつ柔らかくなっていく。
安心したように息を吐く姿を見て、ようやく私も肩の力が抜けた。
そのまま人通りの少ない公園へ足を向ける。
夜風が木々を揺らし、静かな時間だけが流れていた。
ベンチの前で立ち止まると、勇斗くんはゆっくりこちらへ向き直る。
苦笑いを浮かべながら髪をかき上げる。
その言葉に首を横へ振る。
好きだからこそ不安になることも、独占したくなることもある。
それはきっと、誰かを本気で大切に思っている証拠だ。
そう伝えると、勇斗くんは照れ隠しのように視線を逸らした。
それでも少しずつ距離を縮め、私の頬へそっと手を添える。
優しい手のひらの温もりに胸が高鳴る。
目が合う。
何も言わなくても、その瞳だけで気持ちは伝わってきた。
勇斗くんは小さく笑うと、″ 好き ″と一言だけこぼした。
その声は夜風に溶けてしまいそうなくらい優しかった。
私も同じ言葉を返すと、勇斗くんは安心したように目を細める。
そしてゆっくりと距離を縮め、触れるだけの優しいキスを落とした。
一度離れて見つめ合うと、照れたように笑いながらもう一度唇を重ねる。
さっきまで胸を締めつけていた小さな嫉妬は、そのぬくもりに溶かされるように消えていった。
帰り道、繋いだ手は行きより少しだけ強く握られていた。
まるで、″ もう離さない ″ と伝えるように。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!