小さなことだった。
今思えば、本当にどうでもいいことだったのに、その時はお互い少しだけ余裕がなかった。
曽野舜太くんと付き合い始めて半年。
いつもなら笑って流せるようなことだったのに、その日は言葉がすれ違った。
少しだけ拗ねて、少しだけ意地を張って。
気付いた時には、どちらも謝れなくなっていた。
それから数日。
メッセージのやり取りもほとんどなくなった。
スマホを開いては閉じる。
送りたい言葉はたくさんあるのに、何を書けばいいのか分からない。
学校帰りも、休日も、なんとなく寂しかった。
街で舜太くんに似た人を見かけるたびに目で追ってしまう。
会いたい。
でも、自分から連絡する勇気も出なかった。
そんなある日の夕方、インターホンが鳴った。
玄関を開けた瞬間、思わず息を飲む。
そこには舜太くんが立っていた。
数日しか経っていないはずなのに、ずいぶん久しぶりに見えた。
少しだけ疲れた顔。
だけど目だけは真っ直ぐこちらを見ている。
何か言わなきゃと思うのに、言葉が出てこない。
沈黙が続くと先に視線を逸らしたのは舜太くんだった。
普段なら誰よりも明るくて、人懐っこくて。
そんな彼が珍しく弱そうな顔をしていた。
そして小さく息を吐く。
たったそれだけだった。
でも、その一言で張り詰めていたものが一気にほどけた。
私も謝ろうと思ったのに、先に涙が出てしまう。
慌てて顔を隠そうとした瞬間、腕を引かれた。
ふわりと包み込まれる。
懐かしい匂い。
ずっと会いたかった人の温度。
それだけで涙が止まらなくなる。
舜太くんは何も言わなかった。
ただ背中を優しく撫でてくれる。
その手があまりにも優しくて、余計に泣けた。
どれくらいそうしていただろう。
少し落ち着いた頃、顔を上げる。
近すぎる距離にまた胸が鳴った。
舜太くんは困ったように笑う。
それから、少しだけ眉を下げた。
ぽつりと零れた本音。
数日会わなかっただけなのに。
連絡が少し減っただけなのに。
平気なふりをしていたのは私だけじゃなかったらしい。
思わず笑ってしまう。
同時にまた泣きそうになる。
そんな私を見て、舜太くんも少し笑った。
お互い様だ。
きっと同じことを考えていた。
もう一度抱き寄せられる。
今度はさっきより少し強く。
離したくないと伝えるみたいに。
肩に額を押し付けながら、舜太くんが小さく呟く。
その声は甘えるようで、少しだけ情けなくて。
だけど、たまらなく愛おしかった。
しばらくして顔を上げると、視線がぶつかる。
舜太くんの瞳が優しく揺れた。
そっと頬に触れる指先。
逃げる理由なんてどこにもなかった。
触れるだけの優しい口付け。
短いはずなのに、胸の奥まで熱くなった。
離れたあとも、額が触れそうな距離のまま。
舜太くんは少し照れたように笑った。
そして今度は自分から額を寄せる。
安心したように笑うと、舜太くんはもう一度そっと唇を重ねた。
窓の外は夕焼けだった。
数日前まであんなに苦しかったのに。
今は隣にいるだけで幸せだと思える。
たぶんこれからも喧嘩はする。
すれ違うこともある。
それでも、そのたびにこうしてちゃんと向き合えたらいいなと思う。
唇が離れたあと、舜太くんは少しだけ照れた顔で笑った。
その笑顔を見た瞬間、私はきっとこれからも何度でもこの人を好きになるんだろうな、と思った。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。