大学の構内に、大きな笹が飾られたのは七夕の一週間前だった。
またやるんだ、この企画〜!
友達がそう言いながら短冊を手に取る。
毎年恒例の七夕イベント。
通りかかった学生が自由に願い事を書いて笹に飾るらしい。
友達に勧められ、渡された短冊を見つめる。
願い事なんて、子どもじゃあるまいし。
そう思ったのに、ペンを持った瞬間、自然と浮かんだのは一つだけだった。
——好きな人と両想いになれますように。
書いた瞬間、自分で恥ずかしくなる。
急いで裏返していると、
聞き慣れた声がした。
顔を上げると、吉田仁人くんが立っていた。
仁人くんが持っていた短冊をみて指を指す。
そう言いながら笑う。
その笑顔に、また胸が苦しくなる。
・
好きになったのはいつからだろう。
友達として話す時間が増えて。
困っている時にさりげなく助けてくれて。
誰にでも優しいのに、時々自分だけ特別なんじゃないかと期待してしまうような言葉をくれて。
でも、それが勘違いだってこともわかっていた。
だから、この想いは短冊に閉じ込めるしかない。
仁人くんも願い事を書き終えると、私より少し高い位置に結びつけた。
そう言って笑う横顔に、思わず視線を逸らした。
叶うわけないのに…
・
・
・
それから数日後。
授業終わりに構内を歩いていると、突然強い風が吹いた。
笹が大きく揺れる。
短冊が何枚か地面へ落ちた。
近くにいた私は慌てて拾い集める。
その時だった。
一枚の短冊が目に入る。
見覚えのある字。
″ 吉田仁人 ″
名前が書かれていた。
見ちゃダメ。
そう思ったのに、視線が勝手に文字を追う。
そこに書かれていた願い事は。
——好きな人と付き合えますように。
心臓が止まりそうになった。
好きな人。
いるんだ。
当たり前のことなのに、胸がぎゅっと痛む。
突然声がして、慌てて振り返る。
そこには本人がいた。
急いで短冊を渡す。
仁人くんは状況を察したのか、小さく笑う。
気まずい沈黙が落ちる。
聞きたいことはたくさんある。
その人は誰なのか。
付き合っているのか。
でも聞けるはずもない。
仁人くんはそう言っただけだった。
・
・
・
その日の帰り道。
駅までの道を並んで歩く。
いつもなら楽しいはずの時間が、今日はやけに長く感じた。
まさか、、、
一気に顔が赤くなるのがわかる。
恥ずかしさで消えてしまいたい。
その表情は、どこか嬉しそうだった。
すると突然、仁人くんの歩く足が止まる。
私もつられて立ち止まった。
夕暮れの光が差し込む。
仁人くんが少しだけ照れたように頭をかいた。
好きな人と両想いになりたい。
好きな人と付き合いたい。
確かに似ている。
でも、それだけだ。
そう思った瞬間。
数秒、意味が理解できなかった。頭が真っ白になる。
胸が大きく鳴る。
夢じゃない。
聞き間違いでもない。
言い終わる前に、仁人くんが安心したように笑った。
夜空にはまだ星は見えない。
それでも。
短冊に書いた願い事は、七夕を待たずに叶ってしまった。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!