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ライフ #廃墟モールの経済学

「フードコートが全滅」「専門店エリアも空き区画多数」…ゆめタウンとの戦いに敗北「熊本のイオン」に見る"モール弱肉強食"

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八代市 イオン八代ショッピングセンター
八代市にある「イオン八代ショッピングセンター」(写真:筆者撮影)
  • 坪川 うた ショッピングセンター研究家・ライター

INDEX

ガラガラで人がいない。空き区画だらけ。BGMだけが虚しく響いている――。日本各地に、そんな「廃墟モール」が存在する。
かつて繁栄した商業施設は、なぜ廃墟になってしまったのか? 理由を探ると、7つの要因が見えてきた――この連載では、大手ショッピングモール会社での勤務歴を持ち、プライベートでも600以上のモールを巡ったライターの坪川うたさんが現地を実際に訪れてリポート。廃墟モールが生まれる理由をひもといていく。

前編では、熊本県水俣市の国道3号沿いにある「エムズシティ」の現状と歴史を伝えた。「エムズシティ」の前身の「寿屋水俣店」は、すぐ近くの競合である生協の「水光社」に押されて苦戦するなか、寿屋が民事再生法を申請したことで2002(平成14)年2月に閉店した。

その後、水光社が寿屋の入居していた建物と土地を買収して2003(平成15)年3月、「エムズシティ」としてリニューアルした。しかし店舗が閉店・移転し、現在は6フロア中、半分の3フロアが閉鎖された状態となっている。

「エムズシティ」最寄りの水俣駅(写真:筆者撮影)
現在の「エムズシティ」。国道3号沿いに立地している(写真:筆者撮影)

背景には、近隣店舗との競合にとどまらない都市間競争が潜んでいる。本稿では、この都市間競争について深掘りしていく。

水俣に勝った八代のモールも廃墟化が進行

水俣市はチッソの前身である日本窒素肥料の工場進出を機に、農漁村から企業城下町へと変貌して発展した街である。西側に八代海、南側に丘陵地があることから地理的に分断され、独立した商圏が形成されていた。

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その限定された商圏において、日本窒素肥料の消費組合として1920(大正9)年に発足し、のちに生協となった水光社が圧倒的な強さを誇っていた。市民の約半数は水光社を利用しており、水光社と地元商店街の対立が鮮明になっていた。

現在の水光社本店(写真:筆者撮影)
のちに増築された水光社生活館(写真:筆者撮影)

しかし1965(昭和40)年に国道3号の改良工事が完成し、モータリゼーションの進展や郊外大型店の出店により近隣市との往来が増えていくと、水俣市の商圏に変化が表れ始める。

九州を縦断する国道3号(写真:筆者撮影)

1970(昭和45)〜1972(昭和47)年にかけて、水俣市の商圏が狭くなっていることが明らかにされた。(『水俣市広域商業診断報告書(勧告編)昭和50年』)

1983(昭和58)年時点でも、「近隣周辺地域の商業集積の拡大、その商業力のレベルアップによる水俣市商圏人口の減少など、水俣市小売業をとりまく環境は非常に厳しい状況にあった」と指摘されている。(『産業経営研究』1983年3月)

さらに時代が進むにつれ、熊本県の八代市や鹿児島県の出水市との都市間競争が加速していく。

2007(平成19)年度の『熊本県消費動向調査報告書』では、水俣市において「地元購買率が低下」し、「この要因は、八代市の大型SCへの流出が増加したためであるが、鹿児島県出水市への流出も若干増加している」と報告されている。

八代市には2004(平成16)年11月に「イオン八代ショッピングセンター」、翌2005(平成17)年6月に「ゆめタウン八代」がオープンした。出水市にも郊外大型店が進出していた。水俣市では車に乗り、八代市や出水市へ出かける買い物客が増えていたのだ。

しかし現在、その八代市にある「イオン八代ショッピングセンター」も廃墟モール化が進んでいる。2000年代に、対水俣市で都市間競争に勝ったと言える八代市のモールはなぜ苦戦しているのだろうか。

八代市にある「イオン八代ショッピングセンター」(写真:筆者撮影)

より大型のゆめタウンに太刀打ちできず

「イオン八代ショッピングセンター」は当初、核店舗のジャスコと75の専門店からなるモールとしてオープンした。2020(令和2)年にスーパービバホームが出店し、現在は1階の約半分をスーパービバホームが占め、もう半分にイオン直営売り場とテナントが入っている。空き区画は1つのみで、平日でも買い物客の姿が見られる。

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ところが、2階へ上がると異様な光景が広がる。直営売り場は埋まっているものの、専門店エリアは空き区画だらけ。「FOOD COURT」の大きな看板が掲げられているが、フードコート内の飲食店は全滅し、無料の休憩所と化している。人の姿はあるが活気はなく、さみしい雰囲気が漂っている。

外壁にも「FOOD COURT」の文字が残っているが……(写真:筆者撮影)

「イオン八代ショッピングセンター」は、約半年後にオープンした「ゆめタウン八代」との戦いに敗れたと言っていいだろう。ゆめタウンは広島市に本社を置くイズミの運営するモールで、西日本に展開されている。

「イオン八代ショッピングセンター」と「ゆめタウン八代」間は車で10分もかからないほど近い。「イオン八代ショッピングセンター」は店舗面積約2万3000m²、専門店75店舗、駐車場約1800台に対し、「ゆめタウン八代」は店舗面積約2万8000m²、専門店90店舗、駐車場約2200台とより大きい規模でオープンした。

「ゆめタウン八代」は「イオン八代ショッピングセンター」より規模が大きい(写真:筆者撮影)

現在、「ゆめタウン八代」にはユニクロ、GU、デコホーム、ダイソーなどの大型店がそろい、空き区画はほとんどなく、平日でも活気が感じられる。小さな子どもを連れた買い物客も多い。

八代市が地元だというタクシー運転手に両モールについて尋ねると、「イオンとゆめタウンでは規模が全然違いますからね。ゆめタウンのほうが大きくて何でもそろう。それにゆめタウンには屋根の付いた駐車場もあるから、雨の日や暑い日はいいんです」と話してくれた。さらに「若い方はイオンモール熊本まで行っているかもしれませんね」とのことだった。

さらに巨大なモールへ買い物客が流出

八代市の大型モールは水俣市から買い物客を奪ったが、その八代市の買い物客は周辺地域のさらに大型のモールに流れているのである。

このことは『熊本県消費動向調査報告書』でも明らかになっている。2006(平成18)年度の報告書では八代市において、「大型SCの新規出店などに伴って、地元購買率は上昇に転じた印象を受ける」と書かれている。

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だが2012(平成24)年度の報告書では、「地元購買率が低下した」と報告された。品目別に見ると、食品や日用雑貨品など日々購入するものよりも、紳士服やスポーツ・レジャー用品などたまにしか買わないものの購買率が大幅に低下している。そして「八代市の地元購買率の低下は、熊本市への流出や宇城市や嘉島町の大型ショッピングセンターの影響が大きいと考えられる」とされている。

一例を挙げると、嘉島町には2005(平成17)年10月、「ダイヤモンドシティ・クレア」(現・イオンモール熊本)が開業した。「ダイヤモンドシティ・クレア」は店舗面積約5万2000m²、専門店約160店舗、駐車場約4500台と、八代市の2モールをはるかに凌駕する規模で幕を開けた。その後リニューアルを行い、今では専門店約200店舗、駐車場約5000台にまで拡張している。

筆者は熊本県出身だが、子どもの頃、普段は近所のスーパーやモールで買い物し、連休などには車で「ダイヤモンドシティ・クレア」へ連れていってもらったものだ。県内有数の大型モールで、「イオンモール熊本」に名称を変えた今でも「クレア」の愛称で親しまれており、いつ訪れても賑わっていた記憶がある。

同様に、食料品や日用品は近所で買うとしても、休日のショッピングは「クレア」をはじめとした大型店に出向く県民がたくさんいることは想像に難くない。

モールは弱肉強食

「エムズシティ」のある水俣市の買い物客は車に乗り、郊外大型店のできた八代市や出水市へ向かうようになった。そして八代市の買い物客は、さらに巨大なモールのある嘉島町や宇城市、熊本市へ流出した。

水俣市のかつての「寿屋水俣店」、今の「エムズシティ」と、八代市の「イオン八代ショッピングセンター」の歴史には、地方都市の大型店がより大きな店舗に飲み込まれ、その店舗もさらに巨大な店舗に飲み込まれていくという弱肉強食の構図が表れている。

【もっと読む】安売り合戦で消耗→商売敵に買収されるも閑散…生協に敗れて建物の半分が閉鎖「熊本の廃墟モール」の"切ない歴史" では、熊本県水俣市にある「エムズシティ」をショッピングセンター研究家の坪川うたさんが現地を訪問。豊富な写真とともに、詳しくお伝えしている。

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