FRaU
映画『聖地には蜘蛛が巣を張る』より
映画『聖地には蜘蛛が巣を張る』より

ミソジニーは“女性嫌悪“と日本語で訳されるが、『ひれふせ、女たち ミソジニーの倫理』の著者、コーネル大学哲学科の准教授ケイト・マン教授によると、“家父長制的な社会秩序を監視し、それを実現しようとするシステム”だという。ミソジニーはすべての女性を攻撃するわけではなく、家父長制的イデオロギーやその期待(例えば、従順な態度をとることなど)に対して逆らう女性が標的とされる。そして、ミソジニーは女性を“よい女性”と”悪い女性”に二分化し、“悪い女性”を罰するとマン教授は主張する。

『聖地には蜘蛛が巣を張る』より
-AD-

たしかに、サイードは従順で可愛らしい妻は殺さず、家父長制的価値観に違反する“悪い女性”である(と彼が見なす)娼婦たちだけを選んで殺した。そして自分の夫が連続殺人犯として逮捕された後、サイードの妻が子どもたちに「お父さんは悪い女たちを罰した英雄だ」と話している様子が映画の中でも描かれている。妻もまた、家父長制の下で“よい妻”としての自分に存在意義を覚え、娼婦を“悪い女性”と捉えるミソジニストだった。

アッバシ監督やマン教授が言う通り、ミソジニーは宗教、性別や収入などといった属性に起因するものではなく、“家父長制を維持するための装置”だと認識したほうが理に適う。

女性に多くの規範を求める社会は、女性を過剰に性的消費する

『聖地には蜘蛛が巣を張る』より

事件の舞台となったマシュハドは、350万人の人口を抱えるイランで2番目に大きな都市であり、非常に保守的な宗教の中心地でもある。イラン国内における最大の聖地として、毎年2000万人以上もの観光客と巡礼者が訪れるそうだ。そんなマシュハドの二面性を監督は映像でも浮き彫りにする。

イランの伝統的な建築物、ペルシャ絨毯、ヒジャブやモスクの美しさと、夜の“闇”からなるコントラストから狂気がにじみ出る本作の映像は非常にスリリングだ。

「昼と夜ではまったく違う顔を見せるイラン社会の二面性を映像のコントラストに託しました。マシュハドは聖地である一方、コンクリートや機械に囲まれた埃っぽい工業地帯なんです。だから音楽もあえて中東っぽいものではなく、グランジロックを使いました」

そんなイスラムの聖地に、薬物や買春は日常の夜の闇に溶け込んでいる。この二面性が抱える矛盾に対する監督の考察が興味深い。

女性に多くの規範やルールを求める社会は、女性を過剰に性的消費すると思うんです。人間の自然な性のあり方を過剰に抑圧した社会では女性が過剰に性的モノ化されている気がします。ザーラに起こったことがまさにそうではないでしょうか」

SHARE

  • Facebook

  • X

  • URLコピー

FRaUこどもプレゼン・コンテスト2026