EP4「紫光」 02 幽霊都市

 タルタロス地表、烈日の塔からやや離れた場所に「ゴーストエリア」と呼ばれる区画がある。

 この星系を襲ってきた正体不明の異星人によって爆撃を受けた地域だ。しかし皮肉である。塔の付近以外では唯一、人類が辛うじて住むことができる場所になっているのだから。

 この場所は熱を持っているのだ。はるか天上から撃ち込まれた光線が与えたものがまだ残っている。

 宇宙からの爆撃がもたらした被害は、後でやってきた寒冷化によるものが大きかった。巻き上げた粉塵で少しの太陽光が遮られただけで、どのような生命にも過酷な氷の惑星になった。

 塔の周辺のみが宇宙からの熱で快適な住環境を確保した。しかし、その例外としてゴーストエリアという居住可能な環境が存在している。

 第一皇女が放った一撃は敵を消し飛ばしたが、同時に大地も傷つけた。現実干渉によって引き起こされた発熱現象は、まだ残滓として残されている。狭い範囲だが、ここは人が活動できるだけの温暖さを取り戻している。

 しかし、この幽霊都市には他の危険が存在するとされている。

 タルタロス政府によれば、この地域は異星からの爆撃による深刻な化学的汚染が広がっているというのだ。帝都から離れてここに侵入することは禁止されていて、もし破った者は除染のために塔の中の隔離施設に強制連行される決まりになっている。

 しかしそんな決まりは、安全な帝都でぬくぬくと生活している市民を守るだけのものだ。

 犯罪者くずれ、帝都の中に居場所がなくなった者たちにとっては関係のない話であった。今日も数人の集団が帝都の末端からゴーストエリアにつながる谷を通り、無人の都市の目前にたどり着いた。

 雪に包まれてはいるが、すでに暖気が感じられた。空も一部が見えている。

 思いのほか明るい空の下には、想像していたよりずっと原型が残るかつての都市や自然が広がっていた。

 爆撃によって一部が派手に破壊されているものの、雪のない道路やビルの多くは健在だ。植物も豊富で、汚染されているというのは皇族どもの嘘なのではないか。

 星を壊したのも、その後の世界を支配しているのも皇族だ。そんな奴らの言う事など信用に値しない。

 手前の谷には帝都から離れた人間が何人か生活していた。廃材を組み合わせた粗末な小屋がいくつも並んでいる。

「ここの奴ら、なんで奥に住まないんだ?」

 そんな疑問が浮かんだ。こんな末端部より、より温暖でまともな建物が残っている奥地に住めばいいものを。

「負け犬なんだろうさ」

 事情があるのかもしれない。おおかた縄張り争いにでも敗れ、都市の入口でたむろするしかないのだろう。

 ゴーストエリアで入手したものは帝都で高く売れる。だからギャングが手を出しているという噂もあり、弱いものはその縄張りに入ることをためらうだろう。

 皇族が支配する帝都の法律は不公平にできているが、ここには身を守ってくれる法律というもの自体が存在しない。自分の身は自分で守るしかないわけだ。

 今回集まった犯罪者くずれの一団はそれなりに腕がきき、危険を察知できる自信があった。なので、この先のゴーストエリアに進むことに躊躇はしなかった。

 それこそが、最大に不幸なことであった。

 一団は爆撃を受けた町に入っていった。着ていた防寒具では暑く、適当な隠れ場所を見つけて軽装に着替えた。

 都合よく、状態のいいビルを見つけた。中は少し荒れていたが、雨漏りはない。

 いい拠点だ。一団は武装を確認しつつ、バックパックを持って軽めの探索を開始した。

 結果、収穫がないではなかったがいまひとつな結果だった。不味そうな古い食料缶や昔の雑誌くらいは手に入ったが、これなら売却せず自分たちで消費したほうがいい程度のものだ。

「このへんにはもう、金になるようなものはないのか?」

 一人が言った。ゴーストエリアに不法侵入した者はこれまでもいるだろうから、こんな手前のものは漁り尽くされていて当然だ。

「ギャングがいるかと思ったのに、誰もいなかったしな。もっと奥が狙い目なんだろう」

 ゴーストエリアは狭い地域といっても、それは惑星全体と比較しての話だ。数百万規模の都市が横たわっていて、まだまだ探索できる場所はある。

 危険な商売敵に遭遇しないのはよかったが、このままでは惨めな生活を抜け出せない。帝都で物乞いをするのとさほど変わらないのでは意味がない。

 慎ましく生活する気などないから犯罪に手を染める。ここにいるのはそういう連中ばかりだ。そうでないなら、エリアの入口にいた連中と同じようにしているだろう。

 なので、今度はもっと深部まで探索に出かけることで意見が一致した。

「もう、いい。あとはあんたたちで行ってくれ……」

 しかし、一人が急にそんなことを言い出した。アジトに選んだビルの中、フロアの奥にうずくまっている。

「どうした。具合でも悪いのか?」

 仲間が声をかけた。しかし、怯えているだけで体調が悪いようには見えない。

「汚染ってのは嘘だぜ! みんなピンピンしてるんだから」

 浅慮そうな一人が言った。ゴーストエリアに入って気分が悪くなるようなことはなかった。温暖で、帝都より快適なくらいである。

「何かがいた……」

 怯える一人は言った。他の連中は顔をつきあわせて不思議に思った。

「誰もいなかったよな?」

 何にも遭遇しなかった。物音すら聞かなかったくらいで、危険を感じた者は他にはいないようだ。

「人間じゃない。いやそもそも……なんでその人間がいないんだ?」

 そう言われると、その点だけは確かに不思議であった。

 ゴーストエリアに危険は感じなかった。その割には、ちょっと異様なほど人の気配がなかった。

「そいつは田舎者だから、迷信めいたことを言いたがるんだろ。缶詰の間がいいならそうしときな」

 怯える一人を知っているらしい誰かが言った。一団は資材の間に座り込んだその仲間を置いて、ゴーストエリアの深部へと出発した。

 さっきまでいた手前はいわゆる住宅街だった。だがその奥は工業地帯であり、そこには手つかずの資材がいくつも存在していた。

「高密度の情報媒体だ。帝都じゃもう生産できないような!」

 興奮して誰かが言った。放置された半導体工場を調べると、コンテナいっぱいに当時の製品が詰め込まれているのを見つけることができた。

 雨でかなりやられていたが、無事なものも多い。それを丁寧にバックパックに詰めると、もう大金持ちの気分であった。

「生産ラインの状態も悪くないな。稼働できるかもしれない」

 一人が言った。設備を使える技術を持っているのなら、再稼働は夢のある話である。

「やめとけ。度が過ぎれば軍警察が目をつける」

 誰かが夢のないことを言った。だが確かに、帝都の外で権力を得るような行為はあの皇帝や冷血なミモザのような皇族どもが許さないだろう。

 ここにあるものをかすめて帝都から少しの金を頂戴し、裕福に生活するのが一番賢い。今回の遠征だけでもかなり大金が稼げそうだ。

 しかし、集まった連中は怠惰な者たちばかりだ。この機会にもっと何か手に入らないかと欲を出し、もう少しだけ工業地帯を探索することにした。

 ここは宝の山の予感がする。広大な幽霊都市の中でも運よく当たりを引いたのだろう。誰かに奪われる前に探っておきたい。

「これ、誰のバックパックだ?」

 さらに奥に行き、別の工場の前についた時。そこに置かれたバックパックを指さして話す者がいた。

 放り出されたバックパックの中から貴重な電子部品が散乱していた。誰かが置いたのだろうと思って近づき、何か様子が違うと気づいた。

「これ……今置かれたものじゃないな」

 よく見れば、そのバックパックは雨ざらしになってしばらく経っているのがわかった。つまり、今日来た仲間たちのものじゃない。

 散らばっているのはどれも金目の電子部品ばかり。売り払えばしばらく苦労しない金が手に入る。それが無惨にも路面にばらまかれ、拾われることもなく放置されている。

「抗争でもあったのか?」

 縄張り争いがあって、やむなく放置したのだろうか。それにしては周囲は荒れていない。大体、何があったにせよこれを放置して離れるというのは想像しにくい。

 一同は、ぽつんと置かれたバックパックを見てなんだか急に気味が悪くなってきた。

「切り上げるか」

 一人が言った。誰も返事はしなかった。同意を口にするかわりに、皆いっせいにそこを離れようとした。

「!」

 その瞬間、最後尾にいた一人が突然足を止めた。

「どうした?」

 皆は振り返り、止まった一人の顔を見た。

 そいつの顔は、真っ黒な影になっていた。下を向いているにしても不自然な黒さで、まるで奈落のようであった。

 次の瞬間、その背後に闇色の鎌のようなものが広がったように見えた。

 前にいた二人の体が、闇色の鎌に切り裂かれた。

 全員、声にならない恐怖を感じた。高まっていた緊張とともに感情が爆発し、必死に駆け出した。

 工場の間、いたるところに影が現れていた。

 人がおらず、何かがいる。そう言った仲間は、これの気配を感じていたのか。きっと、あの影は隠れてずっとこちらを見ていたのだ。

 確かに不自然だった。人間どころか、このエリアに入ってから鳥も、ネズミも、見慣れた生き物は何も見なかったと気づく。

 一団は一人ずつ襲われていった。捕まった者はさっきのように体を切られた。あるいはのしかかられ、全身をあの奈落のような黒にされていた。

 切り刻まれた仲間の死体にも無数の黒い何かが群がっていた。まっぷたつになった体が復元され、黒い影となり立ち上がっている。

「なんだ……一体」

 その様子は、まるで体を乗っ取っているかのようだった。

 さっきまで仲間だった誰かが追ってくる。だがもうそれは、死んだ人間の中に入った得体のしれない何かであった。

「!」

 逃げ場がなくなった。迫ってくる仲間たちの体は半透明になっていて、なんだか実体がないように見えた。

 ゴーストエリア。幽霊の都市。まさしくここは生き物が住める場所ではない。

 その時、上空から機械の音が響いてきた。

「軍警察隊の機動ヘリ……!」

 工場地帯の上、何機かのヘリが現れた。そこから隊員が降下してくる。

 降下しながら、隊員たちは黒い影に向けてスタンライフルを撃っていた。被弾した仲間たちは青い放電を食らってその場に動きを止めた。

「た、助かった! あいつらは――」

 思わず、防毒マスクで顔が見えない警官にすがった。

「こいつは?」

「汚染されていないな。面倒だ」

 しかし、警官たちはあまりにも淡白であった。

 マスクからするこもった声はひどく冷たく感じた。人間に対してかける言葉とは思えない。

「何を言ってる……」

 そうしている間に、着陸したヘリから大きな浴槽のようなものがいくつも持ち出されていた。

 警官たちはライフルで倒れた影たちを担ぎ上げ、次々にその浴槽に入れて蓋を締めていった。慣れた様子でそれをヘリに積み直すと、すばやく離陸して去っていく。

「あんたら……何をしてるんだ……ここは一体何なんだ」

 生存者は叫んだ。しかし、警官はこちらをじっと見ているだけで何も答えない。

 これが警察の仕事なのか。それに、ここにいた謎の存在は何なのか。化学汚染などでは決してない。

「あれは一体何なんだ!」

 もう一度大きく叫ぶ生存者の胸にスタンライフルの矢が刺さった。電流がきて、生存者はそこで気を失った。



 危険区域に侵入した犯罪者が、また重度の汚染を受けて死にかけた。

「……」

 帝都のはずれ、流行っているとはいえないバーの一角にあるラジオがそんなニュースを流していた。それは、聞いている女の手の中にある酒を不味くする話であった。

 ウェーブのかかった黒髪の奥にある顔は、もとは目が覚めるほどの美人であろうものだった。しかし、酒に溺れてカウンターにしなだれかかる今では誰も気にかけない。

 軍警察はゴーストエリアの犯罪者を取り締まり、それを除染するために塔に連れて行くとされている。

 それが表向きに発表されていることだが、実際は違う。彼女はそれをよく知っている。

 なぜなら、少し前までその活動の指揮をとっていたのは自分なのだから。

 報道は、意図的に犯罪者を危険地域に導いているのだ。あの場から「何か」を効率よく得るために。

 警官になった時、帝国にとって必要なことならば何でもやるつもりだった。しかし、親友は国のためではない悪行に手を貸していた。

 だから見限った。そのつもりが、ずっと考えてしまう。

 自分を失って、気弱なミモザは今どうしているのだろうと。

「ひどい有様だ」

 腐っていると、頭の上から声をかけられた。

 ちらりと顔を見る。コヨーテ色の髪に長身、そして鋭い目つきの女であった。

 地元のギャングだろうか。知らない顔だ。絡まれても相手をする気はなく、そのまま無視をする。

「ジンだな。警備隊隊長の」

 だが、次に発された言葉は無視できないものだった。

「元、だ」

 ジンは反論した。酒のせいで枯れた声だった。

 自分はかつて、ゴーストエリアの部隊を指揮していた軍警察警備隊隊長の騎士だった。言われた通りだ。だが、ギャングならそんなことを知っているはずがない。

「何の用だ。逮捕でもするのか?」

 相手に只者でない気配を感じるジンは、少し警戒した声で言った。

 事情を知りすぎているジンは政府にとって危険な存在だ。暴君エスメが理由をつけてジンを拘束あるいは始末する可能性は十分にある。

「ミモザからだ」

 言って、コヨーテ色はカウンターに何かを投げた。

 鍵であった。掌におさまる、美しく輝く透明な電子認証装置だ。

「!」

 愛剣ディアマンテのキーであった。騎士であるジンの誇りであり、ミモザに返したはずのもの。

 思わず鍵を手に取るジンに、コヨーテ色は言う。

「星を取り戻す。お前にも力を貸してもらう」



(EP4「紫光」3 に続く)

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