現在のプラネタリウム投影機とはずいぶん違った雰囲気ですが、黒く大きな金平糖のような部分が恒星投影球で、大きな円筒状の部分に太陽・月・惑星投影機が納められています。プラネタリウム投影機の基本的な要素はツァイスⅠ型でほぼ完成しています。
ドイツ博物館で関係者間のデモンストレーションが行われたのが1923年10月21日、1924年にはイエナのツァイス社の屋上に設けられたドームで試験公開が行われ、そして1925年5月7日のドイツ博物館の開館と同時に正式に投影開始。前例のない機械だけあって試験期間が長く、どこがスタートと一概に言いにくいのですが、100年後の2023年10月から2025年5月にかけて「プラネタリウム100周年」の記念行事が1年半にわたって行われました。先人が長く調整を続けたおかげで、記念行事のお楽しみ期間が長くなったといえます。
この「世界初のプラネタリウム」ツァイスⅠ型投影機は2台製造されました。
Ⅰ型1号機はドイツ博物館に納入され、1960年まで稼働して、引退後も同博物館で展示されています。
Ⅰ型2号機は1925年に製造され、1926年5月23日に開館したデュッセルドルフ・プラネタリウムに設置(1924年のイエナ工場での試験公開はⅠ型2号機で行われたとする解説もあります)。しかしながら、ほとんど同時期の1926年5月18日に開館したパルマー・プラネタリウムには早くもツァイスⅡ型が納入されました。
デュッセルドルフのⅠ型2号機も半年後にⅡ型に置き換えられます。その後のⅠ型2号機は1927年6月にリークニッツ(現ポーランド領)に移設されて半年間投影、少し時を置いて1934年からオランダ・ハーグのプラネタリウムでようやく常設となりました。
# 写真は1937年に大阪市立電気科学館に納入されたツァイスⅡ型投影機。
流浪の投影機と呼びたくなりますが、これが幸いしたこともあります。Ⅰ型2号機が最初に設置されたデュッセルドルフのプラネタリウムは1943年に第二次大戦の戦渦に巻き込まれて閉館。もしⅠ型2号機が設置されたままなら、このとき喪失したかもしれません。
第二次大戦前に開設されたプラネタリウムの多くが戦渦に巻き込まれ、Ⅰ型同様に歴史的な投影機となるべきツァイスⅡ型1号機(パルマー・プラネタリウム)も空襲被害をきっかけに失われたのでした。
ハーグのⅠ型2号機は戦後も稼働しましたが、1976年に建物の火災に巻き込まれて損傷。そのままハーグの博物館で保管されましたが、世間に出る機会はほぼなく、半ば忘れられた存在になっていました。
近年になってRomke Schievinkさんたちのグループが調査・再確認し、2017年から2年間かけて稼働出来る状態までレストアしたのが現在の姿です。
ツァイスⅠ型2号機については、アストロアーツのムック『ようこそプラネタリウムへ』に収録されている「星の都の物語 ZEISS I型2号機 蘇った100年前の光」(中山満仁さん)が詳しく、上記の記述もこれを元にしています。現地でRomkeさんに取材した日本語で読める唯一のレポートなのでおすすめ。またデュッセルドルフやパルマーのプラネタリウムの歴史と現況は『星ナビ』2026年7月号の「世界で2番目のプラネタリウム ドイツ"廃プラ"めぐりの旅」(松井瀨名さん)を元にしています。この号を含む2026年6-8月号星ナビは公開天文台100年の連載記事もあり、資料性が高いのでおすすめ。
ツァイスⅠ型の恒星投影球は、五角形と六角形を組み合わせたサッカーボール状の32分割になっています。ただし本体に接続する1面は恒星原板を付けられないため、恒星を映せるのは31面分。
フタをしたカップのようなものは天の川投影機で11個ついています。細い棒状のものは星座名投影機で30個。
# Ⅱ型は恒星投影球を南北2つにわけて、32面を16面ずつ分担して全天投影を可能にしています。
円錐状に尖って先にレンズが付いているのが恒星投影機で、正面から撮影したものがこれ。Tessar(テッサー)1:4.5f 12cmとあり、今風に書けばテッサー120mm F4.5、つまり当時のカメラレンズが恒星投影用のレンズに使われています。Romkeさんたちのレストア時も、罹災して使えないレンズは、当時生産されていた同等品のカメラレンズに置き換えたそうです。
取り外した恒星投影ユニット。投影機の内側面には巨大な集光レンズ(コンデンサレンズ)が付いています。黄色く見えているのは奥の恒星原板が拡大されて見えているもので、よく見ると恒星の光を通す穴が抜けています。こちらは基本的に100年前に製造されたオリジナルなもの。つまり100年前の星。
恒星投影球内部。本来は500W電球が入っていましたが、現在はLED電球に交換されています。本体に接続されている部分に電球ソケットがあるのですね。
投影機の他のランプも特殊な規格で入手困難なものはLED化されているそうです。
惑星投影棚。1枚目の写真が全体で、左から太陽・月・水星・金星・火星・木星・土星。
2枚目は太陽・月・水星を拡大したところ。懐中電灯のような投影機が2つセットになっているのは、片側が惑星投影棚のトラスで光が遮られても、もう一方で投影を続けられような工夫です。
ギアいろいろ。外周の大きなギアは日周運動用。1枚目の写真に写っているモーターは歳差軸用ではないかと思います(私、機械はあまり詳しくありません)。
Romkeさんのグループによるレストア時に、モーターは新しいものに交換されています。元のモーターは火事に遭ってメンテナンスされていない100年前のものですから、通電するのも憚られる状態と思います。
なお日周運動(と思われる)モーターは今回の展示に当たって、オリジナルのものに戻したそうです。銘板を見るとシーメンス製。
日周運動のモーター軸が本体に取りつくところにスイッチがあり、1分・2分・4分の表示があります。おそらく日周運動のコントロールと思います。
ツァイスの銘板は新しいものに交換されています。
大変残念なことに、Romkeさんは2025年5月に急逝され、今回のIPS福岡大会に合わせての来日は叶いませんでした。いずれドイツを訪れる際は、ミュンヘンのⅠ型1号機を見学し、そしてRomkeさんのもとを訪ねてⅠ型2号機の投影を見たいと思っていたのですが、これも叶わぬこととなりました。
Romkeさんたちのレストアはハーグの博物館の許可の元で進められていましたが、ツァイス社が直接関わるプロジェクトではありませんでした。独力で稼働状態まで持っていったのは驚嘆でしかないのですが、その投影機がいま、ツァイス社の最新の投影機と肩を並べて日本で展示されています。プラネタリウム100年の歴史と共に感慨を覚えざるを得ません。調整が大変だったと小耳に挟みましたが、関係者のみなさまには本当に感謝です。
Ⅰ型1号機はドイツ博物館から門外不出に近い状態で、Ⅰ型2号機もこれまでドイツ近辺でしか動いていませんでした。つまり世界初のプラネタリウム投影機が海を渡るのははじめてのこと。天文遺産としても産業遺産としても技術遺産としても貴重なものなので、ぜひ多くの人に見て頂きたいです。