「髪を切ることは、誰のためだったのか」 その人にとっての尊厳を考える 看護師としてのわたし⑬
看護師リアルエッセイ連載中です
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👱♀️今、なぜその髪型をしていますか
似合うから。
手入れがしやすいから。
ずっとこの髪型だから。
仕事の都合で。
好きな人に褒められたから。
顔を隠したいから。
自分らしくいられるから。
理由は人によって違うと思う。
髪なんて、切ってもまた伸びる。
そう思う人もいる。
でも、髪型はその人の外見の一部であり、鏡を見たときに「これが自分だ」と確認するものでもある。
髪型を変えただけで、急に外へ出たくなくなる人もいる。
逆に、髪を整えただけで少し前を向ける人もいる。
髪は、ただ頭から生えているものではない。
その人が自分をどう見ているか。
どう見られたいか。
どんな自分で生きてきたか。
そういうものが、髪型には表れることがある。
🛌ターミナル病棟にいた、一人の女性
これは、わたしがターミナル病棟で勤務していたときのことである。
一人の女性患者さんがいた。
その人の髪は、鎖骨に届くくらいだった。
腰まであるような長い髪ではない。
ただ、毛量が多かった。
病状が進み、自分で入浴することも、髪を洗うこともできなくなっていた。
看護師が介助して洗髪し、乾かしていた。
毛量が多い髪は、洗うのにも時間がかかる。
シャンプーを流すだけでも簡単ではない。
水分をタオルで拭き取り、ドライヤーをかけても、根元はなかなか乾かない。
患者さんも疲れる。
介助する看護師にも時間がかかる。
これは事実だった。
病棟では、その人一人だけを看ているわけではない。
検温。
点滴。
処置。
食事介助。
排泄介助。
ナースコール。
急変対応。
洗髪に時間をかけている間にも、別の病室ではナースコールが鳴る。
他の患者さんも待っている。
短く切れば、洗う時間も、乾かす時間も減る。
清潔を保ちやすくなる。
患者さんの身体への負担も軽くなる。
だから、髪を短くしたほうがいいという看護師の考えも、わたしには理解できた。
看護する側にとって、その髪は確かに大変だった。
😢「また伸ばしましょう」とは言えなかった
それでも、わたしは髪を切ることに反対した。
その女性は、髪を切りたくないと話していた。
意思表示ができない人ではない。
自分の希望を、きちんと言葉にできる人だった。
ものすごく長く、絡まりがひどく、清潔を保つことが難しい状態なら、まだ分かる。
けれど鎖骨ほどの長さだった。
毛量が多く、時間はかかる。
それでも、介助ができないわけではなかった。
そして、その女性はターミナル期だった。
病気を治し、何年も先の生活へ戻っていく人ではない。
残された時間が長くないことを、医療者は知っていた。
髪はまた伸びる。
そう言うのは簡単である。
でも、その女性に、
「また伸ばしましょう」
とは言えなかった。
その言葉が現実になるだけの時間が、残されているとは限らなかったからだ。
わたしは言った。
髪を切ることは、その人の尊厳に反するのではないか。
本人が切りたくないと言っている。
介助に時間がかかるのは分かる。
それでも、看護する側の都合で、この人の気持ちを踏みにじっていいとは思えない。
まして、この人の髪は、もう元の長さまで伸びないかもしれない。
👨👩👧👦本人ではなく、家族の許可
けれど、担当看護師は、本人ではなく家族に連絡をした。
髪を短くしたほうが介助しやすいこと。
洗髪や乾燥に時間がかかっていること。
短いほうが本人の負担も少なく、清潔を保ちやすいこと。
そう説明し、散髪の許可を得た。
家族は了承した。
そして院内の理美容室が予約された。
本人は切りたくないと言っていた。
それでも、家族の許可によって、その女性の髪はショートカットになった。
家族が許可したから。
病院として必要だと判断したから。
本人のためになると考えたから。
理由は、いくつもあった。
でも、
その髪は誰のものだったのだろう。
その身体は、誰のものだったのだろう。
🪞「鏡を見たくない」
髪を切ったあと、その女性は泣いていた。
そして、
「鏡を見たくない」
と言った。
その言葉が、今も残っている。
ただ髪型が気に入らなかった。
そんな軽い話ではなかったのだと思う。
鏡を見ると、そこに自分がいない。
自分が自分ではなくなってしまった。
そう感じたのかもしれない。
病気が進むと、多くのものを自分で決められなくなる。
起きる時間。
眠る時間。
食べるもの。
入浴する日。
薬を飲む時間。
誰と同じ部屋で過ごすか。
自分で歩けなくなれば、行きたい場所へも行けない。
トイレに行きたいと思っても、ナースコールを押し、誰かが来るまで待たなければならない。
自分の身体なのに、誰かの都合を待たなければ動かせない。
それだけでも、多くの選択を失っている。
その中で、
それは、残された数少ない自己決定の一つだったのではないかと思う。
✂️その女性は、美容師だった
その女性は、美容師だった。
人の髪を切り、整え、その人に似合う姿を作る仕事をしてきた人だった。
家族によれば、若い頃から身なりに気を使い、美人な人だったという。
その情報は、髪を切ったあとに初めて分かったわけではない。
職業や生活歴は、入院時のアナムネで把握していたはずだった。
医療では、患者さんがこれまでどんな仕事をし、どんな生活を送り、何を大切にしてきたのかを聞く。
それは単なる雑談ではない。
その人を病気だけで見ないために必要な情報である。
美容師だったこと。
身なりに気を配ってきたこと。
自分の外見を整えることを大切にしていたこと。
それを知っていたはずなのに、彼女の髪はいつの間にか、
洗うのに時間がかかる髪。
乾かすのが大変な髪。
介助の負担になる髪。
そういうものとして扱われていた。
✉️遺書に書かれていた願い
その女性は、遺書を書いていた。
そこには、
「自分が死んだら、かつらをかぶせてほしい」
と書かれていた。
わたしは、その言葉を知ったとき、何も言えなかった。
生きている間に、自分が望まない髪型にされた人が、死んだあとの自分には髪を戻してほしいと願った。
もう鏡を見ることもない。
もう人前に出ることもない。
それでも、かつらをかぶせてほしかった。
最後くらい、自分が知っている自分の姿でいたかったのかもしれない。
死んだあとに取り戻したかったほど、その人にとって髪は大切なものだった。
🏥看護師には「倫理綱領」がある
看護師には、「看護職の倫理綱領」というものがある。
一般の人には、あまり知られていないと思う。
看護師は、医師の指示に従い、点滴や処置をするだけの仕事ではない。
患者さんの声が届かないとき、その声を拾う。
本人の意思が周囲の都合で消されそうなとき、その人の代わりに声を上げる。
それも、看護師の役割である。
では、あの場面で守られたのは何だったのだろう。
清潔だったのか。
患者さんの体力だったのか。
看護師の時間だったのか。
病棟の業務だったのか。
少なくとも、本人の希望ではなかった。
🏃➡️現場を回すという現実
後に、高齢者施設で働く看護師と、この話をしたことがある。
その看護師は言った。
高齢者施設では、決められた時間の中で多くの利用者の入浴を終えなければならない。
一人ひとりの髪をゆっくり洗い、時間をかけて乾かしていたら、全員の入浴が終わらない。
長い髪や毛量の多い人には、基本的に家族へショートカットをお願いすることが多い、と。
その現実も、よく分かる。
現場には、圧倒的に人が足りない。
時間も足りない。
一人に時間をかければ、その分、別の人を待たせることになる。
看護師や介護士の身体にも限界がある。
理想だけでは、現場は回らない。
すべての希望をかなえることはできない。
それも事実である。
だから、この話を、
本人の希望を無視した悪い看護師。
そう単純に終わらせるつもりはない。
わたし自身も、忙しい現場で働いてきた。
時間がない。
人がいない。
全員に十分なケアができない。
そんな状況を何度も経験している。
介助する側の大変さを知らずに、理想だけを言っているわけではない。
それでも思う。
現場を回すために、患者さんの何を削っていいのだろう。
どこまでが、必要な調整なのだろう。
どこからが、その人の尊厳を奪うことになるのだろう。
✂️切られたのは、髪だけだったのか
髪を短くしたことで、洗髪の時間は短くなった。
乾かす時間も短くなった。
看護は少しだけ楽になったのだと思う。
けれど、その女性は鏡を見なくなった。
そして、死んだらかつらをかぶせてほしいと遺した。
短縮された時間と、その女性が失ったもの。
それを、同じ秤に載せることはできるのだろうか。
人生の終わりが近づくほど、その人らしさは、後回しにされてはいけないものだと思う。
これから新しい人生を作っていく時間が残されていないからこそ、
これまでどんな人として生きてきたのか。
何を大切にしてきたのか。
最後にどんな自分でいたいのか。
それを守ることが、看護なのではないかと思う。
あの女性は、鏡を見たくないと言った。
鏡の中から、自分が消えてしまったのだろうか。
生きている間に失った自分を、死んだあと、かつらによって取り戻そうとしたのだろうか。
本当の気持ちは、もう聞くことができない。
今でも、答えは出ていない。
ただ、
あのとき切られたのは、髪だけではなかったのかもしれない。
そして、切ってしまったものは、
もう二度と、伸びなかった。
わたしは、このことを思い出すと 心が苦しくなるのだ。
※本記事は、患者さんおよびご家族のプライバシーに配慮し、病状や経過、個人が特定される情報は一部変更・ぼかして記載しています。
感動ポルノでかいているわけではありません。命や尊厳は人にとってなくてはならないものです
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しゅかさんが こういう観点を大切にしながら 問題意識を持って仕事をしてきた その事実に救われる思いです 今回の僕の入院では 逆に退院するまで 散髪屋に行けない状況で 理髪師の出張も無理な状況でした 見た目には拘りがあり 前髪が伸びて入院生活にも 支障がでてきたので 看護師さん…
たかが髪の毛でという看護師がいたんですか?そんなことを直接いうとはひどい… この患者さんにとっては自分を形どる一つだったと思います… そのヘアピンの話はちょっと…というかだいぶひどいですね💦 指示に従ったのに… 美容室や理容室にいくことが とてもとても高いハードルなかたは…
しゅかさん、こんばんは。 読み終えて、ずっと考えてしまいました。 髪を切るということが、その方の心まで傷つけてしまったのかもしれないと思うと、胸が苦しくなりました。 現場の効率と、その人の心情や尊厳。どちらを重んじるのか、簡単には答えの出ないことだからこそ、深く考えさせられ…
響さん こんばんは。 とても丁寧に読んでいただきありがとうございます😊 このテーマは医療の中でずっと考えられていることなのだと思いますが、、、自分の家族や自分がこういう立場になったら…切ないです。 美容室ってただの整容ではなくて 「自分の髪、見た目に時間をかけて向き合ってく…
そうなんですよね 特養でも思いましたが、施設では特に食事と入浴は自宅とかなり風景が変わってしまいますから
リアルに こういう時ってどうなさっていますか? どうしても一人ひとりに時間をかけるわけにもいかないですし、、、すごく難しい問題だなって思うんです…