ー柔太朗sideー
気づいたとき、揺れていた。
規則的な振動と、エンジン音。
……車?
重たいまぶたを開けようとして、うまくいかない。
誰かが、名前を呼んでる気がする。
遠い。
返したいのに、声が出ない。
ただ、呼吸だけがやけに大きく感じる。
——やば。
頭の奥で、ぼんやりそう思う。
ちゃんとしないと。
でも、体が言うことをきかない。
また意識が沈む。
次に気づいたときには、柔らかい感触に沈んでいた。
……ベッド。
少しだけ安心して、息を吐く。
ぼんやりしたまま目を開けると、見慣れない天井。
「……ん」
声が勝手に漏れる。
勇「……柔太朗?起きた?」
すぐ近くから声がして、ゆっくりそっちを見る。
見慣れた顔。
状況がうまく繋がらない。
「……ここ」
かすれた声が出る。
勇「俺んち、倒れたから連れてきた」
ああ、そっか。
そこでやっと、途切れてた記憶が少し繋がる。
——倒れたんだ。
そのまま、会話が途切れる。
何も言えなくて。
言わなきゃいけないことは分かってるのに。
「……迷惑」
気づいたら、口に出してた。
違うのに。
こんなこと言いたいわけじゃないのに。
でも、これしか出てこなかった。
空気が少しだけ重くなる。
勇「ほんとにそう思うなら、最初から無理すんなって」
少し強い声。
分かってる。
分かってるけど。
——最悪。
なんで、あんな言い方したんだろ。
ちゃんと謝りたいのに。
声にしようとすると、喉が詰まる。
勇「水、持ってくる」
そう言って、足音が遠ざかる。
ドアが閉まる音がして、完全に一人になる。
静かすぎて、さっきまでの声が嘘みたいで。
……やば。
止めようと思ったのに、勝手に涙が出る。
こんなことで泣くとか、ほんと最悪。
「……迷惑」
さっきの言葉が頭の中で何回も繰り返される。
違うのに。
あんなこと言いたかったわけじゃないのに。
うまく言えなくて、結局ああなる。
「……ごめん」
小さく呟いて、シーツを強く掴む。
そのとき。
ドアの開く音がした。
びくっと肩が揺れる。
勇「……柔?」
近づいてくる気配。
見られたくなくて、顔を伏せたまま動けない。
勇「……泣いてんの?」
少し驚いた声。
……最悪。
「……泣いてない」
かすれた声で返すけど、全然隠せてない。
勇「いや、それ無理あるだろ」
ため息混じりの声。
近くでしゃがむ気配がして、逃げ場がなくなる。
勇「……それ、気にしてんの?」
少し間があって。
「……だって」
言葉が途切れる。
うまく出てこない。
「迷惑、かけたし……」
やっとそれだけ言う。
すると、少しだけ間があって。
勇「……迷惑なわけないじゃん。」
ゆっくり落ちてきた声。
反論しようとした、その前に。
ふっと距離が近づいた。
次の瞬間、体が引き寄せられる。
「……え、」
一瞬、何が起きたか分からなくて。
でも、すぐに分かる。
抱きしめられてる。
勇「むしろ、何も言わずに無理される方が困るんだけど」
その言葉に、少しだけ息が詰まる。
心臓の音が、やけに大きい。
逃げる余裕もなくて、ただそのまま固まる。
「……でも」
それでも、すぐには納得できなくて。
なんとか絞り出した声。
その直後。
さっきより、少し強く抱きしめられる。
一瞬、息が止まりそうになるくらいに。
勇「いいから、今はそんなこと考えなくていい」
はっきりした声。
言い切られて、何も返せなくなる。
胸の奥がじわっと熱くなる。
少しして、ゆっくり腕の力が緩む。
離れていくのに、どこか名残惜しくて。
その代わりみたいに、頭に手が乗せられる。
びくっと肩が揺れる。
でも、嫌じゃない。
むしろ、さっきより落ち着く。
優しく、ゆっくり撫でられるたびに、力が抜けていく。
「……ほんとに?」
気づいたら、そんなこと聞いてた。
自分でも情けないと思うくらい、不安な声。
勇「ほんと。」
短い返事。
でも、それだけで少しだけ安心してしまう。
勇「今はちゃんと休め、寝てろ。」
その言葉に、小さく頷く。
少しだけ、目を閉じる。
勇「水持ってくるから」
また離れていく気配。
その瞬間。
胸の奥が、ぎゅっと締まる。
……やだ。
無意識に、シーツを掴む手に力が入る。
「……待って」
自分でも驚くくらい弱い声。
足音が止まる。
「……行かないで」
勇「....は?」
「今だけでいいから」
空気が重くなった感じがして
「……ごめん、やっぱ迷惑」
慌てて言い直すけど、もう遅くて。
沈黙が落ちる。
勇「……はぁ」
怒らせちゃったかなと心配になる。
勇「迷惑じゃないって言ってんだろ」
少しして、そう返ってくる。
勇「こういう時くらい、頼れよ」
俺の中で溜まってた涙腺が崩壊した。
少し間が空いてベッドがわずかに沈む。
勇「........わかったよ、いる」
その一言で、さっきより少しだけ呼吸が楽になる。
「……ありがと」
小さく呟く。
ちゃんと聞こえたか分からないくらいの声。
勇「ほら、寝ろ」
けど、寝たらいなくなっちゃうんじゃないかと不安になってなかなか目を閉じれない。
勇「大丈夫」
その言葉を聞いてから、やっと力が抜けていく。
頭に触れられる感覚。
ゆっくり撫でられて、呼吸が整っていく。
勇「……ほんと、無理しすぎ」
どこか遠くで聞こえる声。
それに返事をする前に、意識が沈んでいく。
今度はさっきより、ちゃんと安心したまま。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!