山田・赤松らが国旗損壊罪に対し、棄権などすらせず賛成した
「表現の自由」の一番究極的な例が示されている時に、「与党内だからこそ~」などという態度なりの行動すら見せず、見事に単なる自民の一議員として法を通した
だが、その事よりも…この両議員を長年祭り上げてきた、反表現規制の運動であるとか「オタク」(消費者)たちの、自滅的な態度をまず一番問題にすべきだろう
「これまで反表現規制として一貫して行動してきた議員が突然賛成した、『裏切った』」というような物ですらなく何度も破綻は示されてきたし、オタク側も明らかに「喜んで騙されに行っていた」ような状態だった…権威を振りかざすために
前から書いていたが、俺は日本のSNS上などで見られるような「反表現規制」の運動・界隈とでもいうものは完全に終わっており、考えるべきは再建しかないと思っているので、この両議員がどうなろうがそれ自体は知ったことではないが…
都条例騒動以降のある時点で、票数や謎の「合法性」「より権威に近しく」という意味不明な卑屈さしか示さなくなり、権威や欺瞞に加担し、権力に対する基本的な抵抗力を削いでいった「運動・界隈」の有り方については怒りと空しさしか感じない
一創作者・一消費者の立場から自由を「再建」するほかない